名探偵と料理人   作:げんじー

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このお話は原作第42巻が元になっています。
少々未来のお話で、龍斗のいないところでのお話になります。
本当はクリスマスに上げようと思っていたのですが三人称に思いのほか手こずってしまい、元旦に上げようと思っていました…が、今書いている正規時間ルートの方が間に合いそうにないのでこっちを上げます。

このお話は全編三人称視点で進みます。短いですが、どうぞ!



第??話 -彼のいないところで-

――ごめんね、新ちゃん。あの約束を…――

 

 

 

そこはコンテナが保管されている、どこかの港のようだった。岸壁には二台の車が止まっており、その一つの車のドアには左腹部から出血している眼鏡をかけた女性と気絶した幼い男の子が寄りかかっていた。その車の横、雪が降ってきそうな寒空の下二人の女性が対峙していた。一人は男ものの装いをした、金髪を腰まで伸ばした20代の女性。もう一人は赤みがかった茶髪の、左のレンズに幾何学模様が浮かんだ眼鏡をかけた小学校低学年とみられる女の子。

 

「Good night,baby…And welcome…Sherry!!」

 

金髪の女性は、シェリーと呼んだ女の子に右足に括り付けていた小型の拳銃を突きつけた。少女の目は拳銃を突きつけられているというのにおびえた様子はなく、むしろキッと女性を睨み返していた。

 

「バカな女…このボウヤのカワイイ計画を台無しにするなんて。ここに来れば殺されるなんて分かるようなものでしょう?」

 

その言葉にシェリーはかけていた眼鏡を外し、覚悟を決めた表情をした。

 

「私はただ死にに来たわけじゃないわ。全てを終わらせに来たのよ…例え、この場で貴女が捕まっても私が生きている限り、貴女達の追跡は途絶えそうにないから。でも、貴女以外にただ殺されたのなら私によくしてくれた周りの人たちも巻き込まれてしまう。だから…私は貴女に会いに来た。私はココで大人しく殺されるわ。そのかわり約束してくれる?私以外誰にも手をかけないって…」

 

そう言ったシェリーは不安そうな顔をした。金髪の女性が組織で重要なポストにあることを知っていた。それはつまり、彼女が約束を守れば死ぬのは一人だけ。だが組織で地位が高いという事はそれだけ非道、冷徹な面を持っているという事と同義だ。故に彼女は自分の命をベットした。恩人たちの命を守るために。

 

「…ふーん。いいわ。このFBIの女以外は助けてあげるわ。貴女を保護したあの博士って人もね。じゃあ私も殺す前に一つ。貴女、ピスコがへまをした時にジンに会っているわよね?その後、群馬の鉄道橋から身を投げた。あの場には組織の追手が貴女を尾行していたわ。そのことに貴女は気付いたからこそ飛び降りたのでしょうけど…一体どうやって生き残ったのかしら?追跡員の眼鏡につけていたカメラの映像では確かに貴女はあの川に落ちていたわ。ただの研究員だった貴女が生き残れるはずないわ」

「…そうね。私がココで命を散らさないといけないのは、私のために無駄に危険に突っ込んでしまうお人好しが近くにいるからよ。あの人は…そう太陽のような人。そこにいるだけで周りの人を照らし温かな気持ちにしてくれる。だけど闇に潜む者にはその光は焦がれてもその光は強すぎて目を焼いてしまう。彼はなんてことないように私を助けてくれるわ。だけど彼は表でこそ輝く人。彼は昨日、遠い異国の地で夢を叶えていたわ…ベルモット。貴女の質問の答えはこれ。あの人が私に変装して身代わりになっ「パン!」た…!!」

 

シェリーがすべてを語る前に女性…ベルモットは銃弾を放っていた。その銃弾は空気を切り裂きシェリーの左頬をかすめるようにして進んでいった。左頬を気にする間もなく、シェリーは見た。見入ってしまった。対峙するにも恐ろしい冷え切った眼をしていたベルモットの目に幾つもの感情が浮かんでいるのを。憤怒、殺意、嫌悪、軽蔑、憎悪、そして嫉妬、憧憬。あらゆる感情がないまぜになって、それはとても人間的な表情だった。

 

「…そう!……そう、なのね。確かに貴女の近くには彼がいたわね。そう、彼ならそうするわね……シェリー、私は、貴女を、殺す。恨むのならあの愚かな研究を引き継いだ貴女の両親を……そして彼を惑わす魔女となった自分自身の存在を…!!」

 

彼女の中でシェリーはただの抹殺から、憎悪し存在を許せないモノになった。そうして彼女が引き金を引こうとした瞬間、車のトランクが開き黒髪の女性が飛び出してきた。その女性は高校生くらいでしなやかに身を躍らせ、車の上を走った。

コンテナの上には狙撃銃を構えた男がおり、飛び出してきた女を狙撃した。俊敏な黒髪の女性の動きに照準が合わないのか、銃弾は彼女にあたることなかった。

黒髪の女性はシェリーに飛びつき、彼女を冷たいアスファルトの上に押し倒し、その上から覆いかぶさった。まるで子供を守る母親のように。

 

「待ってって言っているでしょう!?カルバドス!」

 

黒髪の女性の姿を目にしたベルモットは狼狽した。なぜ?どうして彼女がココに?だがこのまま仲間のカルバドスに撃たせ続ければ確実に彼女が殺されることに気付き、コンテナの上に配置していた仲間のカルバドスを自らの拳銃で牽制した。

 

「ふう…」

 

そしてベルモットは一息つき、動揺した精神を落ち着かせようとした。彼女は自分では気付いていなかった。拳銃を持つ右手が震えている事に。

 

「さあ、どきなさい!その茶髪の子から…死にたくなければ早く!」

 

それはどこか懇願するような声。シェリーはその声を聞き、自らを身代りにしようとする女性の下から這い出ようとした。だが、出来なかった。

 

「ダメ、動いちゃ!警察を呼んだから!!もう少しの辛抱だから!お願いだから動かないで!」

 

動かない彼女にベルモットはわざと外した銃弾を浴びせた。周りのアスファルトがそのたびに散り、小さな悲鳴を重ねる。だが決して動こうとしなかった。やがて弾が切れ、新しいマガジンを入れる。だが、長年拳銃を扱ってきた彼女には似つかわしくないもたつきようで二度、三度トライしてやっとハメ込むことができた。

 

銃弾にさらされ、今無防備に曝している背中を撃たれれば彼女は簡単に命を落とすだろう。それは普通の女子高生には耐えられない恐怖だ。現に彼女の体は小刻みに震えていた。だが、シェリーがもがいてもその体はびくともしないほど力強く抑えられていた。シェリーはその姿に今は亡き姉の姿を重ねた。自分の身を挺してまで守ろうとしてくれた唯一の存在を。だが死神の足音は確実に近づいてくる。リロードを終えたベルモットがこちらに歩き始めたのだ。

 

「Move it,Angel!!!」

 

――ドン!――

 

「ぐっ…」

 

撃たれたのは、シェリーではなかった。眼鏡をかけた女性が車からコンテナにいつの間にか移動し、ベルモットを撃ったのだ。その銃弾は彼女の右肩をえぐり、未だ背を向けているベルモットからすれば生殺与奪を完全に握られてしまっていた。

 

「ラ、ライフルの死角はとったわ。そしてあなたが振り向いて私を撃つより私が貴女を打ち殺す方が早い…さあ!銃を捨てなさい!!さもないと…「ジャコ!」…ッ!!?」

 

完全に有利に立った思われた眼鏡の女性は聞いた。自分が背を預けているコンテナの横の道からショットガンのポンプ音が聞こえてきた。そしてこちらへ歩いて来る足音も。

 

「(コンテナを降りたの!?…やばい!)」

「オーケー、カルバドス!挟み撃ちよ。さあ貴方愛用のそのレミントンでFBIの子猫ちゃんを吹っ飛ばして「ほう…」…え?」

「あの男はカルバドスというのか。ライフルにショットガン、拳銃3丁。どこかの武器商人かと思ったぞ…」

 

現れた男はニット帽に鷹のように鋭い目をした男だった。

 

 

――

 

 

「っぐ…!!」

 

現れたニット帽…赤井秀一は拳銃をこちらに向けたベルモットに対し容赦なく自身が持っていたショットガンを発射した。細身の女性であるベルモットがまともに喰らえば胴体は今頃ザクロのようにはじけていただろう。だが……

 

「ダメよ、シュウ!殺しちゃ…」

「安心しろ。アイツの動きから防弾チョッキを重ねて着ているのは瞭然。まあ、この距離でバックショットをまともに受けたんだ。肋骨の2,3本は折れているだろう」

 

そう言いながら、赤井はベルモットの方へ歩いていき眼鏡の女性とベルモットの対角線上に入った。眼鏡の女性をかばいたてられる位置に。

 

「それよりも見ろ。9粒弾の散弾で割けた奴の顔を。出血があるという事はあれが奴の変装なしの素顔ってわけだ…おいおい。最後のあがきか?いくら防弾チョッキを着ていても二度目は耐えられまい…」

 

ベルモットはこの場で逆転の目がないことに気付いていた。自分に残されているのが逃走しかないことも。だが、動揺し、照準が合わないことからシェリーに近づいたことから車から離れてしまったこと、赤井が眼鏡の女性をかばい立つ立ち位置、つまりこちらに近づいたこと、そして車に乗るにはさらに距離を詰めなければいけないこと。それは…散弾を威力があがった状態でもう一度受けないといけない危険性をはらんでいた。そしてさらに不幸が重なり、赤井がベルモットを撃つ際に留意しなければならない点…意識のない子供たちが射線上にいなかった。つまり赤井が発砲をためらう理由がなかった。

 

「(ああ……Angelが()()()についた時点で私は摘んでいたのね……最期にもう一度…)」

 

捕まれば、自分は二度と生きて外は歩けないだろう。それだけの事を積み重ねて来た自覚はある。刹那、彼女の脳裏に浮かんだのは幼い男の子が自分に笑いかけている所だった。自分は確かにあの場所で彼に救われていた。彼の成長を遠くで聞くだけで笑顔になり、そんな自分がいる事に驚いたりしたものだ。保険医に成り代わり、彼やAngelを近くで感じデートまで出来たのはここ数年で一番素晴らしい夢のような時間だった。だがこれでもう終わり。小さなうめき声が聞こえた気がするが、それも自分の物か、それすらも分からない。

 

「タツト…」

 

―ダァアアアァン!!-

 

港にショットガンの無情な発射音が響き渡った……

 

 




六月から投稿を初め、早半年。思った以上の反響を頂きとても嬉しかったです。

12月に入り、毎週更新が滞ってしまってしまいましたが失踪は絶対しません。それでは皆様、よいお年を!

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