名探偵と料理人   作:げんじー

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このお話は原作 第24巻 が元となっています。

映画のお話を書いているのですが、映像から文字を起こすのって大変ですね。

それともう二度と戦闘描写なんて書きません。自分には無理だと分かりました。

実験的に3人称で書いてみました。大丈夫だったですかね?


第二十七話 -黒の組織との再会-

「はぁはぁはぁ……」

「今日はこのくらいにしておきましょうか」

「は、はい。あ、ありがとうございました龍斗先生……」

 

そういって道場に倒れる夏さんもとい明美さん。全身で息をし汗まみれになっている。

 

「なんや、久しぶりに見させてもろたけど夏さんもかなり常識外の動きが出来るようになってきたなあ。はい、タオル。夏さん、お水いります?」

「ちょ、ちょっと待って。後で頂くわ…」

 

彼女の体が万全になって俺は約束通り訓練を始めた。といっても、俺が経験したことがあるのは一龍のオヤジのしごきに美食家志望の孤児の訓練、それに今生の父さんから受けた徒手空拳の訓練だけだ。そのどれもが割りとおかしいものばかりなので参考にはならなかった(特にオヤジの訓練は頭がオカシイ)。

ということで彼女にあった訓練メニューを考えなければならなくなったのだが、色々検証した結果「身体操作」を極めて、軽い対人戦をこなせば彼女に課した条件(自衛及び妹を護衛できる)をクリアできそうなのが判明した。彼女を生かすために入れたグルメ界のドクターフィッシュによる肉体改造は俺の想像以上だったわけだ。

だが元は荒事に全く縁もなく、しかも本人いわく運動神経はかなり悪かった彼女はその力を十全に扱えるわけがなくて。そこでまずは体の動かし方に慣れてもらっている最中というわけだ。バランス感覚、動体視力、反射神経、感覚強化などなどを使い物にするために俺が考えた訓練をこなしてもらった。

今日やったのは俺が彼女に半径1mのサークルの中に入ってもらいそこから出ずに俺が投げるピンポン球をひたすらよけるという訓練をした。

 

「いたたたた…」

「夏さん?どないしました?」

「いえね、足の親指の皮がむけちゃって」

「ほんまや。龍斗、治療したってーな」

 

うんうん、しっかり訓練の目的はうまくいっているみたいだ。体重移動には親指が肝だからね。

 

「大丈夫よ紅葉ちゃん。私の中にいる子達がすぐに治してくれるから」

「まあ夏さんの言う通りなんですけど彼らも何もないところから生み出すわけではないので…はい、彼らにとって栄養満点の特製軟膏をぺたりとな」

「~~~~~ッ!!ちょ、ちょっとつけるなら先に言ってからにしてよ!しみるのよ!?」

「油断大敵、ですよ?」

 

彼女も常人では考えられない身体にも慣れたみたいでよかった。訓練の始めた頃はちょっとした傷が数分と経たず治るのを見て複雑な顔をしていたからな。

そのあと、三人で道場の掃除をした。因みに紅葉の言っていた常識外の動きというのは映画のマトリックスのような動き(最初、彼女はサークル内で動いてはいけないと勘違いしていた)のことだ。まあ今回の訓練の趣旨と違うのですぐに訂正を入れて、限定範囲で無駄のない体重移動を覚えてもらう訓練を続行したんだけどね。

 

「さて、と。それじゃあ夏さんも一息つけたみたいだし母屋に移りますか。あ、その前にペアを飲んでくださいな」

 

そう、今日の訓練は女性になって行う日だった。紅葉が前回訓練の見学に来たときも女性でその時彼女の体に触ったことでへそを曲げてしまい。そのため、格闘を視野に入れた訓練に入るまでは女性体の場合は俺が触る事の無いような訓練内容にしてくれと言われてしまった。

そういえば、父さんとの訓練の時に父さんビデオ撮影してたよな?参考になるならないはともかく見てみようかな?

 

 

 

 

「はい、はい…わざわざありがとうございました目暮警部。はい、ではいつかの機会があればうちでBBQでも。ええ、ご招待しますよ。警部の部下や勿論みどりさんも呼んで。はい、それでは失礼します」

「龍斗ー、今の電話目暮警部ハンやったんやろ?なにかありましたか?」

 

現在は夜の9時。夕食や片付けが終わり普段なら各自自由時間なんだけど子供の頃の修行風景のビデオを見ると夕食の席で漏らすと夏さんと紅葉が一緒に見たいと言ってきた。伊織さんも誘ったのだが何やら仕事があるらしく断られてしまった。

三人で色々身支度を済ませて見終わったらあとはもう寝れる体勢にしてから、なぜかあるシアタールームに移動した。…いやなぜあるかは知ってるけど、これが家にある原因は俺が生まれたことなんだけど!…まあ二人には言うつもりはない。だって、親馬鹿って言われるに決まっているしね。

 

「ああ、ほら。10月に客船で事件に巻き込まれたろ?その中で20年前の四億円強奪事件の実行犯の二人が捕まったんだけど。二人の経歴を洗ってみたら整形するための渡航だったり、1泊2日の海外旅行をこの20年繰り返していたみたいでさ。時効の期間が伸びに伸びてたらしくて。4億円は返却になったんだってさ。銀行員の殺人や叶才三の殺人の罪も償わせるんだって。殺人の時効はまだまだだったらしいから」

「ああ、あの。新聞とかで時効成立からの大逆転!とかいわれとったなあ」

「さあさあ。犯罪者がしっかり裁かれるんだしお話はその辺で!ビデオ見るんでしょう?」

「そうですね、それじゃあ見ましょうか」

 

 

 

 

ビデオの再生が始まると画面に映ったのは20代の男性と5,6歳の男の子だった。二人はともに黒地に金の龍をあしらったカンフー服を着て対峙していた。顔立ちは良く似ていて二人が親子だということがわかる。男性の方は龍麻、子供の方は龍斗だ。

二人がいるのはどこかの道場のようだった。二人は道場の中央で対峙していていて距離はおおよそ5m。カメラは道場の壁際に設置されているようだった。

二人はやや半身になり左手を前に垂直に突き出していた。その手は中指人差し指だけを立て人差し指の指先が中指の第一関節と第二関節の間につけ、右手は胸の前に構えるという独特の型をしていた。

 

先に仕掛けたのは龍麻だった。彼は構えたまま体勢を崩さずに一瞬きの間に5mと言う間を詰め右拳を打ち下ろす。それに対し、龍斗は顔を傾け拳をすかし、伸びた父親の右肘に自身の左肘を打ち上げた。左肘と右肘が激突し、しかし龍麻はその力を逃すため肩の力を抜いたため右腕が跳ね上げられた。がら空きなった右脇に右手正拳を撃とうとした龍斗が何かに気付き手を止め後ろに距離を取る。その距離は目算3m。先ほどの龍麻の動きを見るに一瞬で付けられる距離だが彼は追撃はしなかった。なぜなら右腕が上方へ跳ね上げられたと同時に左膝を子の顎めがけてはなっていた。もし龍斗が距離を取っていなければ両手の間をすり抜けて子の顎にクリーンヒットしていたであろう。

一度距離を取った龍斗だったが間髪入れずに再び龍麻へと肉薄した。左膝蹴りから前蹴りに切り替えそれを迎撃する龍麻だったが、前蹴りがヒットする直前一瞬進むベクトルを後ろに変えた龍斗は子供の小柄な体をうまく利用し前蹴りを下に潜り込んだ。その体制は地面とほぼ水平で体と地面は数cmしか離れていない。龍斗は両手を前に伸ばし道場の床につくとそのまま指を板にめり込ませ手を軸に半回転し両足を龍麻の軸足になっている右足に両足を叩きつけた。子供が蹴りつけたとは思えない鈍い音を響かせながらも龍麻の足はびくともしていなかった。それどころか左足が龍斗に向かって降りてきた。龍斗は足をぶつけた反動を利用し龍麻の右側へと逃がれた。

 

「……父さん、道場を傷つけるようなのはダメなんじゃないの?右足の指が道場の床に食い込んでるし左足のかかともめり込んでるよ?」

「それを言うなら龍斗、君の両手で抉り取った床はどういう事なのかな?…こら、目をそむけない」

 

そう、軸足に蹴りつけれても微動だにしなかったのは床に足の指が食い込むほど力を込めて迎撃したというシンプルな理由だった。

親子は修行が終わったらちゃんと直そうという会話を行った後さらに修行を続けた。

 

 

 

 

「んー、懐かしい。でもまだまだ未熟だねえ。どうだった二人とも?」

「「……」」

 

結局ビデオは1時間ほどの修行風景を写したものだった。序盤から30分くらいまでは床に足を付けていたんだが、だんだん床と壁を使うことになり終盤はほぼビデオに姿は映らなくなり、天井も使った縦横無尽な動きになっていた。

夏さんはともかく紅葉は所々早すぎて見えなかったらしくスローだったり解説したり(夏さんも終盤は見えなかったらしい)していたらすでに0時を少し回っていた。

 

「な、なんというか龍斗は知っとったけど龍麻さんも大概おかしいんやね。知らんかったわ」

「一応緋勇家は京都の裏の守護役の一族だからあれくらいはね。紅葉のお父さんあたりは多分知ってると思うよ。なんたって京都の代々続く名家の当主だからね」

「な、なんかすごいことを教えてもらっちゃった気がするけど。あれみたいなことするのかい?無理だよ?おれ」

「まあさすがにあれが出来れば向かうところ敵なしなんだろうけどそこまでは求めないですしやりませんよ」

「そ、そっか。よかった。…それにしても龍斗君も怪我とかするんだねえ。ビデオの最後の方で治療してたけど」

「それが一番早いですし、下手な医師より人の体の事は分かっていますからね。新ちゃんがガラスで手のひらをざっくりいった大けがしたんですけど俺が縫ってあげたんですよ?しっかりノッキングして…ふふ、痛みで泣いてた新ちゃんがいきなり痛くなくなってきょとんとして。傷を縫う俺を見て目を丸くしてたなあ。傷跡も残っていないから新ちゃんはもう忘れてるんじゃないかな。あ、それと父さんとの修行の時は異世界での力は使ってませんよ。純粋にこの世界で父さんから受け継いだ俺の力です」

「……私たちの世界って意外と摩訶不思議だったのね…」

「ウチも今度緋勇一族の事聞いてみることにしますね。じゃあそろそろ…」

「そうだね。続きは明日の朝ってことで」

「ええ、それじゃあお休みなさい」

「「おやすみなさい」」

 

 

 

 

「……んあ?」

 

俺は携帯の着信音で目が覚めた。時計を確認してみるとなんと四時。なんだよ四時って。間違い電話か?…新ちゃん?

 

「はい。龍斗だけど。こんな時間にどうしたの?」

『悪いな龍斗。けどちょっと緊急事態でな。今すぐ博士の所に来てくれないか。治療器具を持って』

「わかった。詳細はそっちで」

 

一瞬で目が覚めた。新ちゃんの声から命に係わる感じではないが大けがをしてるってところか。新ちゃんは怪我している感じではなかったから哀ちゃんか博士か。

とにかく治療器具を持って博士の家に急ぐことにした。

博士の家に着くと怪我をしていたのは哀ちゃんだった。なんでもジンに銃弾を浴びせられたという。驚いたのは哀ちゃんも白乾児を飲んで元の姿に戻った状態でジンと対峙したことだ。

幸か不幸か、子供になったことを知っていたピスコなる組織の人間はジンに射殺されて幼児化はばれていないらしい。さらに大人から子供になったため傷が小さくなっていた。そんな話を治療道具をだし、傷の具合を見ながら俺は聞いていた。

 

「傷が小さくなっているけど、太ももは貫通しているね。小さいとはいえ穴は穴。…痛みは?」

「痛いというより熱いわ。マッチの火を近づけられているみたい」

「わりいな、龍斗。かすめたような傷なら博士に任せられたんだけど流石に貫通してるのはな」

「いいよいいよ、重い病気以外は頼ってくれて。…マッチか。普通なら焼きごてとか表現するんだけど高熱もあるようだし結構痛覚がマヒしているみたいだね。でも…(ノッキング)どう?痛みは?」

「…全然感じないわ。何をしたの?私には細い針を刺しただけのようにしか見えないけど」

「いずれ話すよ。それじゃあ治療しますか」

 

彼女の傷は両肩、左二の腕、左ほほに左太ももにあった。いくら傷が小さくなっているとは言えこのままでは跡になってしまうのでそうならないように慎重に治療を行った。

治療を終えた頃には彼女は眠ってしまっていた。所要時間が1時間くらいか。ドクターアロエも巻いたし一週間もしない内に跡もなく完治できるだろう。もうすぐ冬休みだしこのまま休み続けてもいいかな。

 

「…終わったよ。この包帯自体に殺菌と抗生剤を浸透させる効果があるから交換しなくてもいいし、お風呂も入っていいよ」

「すまねえ、助かった」

「ありがとう、龍斗君」

「こういう傷は普通の医者に見せるわけにもいかないしね。時間も時間だし下手したら博士の虐待を疑われて警察に…なんてことに」

「「おいおい…」」

「冗談はさておき。彼女は大丈夫。七日ほど経ったら包帯を取りに一度来るから。もうすぐ冬休みだしこのまま休ませるのが一番だと思うよ」

「確かにそれでもいいな。どう思う博士?」

「ああ、いいと思うのじゃがそこは哀君と相談じゃな」

「そこは任せます。それで治療をしながらことのあらましは全部聞いたけど本当に彼らは米花町を捜索しないのかな?」

「ああ、ほぼないとみて間違いないぜ」

「≪ほぼ≫ない…か。ねえ新ちゃん。『この声どう思う?』」

「い!?」「なんと!?」

「今のって灰原の声か?!前にオレの姿で事務所に来てもらったときはそんなこと出来なかったんじゃねーのかよ!?」

「あの時はね。声って声帯とか喉とか口の大きさや形の違いで変化がつく。だからま、身体操作の応用でちょっと練習したらできた」

「怪盗キッドみたいなことを…ってまさか!?」

「うん、彼女に変装して東京から離れるよ」

「だけどそれじゃあオメーに危険が!」

「大丈夫、絶対追手が追えない方法を考えついてるから…もしかしたらワイドショーを騒がせるかもしれないけど」

「な、なんだよそれ?」

「まあまあ。ちょっと準備もあるし一度家に帰ってから…八時前にもう一回来るよ。悪いけどその時に彼女に聞きたいことがあるから起こしておいてほしい」

「あ、ああ」

「わかったぞい」

「それじゃあ、また後で」

 

そう言って俺は哀ちゃんの両手にメタモルアメーバを押し付ける作業をしてから家に戻った。

 

 

 

 

家に戻った俺はそのままグルメ世界の方に移動した。女性ものの服と靴、それに松葉杖の購入のためだ。こちらで買っておけば特定もされないだろうしね。こっちのデパートは基本24時間営業だから助かった。

 

買い物を終えグルメ世界から戻ると時間は七時過ぎだった。もう少し時間があるか。…これから俺がやることを考えると彼女には言っておいた方がいいか。そう思い、俺は彼女の部屋をノックした。

 

「あら、おはよう龍斗君」

「おはようございます、実はですね…」

 

俺は簡潔にあったこと、そして俺が今からやろうとしていることを説明した。おそらくそのことがテレビに出るので動揺しないでくれとも。そして彼女は無事であることを。

 

「…私が寝ている間にそんなことが…志保…」

「とはいっても、焦ってはダメですよ?」

「そうね、そうだけど…ねえ、志保におかゆ作ってお見舞いに行ってもいいかしら?怪我に風邪も引いているんでしょう?お願い…」

「…ばれないように、ですよ?辻本夏さん」

「わかってる、わかっているよ」

「なら、多分お昼まで寝ていると思うからお昼がいいと思いますよ。それから紅葉に説明をお願いします」

「ああ、もうこんな時間か。じゃあ気を付けて。説明は任せて」

 

そう言って彼女と別れた。服を持って博士邸に着いたとき時刻は八時五分前で約束通りの時間だった。

 

「おはよう。博士、新ちゃん。それに…哀ちゃん」

「おはよう龍斗君」

「おはよう龍斗」

「おはよう、それと昨日は途中で寝ちゃって。治療ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「それで聞きたいことがあるから私を起こしたって聞いたけれど」

「ああ、聞きたかったのは元の姿についてなんだ」

「元の?」

「うん。元の姿の身長と、できれば体重も教えてほしい」

「…身長はともかく体重を聞くなんてレディーの扱いがなっていないんじゃないの?」

「今回は緊急措置ってことで。どう?」

「…はあ。別にいいわよ。まあだいぶ前に測ったものだから誤差はあると思うけど16〇cmの○×kgよ」

「なるほどね、かなりスタイルがいいみたいだね」

「あら、ありがと。それでそれを聞いて何を…ってなんで二人は離れて耳を塞いでこっちを見てないのよ」

「ああ、それは…」

―ゴキッ、バキボキグギゴゴ!!

 

「!?!?!!!??~~!?!?!?」

 

 

「な、なんだったのよ今のは!あなた、身長180cmを優に超える高身長だったわよね!?それがナニ!?その成人女性みたいな身長は!?ってまさか!!??」

「ああ、やっぱり龍斗の奴…」

「ああ、≪あれ≫をやったんじゃろう。しかもあの時よりも10cmは追加があったわけじゃし目の前で見せられた哀君は相当じゃったろうな…」

「次は伸びる所か…」

 

後ろでぼそぼそ話しているみたいだけど。二人は気付いてるのかな?哀ちゃんが二人を見ているのを。

 

「はーかーせー、それにあなたも!こうなることを分かってて離れてたわね!?」

「ああ、いや…」

「そ、それはだな…」

 

そんな声を聞きながら俺は静かに三人の元を離れ買ってきた衣装に身を包み、彼女の顔に変装し左頬にはガーゼを当てた。最後に彼女の指紋を指に張り付ければ完成…と。

 

「どうかしら?あなたの目から見て私に違和感はない?」

「…気持ち悪いくらい私ね。鏡じゃない私がいるなんて悪夢のようだわ」

「なんというか。前にも見とったが龍斗君の変装は見事なもんじゃな」

「怪盗なんてやんなよ?マジで。キッドより手強くなりそうだから」

「見た目に違和感ないのならちょっと行ってくるわね。多分3時過ぎのワイドショーには私が何をしたのかが分かると思うから見ておいてね」

「先に教えてもらえんのかの?」

「言ってもいいのだけれど哀ちゃんがダメって言うから。それじゃあ、またね」

「…そういえばなんで私に変装を…ってまさか!?やめて!!あなたたちもあの人を止めて!危険すぎるわ!!」

 

そんな声が博士邸に響くのを聞きながら俺は彼らの目が届かなくなったところで裏のチャンネルを開いて、渋谷の人気のない路地にとんだ。さてと、帽子にサングラスと松葉づえを装備してっと。しっかり網を張っててくださいよ?組織の皆さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋勇君が出て行ってもうすぐ7時間。彼が言っていた3時になろうとしていた。

緋勇龍斗…工藤君の幼馴染みで彼や私の幼児化を知っている人。料理の神と呼ばれる両親を持ち自身も13という若さで世界一の称号を手に入れた天才料理人。何度か彼のお料理を頂いたことがあるけれど彼の評価が過大評価ではなく…むしろ過小評価なんじゃないかって言うくらい美味しかった。でも普段の彼は…とても世話焼きな人。ただ甘やかすだけでなくしっかりと締める所は締めるって言うのは国立競技場の事件で分かった。私にはお姉ちゃんしかいなかったけど、お父さんとかお兄さんとかはあんな感じなんだと思う。とても温かい人。でもこれだけは認められない。科学をバカにする身体能力。博士の作るゲームにもあんなでたらめな人間はいないわよ。生まれてくる世界を間違えたんじゃないかって非現実的なことを私が考えてしまうくらいに。

 

「どうかな?哀ちゃん。おかゆの味は?龍斗君と比べられると困るけど男料理としては中々なものだと思うけど」

「え、ええ。とても美味しいです。ありがとう」

「いえいえ」

 

そして二時過ぎにおかゆをもって来たこの人。緋勇君に私の事を聞いて来たと言っていた。私が博士の家にお世話になり始めたくらいから緋勇家に雇われた家政夫の辻本夏さん。私はこの人が…嫌い。その顔、しぐさ、所作のすべてがお姉ちゃんに重なる。でもこの人は男性。一度転びそうになったところを助けてもらったときに胸に抱きかかえられたことがあったけど、彼がタンクトップを着ていたこともあって胸元が見えた。あれはまごうことなき男性だった。

このおかゆもそう。男料理なんて言ってるけど味付けの工夫がお姉ちゃんそっくり。今も美味しいの言葉に笑顔を浮かべているけどその顔は…

 

「おい、そろそろ龍斗…にいちゃんが言っていた時間だ」

「そうじゃの。この時間のワイドショーといっとったな。…最初は呑口議員殺害のニュースじゃな」

 

彼の言っていたワイドショーを見ていたけれど内容は現職議員の殺害についてばかりだった。

 

「おいおい、もう20分経っちまったぞ。この番組って確か1時間番組だろ?」

「確かにそうじゃのう。上手くいかんかったってことなのかの?」

「……」

「えっと、どうしたの?夏さん。顔色が悪くなってるわ」

「え?い、いやなんでもないわ…ないよ。…ちょっと用事を思い出したから龍斗君の家に帰らせてもらうね。器はそのままにしておいていいよ。夜に取りに来るから」

「え?あ、ちょっと」

 

彼はそう言ってこちらの返答を待たずに帰って行ってしまった。なんだっていうの?

 

『さて、次は…こちらもとんでもない映像がたった今入ってまいりました。かなり衝撃的な映像になっています』

 

ん?次の話題になったわね。これかしら、彼が言っていたのは…これって!

 

 

 

 

テレビに映ったのはどこかの鉄道の中のようだった。

 

『ご乗車の皆様、今日は冬名山行き○○鉄道のご利用ありがとうございます。当列車は今、河床からの高さが100.4mと日本一の高さにある鉄道橋にさしかかっております。窓の外をご覧ください。山は見事に雪化粧をまとっております。そしてそのまま視線を下を…どうですか!冬名山を源流とする冬名川の上流にあたる下の河は冬になっても白波を立たせるほどの急流となっております。事実、急流釣りをしていた釣り客が川に流されて亡くなるという事故が毎年起きています。…それでは5分間橋の上で停止いたしますのでこの壮大な景色をご堪能ください』

 

テレビの下にテロップが流れる。

―ここは群馬県にある○○鉄道の列車内、動画を撮影したのはこの日デートのために乗った若いカップルの男性だった―

 

「動画内では、添乗員の説明の後思い思いにカメラを回したり会話を楽しむ様子が映っています。そして事件が起きたのは列車停車して3分ほど経ってからでした」

 

アナウンサーがそう告げた。動画の続きはカップルのやり取りを映していた。

 

『ねえ、ねえすごい綺麗な景色ね!それに100m上から見ても分かるくらい川の流れが激しいわよ!!』

『ああ、添乗員さんが言ってたけどありゃあひとたまりもねーぜ』

『あら?本当にそうかしら。試してみましょうか?』

『はあ?』

 

声をかけてきたのは女性だった。カメラをそちらに向けると帽子をかぶった20歳前後の茶髪の女性がいた。

 

―20歳前後の茶髪の女性。その左頬には大きめのガーゼがはられている―

 

『この高さから飛び降りてあの急流で生き残る…そんなこと奇跡でも起きないとね。私は神に生きることを許されているのかしら?』

『あ、あんた。何言ってんだ…?あ!!』

 

そう言うと彼女は開いていた窓から身を投げた。カメラは彼女が落ちて行って川に着水するまでの一部始終と車内のパニックの様子を淡々と撮り続けていた。

 

「○○鉄道はすぐに警察に連絡。現在も彼女の捜索が続いています。日中の、しかもカメラに収められた彼女の凶行。安否が気にかかります。乗客からは彼女の座っていた席から彼女の物と思われる松葉づえを持って行った怪しい人物がいたという証言もあり自殺なのか何らかの事件に巻き込まれたのか捜査が…」

 

 

 

 

「「「……」」」

 

あ、れは。私。間違いなく、今朝私に変装した緋勇君の私だ。

 

「ね、ねえ。ねえったら!」

「……あ、ああ。なんだ灰原」

「なんだじゃなくて!彼に連絡は!?」

「そ、そうだな!…なんだ、んで携帯に出ねえんだよ龍斗!!」

「と、とにかくワシは龍斗君の家に行ってみる!」

「頼んだぜ、博士!」

 

なんて無茶なことを。私なんかのためにあんなことをしでかすなんて!やっぱり今朝もっと強く止めるんだった。

結局、携帯はつながらず緋勇君の家に行った博士も彼には会えなかった。ただ家にいた彼の彼女からは、携帯にでないのは家に忘れているから。すぐに戻ってこないのはなにかやってるんだろうとのことだった。

 

「そっか、紅葉さんはそんなことを…なんか連絡を貰ったのか?」

「いや、行った時の様子から何ともない中彼の無事を確信しているようじゃった。根拠はないとはいっとったが」

「…ねえ、工藤君。なんで彼はこんな私のためにここまで?」

「あん?それは…龍斗だからさ。アイツはテメーの事より他人のために動く。やれることが人よりぶっとんでるからそうは見えないかもしれねえけどな。まあ、誰でも彼でもってわけじゃねーけどよ」

 

私は彼に何かをしただろうか。

 

「ま、龍斗はお父さん気質だからな。危なっかしい娘を守ろうとする父親とでも思っとけ」

「…なによそれ」

 

そして博士からの報告を聞いた彼の様子はさっきとは打って変わって冷静なようだった。

なぜ?無事だと分かったわけでもないのに。

 

「なんで落ち着けたかって?そりゃあ、あれだ。よくよく考えたら龍斗が紅葉さんを悲しませるような、ましてやオレ達に心配をかけるようなことはしねーよなって思い至ったからさ。心配っちゃあ心配だがすぐに会えるさ」

 

…よく、分からない。どうしたらそんなに他人を信頼できるの?……いつか私もそう思えるような人が現れるの?…分からないよ、お姉ちゃん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいー、参った。上手く奴らの網に引っ掛かったのか東京駅あたりから尾行する奴らが現れたから計画通り群馬県に移動して○○鉄道に乗って鉄道橋から飛び降りたまでは良かった。奴らはしっかりと彼女(大人ver)の指紋付き松葉杖も回収したのは匂いで分かった。これで死んだと思ったらいいし、生きていると考えても群馬に調査員を釘付けに出来れるのでどっちに転んでもいい。

そこまではよかったんだが、欲目を見せて奴らのアジトでも抑えとこうと逆尾行を始めたのが間違いだった(もちろん変装を解いて服も変えて)。アイツら何人の人を経由してんだよ。松葉杖だぞ?尾行してて5回ほど人を経由したところで深夜を回っていたので自宅に戻った。あわよくばAPTX4869の現物をお土産にしようと考えてたけどよくよく考えればあるかどうかも分からないしね。

そんなこんなで俺は変装に利用した服はワープキッチンの保管庫にしまい、風呂に入って寝た。

 

「…それで?私たちに連絡も入れずにぐーすか寝てて今何食わぬ顔で来たってこと?」

「はい…」

「私も工藤君も博…士は寝てたけど寝てないのに?」

「はい……」

 

なぜか…いや理由は分かり切ってるけど俺は正座していた。博士と新ちゃんは苦笑いだ。

 

「反省してる?」

「反省してます…」

「ならいいわ。…ありがとぅ」

「え?」

「な、なんでもないわ。罰として今日は一日あなたがウチの食事当番よ。いいわね、博士!?」

「お、おうもちろんじゃよ?」

「あ、じゃあ俺もご相伴に預かろうっと」

 

顔を上げるとうっすら赤い顔でそうのたまった哀ちゃん。…仕方ない、なら今日は心を込めて給仕に徹するとしますかね。

 

 

 

 

 

 

「ああいうのってなんて言うんじゃっけ?」

「ああ、ツンデレだな」

「誰がツンデレよ!!」

「「ひぃ!」」




明美さんは何をするかを知っていました。(あわよくば映像で残すことも)流石に姿が妹の自殺シーンなんて見て動揺しない訳がないので自主的に撤退しました。あ、順調に改造は進んでますw

初の灰原視点。龍斗の事は科学の徒として敵だけど人的には好意的、みたいな感じです。

鉄道橋は「関の沢橋梁」の画像を見ながらイメージを固めました。

あ、この「名探偵と料理人」では博士は黒の組織と全く接点はありません。原作の考察で関係者だったり黒幕だったりとされてますがこのお話では全くの白です。

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