東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 短いです(謝罪)


マイペースにレンタル(その四)

 大地を震わす、天を穿ち、空を貫くようにそびえる黒鉄の巨体。鋼鉄の両脚で地面を踏みしめるその姿は、さながら大妖怪ダイダラボッチを彷彿とさせる。妖怪の山をバックに不動立ちしている鉄の塊を目の前にして、私は寿命が数年縮むのではないかと心配になる程の大声で悲鳴を上げていた。

 

「な……なんなのよあれぇええええええええ!!」

「……あれ、自重とかどうなってんの?」

「そんな馬鹿真面目な物理法則持ち出したところで意味ないと思うよ針妙丸。ここは幻想郷なんだ、多少無理矢理な法則くらい不思議能力でいくらでも補えるんだから」

「いや、それにしてもあれはさすがに……」

 

 根が真面目な針妙丸があまりにも巨大な鉄塊を前にして冷や汗を浮かべながら色々と指摘を行っていたが、萃香の言う通りここは魑魅魍魎、未知異能が跳梁跋扈する幻想郷だ。自重とか動力源とか、そういった常識的な部分の粗探しをしても仕方がない。それよりも今問題視すべきなのは、あの馬鹿げたデカブツを誰が動かしていて、何をしようとしているのかということだ。

 まぁ、おおかた犯人は誰か分かってるけど……。

 脳内に浮かんだ研究と発明大好きクソ河童に蹴りを入れつつも、私は部屋の奥に引っ込むと霊力符と大幣、封魔針を懐に入れて神社の外へと飛び出していく。どういう理由があるにせよ、あんな巨大な物体を動かそうとしている時点で充分異変だ。異変とあらば、博麗の巫女としては解決に出しゃばる必要がある。正直言ってやる気は湧かないけれども、ここいらでちゃんと仕事をしておかないとウチの穀潰しヒモ旦那に示しがつかない。

 

「……ん? ありゃ。あれってまさか……」

「え、なになに? 何か見えるの萃香?」

「あー、針妙丸には見えないか。……うーん、滅茶苦茶面倒くさい未来が見えるぞー」

「なによ萃香。もったいぶらずに早く言いなさいよ」

 

 と、私の後に続いて針妙丸を肩に乗せて飛んできた萃香が何かを見つけたようで、何故か額に手を当てて溜息をついていた。身体の小さい針妙丸は萃香に見えているものが見えないようで、先程から必死に背伸びをして目を凝らしている。ちょっとだけ可愛い。

 そんな小人の可愛さに若干癒されながらも、おそらくはこの状況を一段階詳しくしてくれるものを見つけたであろう萃香に言葉を急がせる。基本的に何が起こっても動じないあの萃香が言葉を濁らせたのだ。相当のものが見えたに違いない。懐から札を一枚手に取りながら、私は彼女の言葉に耳を傾ける。

 私の催促に少しの間逡巡していた萃香であったが、気まずそうに頬を軽く掻くと私から目を逸らしながら口を開いた。

 

「あの木偶人形にさ……タケの奴が、乗ってるみたいなんだよねぇ……」

「…………あ゛ぁ?」

 

 ビリィッ! と、私の手の中でお札が一枚八つ裂きになっていた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「おぉぉ!! すげぇ! すげぇよこれ!」

「ふっふっふ。見たかい、これが私の最高傑作【ヒソウテンソクMk-Ⅱ】さ!」

「カッケェ! しかもちゃんと動くんだなこれ!」

「当然さ! この程度、私の手にかかれば造作もない!」

 

 にとりさんが手元のハンドルを軽く動かすと、連動してヒソウテンソクの右腕が持ち上がる。どうということはない極々基本的で単調な動作ではあるけれども、こんなに巨大なロボットが目の前で動いているという事実がそもそも大切なんだ。しょうもないとか、そんな言葉で片付けようとするやつはルーミアにでも食われちまえばいい。

 現在俺はヒソウテンソクの操縦席ににとりさんと二人で座っている。二人席ではなく、一人用の席に、二人で。このヒソウテンソク、本来は一人乗りであるようで、それを無理矢理二人で乗り込んでいるというなかなかに無茶な事をやっているのだ。今の状態を軽く端的に説明すると、俺がシートに座り、その上ににとりさんが乗っている。太腿辺りに彼女のお尻の柔らかい感触が直に伝わっていて正直ドキドキが止まらない。これはこれで……うん、役得ってやつだよな!

 

「ひゅいっ!? ちょっと雪走ぃー。急に首元に息を吹きかけないでよー」

「あ、あぁ、ごめんごめん。ちょっと鼻息が我慢できなかった」

「鼻息……?」

「こっちの話だ」

 

 慌てて誤魔化す俺に怪訝な視線を向けるにとりさんであったが、それ以上は追及することはないと判断したらしい。再び前方に広がるディスプレイ(とは名ばかりのガラス張り)に目をやると、爛々と目を輝かせながら少しずつヒソウテンソクを歩かせている。一歩進むたびに俺達を襲う上下の揺れ。

 

「……これってなかなかに色んな意味で危ない姿勢だよなぁ」

「そうかい? 私は普通に満足しているけどね」

「シートに直接座った方が座りやすいんじゃねぇの?」

「そんなことはないさ。……雪走と密着できているんだからさ」

「ん? すまんにとりさん。ヒソウテンソクの揺れでイマイチ聞こえなかったんだけど」

「なんでもないよ! さぁ、進もうか!」

 

 何やら小さく呟いたにとりさんは俺の言葉を遮ると、手元で光る赤いボタンを勢いよく押した。

 

「それは?」

「拡声器さ。異変を起こす以上、宣言はしておかないとね!」

「堂々としてんなぁ」

 

 異変って突然起こして、最終的に黒幕が判明するってもんじゃなかったっけ。

 そんな疑問が脳裏をよぎるが、彼女が楽しんでいるのでわざわざ指摘するのも野暮だ。揚げ足を取るタイミングというものがある。今はとにかく、この状況を楽しむことが先決だろう。

 無線マイクを手に取ると、にとりさんは満面の笑顔で幻想郷へと宣戦布告を行った。

 

「幻想郷の諸君! 私の名前はキャプテンニトリ! この幻想郷にひと時の革新をもたらす、新世代のレボシューショナーさ!」

「ちょっ!? にとりさん急に立ち上がらないでスカートが捲れてる! スカートの中に顔が入ってる!」

「ひゅっ、ひゅいぃぃっ!? こ、この破廉恥馬鹿雪走! こんな時にセクハラしている場合じゃないだろう!?」

「そんなこと言われてもってあぁぁぁにとりさん急にこっちを向いたら体勢崩して危ないぃぃぃ!!」

「わっきゃぁあああ!?」

 

 演説の途中でヒートアップしたらしいにとりさんは俺の膝の上で急に立ち上がるが、無理な体勢とヒソウテンソクの激しい揺れによってふらつき始める。地面に立っていればまだ支えるなり何なりの対応が取れていたのだけれども、さすがの俺も自分の膝の上に立った方をしっかり支える方法は熟知していない。唯一できることと言えば、かろうじて腰を掴み、倒れてくる勢いを減速することくらいだ。

 両手を精一杯伸ばしてにとりさんの腰を掴む。が、ヒソウテンソク本体の揺れもあるせいかなかなか思うように力が入らない。彼女の転倒を止められず、腰を支点にした状態でにとりさんの顔が徐々に近づいてくる。

 あ、これってもしかしなくてもヤバい展開が待っているような。

 瞬間的に冷や汗が出始めるが、時既に遅し。

 次の瞬間には――――

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「あ、立て続いたアクシデントの結果、事故的に接吻かました馬鹿が一名」

「アイツ殺すわ。四肢をもぎ取って神社の要石にしてやる」

「お、落ち着いて霊夢! なんか今まで見たことないくらい怖い顔してる! というか、その顔は主人公がしていい表情じゃないよ!?」

「止めないで針妙丸。世の中には己の理性を代償にしても存在を消さなければならない馬鹿ってのが存在するの。アイツはその最たる者よ。浮気者には死あるのみ」

「早苗の所にレンタルしたのは浮気じゃないの!?」

「私が把握していないってのが問題なのよォーッ!」

「……はぁ」

 

 小柄な身体を目一杯動かして霊夢を落ち着かせようとする針妙丸だが、当の本人は先程から勇儀も裸足で逃げ出すであろう覇気と表情を浮かべたまま拳をミシミシといわせている。右手に持った大幣が先程から悲鳴を上げていることに気が付いているのかは分からない。おそらく気づいていないだろう。

 こめかみに青筋を浮かべ、「ウワキモノ、慈悲ハナイ」と言わんばかりの怒りを身に纏った霊夢を止められる術はもはや存在しない。鬼である私が全力を出せばどうにかなるかもしれないが、彼女が本気で封印を始めたらおそらく負けてしまうこと請け合いだ。日頃の鍛錬を疎かにしがちな霊夢だけれども、生まれ持った技術的センスは天才のそれを遥かに凌駕する。

 私にできるのは、タケへのダメージを少しでも和らげてやることくらいかなぁ。

 そもそも今回の騒動は十中八九妖怪の山の馬鹿河童が関連しているだろうし、先導しているのだろうが、彼女の誘惑にのこのこと着いて行った挙句に浮気現場現行犯になったタケにも多少の非がある。つーか、妻帯者の癖によく考えないでその場のノリで行動したタケが悪い。超悪い。親馬鹿とか過保護とか言われるかもしれないけれど、霊夢を悲しませた罪は重いのだ。

 しかし、私は鬼ではあるが悪魔ではない。一応のアフターケアの為に、今頃のんびり茶でも飲んでいるであろう妖怪の賢者に向けて私の分身を向かわせる。あの馬鹿でかい鉄くずの件もある。さすがに重い腰を上げてくれるだろう。なんといっても最愛の息子が関わっているわけだし。

 

「私にできるのはこれくらいかな」

「ねぇ萃香。霊夢がこんな状態だけど、威は大丈夫なのかな……?」

「大丈夫も何も、タケだって一応は上級妖怪なんだ。そんじょそこらの雑魚とは違ってゴキブリ染みた生命力の持ち主なんだから、心配するだけ無駄ってやつだよ」

「ご、ゴキブリって……」

「まぁ何にしてもあのマイペース馬鹿は勝手に復活するから、今回の異変は全力で解決しても問題ないってことさ」

「萃香、針妙丸。お喋りはそこまでよ。……本格的に動き始めたわ」

 

 危険を察知したらしい霊夢が私達の雑談を諫める。さっきまでヤンデレのごとくトチ狂った発言垂れ流していたのはどこのどいつだとかいうツッコミは胸の奥にしまっておこう。私怨に塗れていたとしてもさすがは博麗の巫女といった様子で、異変解決に対する態度は誰よりも素晴らしい。……やる気になるまで時間はかかるけど。

 さてさて、どうなることやら……。

 

 

 

 

 

 


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