東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 完全に魔が差しました(笑)


マイペースにレンタル(その三)

 威君が来ない。

 神社で彼を待ち続ける私であったが、予定の時刻を過ぎても威君が来る様子はない。たまたま守矢神社に遊びに来ていた鏡華さんによると、もう神社についてもいいくらいだそうだ。昔の空を飛べない彼ならいざ知らず、妖怪として覚醒し、変換機無しでも自由に移動できるようになった今の威くんならば移動に手間はかからないはずだが。

 

「あの色ボケ小僧の事だから道草でも食っているんじゃないのか? 妖怪の山にだって知り合いは多いだろう」

「うぅむ……こうなったら鎌鼬を総動員して妖怪の山に生える樹木を一切合財切り倒して捜索するしか……」

「おやめこのバカ! また天狗共と揉める羽目になるでしょうが!」

「その時は神様パワーで追い返せばへっちゃらですっ」

「あぁぁ、なんでこの子はこうも脳筋に育っちゃったのかねぇ……」

 

 何やら疲れ切った表情で溜息をついている神奈子様に疑問を覚えるが、そこまで気に欠ける必要もなさそうなので私は思考に耽ることにする。

 確かに彼には知り合いが多い。妖怪の山にも、私や配達屋さんを初めとしたメンバーが友人として名を連ねている。知り合いの所に寄り道している可能性は否定できないだろう。というか、その可能性が高い。あのマイペースさんは約束は守るが、時としてその場の勢いや好奇心を優先して行動してしまうきらいがあるから、途中で道草を食ってしまっているパターンは十分に考えられる。

 道草を食っているとして、誰の所に行っているのか。

 様々な人が候補として挙げられるが、私が予想するのはただ一人。常に彼に対して関心を持ち、隙あらば交流を深めよう画策しているであろう妖怪。

 すなわち。

 

「河城にとり、ただその人……!」

 

 正しくは妖怪、河童であるが、そこら辺はまぁいい。問題は彼女が威君を呼び寄せ、私の妨害をしているかもしれないという事実に他ならない。『雪走威を愛でよう委員会』の副会長にして名誉会員である彼女なら、私の妨害をしてでも威君との交流を求めようとするのは極々自然なことだ。つまり、自然の摂理!

 

「ねぇ八坂神。あの風祝ちゃんは何を言ってるの?」

「残念ながら私にも分からん。ただ一つだけ言えることは、お前んとこの婿が絶賛大ピンチっていうことくらいだ」

「あら怖い。きょーかちゃんはか弱い乙女だからどうすることもしてあげられないわ」

「素手で妖怪の賢者を捻り潰す乙女がどこにいる」

 

 神奈子様と鏡華さんが何やら失礼なことを言っている気がするが、今回はスルー一択。後で飯を抜くことで謝罪を要求しておこう。鏡華さんに関しては紫さんに頼んでおこうと思う。きっと素晴らしいドロッドロの諍いを見せてくれるはずだ。

 さて、無礼者の対処法も無事に考えたところで、私は自室に戻るべくクルリと巫女服を翻し華麗に母屋へと歩みを進める。

 地面に絵を描いて遊んでいた諏訪子様がふと顔を上げると、何やら興味津々といった様子で口を開いた。

 

「大方予想はついているけれど、どこ行くの?」

「だいたい分かっているとは思いますが、ちょっくら妖怪退治に行ってきます」

 

 大量の霊力符と大幣を携えて、私に害為す妖怪変化を薙ぎ倒しに行こう。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 川の近くにある洞窟を改造して作られたにとりさんの家は想像よりも大きい。

 

「散らかってるけど、まぁ入りなよ」

「お言葉に甘えて」

 

 彼女の言葉に促されるように中に入ると、コンと軽く何かを蹴ったような音が聞こえた。感触から察するに金属類の何か。その後も足元に注意を払いつつ奥へと進むものの、踏み出すのとほとんど同じくらいの頻度で何かを蹴ってしまう。散らかっているとは言われていたが、まさかここまで散らばっているとは思いもしない。

 電気をつける。途端に露わになる、絨毯のように敷き詰められた――――いや、どちらかというと散乱したと表現した方が的確かもしれない――――ガラクタの山。小さいものはネジや歯車、大きいものは掃除機モドキまで。エンジニアの部屋はやっぱりこういうものなのか? 偽りの記憶ではあるものの、植え付けられた外の世界での残滓がなんとなく既視感を訴えている。

 

「こっちが研究所だよ」

「え? じゃあこの部屋は」

「自室だけど、ほとんど物置みたいなものだね。基本的に生活は研究所でしてるんだ」

 

 ものぐさというか合理的というか、せっかくの自室を倉庫に変えてしまう程に物が溢れかえっているのか。基本的に整頓されている博麗神社とはえらい違いだ。主に掃除しているのは俺だが。どちらかというと霧雨さんの家に近いかもしれない。彼女の家も中々の散乱具合を誇っている。蒐集家やら発明家やらはどうやら部屋が散らかる傾向にあるようだ。

 なにやらテンキーを操作してパスワードを入力しているにとりさんを眺めつつ、何の気なしに辺りを見回す。なんでナンバーキーやら自動ドアやらのハイテクセキュリティが幻想郷に存在するのかは甚だ疑問が残るが、あまり深く追及してはいけないのだろう。俺もここにきてそれなりの時間が経過しているが、この世界で常識に囚われてはいけない。光学迷彩があるんだからこれくらいは屁の河童なのだろう。河童だけに。

 

「尻子玉引き抜きたくなるレベルで面白くないね」

「勘弁してくれ。腑抜けになったら霊夢の相手できなくなる」

「ダッチワイフになるのもいいんじゃない?」

「お断りです」

 

 何やらうすら寒いものを感じてマッハで拒否の姿勢に入る。にとりさんなりのブラックジョークなのだろうが、河童である彼女がそれを言うと中々にシャレにならないのでやめていただきたいところだ。しがない弱小妖怪である俺が河童に勝てるとは到底思えない。

 そんな事を考えていると、ピーとかいう電子音と共に目の前の巨大な鉄扉がゆっくりと開かれていく。

 

「ちょっと前にアドバルーンとして作ったものなんだけど、今回は技術を結集して本物を作ってみようと思ってさ」

 

 薄暗い研究室に足を踏み入れる。にとりさんの話を聞きながら周囲を観察するが、想像以上に天井が高い。妖怪の山の麓に近い場所にあるから、山の中を刳り貫くようにして作っているのだろうか。ちょっとした工場と言っていい程に広い。

 踏み込むたびにカンカンと甲高い音が部屋中に響き渡る。床は金属製らしい。ますます工場っぽいな。

 キョロキョロと挙動不審気味に辺りに視線を飛ばす俺を楽しそうに見やると、にとりさんは照明のスイッチらしきボタンに手を当てたまま話し始める。

 

「雪走。私は前々から常々、キミに目をつけていたんだ」

「いきなりどうしたんだ」

「まぁ聞いてくれよ。キミはマイペースで他人に左右されないし、周囲からの信頼も厚い。かといって誠実すぎるという訳でもなく、適度な性欲も持ち合わせている。これはまさに主人公とも言えると思わないかい?」

「確かに。言われてみればそんな気もする」

「だろう? 私はキミを一目見た時から見抜いていたよ。『あぁ、この妖怪ならきっと私の願いを叶えてくれる』ってさ」

「……待て。アンタもしかして最初から俺が妖怪だって分かっていたのか?」

「これでも長生きしてる古参メンバーだからね。確信はしていなかったけれど、奥底に眠る妖力からだいたいは察していたよ」

 

 しれっと衝撃発言を織り込んでくるにとりさんに開いた口が塞がらない。ていうかこの人、俺が妖怪だって分かっていたのに恋力変換機を作ってくれたのか。その時何を考えていたかは分からないが、もしかすると相当厄介な相手なのかもしれない。

 今更ながらに上級妖怪の片鱗を見せつけてきた彼女に脅威を覚える俺であるが、当のにとりさんは特段気にした様子もなく演説紛いの話を続ける。

 

「幻想郷で最も大きく、最も楽しい祭典は何かわかるかい?」

「そりゃあやっぱり異変じゃないか? 解決する側も元凶側も個人差はあれど楽しんでいるみたいだし」

「そう。その通りさ。幻想郷で最もホットなイベントは異変だ。だけど、異変を起こすにはパワーバランスやきっかけが必要でね。私みたいな組織の末端じゃ実行するのはなかなか簡単な事じゃあない。今まで風神異変や核融合炉異変で協力者として活動しては来たけれど、やっぱり幻想郷の妖怪たる者一度くらいは起こしてみたいと思ったわけさ」

「まさかとは思うが……」

「そのまさかさ」

 

 ニィと口の端を吊り上げると、満を持して照明のスイッチを入れる。ようやく部屋中が光に照らされ、全貌が明らかに。

 四方を鉄板に囲まれただだっ広い空間。大量の計器や作業機械が置かれている中で、最奥で静かに佇む巨大な人形が異様な存在感を放っている。……否、あれは人形なんかではない。虚構ではあるが外の世界の記憶を持つ俺には分かる。あのような形で、あのようなフォルムで、あのようなデザインのものを、俺は知っている。

 まさか。

 まさか。

 

「……どうやら、勘付いたようだね」

 

 視線を釘づけにされたまま動かない俺の反応に酔いしれるかのようにニヒルな笑みを浮かべるにとりさん。一方の俺はすっかり言葉を失っていたが、心に浮かぶは浪漫と熱血の情熱。妖怪や人間なんて二の次の、男として……いや、『漢』としての何かが俺の中で声にならない叫び声を上げ始めている。

 確信した。彼女が何を求め、俺が何をやるべきか。

 全長109メートルのスーパーロボットを目前に、にとりさんはどこかで見たようなダイナミックで勢いのある劇画タッチな笑顔で俺にサムズアップを向ける。

 

「コイツはヒソウテンソクMk-Ⅱ。私達は今から、この世界に鉄の意思を叩きつけるのさ!」

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 同時刻。博麗神社。

 

「あの馬鹿……早苗に貞操奪われてなきゃいいけど」

「そんなに心配なら大人しく着いて行けばよかったじゃないかー」

「駄目よ。一人で我慢できるようになってこそ一人前と言えるんだから。それに、そろそろ私離れをしてもらわないと、いつまでも夫馬鹿だと舐められちゃうのよ?」

「タケも妻馬鹿な霊夢には言われたくないだろうさ……」

「萃香、何か言った?」

「大幣構えて言うのは横暴だよ霊夢ぅー」

 

 失礼な事を言う命知らずな鬼娘の頭をペシペシと幣で叩きながらお茶を啜る。今頃は守矢神社に到着して、向こうの一家とよろしくしている頃だろう。確か今日はお母さんも守矢神社に行っていただろうか。最近威に対して若干のデレを見せつつある我が母親はある意味で要注意人物なので面倒くさいことにならないかつくづく心配だ。

 まぁ、あのバカが私以外に靡くとは到底思えないけど……。

 

「凄い自信だね霊夢。さすがは本妻」

「本妻って、まるで妾がいるかのような呼び方はやめなさい針妙丸。威の奥さんは私だけよ」

「おー、惚気るねぇ」

「萃香五月蝿い」

「酷いや」

 

 とりあえず一発殴っておく。鬼だから別に怪我もしないだろう。

 威がいない一日というのも久しぶりだ。寂しくないと言えば嘘になるが、今日はこの二人とのんびりしながら過ごすとでもしよう。久方ぶりに遊ぶのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、次の一杯を淹れようと急須を手に取る。

 その時だった。

 

 ――――ズゥゥゥン……という地鳴りが幻想郷に響き渡る。

 

「な、なに!? 地震!? また天子の馬鹿がやらかしたわけ!?」

「違うよ霊夢! ほら、あれを見て!」

 

 突然の地響きに思わず立ち上がった私は、針妙丸に言われるがままに妖怪の山の方に視線を飛ばす。

 唐突に視界に入ってくる、巨大な人影。あまりにも巨大な人形が、妖怪の山をバックになにやら佇んでいる光景が飛び込んできた。

 さすがに困惑と驚愕が抑えきれず、思わず叫ぶ。

 

「なによあのイカレた巨大人形はぁあああああああああ!!」

 

 後に『巨人異変』と呼ばれることになる異変が、あまりにも急展開に始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




 ヒソウテンソクゥー!

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