というわけで記念的なものを行いたいと思います。詳しくは後書きにて。
「表ぇ出な、このチビ鬼がぁ!」
「上等だよこの星角!」
ミスティアさんの居酒屋の一角から、そんな感じの物騒な怒鳴り声が放たれた。同時に木製のテーブルを叩き割ったような破砕音が響き渡り、居酒屋内を騒然とさせる。
なんだ……酔っ払いの喧嘩か?
『外』ではあまり見られなかった光景ではあるが、魑魅魍魎が跋扈する幻想郷では極々自然なことなのだろうか。しんと静まり返った様子で音源の方を眺めている他のお客さん達は、多少は驚いてはいるもののどこか「またか」というような呆れの表情を浮かべていた。
そんな幻想郷住民の適応力の高さに脱帽しながらも、俺はミスティアさんが置いた八目鰻の串焼きを頬張りつつ騒動の中心である二人を観察し始める。
一人は背が高く、スタイルも良い美女だった。なぜか腕には鎖手錠を装備していて、上半身には体操服っぽいモノを着ている。下に穿いているやや透けそうな珍しい生地のスカートが印象的だ。
腰ほどまでに伸ばされた鮮やかな金髪。無駄な脂肪は付いていない(胸部は除く)健康的な肉体。それでいて、しっかり鍛えられている肉体美っぷり。テレビに出れば一瞬で人気タレントになれそうな程の外見の持ち主だ。……額から生えている異様な存在感を放った星印の角さえなければ。
神社に居候しているせいか、角と鎖を見た瞬間に「あぁ、鬼だな」と確信してしまった。たまに神出鬼没するちびっ子鬼に絡まれすぎているからだろう。慣れと言うものは本当に怖いものだ。
そして、そんな美鬼(こんな表現あるのか)の喧嘩相手はというと……、
「……え、萃香さんじゃないか」
あまりにも見知った顔すぎて一瞬マジで焦った。加えて、つい先程頭に思い浮かべていたこともあってか、二重で驚愕した。最後に、鬼の喧嘩相手は鬼くらいしかいないかと無性に納得している自分がいた。
さてさて、そんな知人の萃香さんであるが、彼女の外見はなんというか、美鬼さんの正反対と言ったら分かってもらえるだろうか。
膝元まで伸ばした薄茶色の髪を二つに分けて、先端付近を結んでいる。髪にボリュームがありすぎるせいか、暴言を一つ飛ばすたびに生き物のように激しく揺れていた。
背は非常に小さく、俺の胸ほどまでしかない。そして、なんといっても貧乳だ。ステータスとかそういうフォローを一切合財投げ捨ててしまいたくなるほどにまな板である。隣に巨乳の鬼がいるせいか、今回はそれがやけに目立ってしまう。
極めつけはやはりコメカミ付近から生えている一対の巨大な角だろうか。様々な図形の錘がぶら下がってある鎖も目を引くところではあるが、鬼と言えばやっぱり角だろう。可愛さ溢れる外見に相成った無骨な角が、ギャップを醸し出しているようでなんかいい。ギャップ萌え万歳。
二人の様子を観察して、なんとなく状況は掴めた。
ようするに、だ。
(鬼同士が酔った勢いで喧嘩してるってことだよな)
さらっと言ってみたが、冷静に考えるととんでもない事態である。
これはにとりさんから聞いた話ではあるが、なんでも鬼というのは妖怪の中でもトップクラスの権力と実力を持つらしい。あの高慢ちきな天狗でさえも鬼には頭を垂れ、従順に大人しくなってしまうとまで言われている。かくいうにとりさんも鬼には頭が上がらないそうだ。反抗するなんてトンデモないとか。
そんな強大な力を今から喧嘩(まぁどう考えても暴力方面)に使おうとしている二人。このままでは流石にヤバイと思ったのか、ミスティアさんは調理スペースから出ると慌てた様子で萃香さん達の方へと駆け寄っていく。
「ど、どうしたんですかお客様!」
「どうしたもこうしたもないよ! あたしゃこのちびっ子にプライドを傷つけられたんだ!」
「はっ、よくもまぁそんなことが言えるねアンタ! 私の純粋な心をぶち壊したくせに!」
「お、落ち着いてくださぁ~い!」
ミスティアさんの声もロクに届いてない様子でお互いを睨みつける二人は今にも爆発してしまいそうな雰囲気を全力で放っていた。一触即発を絵に描いたような状況を作り出している彼女達の放つ威圧感が、その場で楽しく酒を飲んでいた他のお客さんの気持ちさえも固いものに変えてしまっている。
あちゃー……これはなんかマズイ状況だなぁ。
せっかくのリラックスできる居酒屋が一瞬で空気の張りつめた修羅場へと変貌してしまった。このまま居残るのは危険だと判断した一部の客がぽつぽつと店を出ていく光景が目に入る。このままではミスティアさんへの営業妨害になりかねない。
そろそろ出番かな。博麗の居候として妖怪同士の喧嘩は止めるべきだろう。変換機を背負い、手甲の位置を再確認してミスティアさんを助けに行こうとした俺だったが、
「このチビはあろうことか私の服を捕まえて『ダサい』なんて暴言を言いやがったんだよ!」
そんな感じの怒鳴り声を聞いて思わずはたと足を止めた。
『…………は?』
図らずも、店内の心が一致した瞬間だったかもしれない。喧嘩の規模の割にはあまりにもしょうもない原因を垣間見た気がして、全員の頭が一斉に真っ白になる。状況が上手く掴めず、ほぼ全員が目を丸くして呆けたように口を半開きにしていた。
そんな俺達の心境は一切無視して、背の高い鬼さんは酒のアルコールで顔を赤らめたまま状況説明を開始する。
「そもそもは最近博麗に住み始めたどこぞのヒモ野郎の話をしていたのさ。ロクに稼がないごくつぶしの居候についていろいろとさ。んで、そいつが変わった格好をしているって話になって……」
「……そこから、星熊さんの服の話題になった、と?」
「そう! さすがミスティア話の流れが分かってるじゃないか!」
「は、はぁ……ありがとうございます……?」
なんか本題の流れとは著しくズレた方面で褒められてしまい、どうしていいか分からないご様子のミスティアさん。頬を引き攣らせて混乱したように目を泳がせている。
そしてなんと驚くべきことに、騒動の発端は俺に関しての話題であったことが判明した。いや、確かに『外』の服装は珍しいかもしれないけどさ。というか、ヒモとか穀潰しとかはっきり言わないでくれませんかあなた達。意外と結構気にしているんだけど。妖怪退治の手伝いも上手くいってないからそこまで稼げていないのも事実だけどさぁ……今度紅魔館でバイトでもしようかな。それか新聞配達。
予想外の悪評に落胆を隠せない俺ではあるが、このまま落ち込んでいても仕方がない。深呼吸をして心を整えると、仕切り直して萃香さん達の元へと向かう。
「あの、喧嘩とかは外でやった方がいいんじゃないっスかね」
「あぁ!? 誰だいこのチンチクリンは!」
「誰がチンチクリンだコラァ!」
いきなりどんな悪口だよこの鬼!
『お、おい……鬼に向かって罵倒し返してる命知らずがいるぞ……?』
『あれって博麗んとこの居候じゃないか?』
『なにぃ!? 巫女さんの裸とかいろんな宝物を独り占めしているっていう、あの稀代の女たらしか!』
「どういう評判と噂が蔓延ってんだ地底は!」
周囲の鬼達がひそひそと(ぶっちゃけ聞こえている)呟く内容に再びショックを受ける。地底内では地味に嫌な方向のカリスマになっているようです。噂の発信源が誰なのか、心底知りたいところだ。
遠慮なしに浴びせかけられる失礼な言葉の数々にツッコミが追いつかない。顔を真っ赤にして反論しまくっている俺にようやっと気が付いたのか、萃香さんは少しだけ目を見開くと満面の笑みで俺の名を呼んだ。
「おぉー! 誰かと思ったらタケじゃないか! 三日ぶりだねぇ」
「久しぶりです萃香さん! とりあえずこいつら黙らせるところから手伝ってくれませんか!」
「よし来た、お安い御用だよ! 鬼符《ミッシングパワー!》」
『え』
萃香さんは瓢箪を一気に煽ると、両手を振り上げて
つまりどういうことか詳しく説明すると、
萃香さんは密度を操って自分自身を巨大化すると、そこら辺でギャーギャー騒いでいた鬼や妖怪達を巨大化の勢いでまとめて空の彼方へぶっ飛ばしたのだ!
それもミスティアさんの店ごと。なんとまぁ豪快なお方である。俺のお願いを二つ返事で聞いてくれるばかりか、結構繁盛していたはずの居酒屋を丸々一つぶっ潰したのだから。さすがは常識破りで知られる鬼と言うところだろう。
「ふぃー、いい汗かいたよ」
「ふん、自分がチビだからって能力でデカくなるってのは情けなくないのかい?」
「うるさいよ勇儀。生意気なのは背と胸だけにしな」
「羨ましいのか?」
「だからうるさいっての!」
輝くような笑顔で額の汗を拭う萃香さん。何が面白くなかったのか、勇儀と呼ばれた鬼は口を尖らせるとそんな減らず口を叩いている。萃香さんも反論して結局口論に発展してしまうのだが、今回は先ほどのように暴力沙汰にまでなってしまうことはなさそうだ。片や目一杯背伸びして、片や見下ろすようにしてお互いを睨みつけている。それでもどこかニヤニヤしている辺り、仲が良いのだろう。
うん、やはり喧嘩をするほど仲が良いというのは本当のようだ。良きかな良きかな。
……さて、問題は。
「わ、私の店が……地底支店が……!」
俺の隣で号泣している店主さんだろう。
萃香さんの巨大化によって店まで崩壊しているのだが、犯人である彼女はいっこうに気が付く様子がない。四つん這いでわなわなと震えているミスティアさんが見えていないのだろうか。それはそれで酷い気がするのだが。……なんか可哀想になってきた。
「おーいタケー、せっかくだから勇儀紹介するよ! 今からちょっと飲みに行こう!」
「え、えぇー……いや、萃香さんこの状況でよくそんなことが言えますね。鬼ですかアンタ」
「へ? 鬼だけどそれがどうかしたのかい?」
「……いえ、やっぱりもういいです」
あの人には何を言っても同じらしい。さすが自由奔放全開の種族。
弁償はできないにせよ、今度博麗の一員として何か奉仕しておこう。このまま放置っていうのは罪悪感が凄まじいし。
とりあえずミスティアさんに声をかけてから、俺は萃香さんの元へと走った。
……初っ端から大丈夫か、地底。