それでは今回も、マイペースにお楽しみください♪
「威、アンタ今日からしばらくこの神社から出て行ってくれない?」
朝食中に放たれたあまりにも不意打ちすぎる追放宣言に、俺は思わず茶碗と箸を卓袱台に落としてしまった。中身は丁度なくなっていたから鈍い音がしただけに留まったが、俺のピュアハートは音を立てて崩れ去っているはずだ。もしかしたら砂塵と化しているかもしれない。
何かの聞き間違えではないか。そうだ、そうに違いない。耳の調子を確かめながら、俺は彼女の言葉を再確認する。
「あ、あのぅ……い、今何と……?」
「いや、だからさ。しばらく博麗神社から出て行ってほしいんだけど」
「…………。……聞き間違えじゃ、なかったッ……!」
「ちょっ、威? なんで突然うつ伏せに――――って、めっちゃ泣いてるし!」
畳に四つん這いになって心の汗を垂れ流す俺を極めて焦った様子で見やる霊夢。心配してくれているのだろうか。しかし、今の俺にそんな彼女の心境を察する余裕は存在しない。絶望と理不尽な現実に心がぶち壊され、人形のように空虚な存在と化してしまった俺は虚ろな目をしたまま畳の目を数え始める。
「いーち、にぃー、さぁーん……三万八千九百十四……」
「数えるの速すぎない!? ホントに人間かアンタ!」
「うぅ……霊夢に嫌われたんだ……。新しい男ができたのね!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないわよこの勘違い馬鹿!」
「あうち!」
何故か怒りに顔を歪ませた霊夢によって背中を踏まれてしまう哀れな俺。そのまま畳にぐりぐりと押し付けられてしまうが、痛みとは別になんだか少しだけ快感を覚え始める。倒錯的な何か……決して目覚めてはいけない新たな扉を開こうとしているようだ。あぁ、これが悟りってやつか。
「アホなこと言ってないで起きなさい。ちゃんと理由を説明するから」
「浮気相手の話なんて聞きたくないやい!」
「アンタの中では浮気決定なんかい!」
「それ以外で出ていけなんて言われる覚えはないもん!」
「『もん』とか言うな気持ち悪い! ていうか、理由説明するって言ってんでしょうがぁああああああああ!!」
「ア――――――――――――ッ!!」
……十数秒後、そこにはお祓い棒をお尻から生やした肉塊が転がっていた。まさか後ろのハジメテを無機物なんかに奪われるとは夢にも思っていなかった俺は霊夢の前にもかかわらず無様に涙を流す。それほどまでにショックが大きく、同時に情けなかった。
思いのほか本気で泣きじゃくる俺に狼狽の表情を見せる霊夢は、慌てた様子で俺の傍に駆け寄るとお祓い棒を抜いてから顔を覗き込んできた。心配そうに眉根を下げる彼女の顔は、いつもの勝ち気な様子と違って新鮮な感じがする。俺の脳内霊夢フォルダに新たなデータが刻み込まれた。
霊夢は申し訳なさそうに俺を見つめると、意外にも素直に謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめん。まさかそんなに痛かったとは思いもしなくて……」
殊勝な霊夢というのも珍しい。いや、お祓い棒突き刺して謝らないというのも人としてどうかとは思うが、素直じゃないツンデレ巫女として有名な彼女が詫びをしたという事実自体がもはや異変レベルの緊急事態なのだ。「気まずそうにもじもじと身をくねらせる霊夢可愛いなー」とか、「手を前に組んでいるせいで胸がいつになく強調されてメチャクチャ眼福であります!」とか思っている暇がないほどのエマージェンシーだ。おそらく今日はチルノが大量に降ってくるのだろう。
そんな阿呆なことを想像していると、不意に霊夢が呻くようにして口を開いた。
「……全部、口走ってるわよぉ……?」
「……Oh……ジーザス」
先程までの謝罪ムードはどこへやら、一転して怒りの微笑み(誤字に非ず)を顔一面に讃えた楽園の素敵な巫女は再びお祓い棒を握りしめると俺のヒップに狙いを定める。直腸プレイが最近のコイツのマイブームなのか。めっちゃディープだな霊夢よ。
「うっさい黙れエロの権化ぇえええええええええええええええええ!!」
「二回目はらめぇええええええええええええええええ!!」
結論。博麗の巫女を怒らせてはいけない。
尻から全身に広がっていく未知の激痛に痙攣しながら、俺はそう心に刻んだ。
☆
「……それじゃあ本題に戻るけど、余計なこと言ったら下半身不随にするからね」
「それだとお前もエッチができなくて困ることに……いえ、なんでもありません。もう黙ります。話が終わるまで絶対にボケませんから夢想封印のスペルカードを懐にしまってください」
「ふん」
ついには必殺技さえも脅迫道具として使い始めた博麗の巫女に軽く戦慄を覚えた俺は、無駄な自殺行為をすることもなく大人しく卓袱台の前に座りこむ。二度にわたる肛門強襲事件によりお尻が激しくヒリつくが、今そのことについて一言でも触れようものなら俺の肛門が一つ増えることになりかねないので必死こいて我慢する。正座をすることで、なんとか刺激を抑えようと試みる。彼女からは死角のようで、俺の健気な努力は分かってもらえる様子はないが。分かってもらっても困るだけなんだけどね。
湧き上がる怒りを治めるように茶を啜る霊夢。俺も空気を呼んで同時に茶を胃の中に流し込んだ。相変わらず凄まじく薄いお茶だが、もういい加減に慣れてしまった。今高価な紅茶でも飲もうものなら、胃が拒絶反応を起こす可能性さえ否定できないくらいに貧乏腹になってしまっている。紅魔館にだけは行かないようにしようと心に決めた。
お茶の魔力によって落ち着きを取り戻したらしい霊夢は、軽く深呼吸をすると艶っぽい唇を開いて話を切り出した。
「今日から一週間くらい、この神社で女子勢のお泊り会をすることになったのよ。早苗と魔理沙、咲夜に妖夢、後は鈴仙かな。女の子水入らずで過ごしたいんだって」
「ふむふむ。それで俺はどの女から入浴を覗けばいいんだ?」
「殺されたいのかアンタは」
「滅相もございません」
スカートのポケットから封魔針を取り出して俺を睨みつける霊夢の目は、まるで年齢について触れられた時の紫さんのように形容しがたい恐ろしい輝きを放っていた。これ以上無駄口を叩けば確実に命を落とすに違いないと、俺のなけなしの警戒心が涙混じりに警鐘を鳴らしている。今回ばかりはその警報に従っておくとしよう。これ以上ケツの穴が広がるのだけは御免だからな。
しかし、今の説明でなんとなく俺が追い出される理由を理解した。ようするに、女の子達でお泊り会をするから男の俺は邪魔だということか。まぁ当たり前の対応だろう。積もる話も積もらない話も、異性には聞かせたくないような猥談もたくさんあるだろうし。同性だけじゃないと落ち着かない人もいるだろうし。
「猥談なんてしないわよ。……ごめんね? いきなり無理言っちゃって」
「気にするなマイフェアレイディ。いざとなれば紫さんに協力してもらってスキマを使った覗きなんかもできるはずだし」
「アンタの頭はそれしかないのか」
「だって男の子だもん」
「少しは霖之助さんを見習いなさいよね……」
女性に対してはそれなりに紳士的な態度を取ることで知られる香霖堂の店主の名前を出して俺を諫める霊夢。あの人は男にも女にも人間にも妖怪にも『それなりに』優しいのだが、結局『それなり』でしかないので心の底から気遣われているという感じがしない。なんかこう、機械的に世話されている気がして非常に気まずいのだ。……まぁ、霧雨さんに対してはなんとなく態度が柔らかい気がしないでもないが。
とりあえず大まかな説明を終えた霊夢は再び茶を啜ると、最初から傍に置いていたらしい一枚の封筒を俺に手渡してくる。表面には【地霊殿在住古明地さとり様】と宛名書きがしてあった。なんじゃこれ?
怪訝な表情でまじまじと封筒を見つめる俺に、霊夢は解説を始める。
「行先もないままにいきなり出ていけなんていうのはあまりにも酷でしょ? だから、一昨日くらいにさとりに頼んでしばらくアンタを預かってもらうことになったのよ。それに入っているのは地霊殿までの地図と、地底への入行許可証」
「地霊殿って……確か地底にある一番でかい豪邸だよな?」
「そうよ。紅魔館の地底版って言ったら分かりやすいかしら。旧地獄……地底で一番偉い覚妖怪が住んでいる場所。アンタは今日から一週間、その妖怪の元で暮らすってこと。理解した?」
「大体は把握したが……一つだけ聞かせてくれないか?」
「なによ」
霊夢が気怠そうに頬杖をついて俺を見やる。俺が置かれた状況というのを大まかには理解したが、それでも一つだけ気になることがあった。一週間暮らすにおいて、それはとても大切なことだ。俺の地底ライフが楽しいものになるかどうかはそれにかかっていると言っても過言ではない。いや、割とマジで。
質問を待つ霊夢に素直な疑問の表情を向けると、俺は心の底から尋ねた。
「地霊殿って、女の子いっぱいいる?」
「……はぁ。まさかとは思っていたけれど、やっぱりか。本当に悪い意味で期待を裏切らないわね……」
「だって大事な事だろ? 男だけのムサい場所で一週間なんて、俺には到底耐えられない。女の子がいっぱいいる理想郷なら、俺は何日でも仕方なぁ~く我慢してそこで生活できるよ。あくまで仕方なく、だけど」
「好きな女の前でそういうことを平然と言ってのける図太さだけは超ド級よね、アンタ」
「へへへ。抱き締めてくれてもいいんだぜ?」
「死になさい」
溜息交じりに罵倒されるが、彼女も本気にはしていないようでうっすらと口元が笑っている。呆れたようにジト目を向けてくるものの、微かに垣間見える彼女の楽しんでいる感じが滅茶苦茶嬉しい。なんだかんだで俺との無駄話をエンジョイしてくれているようだ。うん、良きかな良きかな。
一通り話は終わったので、霊夢と俺は一週間分の荷物を纏める作業を開始した。まぁ荷物と言っても着替えと洗面用具くらいのものだからそんなに時間はかからない。後は護身用の手甲と、恋力変換機くらいだろう。
準備の過程で、霊夢から地底についていろいろと説明を受けた。道中に現れる妖怪の事から、地霊殿には美少女がいっぱいいるという情報まで。地霊殿のくだりで若干不機嫌そうに唇を尖らせていたので、機嫌を直すように謝りつつも頭を撫でてやった。そっぽを向いて「……馬鹿」と罵倒されたが、耳及び頬が赤く染まっているのを俺は見逃していない。風邪を引いた日からツンデレ反応が戻ってきた霊夢は一段と魅力的だった。
そんなこんなで纏め終えた荷物を抱え、俺と霊夢は裏庭にいた。なんでも、そこに地底へと続く穴の一つがあるのだという。
そこへと向かう途中に、いくつも石が重ねられた薄汚れた小さい石塔が視界に入った。辺りにはうっすらと草が生えているが、整えられた生え方からしてそれなりの頻度で手入れをしているのだろうことがわかる。正体が気にはなったが、霊夢が早足で歩いて行くのでそのことについて聞く暇は無かった。結局、そのまま彼女にそのことを聞くことはなかったが。
五分ほど歩くと、俺の背丈ほどもある大きさの洞穴が姿を現した。太陽が昇っているというのに中は真っ暗で、様子を伺うことはできそうもない。ここが地底への入り口なのだろうか。
ふと洞穴の右隣を見ると、【地底行き】と書かれた立札が立っていた。
「向こうに着いたら、さとりによろしく言っておいてくれない? 今度また遊びに行くって」
「俺の嫁だと補足しておくよ」
「言ってなさい変態。……それじゃ、またね」
「あぁ、一週間後にはもっといい男になって帰ってくるぜ」
「追い出された男の言うことじゃないわね」
「それは言わないでおいてくれた方が嬉しかったですがね!」
最後まで笑顔のまま、くだらないからかい合いをする俺と霊夢。一週間も会えないというのに、お互いの顔には少しの寂しさも見受けられない。離れていても通じ合えると、信じているのだ。寂しがることなんて、何もない。
荷物を持ち直し、洞穴へと入っていく。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
軽く右手を挙げてニヒルに別れを告げた俺は、「俺マジでかっこいい」と心の中で自分を賞賛しながら洞穴を進もうとして――――
足元に広がっていたでっかい穴へと落下した。
「あ、言い忘れていたけど、そこ気を付けないと地底まで一直線の落とし穴だから」
「一番言うべきことを忘れるなっぁあ――――――――ッ!!」
初っ端から幸先の悪い地底旅行の幕開けに、嫌な予感が止まらなかったのはここだけの話だ。
次回もお楽しみに♪