東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 連続投稿です。お読みでない方は前の話を読んでからお読みください。


マイペースに本当の想い

「……本当の家族って、なんなのかな」

『…………』

 

 私が突然投げかけた問いに、文と沙羅は二人して硬直した。いつも元気で騒がしくて傍若無人な私らしくない、真剣な悩みに虚を突かれたのだろう。目をパチクリさせ、お互いに顔を見合わせている。

 質問をそのままに、私はテーブルに顔を伏せた。もう、限界だったのだ。照れ隠しして、空元気見せて。さっきの射命丸家の仲の良さを見て、私の精神的ストレスはもはや臨界点を突破していた。

 視界の外で動揺する二人の気配が感じられる。やはり、困っているようだった。それもそうか。普通に暮らしていて、こんな問いにいきなり答えられるはずがない。

 答えを求めてやってきた射命丸家。でも、こいつらでも分からないなら仕方がないか。

 顔を上げ、席を立とうとする。答えは見つからなかったが、これ以上二人の邪魔をするのも気分が悪い。とりあえずパンだけパクッていこうとした時だった。

 真面目な顔をした沙羅が、不意に言葉を投げかけてきたのだ。

 

「なー博麗。俺が逆に聞かせてもらうけどさ……お前にとっての家族っていったいなんなんだ?」

「…………え?」

 

 あまりにも予想外すぎる沙羅の質問返しに、お次は私の思考が停止する。思わず、彼の顔を呆けた顔でまじまじと見つめてしまった。何を言ってるんだコイツは、と素直な疑問を表情に出して。

 そんな間抜け面丸出しの私を気にした様子もなく、沙羅は真剣な面持ちで言葉を続ける。

 

「家族がなんなのかなんて、誰にもわからねーと俺は思うぜ? 説明できないから、家族なんだと俺は思う」

「……言っている意味が分からないんだけど。頭でもおかしくなった?」

「誰の為に言ってやってると思ってんだてめーは。……だからさー。俺は思う訳ですよ」

 

 沙羅は呆れたように自慢の銀髪をガシガシと掻くと、わずかに濁った彼らしい焦げ茶色の瞳で私を見つめ、こう言い放った。

 

 

「――どんな時でも自分の傍で支えてくれるのが、家族ってもんなんじゃねーの?」

 

 

「――――ッ」

「良夜……」

 

 文が思わずと言った様子で彼の名を呟いているが、私は心臓を掴まれる思いだった。図星をつかれた。心のどこかで分かっていたことを突き付けられた気がして、言葉を失くしてしまう。

 

 どんな時でも自分で支えてくれる存在、か……。

 

 思い返せば、あの馬鹿はどんなときでも、どんな状況でも私の傍にいてくれた気がする。私を助け、私を叱り、私を口説いて。最後の一つは余計な気がしないでもないけれど、彼は彼なりに、出来る限りのサポートをしてくれていたのではないか。そんな威を、恥ずかしいとかプライドとか、そんなくだらない個人の感情で突っぱねていたのは、他でもない私じゃなかったのか。

 素直じゃないのは自分でもわかっている。でも、私は少しでも威の気持ちを考えたことがあったの……?

 沙羅はふっと表情を緩めると、優しく微笑みかけてくる。

 

「素直じゃねーお前だって、もう気づいてるハズだろ? 大事なのは雪走がお前にとってどんな存在かじゃない。――お前が雪走のことをどう思ってるかなんじゃねーのか?」

「私が、どう思ってるのか……」

「そーゆーこと。その天邪鬼な心ともう一度よく話し合いしてみたらどーだ? 話し合って話し合って話し合って話し合って――お前自身が納得できる答えを見つければいーじゃんか。他人の答えなんて、普通は納得できねーもんなんだよ」

「私自身の、心……」

「お前にはお前の、俺には俺の。……そして、雪走には雪走の答えがある。十人十色って言うだろ? 自分と同じ答えを持った人間なんてどこにもいねーよ。違う考えをぶつけ合わせて、初めて分かり合えるんだ。それが一番やりやすい相手……それが家族っていうもんじゃねーのか?」

「…………」

 

 いつもは腹立たしいだけなのに、今回だけは不思議と彼の言葉が心に染み渡っていくのを感じた。素直じゃない私の心が、少しだけ前を向いてみようとしている。

 ずっと一人だったから、臆病になっていたのかもしれない。お母さんがいなくなって、広い神社で一人ぼっちで。そんな中いきなり私の中に入ってきたあの馬鹿を受け入れることが、怖かったのかもしれない。

 もう、大切な人を失うのは嫌だったから。「大好き」と言える相手と、離れ離れになりたくなかったから。

 博麗の巫女としての職業柄なんて、ただの言い訳に過ぎない。私の臆病な心を覆い隠すための、無様な仮面に過ぎない。

 

 ――――それに、うじうじ考え込むなんて私らしくなかった。勘と本能で行動する私が、何を乙女みたいに悩んでいたのかしら!

 

 私を立ち直らせてくれた沙羅の顔を見る。先ほどの憔悴しきった情けない私ではなく、太陽のような、輝かしく可愛らしい『私』本来の表情で。

 

「……ありがとね、沙羅。少しは前に進めそうよ」

「そいつは良かったな。少しでも力になれたってんなら、こっちも嬉しいぜ」

「ええ。それじゃあ、私はもうお暇させてもらうわね」

 

 背中を向け、扉を開く。思っていたよりもいい答えが得られた。これでもう大丈夫。アイツに対して、嫌な感情を持たなくても済む。

 悩みが吹っ切れたら、なんか悪戯したくなってきた。二人仲良く私を送る獲物が目に入ったので、思わず口元が吊り上ってしまう。

 私は家を出る前に立ち止まると、怪訝そうな表情を浮かべる射命丸家の住人に向けて言い放った!

 

「――――文の喘ぎ声は、外に漏れないようにしなさいよ?」

「は、はいぃぃぃいいいい!?」

「ばっ、誰がそんなことするか! いきなり意味不明なテンションの落差見せつけてんじゃねーよ! さっさと神社に帰りやがれ、この腋巫女がぁーッ!」

「あははははっ! 仲良くしなさいよこのバカップル!」

『お前にだけは言われたくない!』

 

 食器やら家具やらが飛来してくるのを回避して、私は大空に飛び立った。訪問する前と比べると、私の心は随分と晴れやかだ。あぁ、こんなにも風と日差しが気持ちいい!

 

「……あら、なんか吹っ切れた顔してるわね。霊夢」

「いきなり隣に現れないでっていつも言ってるでしょうが紫」

 

 飛んでいるのに、スキマを応用して私にぴったりとついてくるスキマ妖怪。神出鬼没する程度の能力は今日も絶好調らしい。ていうか、二日連続でアンタを見るなんて運が悪いわね。

 

「……最近霊夢の私に対する態度が酷いと思うのだけれど」

「妖怪なんてこんなもんで充分よ」

「酷いわ! ……でも、昨日と比べると優しい声色ね。天狗の所でなにか言われたのかしら?」

「いろいろね。記憶喪失のツンデレ野郎に説教されちゃった」

 

 今頃気まずい雰囲気に戸惑っているであろう二人を思い出し、ニヤニヤ笑いが止まらない。うん、やっぱり私はこうでなくっちゃ。じめじめした暗い私なんて、ルーミアにでも食べさせちゃえばいいのよ!

 

「食べさせられるルーミアはたまったもんじゃないわね」

「いいのよルーミアだし。いつも悪戯ばかりしてくるんだからったく……」

「まあまあ。……それで? 雪走君に対する自分の気持ちは分かったのかしら?」

「えぇ、勿論っ」

 

 分かったに決まっている。私が彼にどういう想いを抱いているか。どういう存在になってほしいかなんて。こんなに分かりやすい気持ち、今まで理解しようとしなかった自分自身が馬鹿みたいだ。

 ベタだなぁと早苗は言うだろう。やっとかよと魔理沙は呆れるだろう。貴女らしいわと咲夜は嘆息するだろう。でも、それがどうした! 他人の意見なんてどうでもいい。大切なのは、私の素直なこの気持ち!

 私は右拳を握ると、晴れ渡る空に思い切り突き上げ、高らかに宣言するっ!

 

 

「私は威が大好きよっ、文句あるかバカヤロー!!」

 

 

 改めて本心を確認すると、胸がすく思いだった。あぁ、なんて気持ちがいいのか。ここまで開き直れば逆に恥ずかしくとも何ともない。馬鹿にされる? からかわれる? くだらない! 恋する乙女は全力全壊! 邪魔するものはすべて退治するわよ!

 

「いや、いくらなんでもそこまで開き直るっていうのは今までの態度的にどうなのよ……」

「問題ないわ! 威には私の気持ちは言わないし! ちゃぁんとしたロマンティックな雰囲気になってから、純愛小説の如く結ばれるんだから!」

「雪走君が帰ってきたら霊夢が告白しちゃえばそれで終わりでしょうに……」

「分かってないわねぇ、紫は。そんなだから幻想郷の皆に年寄り臭いとか言われちゃうのよ」

「人が気にしていることを!」

 

 両手を軽く広げ、馬鹿にするように紫を見下す。ある意味純情少女達の本音を代弁するように、純愛ロマンスがまったく分かっていない古臭い妖怪の賢者を思いっきり見下してやる。……なんか震えているけれど、気のせいよねっ。

 

「こ、この腋巫女……言わせておけば年寄り臭いだの古臭いだの……」

「なによ。本当の事でしょ? 恋愛をしたことがないからそういうことが言えるのよ。この灰色妖怪」

「私は紫色だぁーっ!」

 

 見当違いも甚だしい箇所でブチ切れる紫。でも、今はそんなことはどうでもいい。このバカに純愛の何たるかを教えてあげないといけないんだからね!

 

「いい? 紫。そもそも女の子から告白するっていうのは恋愛界においてはタブーなの。わかる?」

「わからない。わかってたまるかこの紅白」

「いつの時代も男性から告白してこそ本物の恋愛と言える。男女平等が叫ばれる現代においてもそれは変わらない。ていうか、なにが男女平等か! 生意気言ってんじゃないわよ無様な大人共が! 自分達の夢とか希望とかが打ち砕かれたからって、逆ギレしやがって!」

「いや、男女平等推進派の人達は別に恋愛視点で言っているわけじゃないからね? 社会的背景とか、就職関係において筋の通った意見を言っているだけに過ぎないのだけれど……」

「……ふっ、そうやって御託を並べるのね、大人って人種は。これだから年寄りは嫌なのよ。夢とか希望とか、ロマンスを夢物語だと切って捨てる。子供の夢を奪い去って楽しいか!」

「なんの話!? 貴女、何に対して怒っているの!?」

「腐った現代社会に対してよ!」

「貴女幻想郷から出たことないでしょうが!」

 

 なにやら社会を代表して私を諫めているかのような紫だったが、今の私にはどうでもいいことだった。私の心は恋の魅力に溺れていたのだ。今なら分かる、魔理沙の気持ちが! 【恋符】なんて痛々しいスペルカードを作る、親友の熱いパトスが!

 

「恋符【夢想封印・ラヴ】」

「漢字とカタカナが入り乱れてる! って、きゃぁっ! いきなり弾幕ぶっ放さないでよ霊夢!」

「紫勝負よ! この燃え盛る愛の炎は、もう誰にも止められない!」

「止めたくない! 勝手にしなさいよ面倒くさいわね!」

「機数は四機。スペルは二枚。いざ尋常に参る!」

「私の意志とか拒否権とか一切合財無視された!」

「妖怪に人権は無い!」

「貴女はどこの盗賊殺しよ!」

 

 ギャースカ叫びながらもショットを撃ってくる紫。む、やる気ね。そっちがその気なら、私も手加減しないわ!

 

「貴女が吹っかけてきたくせに!」

「いきなさいっ、ホーミングアミュレット!」

「話を聞けぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 紫の悲鳴が幻想郷中に響き渡る。それをBGMに、私は恋の炎をショットに変えて空を優雅に飛行する。

 威が白玉楼に行ってから、二日目。私の中で、彼に対する感情が確かに変わったとある日の午後だった。

 

「もぉ、いやぁ……」

 

 紫がなんかガチめに涙目だけど、気のせいよねっ♪

 

 




 次回は威編です。
 お楽しみに♪

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