俺が目を覚ますと、視界の先は知らない天井だった。
「……いや、混乱している場合じゃないな。とりあえず現状把握」
何やら暖かい布団が被せられているが、その気持ちよさに負けて寝入ってしまう前に記憶を遡る。
えーと、確か俺の歓迎会を開いたんだよな。そんで霊夢が酔い潰れて、東風谷を泥酔させて、霧雨さんと弾幕ごっこして――――!?
「って、そうだ! 結果は、結果はどうなった」
「あ、起きましたか?」
「うひゃおえい!」
突然背後からかけられた声に、隠れビビリな俺は世にも奇妙な悲鳴をあげて飛び上がってしまう。世間体とか社会的尊厳とか、そういうのを一切合財投げ捨てて驚いている俺は現在十七歳である。世間一般ではそれなりのプライドと意地で生きているはずの男子高校生は、恥も外聞もかなぐり捨てて漏らしかけました。
しかし俺は格式高い博麗の居候。霊夢の名を貶めないためにも、大人な対応で臨まねば。
俺はなんとか立ち上がると、パンパンと服に付いた埃をはたいてにっこりと笑った。
「どうもご機嫌麗しゅう。雪走威と申しみゃっ」
噛んだ。それも盛大に。
「……っ……(ぷるぷる)」
(全力で笑い堪えていらっしゃるぅー!)
二本の刀を携えた銀髪ショートカットの少女は、ポーカーフェイスを維持しながらも肩を明らかに震わせていた。声を出して笑わないあたり、気を遣われているのだろうか。
……なんにせよ、恥ずかしい。穴が無くても掘って飛び込みたい。
「鬱だ、憂鬱だ……」
「……そ、そこまで落ち込むことでもありませんよ。ほら、間違いなんて誰にだってあるじゃないですか」
「美少女の目の前で盛大に台詞噛むような男は滅亡すべきなんです」
「びしょっ……!? い、いやいやいやいや! 私が美少女なんてそんな大それた! おこがましいにも程があるというか!」
「……は? いやいや、どう見ても美少女じゃないですか。鏡をよく見た方がいいですよ?」
「ぁ……うぅ……」
顔を赤らめ恥ずかしそうに俯く少女。そんな表情も可愛いが、俺としては渾身のボケをスルーされたことの方が地味にキツかったりする。ボケ殺しな子だなぁ。
……って、こんなことしている場合じゃないや。今の状況を把握しないと。頬に手を当て何やら自問自答している少女に質問を投げかける。
「そんな美少女だなんて……いやでも殿方の言うことですし本当かも……」
「あ、あのー。ちょっと質問いいっすか?」
「本当だったら嬉し――――は、はい!? し、質問ですか! いいですとも! じゃんじゃんお聞きください!」
「は、はぁ。じゃあお言葉に甘えて……」
なんだこの子。急にハイテンションになったな。情緒不安定か?
「まぁとりあえず名前を教えてください。いつまでもあなたとかキミとか呼びづらいんで」
「あ、申し遅れましたね。私は魂魄妖夢(こんぱくようむ)と言います。この白玉楼の庭師兼雑用係のようなものです」
「……白玉楼?」
「はい。この屋敷は冥界でも随一の大屋敷。西行寺幽々子様のお住まいである白玉楼です」
冥界、と言いましたか妖夢さん。つーことは、あの世ですよね?
……。
…………。
「……そうか。霧雨さんもとうとう人殺しに……」
「いや、雪走さんは死んでいませんから。弾幕ごっこの後に幽々子さまのご命令で私がお連れしただけです」
「命令? なんでまた」
「さぁ……」
「『さぁ』って……適当すぎやしませんか」
「私には幽々子様の御真意は図りかねますので」
そりゃそうだろうけれども。それを言われると俺本当になんで連れてこられたのかまったく分かんないじゃないか。
うぅむ、と一人頭を抱える俺。今頃霊夢は何をしているのだろう。昨日酔い潰れてから、二日酔いになったりしていないだろうか。あ、風呂も沸かしてないや。片づけもやってないし……いかん、心配になってきた。
一人なんだか明後日の方向に思考を向けている俺を他所に、妖夢さんはいたって冷静に次なる行動を指示してくる。
「じゃあとりあえず、幽々子様の所に案内します。ちょうど朝ごはんもできていますし、食卓で詳しいことはお聞きになればよいかと」
「はぁ……まぁとりあえず、ゴチになります」
なにはともあれ腹ごしらえだ。空腹状態だと上手く考えが纏まらないし。
寝室を出ていく妖夢さんの後へと続く。タイミングを計っていたのか、丁度良いタイミングで俺の腹の虫が奇声をあげていた。
☆
「ようこそ白玉楼へ~♪ 私がここの主、西行寺幽々子よぉ。気軽にゆゆちゃんって呼んでね♪」
『…………』
朝っぱらから衝撃的なものを見てしまった俺は果たしてどういう行動を取れば正解なのだろうか。
妖夢さんに連れられて向かった居間。『まさに和食!』といった数々のご馳走が並べられている先に、青い着物モドキを着たほんわか美人さんがいたのだ。
おそらく彼女が幽々子様とやらだろう、と俺なりに堅苦しい挨拶をした直後に……コレだ。
見た目は確かに見目麗しいが、どこか紫さんと似通った雰囲気を醸し出している。良く言えば若々しい。悪く言えば痛々し――
《……それ以上言ったら生と死の境界を失くすわよ》
(ひぃいいいいいいいいい!!)
突如として脳内に響いてきたゆかりん十七歳の脅しヴォイスに、思わず全身が硬直してしまう俺。聞かれてた! 俺の思考読んでるよこの人! 個人情報保護法って知ってますか紫さん!
「……どうしたのぉ~、雪走君?」
「い、いえ! なんでもありませんでございますですはい!」
全力で敬礼。深々とお辞儀。あんま迂闊なことをしていると俺の人生が二秒で瓦解する。
……ま、まぁとりあえず気を取り直そう。問題は隣で立ち尽くしている妖夢さんだ。何やら「なんだこの未確認生物は」みたいな表情で幽々子さんを見ていますが、どうしましたか貴女。
妖夢さんは恐る恐ると言った様子でゆっくりと口を開く。
「幽々子様が……」
「うん? 妖夢、私が何か――」
「幽々子様が、マトモに他人と会話していらっしゃるっ……!」
「ちょっと失礼」
妖夢さんの主従関係とは思えない失言に青筋をビキビキ浮かべた幽々子さんは、その癒し系キャラからは想像もつかないスピードで妖夢さんを抱え上げると隣室へと姿を消していった。……何か声が聞こえる。
『よぉむぅ、貴女も良いご身分になったものねぇ……』
『も、申し訳ございません幽々子様! で、でも珍しいなぁって思ったり思わなかったり……。幽々子様って八雲様と同じくらい引き籠りな節があるから、私としては喜ばしいって気持ちもあるんですよっ』
『…………極刑』
『いやぁあああああああ!! お慈悲をっ、お慈悲をぉおおおおおおおお!!』
ドカバスゴキグチャベチャガスッ! なんて感じの、美少女二人が発するべきではない暴力の効果音が聞こえてくるのは、気にしない方がいいだろう。うん、仕方ないよね。家来なんだし。
「……ごめんなさいねぇ、ちょっとウチの半人前が恥ずかしいところを見せちゃって」
「いえ、問題ありませんよマドモワゼル」
襖を開けて戻ってきた幽々子さんの顔には、非常に爽やかな汗が浮かんでいた。……そして、その背後には無意識にモザイクをかけてしまうレベルで肉塊となってしまっている元・庭師の姿もあった。
この人と紫さんだけは怒らせてはいけない。心によぉく刻んでおこう。
一人の尊い犠牲により場も充分和んだところで、本題に入る。
「あの、幽々子さん」
「ゆゆちゃん」
「いや、その、幽々子さん……」
「ゆゆちゃん」
「……ゆゆちゃん」
「はい~? なんでも聞いてね雪走くぅ~ん♡」
何だこの人。ある意味紫さんよりタチ悪いぞ。
《じゃあ私も『ゆかりん』って呼んでもらおうかな》
《くらえ必殺十八禁エロ同人妄想二十連発八雲紫版っ……!》
《きゃぁああああああっっっ!! いやっ、いやぁあああああああっ!!》
目標は沈黙。これでしばらくは大人しくしてもらえるだろう。
「幽々……ゆゆちゃん、聞きたいことがあるんですけど……なんで俺を白玉楼に連れて来たんですか?」
「う~んとねぇ、私の気まぐれとか面白そうだったとか理由はいっぱいあるんだけど……」
「(嫌な予感しかしねぇ!)」
「……まぁ、一番おっきな理由は、キミに強くなってほしいからかな?」
「…………へ?」
嫌な予感どころか、予想外すぎる答えが返ってきたので間抜けてしまう。俺に、強くなってほしいから……?
ゆゆちゃんは扇子で口元を優雅に隠すと、柔らかな笑みを浮かべる。
「霊夢の旦那さんを務めたいのなら、やっぱり力は必要でしょ? でも、魔理沙との弾幕ごっこを見た限りだと、今の雪走君はちょっと力の強い妖精にも負けちゃうかも。そんなんじゃ、博麗の一員になるどころか、幻想郷の強豪メンバーになることさえ難しいわぁ」
「……厳しいですね、幻想郷って」
「みんな妖怪とか人外ばかりだしねぇ。……でも、私はキミを気に入った。頑なに霊夢の為に強くなろうとする雪走君の愚直さが、面白いなぁって思ったの」
「……修行でも、つけてくれるんですか?」
「ある程度はね。とりあえず、そこら辺の中級妖怪には負けないレベルまでにしてあげる。……後は紅魔館とか、永遠亭に任せるとして」
「紅魔館? 永遠亭?」
「うぅん、こっちの話。とにかく、キミが望むなら、私は全力でキミを強くしてあげるわ」
「お願いします」
即答だった。当り前だ、迷う必要なんてない。強くなる、そのためなら俺は誰にだって教えを請う。それがたとえ悪人だったとしても、俺は強くなってみせる。
ゆゆちゃんは虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに「ふふっ」と口元を綻ばせた。
「やっぱり、雪走君は面白いわねぇ。霊夢の旦那さんには勿体ないくらい」
「お褒めに預かり光栄です。美人さんに褒められると嬉しいですね」
「どう? 不倫って、興味ある?」
「霊夢に殺されかねないので全力で遠慮しておきます」
「そう、残念」
そこで心底残念そうに溜息をつかれると、変な意味で罪悪感に駆られるので勘弁してくれませんか。
「それじゃあ、修行は明日から始めるわ。今日はとりあえずゆっくり桜でも眺めておきなさいな」
「よろしくお願いします」
のほほんとしているが、やはり頼りになりそうなゆゆちゃん。もしかしたら、俺は結構運がいいのかもしれない。
明日から修行が始まる。強くなるために。霊夢を守れるように、頑張るとしよう。
……朝飯がすっかり冷めてしまっていたのは、ここだけの話だ。
次回もお楽しみに♪