東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 今回は少し短めです。弾幕戦描写ではありませんが、裏方の会話ということで。


マイペースに親心

「……おー、やってるわねぇ」

 

 遥か上空でショットを打ち合う魔理沙と雪走君を眺めながら、私こと八雲紫はお猪口を傾けた。……うん、弾幕ごっこを肴に飲む酒は格別ね。

 

「あらあら、賢者様もあんな遊びに興味があるの? 年甲斐もない」

「……茶々入れないでよ、せっかく気持ちよく飲んでいたのに」

「ごめんなさいね。でも、ちょっとおかしくって」

 

 扇子を口元に当て、クスクスと人を小馬鹿にしたように笑う女――西行寺幽々子を睨みつける。しかし、幽々子はまったく懲りる様子もなく、私が開けたばかりの日本酒を早速自分の盃に注いでいた。この幽霊野郎、相変わらずのマイペースね……。

 幽々子は私の隣に腰を下ろすと、後ろに手をついて天空を見上げる。

 

「……幽霊に日光は危険なんじゃないの?」

「どこの誰が言った迷信か知らないけど、まったく関係ないわよ。吸血鬼じゃないんだから。失礼しちゃうわねぇ」

 

 「ぷんぷん」と腰に手を当て不機嫌そうに私の方を見つめてくる幽々子。しかし、彼女も歳が歳なのでなんだかとっても痛々しく思えてしまう。早苗がする分には可愛いのだろうが……いかんせん、幽々子には合いそうもない。やっぱり、自分の年齢に合った挙動を心がけなきゃね。……え、私? 私はほら。永遠の十七歳だから。

 

「千年以上生きている長寿妖怪が何言っているのよ。身の程を弁えなさいな」

「あら。すでに死んでいるご老体の西行寺様には言われたくありませんわねぇ。外見年齢は変わらないかもしれないけど、所詮は享年だし」

「……年寄りコンプレックスがよく言うじゃない」

「死人に口は無いのだから大人しく黙って観戦に徹しておきなさいよ」

「…………」

「…………」

 

 私と幽々子の間に火花が飛び散っている。霊力と妖力がぶつかり合っているので、幻覚ではない。現に、私達の真下にある地面は火花の影響で黒く焦げ付いてしまっている。……周囲の妖怪達が若干距離を取ったのは気のせいではあるまい。

 はぁ、コイツとの絡みも相変わらずよねぇ。もうかれこれ数百年の付き合いになるが、仲が良いほど喧嘩をするというのは事実のようだ。

 

「……で、紫が目をつけている博麗の旦那さんはどんな感じなの?」

 

 睨みあっていた目尻を下げ、殺気を収めた幽々子は普段通りのゆったりとした口調で口を開く。やはり、気付かれていたようだ。雪走君のことは表側不干渉で行こうと思っていたのに……。……まぁ、無理か。あそこまであからさまに助言をすれば、勘のいい妖怪ならすぐに気付くだろう。それが最古参メンバーの幽々子ともなれば、尚更だ。

 私は周りの参加客に聞こえないようできるだけトーンを下げると、お互い同時に一機を失った弾幕ごっこの二人を見上げながら言う。

 

「一言でいうなら、馬鹿な男の子ね」

「馬鹿? 貴女にしてはずいぶんと単純な喩じゃない。もっと、こう、詳しい感じじゃないの?」

「うーん、言おうと思えば言えるんだけど……でも、なぁんか違うのよねぇ。……うん、やっぱり馬鹿な子が丁度いいわ。雪走君は」

「……馬鹿、ねぇ」

「えぇ。いつもは霊夢一筋なんだけど、だからといって気遣いができないわけじゃない。思ったことはすぐに口に出してしまうような間抜けな子でもあるんだけど、変な部分ではしっかりしている。……よく分からないのよ。ただ、ちょっとおバカな男の子っていうのがぴったりな子。……ふふっ、思えば最初から面白い子だったわ」

 

 初めて博麗神社で出会った時のことをふと思い出してしまった。頭上から突然現れた私を警戒しながらも、口をついて出たのは世辞の言葉。命の危機に瀕しているならば、罵倒が出るのが普通だと思うのだが……。

 今思い出しても笑いが込み上げてくる。その後の霊夢との会話といい、守矢一家との対話といい。雪走君には何か能力以外の魅力があるのかもしれない。『愛を力にする』なんてロマンチックな能力持ってるんだから、そういう魅力があった方が面白いが。

 

「霊夢ちゃんの旦那さんでしょ? 他の人を惚れさせちゃダメなんじゃないの~?」

「恋心というのは時に残酷なものなのよ。相手がいるとか関係なしに魅了させてしまう。地底の橋姫がいい例ね」

「本当にパルスィちゃんみたいな女の子が出てきちゃったら、戦争になりかねないわよ? 博麗の巫女が無我夢中で旦那を守る絵が浮かぶようだわ~」

「それはそれで、面白いじゃない。霊夢が顔真っ赤にしながら雪走君を独り占めにする姿なんて、想像しただけでも鼻血ものね」

「……賢者様の考えることは理解できないわね~」

 

 盃を傾けおかしそうに笑う幽々子。おそらく、彼女も霊夢の痴態を想像したのだろう。

 普段ツンツンしてばかりいる霊夢が、全力でデレながら雪走君を抱きしめて離さない。そんな超ド級ラブコメ展開を目の当たりにしちゃったら……私、もう二度とあの子たちから離れられないかもしれない。だって微笑ましいじゃない。可愛いわぁ。

 それからしばらく二人して笑っていたが、幽々子は目を細めると真面目なトーンで言葉を紡ぐ。

 

「冗談はさておいて……真の所、貴女がそんなに雪走君に執着するのは何故? 霊夢の旦那ってだけじゃないんでしょう」

「……相変わらず鋭いわね。探偵でもやれば? 『美人幽霊探偵現る!』なんて記事書かれちゃうかもよ」

「だーめ。働くのは性に合わないから。……それに、何百年紫の親友やってると思っているの? 貴女の考えることなんて、お見通しなのよ」

 

 得意気にふくよかな胸を張る幽々子の姿はどこか幼くて、彼女が冥界の白玉楼の主だということを忘れてしまいそうになる。だが、彼女は確かに幻想郷でも指折りの実力者なのだ。それこそ、スペルカードルールなんて決闘法に従わなければ、私と対等かそれ以上で渡り合えるほどに。

 ……そんな彼女だからこそ、私の友人をやっていられるのかもしれないが。

 酒を注ぎなおし、再び飲み交わす。

 

「……うん、やっぱり美味しいわね。『外』の酒は一味違うわ」

「製造法が複雑すぎて、複製できないのが痛いわよねぇ。紫を伝ってじゃないと手に入らないんだから。ホント、手間がかかるわ」

「その分手に入った時には必ずお裾分けしているじゃない。文句言わないの」

 

 チューハイと呼ばれる酒だったか、たまたま『外』の友人からもらったソレは、幻想郷でちょっとしたブームを引き起こしていた。ジュースのような味わいだが、適度なアルコールの気持ちよさがある。少し前から幻想郷首脳陣からの注文が殺到しているため、出張して仕入れる頻度が高くなっている実情に私としては驚きを隠せない。

 

「……私が雪走君に目をかけるのは、貴女達がコレを欲しがるのと同じ理由なのよ」

「いや、よく意味が分からないのだけれど」

「『ハマった』のよ、ようするに」

 

 ひたすら『マイペース』に生きようとする彼は、一般人と違って妖怪に屈することもなく精一杯強がろうとする。しかし、自分は相手より弱い生き物だということは重々承知しているようで、神奈子や諏訪子、私みたいなお偉いさんにはしっかり敬語も使っている。まぁ、特例として魔理沙にも敬語を使っているようだが。

 ヘタレのくせに、人一倍強がりで。

 弱いくせに、霊夢を守ろうとして。

 常識人のくせに、変人であろうとする彼。

 ……あぁ、雪走威という人間は、どうしてこうも愉快で滑稽で、面白いのだろうか。

 

「誰よりも人間らしくて、誰よりも人間らしくない。そんな雪走君を見ていると、なぁんか手助けしたくなっちゃうのよね」

「……親心みたいなものかしら。紫もとうとう子を持つ気持ちが分かるような年齢に……」

「それ以上口を開くと冥界に送り返すわよ」

「はいはい」

 

 さらりと流し、チューハイを飲み干す幽々子をジト目で睨みながらも私は溜息をついた。……実際、幽々子の言う通りかもしれない。

 どこか微笑ましく、どこか危なっかしい彼らの関係を取り持ちたいという気持ちは確かにある。仲人役とでも言うのだろうか。

 

(親心、ねぇ……)

 

 幽々子にしては上手い喩だ。気に入った。

 

「私の息子は、いい旦那さんになりそうね」

「その自慢の息子さん、機会があったら鍛えてあげるわ。紫が気にする程の人間だもの、磨けばきっと光るはずよ」

「……虐めたいだけでしょ?」

「どうかしら」

 

 そう言って口元を隠す。相変わらず表情の読めない彼女は、今も必死に弾幕を展開し続ける雪走君の姿を確かに捉えていた。残機はほぼ同数だが、わずかに魔理沙が優勢のようだ。初心者にしては、健闘している方だろう。

 

(せいぜい頑張りなさいな。霊夢を支えるために)

 

 私の口元には、ここ数十年見ることのなかった自然な笑みが確かに浮かんでいた。

 

 




 次回もお楽しみに♪

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