東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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マイペースに弾幕戦

 変換機に恋力を送り、飛翔。まだぎこちない雛鳥のような飛び方ではあるけれども、弾幕ごっこをするには十分すぎる出来だろう。改めて、河童の技術力の高さを思い知らされる。

 博麗神社の上空。目を凝らせばかろうじて紫さんの顔が認識できるほどの高さで、霧雨さんは箒に跨って不敵に俺の方を見ていた。

 

「随分ゴテゴテしたもん背負ってるじゃないか、雪走。今からピクニックかい?」

「気分はハイキングですね。上々です。負ける気が毛頭しないんですよ」

「ほぅ。初心者の癖に中々いい心構えだな。いいぜ。私も久しぶりに燃えてきた!」

 

 八卦炉を取り出すと俺に向けて突き出してくる。所々に傷が見られるソレは、今まで彼女がどれだけの修羅場を潜ってきたかを暗に主張している。この人、自分で言うだけあって相当の手練れだ。

 ……まぁそれはそうか。霊夢の相方だし。そこら辺の妖怪に比べれば長けているのだろう。油断は、できない。

 ギュッと霊力銃を握りしめる。にとりさんから受け取った新たな力。『恋力』なんていう自分だけの力を持っていながらも、ソレを形として放出することのできなかった俺に与えられた、霊夢を守るための力。

 霧雨さんは言った。霊夢の夫になるなら強くないと駄目だと。博麗の巫女を支えられるような、頼もしい男である必要があると。

 幻想郷における頼れる男のレベルがどれくらいなのかは、新参者の俺には分からない。しかし、今の俺では到底及ばない境地であることは確かだ。今の、弱いままの俺では。

 

「……強く、なるんだ」

「ぁ? どうしたよいきなり」

 

 ポツリと呟いた俺に霧雨さんが訝しげな表情を見せる。しかし、俺にはそんな彼女の様子を一々気にかけるような余裕はなかった。……勝たねば、ならないのだ。

 強くなる。霊夢を守るためにも。隣で生きるためにも、俺は霧雨さんなんかに負ける訳にはいかない。

 

「勝たせてもらいますよ、霧雨さん」

「負ける気はないけどな」

 

 俺がニヤリと笑うと、霧雨さんも口元を吊り上げた。お互いに握った霊力銃と八卦炉が日光を浴びて鈍く光る。

 

「ルールは大体分かるな? お互いにショットを打ち合って、相手の残機をゼロにした方が勝利だ。機数はスペルカードの枚数から一枚引いた数×4。スペルカードを使い切っちまうと負けになるから、機数は二枚以上から数えるんだ。雪走はまだスペルカードを持っていないだろうが、カードは最低限の二枚で機数は四機だからな。戦闘中にでもスペルカードを考えておくこった」

「……スペルカードって、ようするに弾幕の名前ですよね?」

「あぁ。自分の得意な弾幕に名前を付ける、いわゆる必殺技だ。たとえば私の『恋符・マスタースパーク』だな。威力なら幻想郷一だと自負してるぜ」

 

 八卦炉片手に胸を張る霧雨さん。霊夢とは違うベクトルだが、自分自身に絶対的な自信を持っているように思える。霧雨さんの性格上、血の滲むような努力でもしたのだろう。類稀な才能に努力が加わるなんて、結果が恐ろしくて想像もしたくない。

 さてさて、基本的なルール説明は終わったようだ。霧雨さんは早く戦いたくてうずうずしているらしく、箒に跨ったままニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「ルールはこんな感じだ。後は感覚とフィーリングでどうにかなるだろ」

「同じ意味ですがね。それ」

「細かいことは気にすんなって!」

 

 わははと気のいい笑い声をあげる霧雨さん。戦闘前だというのに、凄い余裕だ。緊張が微塵も感じられない。己の勝利を信じて疑っていないのだろうか。

 彼女が笑う度に、俺の気持ちも高揚している。戦に赴く勇者達はこんな気持ちだったのだろう。昂ぶる自分がどこか滑稽で、俺は笑みを零した。

 お互いにひとしきり笑い終えると、それぞれの獲物を構える。

 

「……3」

 

 カウントは、どちらともなく始まった。睨みあい、視線を交錯させながら開始の合図を待つ。

 

「……2」

 

 雲一つない晴天。神様も俺達の弾幕ごっこを観戦したがっているのかと思ってしまうほど晴れ渡った空が、いつにも増して輝かしく感じられる。

 

「……1」

 

 初めての弾幕戦。それも強者が相手だ。油断はできない。……できないが、楽しんでいこうではないか。

 

「……始め!」

「先手必勝!」

 

 霧雨さんは後退しながら、いきなり魔弾を浴びせてきた。大小二十ほどもあるショットが一気に俺へと飛来する。初心者相手だからだろう、どこか手加減されたような中途半端な速度で飛んでくるソレは、少し恋力を調整して移動すれば回避も難しくはない。

 大きく動かずに、最低限の小さな動きでグレイズ。魔弾の掠ったせいでジーンズに傷が入った。痛みはあるが、まだ被弾はしていない。背負っている変換機の重みで移動に違和感が生じるものの、この程度なら戦えるはずだ。充分、勝てる。

 様子見のショットだったのだろうが、まさかいきなり回避されるとは思わなかったのであろう。魔理沙さんは片眉を跳ね上げると「へぇ」と賞賛の声を漏らす。

 

「予想以上の動きだな。甲羅背負っているくせに」

「慣れれば軽いもんですよ。それに、そんなハエが止まるような遅いショットに当たるわけがないじゃないですか。少し、俺を嘗めすぎです」

「いやぁ、嘗めてたつもりはなかったんだがな。ただ、無意識にセーブしていたみたいだわ。すまんすまん」

「……挑発がお上手ですね、魔法使いは」

「私はこれでも人間だぜ?」

 

 ゴゥッ! とお互いの力が膨れ上がる。あからさまな挑発にやすやすと乗ってしまう俺も子供だが、対する霧雨さんも相当負けず嫌いのようだ。軽口を叩き合いながらも、交わす視線には殺気が含み始めている。あくまで『ごっこ遊び』なのに、俺達の態度はもはや真剣そのものだ。手を抜く余裕すら、考えられない。

 霊力銃を構え、『散弾モード』に切り替える。この武器、どうやらスイッチ一つで様々なタイプに変化するようで、『連射』や『霊力砲』など戦況に応じたモードで戦うことができるようになっている。弾幕ごっこを想定して作られただけあって、その汎用性は多岐に渡るようだ。非力な俺にとってはありがたい限りである。戦法の幅が広がれば、それだけ戦いやすくなるのだから。

 

「……先制攻撃は、外れでしたね」

「あんなのただのストレッチだ。ショットにすら入らねぇ」

「よくもまぁそんな減らず口を。大人しく認めたらどうですか? 真面目に撃ったのに回避されて悔しいですって」

「うるさいぜ雪走。ピーピー鳴いてないで弾幕で語りな!」

「お望みとあらば!」

 

 息を整え、瞑想しながら力の流れを感じ取る。俺の全身に纏わりついている恋力を、変換機に送り、霊力銃へ。ブースターへの供給を抑えて、ショットの威力を上げる。

 ――突如襲い来る眩暈に、落下しそうになった。

 

「……っ。さすがに、訳も分からんまま力を行使するのは厳しいな」

 

 恋力を操作する方法なんてロクに分かっちゃいない。子供のようにがむしゃらに、イメージしているだけである。霧雨さん達から見れば、不格好で滑稽な未熟者に過ぎないだろう。

 だが、それでもいい。今はただ、目の前の敵を倒すことだけを考えろ!

 

「Fire!」

 

 散弾を乱射する。狙いなんて定められないので、無茶苦茶に銃身を振り回して少しでも回避する余裕をなくそうと試みる。下手な鉄砲でも、数撃てば当たるはずだ。

 

「ぬぉっ!? ちょっ、いくらなんでもヤケクソすぎだ!」

「なんとでも! 何分こちらは初心者なモンでしてね! こういう所作はまったく存じ上げないんですよ!」

「それにしても限度があるぜ!」

 

 ウィッチハットを抑えながら必死に箒を操作する霧雨さん。次々と襲い掛かるショットの間をせわしなく逃げ惑い、反撃のチャンスをうかがっている。避ける挙動がやや大きいのは、彼女の癖だろうか。先ほどからなとかグレイズはしているが、直撃寸前に追い込まれ始めている。

 これは、もしかしたらいけるかもしれない。

 『スナイプモード』に切り替え、冷静に狙いを定めるとトリガーを引く。

 放たれた恋弾は一直線に霧雨さんへと飛んでいき、そして直撃した。

 

「ぐぇ」

 

 つぶれた蛙の如き呻き声を上げて仰け反る霧雨さん。思いのほかあっさりとした手応えに、俺は呆気にとられるばかりだ。もう撃墜してしまった。もしかして意外と弱いのではなかろうか。

 

「油断したぜ……まさか狙い撃ってくるとは思わなかった」

 

 「いてて……」と撃たれた腹を抑えて苦笑している。だが、数分前まで見受けられた妙な余裕はすでになく、彼女は彼女なりにスイッチを入れたようだった。目つきが、違う。

 パンパンと服を整え、俺を睨みつけてくる。

 

「男のくせにチマチマした攻撃してきやがって。恥を知れ恥を」

「大口叩いて撃墜されておきながら、何を今更。それに弾幕ごっこに性別は関係ないって言ったのは霧雨さんじゃないですか。恥を知るのは貴女の方です」

「私の辞書に『恥』なんて文字は無い!」

「今自分で使ったでしょうが」

 

 どこまでも自己中一直線な霧雨さんはその瞳に一切の揺らぎも見せずに俺を見下ろしている。機数的には負けているのにその自信はどこから湧いてきているのだろうかと首を傾げたくなる俺。この人、意地を張らせたら霊夢とタメを張れるかもしれない。

 あくまで優位に立とうとする霧雨さん。しかしそこで、俺はあえてさらに上から高圧的に接してみることにした。腕を組み、鼻を鳴らして応答する。

 

「いやぁ、それにしても霧雨さんもこの程度ですか。魔女だ魔法使いだとか言っていたからどれほどのものかと警戒していれば……なに、別段心配するものでもありませんでしたね。所詮は女の子、非力だなぁ」

「……あぁん? なに突発的に喧嘩売ってんだよお前。八卦炉ぶっ放すぞ」

「使っちゃうんですか? 俺みたいな雑魚に、スペルカード使っちゃうんですかぁ?」

「ムカツク……! このクサレ外道、死ぬほど馬鹿にしやがって……!」

 

 顔を真っ赤にして拳を握る霧雨さんは今までに見たことないほど怒り狂っていた。額には青筋が走っており、鼻息も荒い。もしかしてこれは『地雷』を踏んでしまったか。

 一気に低下する周囲の気温。その原因は主に目の前の白黒魔女にあるのだが、現在俺は彼女の気迫に身体が竦んでしまっているので行動を取ることができない。もちろんそんな心中はおくびにも出さないが。ハッタリだけは幻想郷一だと自負しているので、こんなことで虚勢をやめるわけにはいかない。見た目だけでも、余裕を見せねば。

 止まらない冷や汗をこっそり拭いつつも、いたって冷静に茶化しを続行。

 

「熟練者もたかが知れていますね。その程度でよくもまぁ『強い』なんてほざけたものだ」

「一機倒した程度で調子づくお前も大概単純だよな。男のくせに情けない」

「現時点で負けている人が言っても説得力に欠けます。ただの遠吠えにしか聞こえませんよ? さて、情けないのは果たしてどちらか」

「この野郎……! マスタースパークぶっ放してぇ……!」

「ご勝手に。俺の勝利が近づくだけなので」

 

 ……自分で聞いていても怒りが込み上げてくる台詞だ。本人がこれほどまでに腹を立てるなら、標的の霧雨さんが受ける精神的ストレスは想像を絶するだろう。もしかしたらストレス性急性胃潰瘍で搬送されるかもしれない。そうなると事情聴取とか看病とかいろいろと面倒くさい事態になるのは請け合いなので、そろそろやめておくとしよう。挑発は、十分やった。

 明らかにご機嫌斜めの霧雨さんはおそらく冷静な判断はできないはず。弱った彼女なら、今の俺にも倒せるかもしれない。

 どこまでも小物染みた自分の作戦及び戦法に、俺は一人自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。

 

 




 中間考査期間なので、しばらく更新できません。終わったらすぐ投稿できるよう頑張りますので、今しばらくお待ちを。

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