東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 更新遅れました。まだまだ続く宴会編です。
 前置きもここまで、マイペースにお楽しみください。


マイペースに酔っ払い

 頭がボーっとする。思考が停止し、五感が消えて世界が消失する。確認できるのは俺と霊夢のぬくもりだけ。柔らかい感触が全身に当たっている。女性特有の柔肌が俺の理性をもぎ取りにかかる。

 あぁ、もう何も考えられない。いっそこのまま、快楽に身を投じてしまいたい。

 腹の上でもぞもぞと動く愛する人へと手を伸ばし、さらなる快感を得ようと服を弄ろうとして――――

 

「恋符・『マスタースパーク』!」

 

 吹っ飛んだ。

 鈍い痛みが全身を襲う。形容しがたい激しい熱線が俺を襲い、霊夢をピチュらせる。望んだ快感とは程遠い、確かな絶望と激痛が俺の心身を支配する。

 ……って、

 

「死ぬわ!」

「お、戻った」

「なんですかその故障したテレビが直ったときみたいな調子は!」

 

 おそらく、いや、間違いなく今の熱線を放出した張本人である霧雨さんに詰め寄る俺。服は所々破けていて、損傷も激しい。特に腹。砲丸落としてももう少し可愛げがあると思う。

 対する容疑者霧雨はまったく悪びれた様子も見せず、後頭部を掻きながら「わりぃわりぃ」と笑う。

 

「対処法が分からなかったんで、とりあえず被弾させておいたぜ!」

「なぜ断言。そしてなぜ被弾。もう少しマシな方法は無かったんですか」

「ねぇな。この場にいた半数以上が『リア充滅べ』と願っていたから」

「畜生この非リア共が。妬んでんじゃねぇよ独り身」

『殺すぞ。人間ごときが嘗めた口を聞くな』

「全力ですみませんでした」

 

 そういえば忘れていた。ここにいるのは俺なんて相手にならないほどの妖怪及び神様なのだ。失言によって放たれた殺気は現代社会の怨念や憤怒を遥かに凌駕していた。やべぇ、チビりそう。

 ときに東風谷さん。貴女今お札らしきものを取り出していませんでしたか?

 

「スペルカードです」

「いや、それは知ってるけど」

 

 霊夢に聞いたし。弾幕ごっこだろ? 楽しそうだけど、女の子の遊びってんだから自重自重――

 

「雪走君に撃とうかと思って」

「うん、少し待とうか東風谷。というか待ってください東風谷さん」

「……はい、待ちました。撃ちます」

「見た目に反して理不尽だよね、キミ」

 

 可愛さと残念さは比例するらしい。幻想郷の美少女は総じて馬鹿ばっかりだ。俺以上にマイペースな存在ばかりで大変である。下手すればもう七回は死んでいる。いやマジで。

 目をキラキラさせてスペルカードを向けてくる現人神に全力で謝罪しつつ、俺と一緒に吹っ飛んだ霊夢を捜索する。

 

「霧雨さん、霊夢知りませんか? 俺と一緒に撃たれたはずですけど」

「紫に頼んで寝室に運んでもらったよ。まさかあのまま放置しておくわけにもいかないだろ? ピチュったついでに、隔離した」

「お手数かけます」

「いつものことだぜ」

 

 彼女は普段どれだけ迷惑をかけているのか。あまりにも手慣れた霧雨さんの手腕に疑問を抱かずにはいられない。先ほどは子供とか言って申し訳ございませんでした。

 主催者の片割れがさよならしてしまった以上、後は俺が仕切るしかあるまい。再び心地よい喧騒を取り戻し始めた宴の場を見やりつつ、霧雨さんと東風谷(もうここに落ち着くことにしたらしい)の盃に酒を注いでいく。

 

「どうぞ」

「お、悪いな」

「いえいえ、主催者ですから」

「魔理沙さん×雪走君……うん。不倫な三角関係同人誌ならアリ――」

「吹っ飛べ」

「天誅」

「きゃうんっ!」

 

 なにやら不埒な妄想を絶賛膨らませ中だった風祝を二人してどつく。この女子高生は放っておくとロクなことはないらしい。こうなったら意地でも酔い潰して、八坂様達に連れて帰ってもらわねば。

 そうと決まれば即実行。盃を取り上げ、一升瓶を手渡す。

 ピシリと表情が固まる東風谷。

 

「……あの、コレは?」

「一升瓶だが、何か?」

「いや、それは百も承知ですけど……これでも私、それなりに酔っぱらっているんですが」

「四本も五本も変わらないだろ。ほら、一気」

「死にますよ!? 急性アルコール中毒ってご存知でしょう!?」

「……一気! 一気!」

「雪走くぅん!?」

 

 捨てられた子犬もそこまで瞳を潤ませないだろうとツッコむレベルまで到達し始めた東風谷だが、俺は無視して一気コールを続ける。奇跡を起こせるのだから急性アルコール中毒くらい消せるだろう。大丈夫。貴女は偉大な現人神だ!

 

「その前に人間ですよぉ!」

「お、早苗一気飲みか? やれやれー」

「早苗ふぁいとー」

「神奈子様と諏訪子様まで……」

 

 信頼する二柱に裏切られる巫女ほど悲しいものはない。

 俺達の騒ぎに気付いた周囲の妖怪達が、霊夢のときと同様に近寄り始めている。紫さんや慧音さんもいるあたり幻想郷人の愉快さを痛感しないでもないが、これがここの礼儀だそうなので文句は言わない。今は大人しく黙認しておくのが吉だろう。

 

「一気! 一気!」

『一気! 一気!』

「……うぅ」

 

 段々と数を増やしながらなおも続く一気コール。俺達にとっては囃し言葉以外の何物でもないが、現在パニック真っ最中の東風谷にしてみれば死刑宣告も同じだと思われる。実行したくはない。しかしここまで発展した以上やらないわけにもいかない。信仰第一な巫女としての適応力が問われる大一番である。

 しばらく涙目で呻き続けていた東風谷。しかし既に逃げ道を失ったことをようやく理解したのか、震える手で一升瓶を握りしめると右手を突き上げ、もはやヤケクソと言った表情で高らかに叫ぶのだった。

 

「も、守矢神社に信仰あれぇえええええええええ!」

 

 ぐい、と一気に一升瓶を煽る。その雄々しき姿は神とも見紛う(現人神だが)ほど。目の端に浮かぶ悲しさの結晶が見えなかったら、背後に神々しい光を帯びていたことだろう。

 あまりにも素晴らしい飲みっぷりに、俺達としては息を呑むしかない。煽ったのは俺だが、完全に男らしい東風谷に目を奪われ始めている。あれが『漢(おとこ)』と言う奴か。

 

「……ぷはっ」

 

 明らかに自らの体積を越えている酒量を飲み干す。顔の赤面率はカンストしており、今や元の色白東風谷は見る影もない。目は虚ろで、本当に生者なのかさえも疑わしくなる。東風谷の割とヤバい様子に、俺と一緒になって大騒ぎしていた妖怪の皆さんも段々と口を噤み始めている。

 ……いや、口を噤んだのではない。皆の目には太陽のごとき輝きが讃えられている。

 それはまさに信仰者。神を敬し、跪き、崇める存在。そう、東風谷の勇気に心を打たれた彼女達は――

 

『うわぁあああああああ!! 東風谷様万ざぁああああああああい!』

 

 モリシタンとなったのだ。

 どよめく中庭。巻き起こる歓声。突き上げる拳。今この瞬間だけは、博麗神社ではなく守矢神社。東風谷の勇気ある行動が、俺達の心を鷲掴みにした。

 

「すげぇ……! すげぇよ早苗!」

 

 こういったことには無頓着っぽい霧雨さんでさえも拳を握り込んでいる。これが守矢の奇跡か。神様の末裔は、現代においても信仰心を稼ぐ能力に富んでいるらしい。さすがは神。人間ごときには計れないポテンシャルの高さである。

 集団の鬨の声を浴び、満足そうに立っている東風谷。こう見えて何気に感動中の俺は彼女を称賛するために歩み寄る。

 

「すごいな東風谷……まさか本当にやるとは……」

「…………」

「? おい、なんで無視――――」

「……っぷ」

 

 全力で唇をかみしめる東風谷の顔が徐々に青く染まっていく。脚はみっともなくガクガクと痙攣し、前屈みになる彼女は今にも崩れ落ちそうだ。今はかろうじて、一升瓶を杖代わりに立っている。

 東風谷は左手で口元を抑えている。俺は『外』で似たような光景を目撃したことを思い出し、嫌な心当たりに冷や汗を垂らしつつも背中を擦りながら、

 

「東風谷。お前まさか……」

「……」

「……吐きそう、なのか?」

「…………(コクン)」

 

 守矢の風祝、飲み過ぎによって体調不良。嘔吐感丸出しである。さすがに五本は厳しかったか。トイレを我慢している子供のようだ。なんかエロい。

 だが、そんな背徳感に満ち溢れた彼女を放っておくわけにもいくまい。集団の中で唯一無事だった九尾のお姉さんに東風谷を預け、厠への付き添いをお願いする。

 

「すみません。コイツをお手洗いに」

「了解した。腹の中を全部出せばいいんだな?」

「お手柔らかにお願いしますよ」

 

 少々物騒な物言いだったのはおそらく気のせいだろう。そして恨みがましそうに睨んでいる風祝の姿も気のせいだ。俺には視認できない。

 

「う、恨みますよ雪走君……!」

 

 どこの貞子だと突っ込みたくなるほどの怨念を纏った巫女に俺としては苦笑するしかない。自業自得と言えばそこまでなのだ。俺にどうしろと。とりあえず頑張って吐き気に耐えてくれ。

 

「早苗のヤツも馬鹿だな。余計な茶々を入れるからあんな目に遭うんだぜ」

「おや、正気に戻りましたか霧雨さん」

「私は終始正気だよ」

 

 今の今までモリシタンやってた方がどの口で言ってらっしゃるんですかね。

 

「この口だよ。艶々な乙女の唇だ。触ってみるか? 興奮して狂っちまうこと請け合いだぜ」

「遠慮します。霊夢がいるんで」

「一途だな。男にしては珍しい」

「惚れた相手以外になびくのは失礼ってぇもんでしょう」

 

 ただでさえ不誠実なイメージが先行しているのだから、そういう不埒な行いは避けておかないと。マンガみたいなハーレム主人公のスペックなんて持ってはいないのだし。俺が抱き締められるのは一人だけだ。博麗霊夢だけ。それ以外は、遠慮願いたい。

 俺が考えを漏らすのを「ふんふん」と頷きながら聞いていた霧雨さんは、俺が黙るとニカッと笑った。

 

「霊夢が居候を許すだけのことはあるな。面白い男だぜ。香霖にも見習わせたいくらいだ」

「それほどでも。ただ、霊夢は渡しませんよ?」

「いらねぇよあんなガサツな腋巫女。私は自分の事で精一杯なんだ」

 

 チラ、と背後で飲んでいる眼鏡の男性を見やる霧雨さん。……なるほど。あれが件の香霖とやらか。ガタイがいいというワケではないが、どことなく優しそうな印象がする。頑固で気難しくも見えるが。

 霧雨さんは、おそらく彼に懸想しているのだろう。

 

「……強敵ですね」

「あぁ。一筋縄じゃいかない。何重にも罠を仕掛けて、ようやく土俵に立てる感じだ」

「厄介にも程があるでしょう、香霖さん。霧雨さんほどの美少女なら、二つ返事で頷くと思いますけどねぇ」

「ところがどっこい。そうはいかないから香霖なんだよ」

 

 自分が美少女と褒められたことに関してはノーコメントらしい。この人、想像以上に大物かもしれない。

 どこか愛おしそうに香霖さんを見つめる霧雨さんは、やっぱり年頃の女の子なのだろう。霊夢と違って自分に素直なところが好印象だ。直線的なら、いつか彼も振り向いてくれるだろう。

 

「結婚式には呼んでくださいね」

「まずはお前達だろう? で、予定はいつになるんだ」

「できるだけ早く返事を貰いたいとは思いますけど。告白自体悪ふざけになってますからね」

 

 俺のラヴが戯言のように扱われているので、いい加減真面目に告白しておかなければ。今は霊夢が酔いつぶれているので、調子が戻ってからだな。ツンデ霊夢が発生するのは目に見えているが。

 

「アイツは捻くれ者だから、苦労するぜ?」

「大丈夫です。そこも含めて好きですから」

「……正直に言うのな、雪走は」

「どうせ嘘もつけないですし」

 

 この癖を直さない限り俺が誰かを誤魔化すなんてことはできそうもないわけで。たとえ隠しても即座にバレてしまうのが関の山だろう。前科がありすぎる。

 さらっと言う俺に苦笑する霧雨さんは、酒を煽るとふとこう漏らした。

 

「まぁ霊夢と結婚したいってんなら、強くないと駄目だけどな」

「強く、ですか」

「あぁ。霊夢はあれでも幻想郷を統率する博麗の巫女だからな。その相手になるってんなら、相当の力量がないと危ないぜ。なにせ妖怪退治もしなくちゃいけねぇんだ。そんじょそこらのボンクラじゃ同じ舞台に立つことも出来やしない」

「やっぱ、力は要りますよね……」

 

 うぅむ。元々外来人である俺は護身用の格闘技以外にマトモな武力を持ち合わせてはいない。今のままでは土俵にすら上がれないということか。幻想郷の巫女はハードルが高いな。

 しかし、強くなると言ってもなぁ……。

 

「なにかありますかね、強くなれる修行法とか」

「やっぱ弾幕ごっこだな。あれは遊びだが、実戦訓練にもなる」

 

 間髪入れずに断言する霧雨さん。確かに、考えてみればそうかもしれない。

 未だ話に聞くだけの弾幕ごっこだが、お互いにショットを打ち合いながら弾幕の美しさを競う遊びらしい。お互いは得意な弾幕に技名をつけて、『スペルカード』――先ほど東風谷が俺に向けていた札――に書き記す。そして弾幕を放つ際にそれを見せて宣言するそうだ。いわば必殺技のようなものらしい。ある程度の機数を定めて、撃墜されたら負け。なんともシンプルなシューティングだ。

 話を聞く限りだと面白そうではある。やってみたいとは思うものの……。

 

「女の子の遊びなんでしょう? 流石に、男の俺がやるわけにもいかない」

「そんなの関係ないって! どうせ男でも負けるんだからさ!」

「何気に毒吐きますね、霧雨さん」

 

 その通りではあるが。ショットの打ち方さえ分からない俺がいくら頑張ったところで、霧雨さんに勝つことは愚か、攻撃を当てる事さえも難しいだろう。もしかしたらノーダメージで完封負けするかもしれない。

 だが、実戦訓練にもなるならばやるに越したことはないのか。

 

「……何事も経験ですかねぇ」

「その通りだぜ! じゃあ、思い立ったらなんとやらだ。さっそく始めようか!」

「せっかちですね」

「生まれつきだよ」

 

 開き直られても困るのですが。

 

 

 




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