ほんわかのんびりマイペースな拙作ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
それでは、幻想郷での良い漂流を。
マイペースに幻想入り
平成二十四年、七月。
最近は地球温暖化やら国境問題とかで世間が荒れに荒れている時代。そんなとある夏の日に、俺はこれまたとある田舎町を訪れていた。なんのことはない。ただ、祖父母の家を家族で訪ねていただけ。久しぶりに、顔を見せに来ただけだ。特段事情があるわけでもない。
その祖父母も、別に俺達に会いたいわけではなかったのだろう。玄関に入った俺達を迎えたのは、特筆するほどでもない表情を浮かべた祖父母。「会いたかったよ」と言うワケでもなく、「じゃあ上がりな」と居間に誘う程度の挨拶。歓迎の料理なんてものはない。ただ息子夫婦とその子供が帰ってきた。それだけのことである。
高校生も二年になる俺はいい加減そんな家庭状況にも慣れてきたが、やはりそんな空気が苦しいのは当たり前のことであろう。何事も楽しいに限る。重苦しい雰囲気なんて、願い下げだ。
というわけで俺はその場を後にした。今は田んぼの畦道を通り過ぎ、近くの山中をのんびり歩いているところである。いやはや、流石は田舎。空気が美味しい。
「お?」
脇の茂みから飛び出してきたウスバカゲロウに俺は思わず目を丸くする。おぉ、蜻蛉なんて初めて見た。実家じゃ森なんてロクにないから、昆虫自体珍しい。しかも蜻蛉ともなればさらにだ。環境破壊が進み、都市化に精を出す現代日本。蜻蛉達にはさぞ住みにくいことだろう。わずか三日程度の命ではあるが、精一杯生きてもらいたい。
ふと空を仰げば、これまた都会ではお目にかかれない珍しい昆虫達が空を優雅に飛んでいた。今やスーパーでしか手に入らないヒラタクワガタ。オオクワガタ。お、あっちにいるのはオオムラサキだ。なんだか日本全国の虫が集まっている気がして、嬉しさが込み上げてくる。別段虫が好きと言うわけではないが、こう、昔の古き良き日本を見ている気がして懐かしい気持ちになる。昔はもっと、正直に生きられたのだろうか。
そんな感じで虫や木々、草花を眺めながら歩くこと二時間。それまで生い茂っていた草はなりを潜め、いつしか俺は開けた空き地に達していた。
「……ん?」
何故か空いているその一帯。こんな山奥の草を手入れする物好きなんているのかな、とか考えてみる俺の視界に、なんだか古めかしい物体が飛び込んできた。
鳥居だ。既に漆は剥げ、所々腐ってはいるが、確かに鳥居である。神社の所在を記す建造物が、確かに今目の前にはある。……なんだ、よく見ると奥の方に本殿もあるじゃないか。賽銭箱もあるようだし、せっかくだからお参りでもしておこうか。
懐から百円玉(なんとなく奮発してみたかった)を取り出すと、鼻歌交じりに賽銭箱へと近づく。鳥居をくぐったその瞬間、
「…………?」
なんだか不思議な感覚が俺の全身を襲った。いや、襲ったというよりは『触れた』というべきか。ところてんに指を突っ込んだ時のような、そんな感覚。なんだ? 鳥居に害虫避けでも仕掛けてあったのだろうか。
まぁアレコレ考えても仕方がない。鳥居の件はそこまでにして、再び前を向く。
「……あれ?」
これまた不可思議現象発生。どうなってるんだまったく。
さっきまでどう見ても廃墟だった本殿が、明らかに修復されている。そこらにある神社と変わらない出で立ちで、俺の前にそびえ立っている。いやいや、いくらなんでもこれは超常現象すぎる。どうやったら一瞬で新築に生まれ変わるのか。
「これはこれは。知らないうちに異世界に入り込んだパターンか?」
ジブリ作品でよくある展開が脳裏に浮かぶ。あぁいう作品によるならば、さらに奥に行けば謎の人物と邂逅し、不思議な世界へ誘われるという王道展開が待ち受けているはずだ。おぉ、なんだなんだ。楽しそうなことになってきた。
「まぁ、迷う余地はないよな」
どうせ帰宅してもあのつまらない日常が待っているだけだ。それならば、わずかな可能性に懸けてみようではないか。
賽銭箱に百円玉を十枚ほど投げ込むと、俺は本殿の裏へと足を進めた。
☆
進んだ先は広い庭だった。
既に花を落した桜が生い茂る庭。掃除が行き届いているのか、今は落ち葉一つない。どうやら人はいるようだ。巫女さんとか、会ってみたいな。
さらに歩くと中庭に到着。ここは先ほどの庭と違ってそこそこの広さで、池があるのが特徴的だ。本殿へと続く縁側もあり、暇なときはここで一服するのだろうことが窺える。ふむ、風情があって大変よろしい。
いい加減歩くのにも疲れてきたので、縁側に腰掛けぼんやりと目の前の木々を眺める。
「……なんか、落ち着くな」
「不法侵入者のくせして何呑気にくつろいでんのよ」
突然返された言葉に、俺はゆっくりと背後を向く。恐る恐る、ではない。ただ面倒くさかっただけ。
そこには巫女がいた。……いや、神社だから巫女がいるのは当たり前なんだが、この巫女はあまりにも奇抜な格好をしている。
まず服装。俺の知っている巫女服ってのは清楚なイメージなのだが、どういうわけかコイツの巫女服は腋が開いている。誘っているのか? と思わないでもないが、涼しさという点では合格だ。機能性重視なのだろう。
次に髪留め。髪留めにしてはちょっとばかし大きすぎやしないかとツッコミたくなるほどの大きさである。もはやリボンだ。赤いのが唯一の救いか。ほんの少しだけ巫女感を醸し出している。どうやらこの巫女には清楚さと言うものが分かってないらしい。こういうのはコスプレ喫茶で着るべきではないか。
「……アンタさっきから声に出てんだけど、そこんとこ正しく理解してる?」
「え、マジで? まぁいいや」
「よし、とりあえず一発殴らせろ」
「普通に嫌です」
マゾヒストじゃないんで遠慮する。
というか、せっかく巫女さんが出てきたのだから世界観の説明でもしてもらおう。何も知らない状態だと心配になってしまう。
「世界観って……。今まで外から迷い込んでくるヤツは割といたけど、ここまでオープンな態度を取る馬鹿は見たことないわよ」
「マイペースが俺のモットーだからな」
「いばるな歩くストレッサー」
失礼な。勝手にイラついているのはそっちの都合だろう。俺に言われてもどうしようもない。
「あーくそ、調子狂うわねぇ」
「文句なら後で受け付けるから、早く説明してくれよ。ここはどこなんだ?」
「はぁ……。……幻想郷よ」
「幻想郷?」
「えぇ」
面倒くさそうに頷く巫女。幻想郷……そのまんま、なのか? 異世界ならもう少し片仮名染みた名前が来ると思ってたんだが、意外と日本製のようだ。まぁ分かりにくい名前よりはマシか。異世界=幻想郷。うん。好感の持てるネーミングだ。
「外の世界で忘れ去られた者達が暮らす世界。外界から隔絶された、忘却者の世界よ」
「……なるほど。忘れ去られた世界、か」
「そういうこと。分かったら早く『外』に帰りなさい。案内してあげるから」
「ほら、行くわよ」巫女は俺の手を引くと、元来た鳥居へと連れて行こうとする。……しかし、俺は動かない。足に力を入れまくり、意地でもその場を動かない。
「……いやいや、何抵抗してんの。ここら辺妖怪とか出るんだから、早くしないと食べられるわよ」
「好意で言ってくれているところ悪いが、その案内は不要だ」
「は? 何言って――――」
「俺は、この世界で生きる」
「!?」
衝撃。まさにその一言に尽きる表情だった。目を見開き、信じられないという顔で俺を見つめる巫女。
『ここに迷い込んでくるやつも割といた』。巫女は確かにそう言った。ということは、すぐにでも帰ることができるのだろう。案内してくれると言っていたし。早く帰らないと、家族に心配かけることにもなるかもしれない。
……だが、俺はこの世界に希望を持っていた。鳥居をくぐるときにも言ったが、どうせ待っているのはあのつまらない日常だけ。可能性に懸けてみる。俺はそう決意してここに来たんだ。妖怪がいる? 命の危険? ……上等じゃないか。何の刺激もない現代社会に比べれば、そんなのスパイスでしかない。逆に燃えてきた。
すっかり固まってしまっている巫女の手を振りほどくと、俺は来た時とは逆方向にある鳥居の方へ歩き始める。
「ちょ、ちょっと! 何処に行くのよ!」
「目的地なんてないさ。ただの散歩だよ。刺激を求めて彷徨う、人生みたいな漂流だ」
「詩人みたいなこと言ってないで早く帰り――――」
「悪いな。俺はもう決めたんだ。帰るつもりは毛頭ない」
「……あーもう! なんで私の周りにはこうも頑固者ばっかり集まるかなぁ!」
巫女は唸りながら黒髪をガシガシと掻くと、ズンズンと大股で俺へと近づき、手を掴んで本殿の方に連れて行きはじめる。
あ? お前が望む鳥居はそっちじゃないだろ?
「どうせ言っても聞かないんでしょ? それなら少しだけでも手助けしてあげる。この世界のこととか、これからのこととか。しばらくは宿も貸してあげるから。……それなら文句はないでしょう?」
「願ったり、だな。まさかそこまで手厚く迎えてくれるとは思わなかった。どういう風の吹き回しか、聞いてもオーケー?」
「……別に、理由なんてないわよ。ただ、放っておけなかっただけ」
「そうか」
この巫女、外面と内面とのギャップがそこそこあるらしい。ツンデレというヤツか。
それにしても、予想外の収穫だ。まさか宿まで手に入るとは。うん、本当人生はどうなるか分からないな。
ウキウキ気分で縁側に上がる。
「……そういえば、名前聞いてなかったわね。私は博麗霊夢(はくれいれいむ)。この博麗神社に住む、しがない貧乏巫女よ」
「自分で貧乏言ってりゃ世話無いな」
「自覚はあるからね。……それで、次はアンタの名前。聞かせてちょうだい」
「へいへい」
自己紹介は大事。そう言わんばかりに睨みつけてくる巫女――――霊夢に軽口を叩きながら、俺は新たな友人ができた喜びに打ち震える。ふむ、意外と良いヤツだ。最初の友人がこんなに好感の持てる奴とは、俺の対人運も捨てたものではない。
しばらく世話になるのだから、俺も誠意を持っていかないとな。精一杯の笑顔で自己紹介を開始。
「雪走威(ゆばしりたける)。これからよろしくな」
「……顔、引き攣ってるわよ」
「おっと」
これから楽しくなりそうだ。
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