クラス中がざわついていた。
普段ならば鬼神(千冬)が降臨し、棍棒(出席簿)を振るい大人しくさせるが、今日に限っては教卓の横に立ち、生徒達を見るに留まっている。
理由は教室の前方に表示された仮想ディスプレイに表示された文字。
『クラス代表』
麗自身はあまり興味がないが、他の生徒は違うようで真剣に話し合っていた。
「さて、十二分に話し合いは出来ただろう。他薦、自薦は問わん。相応しいと思う者はいるか?」
千冬の言葉を待ってましたとばかりにあちこちから手が上がる。
「はい!織班くんが良いと思います!」
「「「同じく」」」
手を上げていた全員が息を合わせるようにそう言い手を下ろした。
「ハァ…貴様らには向上心というものが無いのか。まあいい。他にはないか?」
溜め息をついた千冬は首を左右に振り、仕切り直すように問い掛けた。
「ま、待ってくれ!」
「待たん。自薦、他薦を問わんと言った」
狼狽しながらも立ち上がり不服を申し立てようとした弟を言葉でバッサリと斬って捨てる姉。
斬り捨てられた一夏は立った時の勢いとは逆に、ゆっくりと着席した。
「他にはないか?ならば代表は織班に…」
「納得いきませんわ!」
机を叩きつけ立ち上がったのは金髪碧眼の少女。
「そのような選出は認められません!実力でいえば、私、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットもしくは日本の代表候補生、森次さんが適任かと思いますわ!」
セシリア・オルコットが決定に異を唱えた。
麗はその発言に普段とは違い、極々微小ではあるが気だるげな雰囲気を醸しながら、手を上げた。
「私では代表の意味があまりないと思います」
「まあ、そうだな」
そのやりとりに疑問を覚えた生徒の1人が手を上げて質問をする。
「何で森次さんだと意味が無いんですか?」
「ふむ。まあ何れ知れることだしな。現在の森次の肩書きが候補生というのは間違いだ。公式発表はまだだが、4月1日付けで森次は日本代表に登録されている」
「「「えぇっ!?」」」
クラス中が騒然となる。
当然といえば当然だ。
国家代表候補生でさえ、IS操縦者の中でも一握りのエリートだというのに、その中でのトップが麗だと言うのだ。
驚くなという方が無理がある。
「やかましい!まあそういう訳だ。クラスの代表は織班、オルコットどちらかになる。投票、でも私は構わんがオルコットは納得いかんだろう?」
「当然ですわ。先程申しました通り、実力でいえば私か森次さんが順当。そして森次さんが辞退されるのであれば、私をおいて他に居ませんわ。軟弱な男が教室に居るのさえ我慢ならないというのに、あまつさえクラス代表など…虫酸が走りますわ!」
「軟弱てのは聞き捨てならないな」
麗の前に居る一夏は気が進まないながらも、流石にここまで言われてカチン、ときたのか立ち上がり、セシリアに向き直る。
「フン。男なんて皆、女性に媚びを売ってヘラヘラしている軟弱者ばかりですもの。本当のことを言われて気に触りましたか?」
「上等だ。代表をかけての勝負受けて立つ」
「勝負とは言ってないんだが、まあいい。では1週間後、アリーナにて代表決定戦を行う。クラス代表についてはこれで終わる。授業を開始する」
授業を聞きながら、麗は1週間後の代表決定戦に思いを馳せた。
ー◇ー
「そうだ、織班。忘れていたが、貴様には専用機が与えられる」
「「「えぇ!?」」」
授業が終わり、教室からの去り際千冬はそう言って爆弾発言を行った。
「通常ならばありえんことだが、織班については特例だ。初の男性操縦者だからな。上の方も男性操縦者の搭乗データをとるのが主な目的なんだろう」
「はあ…」
いまいち一夏はことの重大さが理解出来ていないのか、周囲に比べて反応が薄い。
「気の抜けた顔をしおって。専用機をもつというのは重大な事態だ。ISは今や世界最強の力だ。その力を一個人で管理運用するということは大変危険なことであり、大きな責任が伴う。力を持つという責任がな」
「責任…」
責任という単語を聞き、流石の一夏にも事の重大さが伝わったのか、神妙な表情が顔に浮かんだ。
「まあ、精々力に振り回されんようにこの1週間全力で鍛練に励め」
そう言い残し、千冬は教室から立ち去った。
「貴方にも専用機が与えられて安心しましたわ。流石に汎用機相手ではお話になりませんもの。それに汎用機だから負けた、なんて言い訳も使われずに済みますし」
「ああ、そうだな。これで条件は同じ。負けた時の言い訳でも考えた方がいいんじゃないか、オルコットさん」
「何ですって?」
「何だよ」
挑発するように、というより完全に一夏を挑発するようなセリフを言い放ちながら一夏に近付くセシリア。
挑発を挑発で返す一夏。
間近で睨み合う二人。
一触即発の空気が流れる。
「二人とも冷静に」
見かねた麗が二人を落ち着かせようと、間に割って入る。
しかし、
「いや、こいつが…」
「わたくしは…」
「織班先生のさっきの話、忘れた?」
言い募ろうとする二人を制し、先程の千冬の話を出した。
「力を持つ責任てやつか?」
「もちろん覚えていますわ」
セシリアに同意するように一夏も頷く。
「そう。でも今の二人からはその責任、力を持つ覚悟その両方が感じられない。専用機をだしに相手を挑発するなんて。自覚がないにもほどがある」
「それは…」
麗が纏う空気が変わった。
直接向き合っていないはずの他の生徒達が息苦しさを感じるレベルのプレッシャー。
直接それを向けられた二人は息をのみ、麗から眼を離すことが出来ない。
「言い訳無用。…気が変わった。私も戦う。1週間後、二人が覚悟を持てていなければ、私の全力を持って…叩き潰す」
それだけ言い残し麗は教室を後にした。
おそらく千冬の元に向かったのだろう。
取り残された一夏、セシリアを含んだ生徒たちは麗の残した言葉が頭から離れなかった。
「覚悟、か」
箒の呟いた言葉が教室の中に溶けていった。