「冗談でしょ…」
とある室内で絶望に歪む少女の声が響く。
そこは研究施設と呼ぶに相応しい内装をした部屋だった。
多数の精密機械に、床を這い回るように所狭しと敷設されたケーブル類。
そしてそのケーブルの先には機械仕掛けの『白い騎士』と『白き鬼』が機械の台座に鎮座していた。
その前で目にも止まらぬ早さでパソコンのキーを打ち続けていた兎、篠ノ乃束は自身の研究仲間の少女からもたらされた情報に、キーを打ち続けていた手を止め、彼女に視線を向け、表情を歪めた。
情報をもたらした少女、森次 麗は束に自身の持つノートパソコンの画面が彼女に見えるようにした。
そこには世界各地の軍事施設、軍艦が同時ハッキングを受け、『6000』発以上の『弾道ミサイル』が発射態勢に以降しており、その照準が全て、現在彼女達が住む『日本』に向いていることを告げるニュースが流れていた。
パソコンに映るニュースキャスターの表情も固く強ばり、今にも逃げ出したいのだろうが、自身の職務を遂行しようと懸命に情報を流している。
ニュースの情報によれば発射までは残り一時間ほどしかないらしく、すこしでも被害を減らすべく地下鉄などに至急避難するよう伝えていた。
束が米軍の施設にハッキングをかけたところニュースの情報は正しく、彼女のパソコンにも発射までの『0:52:09』という表示がされていた。
数字は無情にも進み続けている。
暫し室内を沈黙が支配した。
唐突に勢い良く扉を開く音が沈黙を破った。
続けて響く新たな少女の声。
「束!麗!」
「ちーちゃん…」
「千冬ちゃん…」
室内に入ってきたのは二人の協力者である
彼女は今現在日本が置かれている状況を伝えようとこの研究室まできたが、二人の表情を見てそれが徒労に終わったことを察した。
だが、彼女がここに来たのはそれだけが理由ではなかった。
「束」
「駄目だよちーちゃん」
しかし、束もそれには気付いていたのかすぐに否定の言葉を紡いだ。
「だが、この状況を打破するにはそれしか…」
「いや!」
更に言葉を続けようとした千冬に、しかし、束は否を示す。
「それは駄目なの!」
束は小さな子供が駄々をこねるように力強く否定する。
「『この子たち』は何かを破壊するために造ったんじゃない!もっと人の役にたつために造ったの!人が豊かに暮らすために、もうこれ以上星に負担を掛けないために!」
「しかし…」
当然千冬にもそれは分かっている。
だからこそ今までどんな協力も惜しまなかったのだから。
しかし、このままではそれを世間に広める前に全てが終わってしまう。
そしてそれは天才である束にも分かっている。
それでも認めたくないのだ。
この事件を機に自分が、自分たちが造り上げたものが兵器として扱われるなど。
更に懸念事項は他にもある。
それがあるからこそ束は強く否定するのだ。
また、重い沈黙が室内を支配した。
「束」
静かな声が沈黙を破る。
沈黙を破ったのはこの中では最年少である麗だった。
顔を俯かせていた二人は彼女を見た。
相変わらずの無表情であった。
「束が気になっていることはわかってるよ。一機じゃ足りない。千冬ちゃんは確かに強い。けど、落とせてもせいぜい半分。それでも千冬ちゃんは頑張っちゃうから、もしかしたら死んでしまうかもしれない。そうでしょ?」
束が小さく頷く。
千冬は悔しそうにしながらも彼女の言葉が真実であると理解しているため、反論はしなかった。
「だから私も出る。一機なら無理でも二機なら大丈夫」
「だが、それは…いや、お前まさか⁉」
「駄目っ!それは絶対に駄目っ!『あれ』を使ったら
二人は麗のしようとしていることに察しがつき、何が何でも止めようとした。
「ごめんね、二人とも。二人が私を大切に思ってくれてるように、私も二人が大切なんだ」
何処に隠し持っていたのか、いつの間にか麗の手には刃渡り15cm程のナイフが握られており、二人が止める間もなく、彼女は自身の胸の中心、心臓のあたりにナイフを突き立てた。
「あっ…」
小さな呟きとともに小さな体は床に投げ出され、二人がその体を抱き起こした時には息を引き取る直前だった。
「馬鹿者!こんなことを!」
「イヤ!イヤ!!れーちゃん今、今治すから…!」
取り乱す二人を横目に彼女は『白き鬼』を見やる。
もう声も発することも出来ない彼女だったが、口は力なく動いた。
すると『白き鬼』から多数のケーブルが伸び、彼女の体を絡めとった。
「駄目っ!やめて、『ラインバレル』!」
束の制止を気に止める事もなく、『白き鬼』、『ラインバレル』はケーブルを介して、自身の動力源である固有ナノマシンを麗に移植した。
ケーブルが麗から離れていくと、床に倒れた彼女に変化が訪れた。
心臓に突きたっていたナイフは体外に排出され、瞬時に傷口は塞がった。
血が流れたことにより色を失っていた肌には血の気が戻った。
暫くすると間違いなく死んでいた彼女は咳き込みながらも体を起こした。
「…おはよう」
「「おはようじゃない!」」
「ごめんなさい。勝手なことして」
頭を下げる麗を見て、二人は大きくため息をついた。
「別に怒っているわけじゃない。いや、怒ってはいるな。だが、それ以上にお前が心配なんだ」
「そうだよ!実験もしていないナノマシンを身体に移植するなんて!それで、身体の調子は悪くない?痛いところとか気分が悪いとかない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。それよりももう時間がない」
麗が指差したのは束のパソコン。
そこには、ミサイル発射まで10分を切っていることが示されていた。
「そうだね。れーちゃん生き返ってそうそうだけど、『白騎士』と『ラインバレル』の最終調整を行うよ!」
「任せて」
ー◇ー
『0:00:30』
「終わったぁ…」
発射30秒前でようやく最終調整は終了した。
しかし、流石は天才と言うべきか。
束は麗と千冬のサポートを受けながらではあるが、殆どの作業を並列して行っていた。
一般人であれば全て合わせて数時間以上かかる作業を、彼女はたったの数分で終わらせてしまったのだ。
「お疲れ束」
「あとは私たちに任せろ」
『0:00:10』
『白騎士』と『ラインバレル』は既に台座から姿を消し、それぞれ千冬の腕輪、麗のペンダントにその姿を変えていた。
「白騎士」
「来なさい。ラインバレル!」
『0:00:04』
今から屋外に出る時間も惜しんだ二人はその場で機体を展開した。
千冬の身を包むのは白騎士。
全身を真っ白な装甲で覆い、その名の通り騎士のようなイメージを与える。
対して麗が纏うラインバレルは全身装甲、カラーリングこそ似てはいるが、与える印象は全く違う。
頭部には通信用の二本のブレードアンテナがあり、ハイパーセンサー、装着者の感覚を最大限に高め、全周囲を常に把握することが出来るようになるデバイス、白騎士、ラインバレル共に顔全体を覆うようになっているが、白騎士はのっぺりとした印象を与え、ラインバレルは牙を向いた鬼のように見える。
白騎士は背部に翼型のスラスターを装備しているが、ラインバレルにそれはなく、PICとテールスタビライザーにより飛行を可能としている。
そして、一瞬で
「頼んだよ。ちーちゃん、れーちゃん。ナビゲートはしっかりやらせてもらうから!」
束は自身の両頬を叩き気合いを入れ直すと、数台のパソコンを同時に操りだした。
騎士と鬼と兎による前代未聞の迎撃作戦が始まった。