超侵略侵攻 ベール 鎧神 グリーンハート   作:ガージェット

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7.侵略

「やれやれ、また黒星か。この名前が悪いのかな?」

 

 宮殿のような部屋の中、玉座の上でくろめはつぶやいた。しかしその表情に悔しさや怒りのような感情は欠片も見えず、

 

「でも、戦いに必要なのは『力』だけじゃあない。いや……むしろ、戦いに力なんて必要ない。どんなに力があろうと『戦う意思』を失えば、敗者だ」

 

 代わりに彼女の顔に浮かぶのは勝利を確信した笑みであった。そして彼女はパチンと指を鳴らす。

 

「さあ、遊びの時間はおしまいだ。『ヘルヘイム』よ、リーンボックスを喰い尽くせ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……!」

「あっ、ベール! 気がついた!?」

「トウコ……? ここは?」

 

 うなされ、ベールが目を覚ますと、その傍らにいたトウコが駆け寄ってきた。変身しておらず、小柄な少女の姿である。

 まだ頭がはっきりせぬまま、ベールはトウコに問いつつ周りを見渡した。先程まで寝かされていたのは、コンクリらしき固い床の上。ここは小さな部屋のようだが周りには何もなく、それに薄暗くて何だか埃っぽい場所だ。トウコが申し訳なさそうに答える。

 

「病院から、ちょっと離れたとこの廃屋だよ。ごめんね、手近な所ではここぐらいしか場所がなくって」

「ああ、そうでしたのね。病院……はっ! そうですわ、病院は!? 病院はどうなっていますの!?」

「そ、それ……は……」

 

 先程までの出来事を思い出したベールは、トウコの肩をがっしり掴み、ゆすって問い詰める。彼女は答えに詰まりつつも、声を絞り出すようにして答えた。

 

「……ごめん、なさい。私、何も、出来なかった……ベールを連れ出すのに、精一杯で……」

「そう……そう、でしたのね」

 

 うわごとのようにつぶやき、トウコの肩を掴んだ彼女の手から力が抜ける。とその時、外の方で悲鳴らしき叫び声が上がった。その声で我に返り、ベールは部屋の窓に駆け寄る。トウコも同じく窓に駆け寄り、背伸びして外の様子をうかがうと、通りを埋め尽くすかの如く人の波が流れていた。その流れの反対側には病院が見え、

 

「あ、ああ……!」

 

 ベールは言葉を失った。まるで蜂の巣のように、病院の窓という窓に怪物たちが群がり、外へ向かってなだれ込んでいたのだ。もはや院内の患者やスタッフの生存など望みようもあるまい。

 怪物の群れが押し寄せる最前線で、兵士らしき人々が市民の避難を誘導しつつ、怪物と応戦している。しかし敵の侵攻を食い止めるのに精一杯のようで、その上徐々に押されているのが見て取れた。ベールは窓から身を乗り出すと、そのまま外に飛び出す。

 

「あっ! ちょっと!? 待って!!」

 

 トウコの声を背中に聞きながら、彼女は人ごみを分けつつ病院の方へ走っていく。周りの人々は時々ベールの存在に気付き一瞬立ち止まる者もいたが、それはごく少数であった。大部分は怪物の群れから逃れることに必死で、彼女の存在にすら気付かず、時にぶつかっても気付かないか無視して逃げまどっている。

 グリーンハートに変身して空を飛べば良いようなものだが、彼女はただ、がむしゃらに人ごみの中を走っていた。行った先で何をするのか、怪物と化した国民と戦うのか……それは今の彼女自身にも分からなかった。そんな中で、ベールの目指す先から一際大きな声が上がる。

 

「!? 何が……」

 

 再び我に返った彼女の目の前で、逃げまどう人々が、向こうから波のように押し寄せてきた大量のツタのような植物に飲み込まれる。文字通り一瞬の出来事であり、彼女は眼前で起こっている事態を理解できなかった。

 立ち尽くすベールをも飲み込まんと、まるで大蛇のようにツタが押し寄せる。

 

「ベール、こっちへ!」

 

 とその時、何者かが彼女の手を強く引いた。変身し、鎧武者のような姿となったトウコだ。

 彼女はベールの手を引いて走りつつ、手にした桜の花のような錠前を開錠し、放り投げて小型バイクに変形させた。そしてベールを座席の後方に乗せると自らもバイクに飛び乗り、

 

「『アレ』を振り切る! しっかり掴まってくれ!」

 

 アクセル全開で急発進させる。人波を避けて裏路地の方に入り、狭い通りを二人はバイクで疾走した。後ろで聞こえていた、葉っぱの擦れ合う音や人々の悲鳴が段々と遠のいていく。ハンドルを握るトウコにしがみついたまま、ベールは無言で目を固く閉じ、唇を噛みしめた。

 道の幅はバイクが一台通れるぐらいで、途中に何度も曲道に突き当たったものの、トウコは巧みなハンドリングで裏通りを駆け抜けていく。狭い通りを抜け、また大きな道に出たところで、おもむろにトウコはバイクを止めた。エンジンはかけたまま、彼女は病院の方を見やる。

 

「そんな、街が……」

 

 彼女の見つめる先では、無数のクラックが開いており、そこからツタのような植物がまるで生き物のように流れ込んできていた。ヘビのように茎をうねらせながら、建物を、人々をどんどん飲み込んでいく。深い緑色の絨毯が、リーンボックスを覆い尽くさんとしていた。

 そして緑一色に染まった地上を甲虫、昆虫、コウモリ、虎のような異形の者たちが闊歩している。そこに、つい先程まであった近代的な街並みの面影は無かった。トウコの後ろでその光景を目にし、ベールは呆然とつぶやく。

 

「これが、『ヘルヘイム』……もう、リーンボックスは……」

「ベール?」

 

 めまいを起こし、彼女はトウコの背中に寄りかかった。怪物の軍勢や、あのくろめという少女が相手ならどうにかなったかも知れない。しかし、一つの『世界』という途方もない規模の相手では、女神とはいえ一人ではどうしようもない。

 このままリーンボックス共々『ヘルヘイム』の一部となるしかないのだろうか、そんな考えが頭をよぎる。その時、おもむろにトウコは言った。

 

「いや……諦めるのは、まだ早い」

「え?」

 

 そう言いつつ彼女が片手を前にかざすと、二人の目の前にクラックが開いた。空中に開いているようで、向こう側の景色が見下ろす形で見える。クラックの向こう側には森のような緑の大地が広がっており、その中心にまるで高層ビルのような巨木がそびえ立っている。

 

「……できた。これならば」

「トウコ、何をするつもりですの?」

「暗黒星くろめ……奴の根城に乗り込み、『禁断の果実』を取り戻す。奴の話が本当なら、『禁断の果実』が完全な状態となれば、ヘルヘイムを制御し、人々を元の姿に戻せるはずだ」

 

 ベールの質問に答えつつ、トウコはアクセルをひねって急発進の準備をしている。ベールは再び問いかけた。

 

「勝てる見込みは、ありますの?」

「……正直、分からない。だがこれより他に手は無いだろう。このまま待っていたところで、『この世界』諸共食い尽くされるだけだ」

 

 そこで一旦言葉を切って、トウコは静かに続けた。

 

「あなたと、あなたの国までも巻き込んでしまって……本当にすまない。だが、どうか手を貸して……もらえないだろうか」

「おっと、それは困るねぇ」

「何っ!?」

 

 突如聞こえた、あの忘れようもない声。トウコが頭上を見上げると、空中に開いたクラックから黒い影が飛び出し、飛び蹴りを放ってきた。とっさの判断でトウコはバイクを急発進させるが、

 

「遅いっ!」

「ぐあああっ!」

「あうっ……!」

 

 しかし刺客の方が早かった。相手の放った飛び蹴りを脳天に食らい、トウコは後ろに乗ったベール共々バイクから転げ落ちる。そのまま、エンジンのかかった無人のバイクはクラックの向こうへ走り去ってしまった。

 相手は空中で反転し、着地すると手にしたメガホンのようなものを構える。

 

「こ、の……! ぬおおおっ!?」

「うああっ……!?」

 

 悔しげにうめいて立ち上がるトウコ。しかしそこへ追い打ちをかけるように、地面を揺るがす強烈な衝撃波が襲いかかった。ベールもそれに巻き込まれ、二人は更に数メートルほど地面を転がる。

 

「まさか、クラックを自由に開けられるようになっていたとはね……少し、きみを見くびっていたようだ」

「くろめ……貴様ァ……!」

 

 手にしたメガホンで自分の肩を叩きつつ、黒い服の刺客は二人に歩み寄ってくる。その姿はもはや見間違えようもあるまい、暗黒星くろめである。彼女の背後で、トウコの開けたクラックは閉じてしまった。

 トウコはすぐさま跳ね起きると刀を構え、くろめに向かって言い放つ。

 

「三度も会えば嫌でも分かる。貴様、偽物だな?」

「ご明察。ヘタに出てきて、やられちゃかなわないからね」

「偽物に構っている暇など無いが……邪魔をするのなら、何度でも斬り捨てるまで!」

 

 彼女の言葉にくろめは拍手する。それに対し、トウコはもう一本の太刀を抜いて両手に刀を構えると、彼女に向かって斬りかかった。

 

「おお怖い。どんな教育をされたんだか、親の顔が見てみたいものだね」

「黙れ!」

 

 しかし依然として余裕の態度を崩さず、くろめは相手を煽るような口調で言った。トウコの一喝と共に振り下ろされた太刀をバックステップでかわし、続けて斬り払いをかがんで避ける。そして、

 

「そらっ! はあっ!」

「ぬううっ!」

 

 斜め前に跳躍しつつ空中から二段回し蹴りを相手に見舞った。刀を交差させ、トウコはその攻撃をしのぐ。くろめは二段目の蹴りをバネに後方へ飛び、宙返りして着地した。そこへトウコはすかさず、刀の持ち手のトリガーを引きエネルギー弾の連射を浴びせかける。

 

「おっ!? はっ! てっ! そりゃ!」

 

 と、これにはくろめも意表を突かれたようだが、すぐさま両の拳を構えると、正確な拳撃で飛んでくるエネルギー弾を次々にはじき返してしまった。パッパッと手を払い、彼女は得意げに言った。

 

「どうだい、オレも強くなっただろう? これまでのオレだと思ってもらっては困るね」

「くっ! だが私とて、これまでのような箱入り娘ではない!」

 

再びトウコは二本の刀を構えて距離を詰めてくる。くろめはそこで意味深な笑みを浮かべると、

 

「へえー……そうかい。だったらトウコ、『彼女』と戦う覚悟もあるんだろうねえ?」

「何だと?」

 

 指をパチンと鳴らす。それと同時に、突如くろめの前にクラックが開き、その中から矢のような形のエネルギー弾がトウコを目がけて飛んできた。一発目を斬り払いで軌道を逸らし、受け流した彼女だったが、続けて放たれた二発目の攻撃に右肩を射抜かれてしまう。

 

「ぐっ!? この、射撃は……!」

 

 肩を押さえたトウコの前に、クラックの中から新たな刺客が現れる。漆黒のドレスを身にまとった、色白で、輝く金髪をなびかせた女性だ。腰に、トウコのものと形は違うが、奇妙な形状をした赤いベルトを巻いている。

 手に持っているのはこれまた赤い色をした、アーチェリーのような武器だ。武器を構え、相手を見据えるその目は暗く、深く沈んでいる。彼女を前にして、トウコは声を詰まらせた。

 

「女神……様。やはり、あなたは……」

「感動の再会だ、涙が出そうだろう? 死ぬほど感動してもらえると嬉しいね」

 

 わざとらしく目元を拭ってくろめが言う。

 『女神様』と呼ばれた女性は、片手を開いて前にかざす。するとその手の中に黄色い光が収束し、レモンのような形をした錠前が現れた。彼女が錠前の側面のボタンを押し、開錠すると電子音声が流れる。

 

『レモンエナジー!』

 

 そしてトウコと同じようにベルトにはめ込むと、ハンガーを閉じてベルト側面のグリップを押し込んだ。電子音声と共に、セットされたレモン型の錠前が真ん中から二つに割れ、ベルトの下部にあるクリアパーツ部分に黄色い液体が溜まっていく。

 

『ロック、オン! ソーダァ!』

 

 それと同時に彼女の頭上にクラックが開いて、中から巨大なレモンのような物体が出現する。そのまま巨大なレモンは落ちてきて被さり、西洋風の鎧のような形に展開して彼女の体を覆った。

 

『レモンエナジーアームズ!! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』

 

 少々コミカルな電子音声と共に『女神様』は、レモンをかたどったような鎧に黄色いマントを羽織り、仮面を被った王侯貴族のような姿へと変身を遂げていた。

 変身した彼女は無言でアーチェリーのような武器を構え、弓の両端に仕込まれたブレードでトウコに斬りかかってくる。その振り下ろしの一撃を、トウコはオレンジ型の太刀で受け止めるが、攻撃を止められたと見るや『女神様』はすぐさま弓を引き絞り、相手を目がけて放った。

 

「ぐうあああっ!!」

 

 ほぼ零距離からのエネルギー弾が直撃し、トウコは数メートルほど後方へ吹き飛ばされた。倒れた彼女を間髪入れずに、二発目、三発目の矢が襲う。

 

「ぬおおお!? ……ふんっ!」

 

地面を転がりつつその攻撃をかわし、起き上がると同時に彼女は手にした刀のトリガーを引き、こちらも射撃で応戦する。

 しかし相手も素直に攻撃を喰らうはずなどなく、横方向へ走ってエネルギー弾の連射をかわすと、走りながら狙いを定めて弓を引き放つ。その射撃を横に転がって避け、トウコは再度、トリガーを引いた。が、エネルギー弾は発射されず代わりに空撃ちの音が響く。

 

「しまっ……!」


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