超侵略侵攻 ベール 鎧神 グリーンハート   作:ガージェット

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5.再戦

 病室で、未だに泣き続けているトウコと、そして寄り添うベール。姉妹愛を絵に描いたような情景であったが、突然、その絵を壊すかのように、病室のドアが勢いよく開けられた。

 

「ベール様! 患者たちが……ぐあああっ!!?」

「なっ……!? そ、そんな!」

 

 駆け込んできた病院スタッフの男性が、断末魔と共に倒れ込む。その背後から、あの甲虫のような怪物が姿を現した。しかも一匹だけではなく、後ろから何匹も、ぞろぞろと続けて湧いてくる。一体どこからやって来たのか。恐らくは、クラックを通って攻めてきたのだろうが、突然の出来事にベールは動揺を隠せなかった。

 その一方、泣きじゃくっていたトウコは怪物たちの襲来に気付き、顔を上げて涙を拭う。そしてベールの懐を離れ、ベッドの上で立ち上がると跳躍し、空中でオレンジ型の錠前を手にした。

 

『オレンジ!』

「ここは私に任せて、ベールはみんなを避難させて!」

『ロック、オン! ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道、オンステージ!!』

 

 そのまま錠前をベルトにセットし、レバーを倒して鎧武者の姿に変身する。彼女は空中から飛び蹴りを放ち、最前列にいた怪物を後方へ蹴り飛ばした。着地と同時にすかさず、怯んだ怪物の群れに切り込み、変身したトウコは徒手空拳で怪物たちと応戦する。

 

「トウコ! これ以上戦っては……わたくしが戦いますわ!」

 

 トウコが怪物たちと戦うこと、それは同胞を傷つけることに他ならない。これ以上、彼女の心に傷を負わせたくはない、そう案じたベールだったが、

 

「いいや! もうこれ以上、目の前で他人が傷付くのを見ていたくはない。それに、同胞にこの国の民を傷つけさせたくないのだ! 先の戦いで力の加減も大体覚えた。心配は無用だ、私に構わず……どうか行ってくれ!」

「し、しかし……」

 

 その呼びかけにトウコは答えつつ、近くにいた怪物の一体に掴みかかると、背負い投げをかけて群れの中へ投げ飛ばした。そこから更に群れの中心へ切り込んだトウコを、怪物たちが取り囲む。とそこでどうにか、人が一人は通れそうな道が開けた。その上、敵の注意はほぼトウコのみに向けられている。

 怪物たちに取り囲まれ、人海戦術で押しつぶされそうになりつつも、彼女は未だ行動を渋るベールに向けて言い放った。

 

「早く! この国の女神として、果たすべき責務があるだろう!?」

「トウコ……すみません、感謝しますわ!」

 

 その言葉に決意を固めたベールは、トウコの開いてくれた突破口を抜け、他の患者や病院スタッフのもとへ駆けていった。

 

 

 

 

 

 後ろを振り返ることなく、彼女は廊下を走っていく。しばらくすると、背後で聞こえていた怪物たちの鳴き声と、トウコの声もほとんど耳に入らなくなった。静まり返った廊下を走り抜けると、怪我人の収容されている棟へ彼女はたどり着いた。悲鳴のような声や、怯えたような声が聞こえてくる。

 

「まさか、ここも襲撃を!? 怪我人たちを狙うなんて、何て非道な……!」

 

 この襲撃の首謀者であろう『くろめ』という少女に、はらわたを煮えくり返らせつつも、ベールは自らのすべきことを実行する。近くにあった病室へ入り、患者たちに避難を呼びかけようとした、その時、

 

「こ……これ、は……!?」

 

 扉を開け、病室へ飛び込んだ彼女が目にしたのは、これまでに目撃したこともない異様な光景だった。

 ベッドに横たわる患者たちの体を、ツタのような植物が巻き付き覆っている。その程度は人それぞれで、体の一部だけが覆われている者もいれば、完全に体全体を覆い尽くされ、まるで昆虫のサナギのような姿になっている者もいる。しかし共通していることが二つあった。一つは、誰一人としてその場から動かない、いや動けないでいること。そしてもう一つは、皆等しく、その顔を恐怖に歪めていたこと。

 

「め、女神……さ……ベール、様……たす、け」

 

 ベールの存在に気付いた一人の患者が、かすれた声で助けを求めつつ、ツタの絡まったその手を彼女の方に伸ばす。次の瞬間、ベールの目の前でその患者は、伸ばした手の傷口から突然生えてきた植物に、体を覆い尽くされてしまった。

 あとには物言わぬ、サナギのようなツタの塊があるのみだ。

 

「こんな、こんな……ことって……」

 

 ベールは恐怖にその身を震わせていた。愛する国民が、目の前で変わり果てた姿になってしまった、その衝撃に彼女の心は深くえぐり取られた。立ちすくむ彼女の眼前で、他の患者たちもツタに飲み込まれていく。

 気付けば病室の中にいた人間は、ベールを除いて全員がツタに覆われ、サナギのような姿に変わり果てていた。とそこで、ツタの塊の一つが、突然バリバリと音を立てて真っ二つに裂けた。そして中から現れたのは、

 

「う、嘘……そんな……! こんな……こんなこと、あり得ませんわ!!」

 

 人間ではなかった。あろうことか、あの甲虫のような怪物だったのだ。一匹が飛び出したのに続いて、他の塊も次々に裂けていき、昆虫が脱皮するかのように中から怪物が飛び出してくる。その中には、先の戦いで彼女を痛めつけた、あのカミキリムシやコウモリのような姿をしたものも混じっていた。

 地獄のような光景に、ベールは目を覆いたくなるほどであった。いつしか、病棟から聞こえていた悲鳴や怯えるような声は、怪物たちの上げる不気味な鳴き声に変わり果てている。打ちひしがれ、もはやその場から動くこともできなくなったベールに、怪物たちが周囲からにじり寄ってくる。そして一匹がその鋭い爪を振り上げ、

 

「ベール! 危ない!!」

 

 その瞬間、背後からの声と共にエネルギー弾が怪物の爪を弾いた。続けて橙色の影が飛び込んできて、その怪物に飛び蹴りを喰らわす。強烈な蹴りを受け、怪物は真後ろに吹き飛ばされた。爆散はしなかったものの、気絶したのかそのままぐったりと動かなくなる。

 空中で一回転して着地し、駆けつけたトウコはベールの方に向き直った。

 

「既にここまで襲撃を……ベール、怪我は?」

「トウコ……? どうやって、ここに」

「少々手を焼いたがどうにか、切り抜けてきた。だが、じきに追ってくるだろう」

 

 ベールの問いに答えつつ、トウコは彼女の手を引いて病室を抜け出した。

 

「さあ、他の場所にまだ生き残っている者がいるかもしれない。早く行かねば!」

「わ、わたくし……は……」

「どうしたのだ!? もたついていては……」

 

 なぜか躊躇するようなそぶりを見せるベールに、トウコがやきもきするようにそう言った。その時、離れた所で悲鳴が上がり、病室のドアが開いて患者が一人飛び出してきた。

 瞬時に反応したトウコは、彼女の手を引いたままそちらへ駆けつける。

 

「無事か!? 患者どの!」

 

 すぐそばに駆け寄り、空いた方の手で患者を抱き留める。怪我をしていたようで、足首に包帯が巻かれ、腕にガーゼが貼ってあった。変身したトウコとベールの姿を見て、患者は安堵の表情を浮かべる。

 しかし病室のドアの向こうから、怪物の群れが迫ってくる。トウコはそちらを見やると、ベールの手を放してトリガー付きの刀を構えた。

 

「すまない、痛いかもしれないが……! ベール、患者を頼む」

「トウコ! やめて!!」

 

 瞬間、ベールの表情が変わり、彼女の手にした刀を掴んで下ろさせた。突然の出来事にトウコは戸惑う。

 

「ベール! 気持ちはありがたいが、今は『彼ら』を一旦退けなくては」

「いいえ、いけない! そんなことさせませんわ!」

「しかしこのままでは逃げきれ……」

 

 とその時、トウコの抱き留めた患者が突然苦しみだした。腕の傷口を押さえてうめき声を上げ、

 

「なっ……何なのだ、これは!?」

「そ、そんな……」

 

 トウコの腕の中で、患者の傷を覆うガーゼを破り、ツタが生えてきて、みるみるうちに広がっていく。そして彼女とベールの見ている前で患者の体は、傷口から生えてきた不気味な植物に覆い尽くされてしまった。今、トウコの腕の中にあるのはサナギのようなツタの塊である。

 言葉を失う二人に、病室から出てきた怪物たちが襲い掛かる。トウコは刀を腰に差し直すとツタの塊を床に横たえ、両の拳を構えた。

 

「くっ、考えさせる暇も与えない気か!」

「もう……もう、やめて……」

 

 その傍らでベールはか細い声でつぶやくと、床に両手両膝をついてうなだれてしまう。

 とそこへ、彼女ら二人の視界に小さな黒い影が飛び込んできた。よく見ると『それ』は一匹の黒い蝶である。続けて、どこからともなく無数の黒い蝶が飛んできて、二人と怪物の群れの間に寄り集まってきた。蝶の群体が『ある形』を成していき、

 

「どうだい、お二人さん。今回は演出にも凝ってみたよ」

「あなた、は……!」

「貴様、またしても!」

 

 そして『暗黒星くろめ』の姿となった。

 ベールは顔を上げ、床についた拳を握り固めると相手を睨みつける。トウコも構えた拳を一旦解くと、二本の刀を手にしてその切っ先を相手に向けた。

 くろめはそれに対し、両手を上げてホールドアップの姿勢を取る。

 

「まあ待ってよ、女神のお二人に少し解説してあげようじゃないか。もっとも、トウコは本来『女神様』から聞いて、知っていて然るべきことだけどね」

 

 そう言うと彼女は二人の返答も待たずに話し始めた。


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