超侵略侵攻 ベール 鎧神 グリーンハート   作:ガージェット

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4.傷心

「……あれだけの力を持っているとは、ちょっと驚いたな」

 

 色とりどりの葉、花、果実で彩られ、ぼんやりとした青白い燐光が灯る、まるで王室のような部屋。少女の声が、静まり返った室内に響き渡る。誰かに話しているというわけではなく、ただ独り言を呟いただけのようである。

石造りの玉座に、青紫色をした長髪の少女は一人座っていた。手すりに頬杖をついて、かなりリラックスしている様子だ。

 

『どうした、初戦敗退かい? 『くろめ』ちゃん』

「ああ、してやられたよ『クロワール』。でも、そう気にする必要もないさ」

 

 とそこへ、どこからともなく黒い蝶がひらひらと舞い込んできた。長髪の少女の周りを飛び回りつつ、幼い女の子のような声で蝶は語りかける。

 『くろめ』と呼ばれた玉座に座った少女が、それに答えて口を開いた。

 

「あの力、確かに『禁断の果実』と呼ばれるだけはある。だが、『彼女』はどうやら制御し切れていないようだ。恐らく、まだ使い方もよく分かっていないんだろう」

『なるほど。で、どーすんだ? あの女神の後釜、そのまま放っといたら、力の使い方を覚えて攻めてくるかも』

「その点は心配ないだろう、しばらく『彼女』のトラウマは癒えないだろうし。それに『禁断の果実』の半分はこっちにあるんだ」

 

 くろめは『クロワール』と呼んだ黒い蝶にそう言うと、彼女に笑みを見せた。

 

「トウコ、そしてリーンボックスの女神共々……極限まで追い詰めて、全てオレが奪い尽くしてやるんだからね」

『ほほーう。こりゃまた、よからぬことが始まりそうだな』

 

 その、底知れぬ邪悪さのにじみ出るような笑顔に、クロワールは嬉しそうに声を上げるとくろめの肩に止まる。

 

『やっぱりお前は最高だよ。さて、じゃあこれから何が起こるのか……じっくり見物させてもらおうかね』

「きみが満足できる『歴史』は、記録できそうかい?」

『ああ、今度こそおもしれーモンが見れそうだ。んじゃ、行ってきまーす』

 

 肩を離れ、どこへともなく飛び去って行くクロワールに、くろめは無言で笑みを送った。それから部屋の一角に向かって声をかける。

 

「そうそう、きみの出番ももうすぐだよ」

 

 くろめが声をかけた先には、ひざまずいた姿勢で深く頭を垂れたまま、人形のように動かない女性の姿があった。漆黒のドレスを身にまとい、透き通るような白い肌に、太陽の如く煌めく長い金髪、よく見なければ本当に人形と間違えそうだ。しかしその肩が微かに上下していることから、息をしている、生きた人間だと分かる。

 再び意味深な笑みを浮かべると、くろめは続けて言った。

 

「『彼女』との再会、楽しみにしておくといい……『女神様』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、怪物たちの侵攻をどうにか退け、幾分か落ち着きを取り戻したリーンボックスであったが、その被害は決して小さくなかった。謎の少女が送り込んできた怪物どもの軍勢に、破壊された建物は数知れず、更に何人もの住人が重軽傷を負うこととなった。現在、リーンボックスの病院は怪我をした患者でどこも一杯である。

 そんな中、ベールはトウコのもとへと赴いていた。あの少女の狙いはトウコ、もしくは彼女が持っている『何か』のようであったし、詳しく話を聞いておく必要がありそうだと考えてのことであった。しかし、

 

「トウコ……あの子、大丈夫かしら」

 

今回の戦いで相当の精神的ショックを受けたようだし、恐らく大丈夫ではなさそうだが――などと考えつつも、彼女が運び込まれた病院へと足を運ぶ。そして、看護師に案内された病室へ入ると、

 

「……あ、ベール」

「ごきげんよう、トウコ」

 

 そこにはベッドの上で上体だけ起こし、遠い目で虚空を見つめるトウコの姿があった。ベールに気付き微笑んで声をかけるが、その目の焦点はどこかずれているように見えた。

 ベールも挨拶を返すと、ベッドの傍らに置かれた面会者用の椅子に腰かける。そして神妙な面持ちで口を開いた。

 

「トウコ、傷心のところを申し訳ありませんが……今回、あの謎の少女は明確にあなたを狙って、この国に攻め込んできましたわ。あなたがどういう身の上で、今どういった状況にあるのか、詳しく聞かせて頂けるかしら?」

「ああ……そういえば、ちょうど『あいつ』が攻めてきたせいで、結局話せてなかったね。うん、私の知ってること、全部話すよ」

 

 乾いた、か細い声で、相変わらず目の焦点の定まらないままトウコは言った。明らかに精神的ショックから立ち直れていない様子だったが、ベールは彼女の言葉に静かに耳を傾ける。

 一旦深呼吸をしてから、トウコは話し始めた。

 

「これは最初に言ったっけ、私が帝国『ヘルヘイム』の、女神の卵だって話。っと、その前に……私が元々住んでいた帝国『ヘルヘイム』っていうのは、『国』って言うよりは一つの世界だね。『あらゆる次元と通じる、時空の狭間に横たわっている世界』って言えばいいかな」

「は、はあ……まるで、ゲームやアニメの話を聞いているようですわ。でもそれなら、空間の裂け目を作って移動できるのも、少しは納得できますわね」

「まあ、それにはかなり生体エネルギーを使うから、普段はやらないけどね。私も『あいつ』も、クラックを開いたのはほとんど『禁断の果実』の力だし」

 

 と、そこでトウコの言葉にベールは問いを発した。

 

「その、あなたが『あいつ』と呼んでいるあの少女は一体何者なのです? それに、あの少女も口にしていましたが『禁断の果実』というのは、何かの果実か、それとも宝物なのでしょうか? 全能の力を司る、などと言っておりましたが」

「『あいつ』、あいつの、名前は……『暗黒星くろめ』。私の、いや私たちの故郷、帝国『ヘルヘイム』を乗っ取った、張本人……だよ」

「帝国を……世界を、乗っ取った?」

 

 重々しく、所々、言葉にもつっかえながら放たれたその言葉にベールは絶句した。あの少女が何者なのかよくは分からないが、トウコの話が本当なら、たった一人で一つの『世界』を掌握できるほどの力を彼女は持っているということになる。

しかし果たしてそんなことがあり得るのだろうか、とベールのその心を見透かしたように、トウコは続けて言った。

 

「それが、できちゃうんだよ。あいつは、半分とはいえ『禁断の果実』を手に入れた。それにあいつには、『人の心』を操る力があるから……私がこの『リーンボックス』に来る前に話はさかのぼるね。話すと長くなるけど、いいかな」

「ええ。あなたが構わないのでしたら、聞かせて下さいな」

 

 頷くベールに、トウコは一旦目を閉じるともう一度深呼吸した。そして目を開く。その目は先程までのような虚ろなものではなく、真っ直ぐにベールを見据えていた。

 彼女は語りだす。

 

「まずは私の身の上から。私は、生まれた時から『ヘルヘイム』の女神の後継者として、『女神様』から教育されてきたんだ」

 

 とそこで急に、トウコはバツが悪そうな表情になる。そして続けた。

 

「……まあ、しょっちゅう『女神様』の目を盗んで、勉強やら何やらほとんどサボって、遊んでばっかりいたけどね。今思えば、『不肖の弟子』だったよ」

「は、はあ……」

「当然、見つかったら怒られるわけで。いつもガミガミ言われてたなあ……でも思い出すとそんな日々も、とっても楽しかった……」

「ふふ、とても仲が良かったようですわね。あなたと『女神様』って」

 

 懐かし気に語るトウコの顔に、徐々に生気が戻りつつある。心なしか、頬にも赤みが差してきたようだ。微笑むベールに彼女は、今度は明るい笑みを返す。

 

「そうだね。ずっと一緒にいたし、母娘みたいなものだったなあ……でも」

 

 トウコの声のトーンが落ちる。絞り出すようにして彼女は続けた。

 

「でも、『あいつ』が急にやってきた……その日も私は、勉強サボって遊び回ってた。それで、見つけたんだよ……『黒いチョウチョ』を」

「『黒いチョウチョ』? それが、一体何を?」

「最初は、私も何とも思わなかった。でも、そのチョウチョが飛んで行った後……急に、みんなが周りで争い始めた。止めようとしたけど、私が何を言っても、何を言ってもダメで! そうそう、巻き込まれて殴られたことを覚えてるよ。痛かったなあ、とっても。どこを殴られたっけ、何発殴られたんだっけ? あれ、覚えてないや……うんうん、そうだった。口喧嘩なんてまだいい方! 血を流して倒れてる人もいたね……あ、ああああ……!」

「トウコ落ち着いて! 辛いのでしたら、もう話さなくてもいいですわ」

「あ、ああ……ご、ごめんねちょっと……うん、大丈夫だから。今思えばみんな、あいつの術にかけられてたんだろうね」

 

 話の途中からトウコの目がまた虚ろになっていき、内容もおかしくなってきた。ベールがなだめると彼女は我に返ったような表情になり、幾分かは落ち着きを見せる。

 

「続けるね。それからどうやってかは覚えてないけど、どうにか『女神様』のとこにまで逃げ出してきたんだ。そしたら、今でも忘れはしない……『あいつ』がいた」

「あの少女……『暗黒星くろめ』、ですわね」

「『女神様』も……既に、あいつの術で心を乗っ取られてた。それで私を……ああ、口うるさかったけど、お母さんみたい、だったのに……! 私を、その手にかけようと……してきた、けど……!」

 

 話している途中で、トウコは両手で顔を覆った。

 

「ああ、思い出した……もう、ダメだと思った、その時に『女神様』、正気に戻って……残った自我で私に、『禁断の果実』を半分託して、クラックに放り込んで、逃がして、くれたんだ……」

「……そう、でしたのね。この国へ来る前に、そんなことが」

 

 ゲーム機を壊された時は、ふざけた小娘だと思っていたが、目の前で泣いているこの少女は、故郷を追われ帰る場所を失くした、孤独な子供だった。

 そんなトウコを前にして、ベールはおもむろに椅子から立ち上がると、ベッドの上にトウコと寄り添うように腰を下ろす。そして彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめた。不意に抱きしめられて、彼女は困惑したような声を上げる。

 

「えっ、あの……ベール?」

「本当に……辛くて、寂しかったのですね。でも大丈夫、あなたは一人じゃありませんわ。わたくしが、そばにいてあげますから」

「ベール……あ、ありが、とう。う、うう」

 

 優しく答えたベールに、トウコは嗚咽混じりにそう言うと、そのまま声を上げて泣きじゃくり始めた。これまで泣く余裕すらもなく、溜まりに溜まったものが解放されたのだろう。背中にベールのぬくもりを感じつつ、トウコはずっと泣いていた。これまでの悲しみに加えて、今は誰かがそばにいてくれる安心感、その二つが相まって涙が止まらない。

 泣きじゃくるトウコと、彼女に寄り添うベール。二人の姿はまるで、血を分けた姉妹のようであった。

 


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