グリーンハートはは再び槍を構えると、
「暗黒星くろめ、あなたはここで……倒す!!」
「へえ、いきがっちゃって……やれるものなら、やってみなよ!」
流星の如きスピードで距離を詰め、横薙ぎを繰り出す。くろめも再び右ストレートで迎撃する。槍の穂先と拳がぶつかり合い、
「ぬううっ!?」
「隙ありですわ!!」
火花が散ると共にくろめの拳が打ち負け、彼女は一瞬ひるんだ。しかしその一瞬を見逃さず、グリーンハートは即座に斬撃を放った。相手の右肩から左脇腹辺りにかけて、服が斜めに斬り裂かれる。
続けて、手元で槍を回転させ構えなおすと、彼女は体重を乗せた横薙ぎで相手を斬り裂いた。強烈な横薙ぎを受け、くろめは体を真一文字に斬り裂かれ後方へ吹き飛んだ。
「ぐあああああっ!? 馬鹿、な……!」
「これが、みんなの希望の力……ですわ!」
仰向けに倒れたまま、数メートルほど地面を滑って止まる。うめく相手にグリーンハートは言い放った。
「ふふ、今のは効いたよ……痛い痛い」
が、しかしくろめはすぐさま立ち上がると、再び不敵な笑みを相手に向ける。そして傷口をさすると、一瞬にして何事も無かったかのように塞がってしまった。斬り裂かれた服も元通りに直り、彼女はそこで肩をすくめた。
「で、どうするんだい? まだ続ける?」
「愚問! 諦めるものですか!!」
「グワーッ!?」
そこへ間髪入れずに距離を詰めたグリーンハートが突きを繰り出す。繰り出された槍の穂先がくろめの腹部を貫いた。が、
「……なんちゃって。まだ分からないのかい、無駄なんだよォ!!」
「がああっ!!」
槍の柄を掴むと、彼女は空いた右手で再びストレートを放つ。その拳はグリーンハートの無防備な左頬にクリーンヒットし、鈍い音を響かせたが、
「ぐ、う……!」
「……おい、何してるんだ。離してよ」
その手首を、グリーンハートはこれまた空いた方の手で捕えた。がっちりと掴まれ、くろめの右手が動かなくなる。
切れた唇の端から血を流しつつ、グリーンハートは相手を睨んで言い放った。
「……離しま、せんわ!」
「諦めの悪い……! 無駄だって言うのが分からないのかきみにはよぉ!?」
「先程も申し上げましてよ。絶対に、諦めはしない! リーンボックスとヘルヘイムの人々が、最後まで信じてくれたように……わたくしも、みんなが信じた勝利を信じ続ける!!」
ほとんど怒りに任せて叫ぶくろめに、グリーンハートは相手の手首を掴んだ手に力を込めてそう返した。同時に、彼女のまとった青白い光が輝きを増す。先程の、人々の『魂』が放っていたのと同じか、それ以上の輝きである。
その輝きに目を瞬かせ、くろめは再び苛立たしげに言った。
「本っ当に忌々しい奴だなきみは! だったらその光、更に深い闇で覆い尽くして……もう一度絶望の底に叩き落としてやる!!」
その叫びと共に、くろめの体から漆黒のオーラが噴出した。組み合った二人の周囲を、見る間にドーム状に包み込んでしまい、更にはグリーンハートのまとった光さえも徐々に侵食していく。
「この、闇は……ああうっ」
「おや、さっきまでの威勢はどうしたんだい?」
「ぐ、う……うううっ……!!」
それにつれてグリーンハートの体から力が抜けていく。必死に力を込めるがその手、それだけでなく彼女の体全体の輪郭が、陽炎のようにぼんやりゆらめいていった。それでもなお、彼女は相手を睨みつけたまま、掴んだ手を緩めようとしない。
そんな彼女にくろめは言い放った。
「そんなに睨んだって無駄だよ。ちっとも怖くないし、きみはここで消えるんだ。これはもはや、確定事項なんだよ」
「……いいえ、あなたは……どこかで、恐れてる。人々の『信仰』を……そして、不屈の……『意志』の力を!」
「まだそのようなことを……戯言はもう聞き飽き」
しかしグリーンハートの、目の奥に宿る決意の眼差しは変わることがなかった。あきれたようにくろめがそう言った、ちょうどその時、不意に彼女の言葉が途切れる。
刹那、漆黒の闇の中へ突如として橙色の閃光が差し込み、その直後、激しい光が闇を切り裂いた。そして、
『イチ・ジュウ・ヒャク……オレンジチャージ!!』
「せいっはーっ!!」
電子音声と共に掛け声が響き渡り、橙色をした一筋の閃光が組み合った二人の間に割って入る。直後、繰り出された斬撃によってくろめの体は弾かれるように宙を舞い、地面に落下した。
「……深い闇の中で、あなたの声が聞こえた」
「あなたは……! あなた、本当に!?」
突如現れた『彼女』は、グリーンハートを背に低い声でそう言った。『彼女』の姿を目の当たりにしてグリーンハートは息をのむ。閃光の中から現れた、その姿は、
「お前は……! 馬鹿な、そんな馬鹿なぁ!!」
「今回も、また助けられてしまったな。ありがとう、ベール」
橙色に輝く鎧に身を包んだ仮面の戦士、変身を遂げたトウコであった。くろめは体を起こし、先程の攻撃で斬り裂かれた胸の辺りを押さえて立ち上がる。
二本の刀を連結させた、薙刀のような武器を彼女に向けてトウコは言い放った。
「ここまでだ、暗黒星くろめ。私の体を返してもらおうか!!」
「ふっっざけるなあああああ!! こんな、こんなことが……あってたまるかぁぁァァ!!!」
『ブラッドオレンジ!』
狂気と怒りに満ちた絶叫と共に、くろめはどこからともなく取り出した、真っ赤な色をしたオレンジ型の錠前を開錠し、腰に巻かれたベルトにセットする。
『ロック、オン! ギュイーン! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道、オンステージ!!』
そしてレバーを倒すとエレキギター風の電子音声と共に、彼女はトウコと同じような姿をした仮面の戦士へと変貌を遂げる。
「トウコぉ、きみは死んだんだよ……ダメじゃあないか! 死んだ奴が出てきちゃあ!!」
『ブラッドオレンジスカッシュ!!』
そう言うなり、くろめはベルトについたレバーを一回倒し、空高く跳躍した。そして空中から、真紅のオーラをまとった飛び蹴りを二人に向けて放つ。
変身したトウコとグリーンハートは顔を見合わせると、互いに頷き合った。
「ここで……全てを終わらせる!」
『ロック、オン! イチ・ジュウ・ヒャク……オレンジチャージ!!』
トウコは構えた薙刀に錠前をセットする。セットされた錠前から薙刀へエネルギーが流れ込み、その刀身がオレンジ色のオーラをまとって輝いた。それから彼女は薙刀を構えたまま、くろめに向かって跳躍する。
「せいやああああ!!!」
「でえええああああ!!!」
掛け声と共に、空中でお互いのキックと斬撃が交差した。そして、
「ぐううっ!? な、何だこれは!?」
「たああああっ!!」
くろめの体は空中で、オレンジの形をしたエネルギー体に捕らわれてしまう。そこへグリーンハートが間髪入れずに突貫してきた。
「これはリーンボックスと、ヘルヘイムの人々の分! そして……わたくしと、トウコの分! 全て、あなたに! 受け取って頂きますわ!!」
「こ、んのォ……!!」
斬り払い、斬り下ろし、横薙ぎ、とその槍から連続で繰り出される斬撃の乱舞。最後に放った突きの一撃と共に、グリーンハートは相手の背後へと抜けた。うめいたくろめだったが、相も変わらず体は動かない。
一方、空中から着地したトウコは薙刀から錠前を外すと、ベルトにセットし直した。それからベルトについたレバーを倒し、
『オレンジスカッシュ!!』
「これで決める! いくぞ、ベール!!」
「ええ、トウコ!!」
再び跳躍すると、彼女からくろめに向かって、いくつもの輪切りにされたオレンジ型のエネルギー体が一列に並んだ。足にオレンジ色のオーラをまとい、彼女はエネルギー体をゲートのようにくぐり抜けていきながら、相手に向かって加速していく。
グリーンハートもトウコに応じると、空中で反転して槍を構え直し、投擲の姿勢に入った。そして、
「スパイラル……ブレエエエエイク!!!」
「せいッはァーッ!!!」
グリーンハートの放った槍が一筋の閃光となり、くろめの体を貫く。そこへトウコの放った飛び蹴りが直撃し、直後、くろめを捕えていたエネルギー体が弾けて、オレンジ色をした果汁のような光の粒子となって飛び散った。
「ぐうおおお……おおあああああ!!!?」
叫び声の残響と共に、くろめの体は空中から地面に落下する。着地したトウコはすぐさま、彼女の方に向き直る。そこへグリーンハートも降りてきて、トウコの傍らに立った。
変身も解け、またもや体中傷だらけになりながら、地面に力なく横たわったくろめにトウコは言い放つ。
「貴様の負けだ、暗黒星くろめ」
「……なぜ、なんだ。なぜ……オレは、きみたちに勝てなかったんだ?」
「お答えいたしますわ」
か細い声で問いかけた彼女に、グリーンハートが口を開く。
「理由は二つ。一つは人の心を支配し、弄ぼうとしたから。もう一つは……あなたが一人だったから、ですわ」
「私にはベールが、ベールには私が、そして……『私達』には、ヘルヘイムとリーンボックスの人々が共にいた。それだけのことだ」
「たとえ一時は人の心を支配できたとしても、人々の魂と『思い』は変わらない。その強さに勝るものなど何もありませんわ」
「……むかつく答えだね……本当に、最後まで……きみたち、って……やつらは」
二人の返答に、くろめは毒づいた。が、その体が黒い粒子となって消失していく。消えゆく自らの体を見やって、彼女は言った。
「ま……今回は、オレの負けにしといてあげよう。だが……人々の心から『悪』が消えることはない。『悪』、すなわち『ネガティブ』のエネルギーがある限り……オレ、は……」
最後まで言い終える前に、くろめは黒い粒子となって完全に消滅した。その後には装着していたベルトや、持っていた錠前さえも残ってはいなかった。
そこで、トウコはグリーンハートの方に向き直った。ベルトにセットされた錠前を外すと、元の小柄な少女の姿に戻り、彼女に向かって微笑む。
「やったね、ベール! 私達、勝ったんだよ!!」
「ええ、やりましたわトウコ。あなたのおかげで……」
「いやいやー、さっき言ったじゃん。ベールと私、二人いたから勝てたんだよ?」
グリーンハートも変身を解き、ベールの姿となって微笑みを返す。彼女の言葉にトウコは、そうは言いながらも嬉しそうである。
いつの間にか、暗かった空も夜明けを迎え始めていた。地平線から白い光が差し込み、周囲を徐々に明るく照らしていく。更に照らされた大地が、荒野のような地面から緑色の草原に変わっていった。
「さて、と……ヘルヘイムの『女神』として、全部の後始末をつけないと。ベールの世界にも、だいぶ迷惑かけちゃったしね」
「もう、今更そんなこと――」
急にしんみりした口調と表情で言ったトウコに、ベールが言葉をかけようとした途端、彼女は思い出したように叫んだ。
「あーっ! 考えてみれば私、今『禁断の果実』の持ち主じゃん! 『全能の力』が使えちゃうよ、何でもできるよ! 後始末終わったら、何しよっかなー」
「トウコったら……まあその様子だと、暗黒星くろめのようなことにはとても使わなさそうですわね」
「当たり前じゃない。 侵略の道具なんて、つまんないことに使っちゃってさ。私だったらもっと楽しいことに使うね!」
なぜか誇らしげな彼女に、ベールは無言で苦笑いを返した。何となく、ではあるが、トウコをこれまで育ててきた『女神様』の苦労がうかがえるような気がする。一時は彼女と共に戦っていたからだろうか――などと思考していると、
「んじゃベール、先に戻っといてね」
「え? 何を言って……!?」
おもむろに投げかけられた、その言葉と共に、ベールの体は光の粒子となって消失を始めた。その現象には驚いたものの、しかしなぜか恐怖は感じなかった。むしろ、不思議な安心感に彼女は包まれていた。
続けてトウコは口を開く。
「……『全能の力』で時間を逆行させてるんだ。全部が元に戻るよ。あなたも、あなたの国『リーンボックス』も、そして私達の『ヘルヘイム』も、ね」
「待ってトウコ! まだあなたに言いたいことが……」
「だーいじょうぶだって! 私は『全能の力』を持ってるんだよ? 後でいつでも会えるって、ね? だから、話の続きはまた後で。じゃね、ベール!」
手を伸ばしたベールに、トウコは笑顔と共に手を振って言った。それと共に、彼女の前からベールの姿は消失してしまう。
「……ごめんね、ベール。私も、もっと言いたいこと、たくさんあるよ……でも、あんまり長く話すと、辛くなるからさ」
他には誰もいなくなった、光あふれる平原の上で、トウコは一人つぶやいた。その目の端から一筋の涙が流れる。それを拭って彼女は、決意を込めた口調で言った。
「さあ、全てを……元通りにするよ!」