超侵略侵攻 ベール 鎧神 グリーンハート   作:ガージェット

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12.闇の淵より

 暗い。果てしなく広がる暗黒の中へ、ベールの意識は沈みつつあった。

 抗いようもなく、ただただすーっと落ちていくように、意識が真っ黒に塗りつぶされていく。私はこのまま消えてしまうのか、愛するリーンボックスはあの侵略者に蹂躙されてしまうのか――消えゆく意識の中、彼女が思ったその時、

 

『――……って』

 

 ふとベールは何者かの声を聞いた。どこか聞き覚えのある、女性らしき声だったが、今何と言ったのか。耳――今の彼女にあるのか分からないが、とりあえずもう一度その声に耳を傾けようとした、瞬間、

 

『――まだです、気をしっかりもって! 『この世界』の女神よ!!』

 

 力強く、澄んだ女性の声が響き渡ると共に、黒く沈んだ視界が一気に晴れていく。

 気がつくとベールは黒々とした地面に足をつけ、そこに立っていた。辺りは沈む寸前の夕焼けのような、赤黒い色に染まった荒涼とした大地が広がっている。空は暗く、風も吹いていない、ひどく寂れた場所である。周囲を見回し、彼女はつぶやいた。

 

「ここは……? 確か、暗黒星くろめと戦って……」

『よく、生き延びてくれましたね。リーンボックスの女神、ベール』

「この声……! あなたは一体? どこにいらっしゃいますの!?」

 

 とその時、再び先程の声が聞こえてきた。なぜかどこにも姿は見えないが、気配だけは近くに感じる。そこでベールはようやく思い出した。くろめとの戦いの最中、もう一度変身を促してくれた声と同じだ。

 その主を探しつつ発せられた彼女の問いに、謎の女性の声は答えて言った。

 

『私はヘルヘイムの女神……『だった者』です。ええと、うちのトウコがお世話になっております』

「ヘルヘイムの……ではあなた、『女神様』!? なぜ姿をお見せになりませんの? それに、この場所は一体」

『落ち着いて。順を追ってご説明します』

 

 ベールの言葉を制して、声は話し始める。彼女は耳を傾けた。

 

『トウコから聞いているかとは思いますが……私は『暗黒星くろめ』の手によって、一度は闇に堕ちてしまいました。しかし、どうにか自我を取り戻した時に肉体を捨て、こうして『魂』の状態で生きながらえてきたのです』

「『魂』……それで、わたくしのサポートをしてくださった……ということ、ですのね?」

『ええ、その通りです』

 

 ベールの問いかけを、『女神様』は肯定する。思えばベルトを使って変身した後から、自らの身のこなしや思考が、自分のものではないように感じていたのだ。ベール自身、アーチェリーの経験はあるが、戦闘には役立たない嗜み程度のものであったし、それに変身できなかったはずが、なぜか二度目には変身できたり、くろめがベルトを破壊しにかかった時、なぜか何も起きなかったりと、不思議なことが立て続けにあった。

 とそこで、一旦言葉を切って相手は言った。

 

『しかし……私にはもう、残された時間がありません。帰るべき肉体も無き今、この世を離れねばならない運命なのでしょう……そこで、あなたに託したいことがあるのです』

「託したいこと? それが、わたくしをここに呼んだ理由ですのね?」

 

 彼女に体があれば、恐らく頷いたであろう。『女神様』は続ける。

 

『ええ。説明が遅れましたが……ここはトウコの心の中、『精神の世界』と言ったところでしょうか。消えかけていたあなたの『魂』を一時的に、トウコの精神と同化させることで、この世に繋ぎ止めているのが現状です』

「トウコの心? 精神? 彼女は、くろめの精神に乗っ取られてしまったのでは?」

『いいえ……トウコはまだ、死んではいません。くろめが彼女の体をもって生き返ったことで、本来の宿主であるトウコも一時的にではありますが、死を免れることができたのです。彼女の魂はまだ、『ここ』にあります』

 

 『女神様』の言葉と共に、ベールの目の前の地面に突如亀裂が入り、口を開いたクレバスの中から『何か』が地表に出現した。彼女の前に現れた、その淡い青色の光を放つ球体は、地表から数センチぐらいの所に静止しており、その中には、

 

「こ、これは……本当に!?」

『ええ。しかし今の彼女は、魂の『カタチ』だけが残っている状態です。私に残った力では、こうして『カタチ』を保つ程度が限界でしたが……』

 

 トウコの姿があった。しかし彼女は球体の中でうずくまり、眠ったように目を閉じたまま、動こうとする気配も無い。目の前の光景に息をのむベールに『女神様』は再度、語りかける。

 

『暗黒星くろめも今や、『精神』のみの存在。トウコの『魂』を蘇生させ、もう一度意識を取り戻すことができれば……彼女、を……倒せる……かも、しれな……』

「『女神様』!?」

『……本当に、私は……ここまで、のようです。でも、あなたの、『シェア』エネルギー、と……トウコへの『想い』の力が……あれば……必ず』

 

 『女神様』の声が、徐々に遠のいていくかのように小さくなっていく。消え入りそうな声で彼女はベールへ、最後に言った。

 

『必ず……でき、る……! トウコを……私の、愛する娘を……頼みます』

 

 言い終えると同時に、先程までベールのそばにあった気配が消え去る。一人取り残された彼女は、顔を上げるとトウコの入った球体に向き直った。

 そして、両手を広げて前に突き出すと目を閉じる。

 

「トウコも一つの『世界』を司る『女神』……だとしたらこの世界の信仰、『シェア』のエネルギーで力を取り戻せるはず……!」

 

 彼女が強く念じると、その手の平から青白い光が粒子となって溢れ出し、トウコの元へと流れ込んでいった。淡く光を放っていた球体が徐々にその輝きを増していく。

 しかしそれと共に、ベールの体の輪郭が少しずつぼやけていった。

 

「くっ、力が……! わたくしも、もはや残っているのは『魂』のみ……『シェア』のエネルギーを失えば、存在自体が危ういですわね。でも、トウコの為なら」

「この命惜しくは無い、ってかい?」

 

 更に強く念じようとしたその時、突如聞こえたその声と共にベールは、強い衝撃と共に前方へ突き飛ばされた。そのままトウコを包んだ光の球体に突っ込み、中にいた彼女と共に地面に倒れ込んでしまう。

 ベールが顔を上げると、『相手』は土煙を上げる右足を、苛立たし気に踏み鳴らしつつ言った。

 

「あーあ美しいねえ、感動的だ。だが……」

 

 そして、その青紫色の長髪をなびかせつつ歩み寄ってくると、

 

「無意味だ!」

「ぐああああっ!! あ、暗黒星……くろ、め……!」

「何かおかしいと思ってみれば、これだ。全くトウコもきみもしぶとい奴だよ、いや『しぶとい』なんて言葉じゃ片付かないほど……忌々しい!」

 

 うつ伏せに倒れたベールを思い切り踏みつけた。ギリギリとその足に力を込めつつ、くろめは続ける。

 

「ぶっ殺しても、ぶっ殺しても! なぜ『死なない』!?」

「ぐあああっ! 」

「一体何回! 殺せば! 死んでくれるんだ! 『お前たち』は!!」

「あああっ! あ、うう……」

 

 そして足を再度上げると、立て続けに何度も踏みつけを相手に見舞った。

 息も絶え絶えになったベールを、軽く蹴飛ばして仰向けに転がすと、くろめは怒りに燃えた瞳で彼女を見下ろし、睨みつける。

 

「まあいい、今度こそ終わりだ。ここできみを消し去ってしまえば、全ての『希望』は潰える。さあ、闇に堕ちろぉ!!」

 

 その右の拳を握り固め、漆黒のオーラをまとうと、大きく振りかぶってベールに振り下ろす。本当に、ここで終わりなのか――今度ばかりは彼女も覚悟を決め、目を閉じた。が、

 

「ぐ、う……っ!? な、何だ! これ、は……!?」

 

 急にくろめがうめき声を上げる。振り下ろされた彼女の拳は相手に届く寸前でピタッと静止し、まとったオーラも消えてしまった。

 そこでベールが目を開けたのとほぼ同時に、くろめは自分の右腕を押さえると数歩後ずさり、その場に膝をついてうずくまってしまう。

 

「体が……動かな、い……それ、に……く、苦しい……っ!」

「い、一体何が……?」

 

 目の前の事態に、くろめ自身だけでなくベールも戸惑いを隠せない。押さえた右手を胸に押し当て、うめく彼女の元に、

 

「何だ……なんだよ、これは!?」

「光、が……」

 

 どこからともなく無数の光球が、流星の如く尾を引いて飛来し、彼女の周囲を取り囲むように回り始める。淡い青色の輝きを放つその光球たちは、徐々に寄り集まって強い輝きを放っていく。

 その光が強くなるにつれて、くろめは声を上げ激しく苦しみだした。

 

「ぐ、ううっ……! この、光……信仰、の……『シェア』のエネルギー、か……! くそっ! 忌々しい……っ!! ぐうああああっ!?」

 

 彼女を取り囲む青い輝きは目もくらむほどのものになり、倒れたベールをも包み込んでいく。その中で、ベールは何者かの声を聞いた。

 

『暗黒の星よ、お前の思い通りになどさせない!』

『我々の『魂』までも、奪えると思うなよ!』

『我々の世界を……我々の女神、トウコ様を返してもらおうか!』

 

 あの『女神様』の声ではない。しかも一人ではなく、男の声に女の声、若い者から老いた者の声まで、多くの人々が話している声だ。

 ベールは思い当った。

 

「これは、まさか!?」

「ぐうおお……!! お、お前たち、『ヘルヘイム』の……! なぜ、だ……なぜ『魂』まで、闇に堕ちない!? うああああっ!!」

 

 くろめがもがき苦しむ一方で更に輝きは強さを増し、ベールの後方で倒れたトウコの元にも届いた。そして更に多くの声が響き渡る。

 

『ベール様をお守りする!』

『たとえ怪物に成り果てようと私達の、ベール様への信仰は変わらない!』

『ヘルヘイムの方々、私達も手を貸します!』

「……ふ、ふざ……けるな。ふざけるなぁっ! 民衆、なんて……都合が悪く、なれば……女神、だろうと……すぐ見捨てる、そういうモンだろ!? ええっ!?」

「み、みんな……!」

 

 思わずもらした声と共に、目尻から涙がこぼれる。愛する国民たちは、自国がどうなろうと、更には自分たちが怪物になろうとも、私への信仰心だけはずっと持ち続けてくれていたのだ。みんなの為にもここで倒れるわけにはいかない、ベールは体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。そして、

 

「みんな、の……声が、聞こえる……?」

「ハッ!? や、やめろぉ! お、起きるんじゃあ、ないっ!!」

「トウコ!? 意識が……」

 

 背後から聞こえた、小さな声に振り返ると、倒れたトウコの体が微かに動きを見せる。それに気付いたくろめの表情に、明らかな焦燥が見て取れた。彼女は歯を食いしばり、右の拳を固めると、

 

「うるさい、奴らだ……『お前たち』は、消えろおおおオオオッ!!!」

「なっ……!? みんなの『魂』が……!」

 

 振り払うような動作と共に、自分を取り囲んでいた光球たちを消し去ってしまった。辺りを照らし出していた光は消失し、再び暗闇が舞い戻る。先程は動いたように見えたトウコも、今では再び倒れ伏したまま、沈黙している。

 息を切らせつつ、しかし不敵な笑みを浮かべてくろめは言った。

 

「はあ、はあ……ふふ、ふ……『光』が強く、なれば……それだけ、『闇』もその深さを増す、ものさ……今度、こそ……希望は、潰えたね」

「どうかしら。あなたも随分と消耗しているのではなくって? それに……」

 

 それに対しベールは立ち上がると、

 

「みんなが最後まで持ち続けた『信仰』の力、それがある今……わたくしは負ける気がしませんわ!」

 

 そのままグリーンハートへと変身した。その手の中に槍が生成され、彼女はそれを構えて戦闘態勢に入る。

 変身を遂げた彼女を前に、くろめは苛立ったように叫んだ。

 

「ああもう一体、何度きみの顔を見ればいいんだか……いい加減に消えてもらえると嬉しいんだけどなぁ!?」

「ぐうっ!」

「それに忘れてないかなあ!? ここはトウコの……いや、オレの『精神』の世界だ、全てがオレにとって有利に働く!!」

 

 突如、目の前に現れたくろめの右ストレートを槍の柄で防いだグリーンハートだったが、パンチの衝撃で後方へ押しやられてしまう。更に、足元の赤黒い砂がまるでコンクリートのように固化し、彼女の動きを封じ込めた。続けて砂が二本の柱のように吹き上がり、同じく固化して、両腕までも固定してしまう。

 磔のようにさせられたグリーンハートを前に、くろめはあざ笑うように言った。

 

「詰み、だね。もはやきみを支える者も一人としていない。せっかくここまで頑張ったのに、きみも哀れなものだ」

「いいえ、わたくしには今……リーンボックスとヘルヘイムの、全ての人々が共にいる!」

「ふん、たわごとを……何っ!?」

 

 相手の言葉を笑い飛ばしたくろめだったが、直後、グリーンハートを磔にした砂の塊が粉々に砕け散った。その衝撃に彼女は顔を伏せたが、すぐさま上げ直す。

 そこへ、砂煙の中から青白い光をまとったグリーンハートが姿を現した。

 

「わたくしは一人ではない。みんなが共にいて、その全ての希望を背負って戦っているのですわ! だからこそ、何度でも立ち上がる!!」

 

 彼女は再び槍を構えると、言い放った。

 

「暗黒星くろめ、あなたはここで……倒す!!」

「へえ、いきがっちゃって……やれるものなら、やってみなよ!」

 


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