変身を遂げたグリーンハートを前に、くろめは低くうめいた。
「なぜだ。なぜ、その『力』が使えるんだ……分からない。気に喰わないなあ!!」
吐き捨てるように言うと、彼女は二本の刀を構えて距離を詰め、斬りかかってくる。グリーンハートはマントを翻して斜め上に跳躍すると、相手の頭上を飛び越えつつ弓を引き、空中からエネルギー弾を放った。
一発目をくろめは太刀の斬撃で受け流し、続けて二発、三発と放たれたエネルギー弾を、両手に持った刀の剣さばきでその軌道を逸らす。そして相手が着地した瞬間を見計らい、彼女はベルトについたレバーを倒した。
『ブラッドオレンジスカッシュ!』
「さっさと逝っちまいなよ! うらああああっ!!」
赤いオーラをまとった両手の刀を振り回し、今度は四つの斬撃を飛ばす。それに対し、グリーンハートは着地と同時に、ベルトについたグリップを押し込んだ。
『レモンエナジースカッシュ!』
アーチェリーについた刃の部分が黄色いオーラをまとい、輝く。そして振り向きざまに、グリーンハートはアーチェリーを振り回し、黄色い半月型の斬撃を連続で放った。空気を切り裂き、放たれた両者の斬撃が衝突し、相殺する。
「図に乗るなああああっ!!」
表情一つ変えないグリーンハートに、くろめは怒りを込めて言い放つと、彼女に向けて右手をかざす。
するとグリーンハートの背後にクラックが二つ開き、中からツタが伸びてくる。
「……二度も、同じ手は通じなくてよ」
が、彼女は冷静にそう口にすると、マントを翻しアーチェリーを構え、その場で回転斬りを繰り出した。巻き付こうとしてきたツタを斬り裂き、更に、すかさず狙いを定めて弓を引くと、くろめに向けてエネルギー弾を放った。
「何っ!? ぐあっ!」
正確な射撃が彼女の右腕を射抜く。と同時に、思わぬ反撃に集中を切らしたせいか、二つのクラックも閉じてしまった。
撃たれた右腕をかばいつつ、くろめは仮面の下、燃えるような目でグリーンハートを睨みつける。
「馬鹿な、こんな……畜生!」
「余裕のないお顔ですわね、もう手詰まりかしら?」
「こいつ……っ! なーんてね」
相手の放った言葉にくろめは低くうなる。が、急に彼女はからかうような口調になると、続けて言った。
「随分と調子に乗ってくれたじゃあないか、でも所詮はその『力』もオレが作ったモノ。自分で作ったのなら……壊すことだって難しくない」
「何ですって?」
「すぐにわかるさ!」
グリーンハートの問いにくろめが指を鳴らす。するとグリーンハートのベルトにセットされた錠前が小さく火花を散らし、
「……何かと思えば、手品でも始めるおつもり?」
「はあ!? 何だ、どういうことだ!?」
そして、それ以上は何も起きなかった。呆れたように、それでいて冷徹な口調でグリーンハートはそう言うと、うろたえるくろめに弓を向け、
「どうやらそれも、失敗に終わったようですが……」
『ロック、オン! レモンエナジー!!』
錠前をベルトから外すとアーチェリーにセットし、相手に向けて弓を引いた。電子音声と共に、セットされた錠前からアーチェリーへとエネルギーが流れ込んでいく。
それに対し、くろめもベルトから錠前を外すと、手にした刀にセットした。
「さっきから減らず口を……!!」
『ロック、オン! イチ、ジュウ、ヒャク、ブラッドオレンジチャージ!!』
「うぅらあああああああっ!!!」
そして、真っ赤なエネルギーをまとったその刀で斬りかかってくる。グリーンハートは弓を目いっぱい引き絞り、放った。黄色い巨大な矢の形をしたエネルギー弾が発射される。
くろめは飛んできたエネルギー弾を、振り下ろしの斬撃で受け止めた。ぶつかり合った矢と刀身が、花火のように黄色と赤の火花を散らす。しばらく両者は拮抗していたが、
「ぐ、う……おぉおおおおっ!!」
くろめの方が徐々に押し負けてきた。じりじりと後ずさりながらも、彼女はうなり声を上げて相手の矢を押し返そうとする。しかし、
「う、うわああああっ!!!」
遂に、矢の勢いに刀を弾かれた。持ち主の手を離れた刀が宙を舞い、直後に大爆発が起こる。
生じた爆炎の中から、変身の解けた姿のくろめが吹き飛んできて、地面に転がった。体中がアザと傷だらけで、所々に火傷のような跡もある。仰向けに倒れた彼女にグリーンハートは歩み寄り、引いた弓を向けた。
「……勝負ありましたわね。さあ、お覚悟はよろしくて?」
「くっ……くっくっくっく!ひぃっひっひっひ!」
しかしくろめは突如、腹筋を引きつらせるようにして笑い袋のように笑い出した。中々にシュールな光景だが、相手が相手である。グリーンハートは弓を引いたまま警戒を怠らず、彼女に尋ねた。
「……一体、何がおかしいのかしら?」
「ひっひっひ、気付いていないのかい? 自分のことって、意外と分かんないもんだね」
「何を言って……っ!?」
不敵な笑みと共にくろめは言い放つ。とそこでグリーンハートは異変に気付いた。
持っているアーチェリーが、光の粒子となって消失していく。矢を放とうとした時には既に遅く、発射口が消え去り、ほどなくしてアーチェリーそのものも、手の中から跡形もなく消失してしまった。戸惑う彼女にくろめは続けて言った。
「思い知ったかい? これが『全能の力』さ。あらゆるモノの『存在』まで、自らの意志で決定できる。どうだい、素晴らしいだろう?」
「この……っ!」
『レモンエナジースパーキング!!』
ベルトのグリップを二回連続で押し込み、グリーンハートは倒れたくろめに止めの蹴りを放とうとする。が、
「……一つの世界に、女神は二人もいらないね。不要な『モノ』には消えてもらおうか」
静かにくろめがそう口にすると、今度はグリーンハートの体が消失を始めた。手の先、足の先から量子化し、徐々に消えていってしまう。痛みも何もない。ただ、初めからそこには無かったかのように、『自分』が消えていくのだ。グリーンハートの顔が引きつり、青ざめた。
その様子を見ながら、くろめは愉悦の笑みを浮かべる。
「どうだい? 『死』なんかじゃない、存在そのものが『なくなる』感覚は」
「そ、そんな……あ、あぁ」
「そうだよ、オレが見たかったのはその表情だ! さあ、恐怖と絶望と共に消え去るがいい! リーンボックスの女神よ!!」
最後通告を突きつけるかの如く、彼女が言い放つとほぼ同時に、グリーンハートは完全に光の粒子となって、空中に散った。彼女の着けていた赤いベルトが落下し、他には誰もいなくなった周囲に乾いた音を響かせる。
「やった……! これでもう、邪魔者はいない。オレの、勝ちだ! はっはっはっは!!!」
高笑いすると、くろめは起き上がった。いつの間にか、体中にあった傷やアザは消え去っており、服の破れ目からは健康そうな肌が覗いている。起き上がった彼女は周囲を見回し、続けて言った。
「さあて……オレを見捨てた『世界』に、どう復讐してやろうか……ふふ、ひひひ」
そして、抑えきれない様子で狂ったように笑い出す。辺りには彼女の笑い声と、地上を闊歩する怪物たちの不気味な鳴き声ばかりが響き渡っていた。