「ありがとうベール、『オレ』を蘇らせてくれて」
「なっ……!? その口調、その雰囲気……まさかあなたは……一体どうして!?」
問いかけつつもグリーンハートは槍を構え、戦闘態勢に入る。しかし得物を持つその手は震えていた。なぜかは分からない、その姿こそトウコだが、彼女の口調とその顔に浮かぶ不敵な笑みは、まさに暗黒星くろめのそれであったのだ。
トウコの姿をしたくろめは、たたえた笑みを崩さずに答えた。
「こんなこともあろうかと、保険をかけておいたんだよ」
「保険……ですって?」
「ああ、奪った半分の『果実』に、オレの意識の一部を記録しておいたのさ。たとえ負けたとしても、トウコが『果実』を取り込んだら、オレの意識が発現するようにね。ま、どっちに転ぼうがオレの勝ちには変わりなかったってコトさ」
「くっ……! この、外道が!!」
涼しい顔で言ってのけたトウコ……もといくろめに、グリーンハートは槍を握りしめ、その場で跳躍すると空中から振り下ろしを繰り出した。くろめはその一撃を後方へバク転してかわすと、オレンジ型の錠前を手にする。形はトウコの持っていた物と同じだが、血のように真っ赤な色をしていた。
『ブラッドオレンジ!』
「おおっと、これからオレの変身を披露しようって言うのになあ」
「問答は無用ですわ。貫け! シレットスピアー!!!」
相手に構わず、グリーンハートは右の手の平を相手に向けると、彼女の横に魔方陣が出現し、そこから巨大な槍が突き出した。とそこで、くろめは開錠した錠前を流れるような動作でベルトにセットする。
『ロック、オン!』
「おおっと、危ない危ない……ああ、怖いなあ」
電子音声と共にくろめの頭上にクラックが開き、中から真っ赤な色をした、巨大なオレンジ型の物体が出現する。魔方陣から突き出した槍の穂先が届く寸前、彼女はベルトについた小刀型のレバーを倒した。
『ギュイィーン! ブラッドオレンジアームズ!!』
「ぐうぅっ!?」
エレキギターのような電子音声が鳴り響き、真っ赤なオレンジがくろめに被さる。と同時に赤色をしたエネルギー波が生じ、グリーンハートの放った槍は打ち砕かれてしまった。更にグリーンハート自身も、その衝撃に思わず後ずさってしまう。
くろめに被さったオレンジが展開し、そして鎧のような形となって彼女の体に装着された。
『邪ノ道、オンステージ!!』
トウコの変身した姿とほぼ同じ、仮面を被った鎧武者のような姿がそこにはあった。しかし鎧のカラーリングが大きく異なっている。鮮血の如き真紅に輝く鎧をまとった戦士に、くろめは変身を遂げていた。
しかも、変身しただけではない。彼女のまとった鎧から放たれる禍々しいオーラが、ピリピリと焼けつくような感覚を与えてくるのだ。彼女を前にしている、それだけでグリーンハートの背筋を冷汗が伝った。
「変身完了。どう? 似合ってるかな?」
「随分と余裕の態度、ですわね!」
首を軽く回し、両腕を広げて言ったくろめに、グリーンハートは恐れを振り切り、手元で槍を回しつつ一気に踏み込んで相手との距離を詰める。対してくろめも腰に差した半月状の刃の太刀に手をかける。
「お、威勢がいいね。じゃ、少し遊んであげよう」
そして居合抜きの要領で、片手だけで相手の放った斬り上げを受け流す。甲高い金属音と共に火花が散った。続けてグリーンハートは斬り下ろしを繰り出し、その斬撃がくろめをとらえた、その瞬間、
「おっと危ない」
「!?」
その体が赤い霧のようになって散り、グリーンハートの攻撃は空を切る。
彼女が驚く間もなく、続けて背後に二つのクラックが開く。その中からツタのような植物が伸びてきて、グリーンハートの両腕に絡みついた。更に絡めとられた腕を左右に広げられ、磔のような形にされてしまう。
「しまっ……!」
「これで動けないね。さあ、今度はこっちの番だよ」
ツタに拘束され、動きを封じられた彼女の前に赤い霧が収束し、元の鎧武者のような姿となって実体化した。くろめはベルトについた小刀型のレバーを一回倒すと、
『ブラッドオレンジスカッシュ!』
「そらあっ!!」
電子音声と共に、手にした太刀の刃に赤いエネルギーが集中する。そのエネルギーをまとった太刀で、すかさず相手を十文字に斬りつけた。
「きゃああああっ!!」
真紅の斬撃が、グリーンハートのまとったアーマーをえぐり取る。衝撃で絡まっていたツタが千切れ、彼女は後方へ吹き飛んでゴロゴロと地面を転がった。その途中、持っていた槍が手から転げ落ちる。更に彼女は何メートルも転がっていった後、うつ伏した状態でようやく止まった。
そこへくろめがゆっくりと歩み寄ってくる。途中で相手の落とした槍を横に蹴飛ばすと、彼女はグリーンハートに向き直って言った。
「どうだい? これが『禁断の果実』を持つ者の力さ」
「ぐ、うう……ま、まだ……です、わ」
「おや、まだ起き上がるのかい?」
両腕、両足に力を込め、うめきつつどうにか立ち上がったグリーンハートだったが、身にまとったアーマーは胸部から腹部にかけて大きく十字にえぐられており、その焼け焦げたような跡から煙が上がっている。加えて、立ち上がったとはいえそれがやっとのようで、足元がおぼつかない様子だ。
それを見たくろめは呆れたように肩をすくめる。
「まったく……『女神様』やトウコといい、きみといい、往生際が悪いね。さっさと諦めてヘルヘイムと一つになれば、余計な苦しみを味わわずに済むのに」
「誰が、こんな……狂った『世界』なんかと! それに……リーンボックスは、わたくしの国、ですわ。誰にも、奪わせは……しない!」
胸に手を当て、息も絶え絶えにグリーンハートは言い放つ。そして彼女は、足元に落ちていたものを拾い上げた。
『女神様』が身に着けていた、あの赤い色をしたベルトである。拾ったベルトを腰の前でかざすと、自動でベルトが展開され、グリーンハートの腰に巻かれた。彼女はそのまま、ベルトについたグリップを押し込む。
『エナジー、シャットダウン……』
「え? ああああっ!?」
しかし、途端にベルトが火花を散らしてショートし、セットされた錠前が外れて弾け飛んでしまった。生じた電撃によるショックで、彼女はたまらずその場に崩れ落ちる。
そんな彼女を前にくろめは天を仰ぎ、高笑いした。
「はっはっは! 『ソレ』で変身しようって魂胆だったのかい? ざぁーんねんだったねえ、グリーンハート!」
「う、ぐうう……っ!」
「さあて。きみも、もう万策尽きたんじゃあないかな?」
唇を噛むグリーンハートに向き直り、くろめはもう一本の刀を抜き放つと、更にベルトについたレバーを倒した。彼女の手にした太刀と刀が真紅に輝くオーラをまとう。
『ブラッドオレンジスカッシュ!』
「……遺言だけは聞いてあげるよ、何か言い残すことは?」
「何も……ありませんわ。あなたに、残す言葉……など!」
「そっか。じゃあ、もう……逝っていいよ!!」
くろめの問いに、あえぎながらもグリーンハートは彼女を睨みつけて答えた。
相手の答えに、二本の刀を振りかぶると、くろめはそれを大きく振り回して二発の斬撃を飛ばす。真っ赤な色の衝撃波がグリーンハートに襲い掛かった。それでも彼女は唇を噛み、相手を見据えたまま動かない。
『まだ……まだ、終わってない! もう一度、やってみて!!』
「!? 今の、声は――?」
とその時、突如グリーンハートに語りかける声があった。
その声に導かれるように、彼女はほぼ無意識的に落ちていたレモン型の錠前を拾い上げ、開錠しベルトにセットする。そしてすかさずグリップを押し込んだ。
『レモンエナジー! ロック、オン! ソーダァ!』
「何っ!? そんな馬鹿な!」
今度は弾け飛ぶこともなく、セットされた錠前は二つに割れ、ベルトのクリアパーツ部分に黄色い液体が溜まっていく。仮面の下、思わず目を見開いたくろめの前で、グリーンハートの頭上にクラックが開き、その中から巨大なレモン型の物体が落下して彼女に被さった。
被さったレモンが盾の如く、くろめの放った衝撃波をはじき返し、直後に鎧のような形に展開してグリーンハートの体を覆った。
『レモンエナジーアームズ!! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』
ベルトから流れだす電子音声が、変身の完了を告げる。『女神様』のものと同じ、メタリックな黄色をした、王侯貴族のような鎧とマントを身にまとったグリーンハートの姿が、そこにはあった。ただ一つ違うのは、仮面だったパーツがティアラのような形になって、額に装着されていることであろうか。
更にその手には、これまた『女神様』の持っていた、赤いアーチェリーのような武器を携えている。変身を遂げた彼女を前に、くろめは低くうめいた。
「なぜだ。なぜ、その『力』が使えるんだ……分からない。気に喰わないなあ!!」