ある朝、ベールさんの部屋に奇妙な女の子が降ってきた!?
「ふわぁ……あ」
カーテンの隙間から、朝日が差す部屋の中。机の上で突っ伏した金髪の女性が、ゆっくりと体を起こした。彼女は大きくあくびをすると、ぐっとのびをした。青緑色のドレスを身に着けた、そのバストは豊満であった。
それから女性は立ち上がると窓辺に近づき、カーテンを開けた。早朝の朝日が眩しい。
「――また、つい徹夜してしまいましたわ。さすがに連日の徹夜は、お肌に良くありませんわね……」
目を細めつつ、窓辺から見下ろす街並みは、自然の緑色を残しながらも、高層ビルが立ち並んでおり、その間を幹線道路が通っていて近未来的な印象を受ける。ここは『ゲイムギョウ界』の『緑』の国、『リーンボックス』である。
そして、窓辺にたたずむ金髪と豊満なバストの持ち主である彼女こそ、この国を治める女神『ベール』だ。とは言え、
「でも、ようやくクリアできましたわ。一週目に数日間つぎ込むなんて、いつ以来かしら」
机の上に置かれたデスクトップ型パソコンを見やって、彼女は徹夜後とは思えぬ、生き生きとした表情でつぶやく。そのモニターには、ゲームのクリア画面が映し出されていた。
――そう。彼女、ベールはリーンボックスの統治者でありながら同時に、いわゆる廃ゲーマーなのである。趣味の為なら、連日徹夜なんて何のその。一度没頭すれば、その期間は部屋から全く出なくなるほどである。
それでも自らの仕事はキッチリ終わらせる辺りは、要領がいい証拠だろうか。
「さて、朝食後に早速二週目を――って、あら?」
と、ベールが部屋の中を振り返ったその時、どこからともなくジッパーの開くような音が聞こえてきた。けっこう近くで聞こえたような、と彼女が思った刹那、ガシャーン! と硬質のものが砕ける音が響き渡る。
「いった~い! 何コレ、何かのカドに頭打ったあ~!!」
ベールは目の前の光景に我が目を疑った。
先程まで、この部屋には自分以外に誰も居なかったはずなのに今、机の上には簡素なドレスのような服を着た小柄な少女が頭を抱え、悶絶している。その服と、ショートカットの髪ともに、鮮やかな橙色をしている。が、ベールにとって重要だったのはそこではなく、
「わ、わたくしの……わたくしの、神器がああああっ!!!」
彼女の愛用していたデスクトップ型パソコンは、突如現れた少女の下敷きとなり、粉砕されてしまっていた。リーンボックス中に響き渡るかと思われたベールのその悲鳴に、謎の少女はようやく彼女の存在に気付いてそちらを向く。
「あ、ども。急にしつれ――ぎゃああ!?」
そしてバランスを崩し、机の上から落下した。
床に落っこちた彼女にすぐさま、ベールは詰め寄る。
「ちょっとあなた! 何ということをしてくれましたの!?」
「えっ、私何かやっちゃった?」
「『何かやっちゃった?』じゃありませんわ! わたくしの数日間の……これまでの努力の結晶を、よくも打ち砕いてくれましたわね!!」
キョトンとする少女に、ベールは机上に散らばったパソコンの残骸を指し示す。すると少女は軽く頷いた。
「あ、ああ……アレ、大事な物だったわけね」
「当然ですわ! 然るべき責任を取ってもらいますわよ?」
怒り冷めやらぬベールに、少女は一度残骸を眺めると再び向き直った。そして両手を合わせ、頭を下げる。
「ゴメン! あなたの言う通り、責任はキッチリ取るから」
「簡単に言いますわね。一体どうやって取るつもり……は?」
両手を腰に当ててそう言うベールの目の前で、少女は目を閉じると、残骸の上に両手をかざした。するとスクラップの中から何やら、細いツタのようなものが一本生えてきた。直後、もう一本のツタが伸びてきて、更にまたもう一本……とどんどんその数を増し、にょきにょきと伸びてパソコンの残骸を覆い尽くしてしまった。
それから少女が目を開き、かざした両手を下げると、生い茂ったツタが見る見るうちに縮んでいき、どこへともなく消えていった。そうして後に残ったのは、
「はい、終わったよ」
「こ、これは……って何ですの、このロゴは」
元通りに復元されたデスクトップ型パソコンが、机の上に鎮座していた。外見は完全に、最初の状態である。しかし表面に『花道 ON STAGE!!』と筆で描いたような字と、何やら刀とオレンジのようなマークが新たに入っている。
ベールの言葉に少女は得意げに胸を張った。そのバストは、平坦であった。
「私の趣味だよ、カッコいいでしょ?」
「まあ、変なロゴマークはともかくとして、確かに『見た目は』元通りになりましたわね」
怪訝そうな視線を送るベールに彼女は、今度はむすっとした表情で返した。
「えぇー、『変な』ってヒドくない? それに、『中身』もちゃんと元通りにしといたもん。ウソだと思うなら確かめてみてよ」
「あら、直っていなければ承知しませんわよ?」
ベールがパソコンの電源ボタンを押す。すると起動音がして、ディスプレイに先程のゲームクリア画面が映し出された。更に、コマンドを入力してみると、ちゃんと動く。ゲームのデータまで、完全に復元されていた。
驚きに言葉を失ったまま、彼女が振り返ると少女は、どうよ? とばかりのドヤ顔で応じた。しばらくして、ベールは言葉を取り戻したかのように言った。
「あ、あなた……一体何者なんですの?」
「あっといけない、自己紹介してなかったね。私は『トウコ』。帝国『ヘルヘイム』の女神!……の、卵ってとこかな? ところであなたは?」
自分を指し示して謎の少女『トウコ』はそう名乗った。唐突な彼女の自己紹介を聞いて、ベールは面食らう。
「め、女神? あなたが? ……失礼、わたくしはベールと申します。でも帝国『ヘルヘイム』なんて聞いたことのない国名ですわね」
「あれっ? えっと、ここどこ? ……あいたた、頭痛い」
「ここは『リーンボックス』ですわ。何が何だか分かりませんけれど、どうしてここへ来たのかしら?」
目をバツ印にして首を傾げるトウコに、ベールは再び問いかけた。何となく、彼女の雰囲気と言動からして悪人ではなさそうだが、突如この部屋に現れたことといい、先程見せた『能力』といい、どうも普通の人間ではなさそうである。
トウコは頭を押さえつつ、彼女の問いに答えた。
「ええっと、悪い奴に追われて――追い詰められて、誰かに『クラック』に放り込まれたことまでは、覚えてるんだけど……」
「『悪い奴』? 『クラック』? 詳しく聞かせて頂けるかしら?」
「『クラック』っていうのは、空間の裂け目のこと。で、『悪い奴』なんだけど……うーん、さっき頭打ったせいで、ちょっと記憶が」
と、トウコが言い終わらないうちに、ジッパーの開くような音が響いた。今度は部屋の窓の向こう側、外から、しかも立て続けにいくつも聞こえてくる。
いち早く気付いたベールが窓際に駆け寄り、外を見てみると、
「この音、さっきも……なっ! こ、これは!?」
見下ろすリーンボックスの街並みの中に、突如としてジッパーのような空間の裂け目『クラック』が無数に出現していた。その向こう側には、何やら深い森のような景色がうかがえる。
トウコも彼女に続いて窓際に、頭を押さえながらよろよろと近寄る。それとほぼ同時に、街の中心部の辺りからまた新たな裂け目が口を開いた。他のものよりも、一回りほど大きい。その中から人影が一つ、ぬっと姿を現す。そして何やら、メガホンのようなものを構えた。
「『リーンボックス』の女神、および国民の皆様へ。私は帝国『ヘルヘイム』の代表である。突然の無礼を許して欲しい」
「『ヘルヘイム』? さっき、あなたがおっしゃった……」
現れたのは黒い服を着た、青紫色をした長い髪の少女だ。メガホンを用いて、演説でもするかのように話している。道行く人々も足を止め、突然現れた空間の裂け目と謎の少女を見ながら、ざわついていた。
ベールがトウコの方を振り返ると、彼女は外の景色を見ながら、目を見開き、体を震わせていた。その震える唇が、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「あ、あ……あいつ、は……!」
「『あいつ』が? もしかして『悪い奴』と言うのは、あの少女のことですの?」
「――しかし、我々は貴国に危害を加えるつもりはない。ただ、一つこちらの要求を聞いて頂きたいのだ」
カタカタ震えているトウコの両肩に手を置いて、なだめるような口調でベールが問いかける。その一方で、外では少女の演説が続いていた。一呼吸ほど間をおいて、少女は言った。
「我々を裏切り、この国へ逃げ込んだ者がいる。その名は――『トウコ』、彼女の身柄を引き渡して欲しい。それさえ受け入れられれば、我々はすぐにでも帰ろう」
「裏切り、者――!?」
彼女を前に、ベールは絶句した。全く、今日は朝から何度驚かされればいいのだろうか、混乱する頭を落ち着かせるため、一度深呼吸する。そんな彼女に、トウコは首を横にブンブン振って、震える声で訴えるように言った。
「ち、違う! 違うよ! 私は、そんなんじゃ、ない!」
「落ち着いて。向こうが一方的に言っているだけですわ、わたくしは何もしませんから、知っていることを話して頂けるかしら?」
目尻に涙を浮かべ、はあはあと息を荒げつつもトウコは頷いた。ベールはそんな彼女の頭をそっと撫でてやる。
どうも、彼女が『裏切り者』などと言われるゆえんが分からない。演技にも到底見えないし、向こうの勘違いか何かではなかろうか、ベールが思ったその時、外から大声が響いた。
「彼女、トウコは! 全能の力を司る『禁断の果実』を盗み出した張本人である!! これが、その者の姿だ」
少女の大音声と共に、空間の裂け目が揺らぎ、ある人物の姿が映し出される。小柄で、橙の髪色をした少女――間違いなく、トウコの姿であった。
なおも少女は続けて言う。
「幸い、彼女が盗み出したのは果実の半分。しかし放っておけば、その『力』を用いて何をするか分からない。早々に身柄を引き渡して頂けた方が、双方にとって益であると考えるが……」
「……少し、あの少女と話をつけてきますわ」
ベールは顔を険しくした。国の代表としての責任もあるし、何より少女の話を聞いた周囲の群衆が大きくざわめいている。相手の話が真実かどうか、まだ判断はつかないが、まずは群衆を落ち着かせる必要がある。
無言で頷くトウコを後に、彼女は窓辺に立つと、小さく叫んだ。
「変身!」
その言葉と共に彼女の体を淡い光が包み込み、その姿を変えていく。光が収束した後には、白い服を身にまとった、青い瞳に緑の長髪の美女『グリーンハート』の姿があった。ベールの『女神』としての姿であり、そのバストは更に存在感を増している。
「へ、『変身』した……?」
「すぐに戻りますわ。この部屋から出てはいけませんわよ?」
「う、うん」
呆気にとられるトウコを背に、グリーンハートは窓から飛び出し、宙を翔ける。そしてあの少女のいる地点まで接近し、相手から十メートルほど離れた空中で静止した。女神の登場に、周囲の人々がどよめく。
ベールの周囲で立て続けに起こる出来事。
トウコと名乗る少女は、そしてもう一人の謎の少女は一体何者なのか――?
まだ一話目ではありますが、ご意見ご感想などあれば嬉しいです。