「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハッ♪アハ ハハハハハハハハハハ!!」
まるでおかしくて仕方ないとばかりに絶えることのない哄笑を上げるレ級。
その姿は至って無防備であるはずなのに、霧秀は奇襲をかけるのを躊躇していた。
(サンズめ……いらんことをしたばかりに!!藪から蛇どころか、鬼を出してどうする!?)
横にいた天龍の呆けたような様子を見るに相手からしてもあれがイレギュラーな事態であることは分かっている。
誰がどう見ても、我を忘れた暴走状態であった。
おまけに逃げようにもレ級は笑いながら抜け目なくこちらの様子を伺っている。背中を向けた瞬間嬉々として襲い掛かるだろう。
(
霧秀は心の中で毒づきながらも、迂闊にレ級に刺激を与えないようゆっくりと腰に差している刀の柄を掴む。
「……おい小童、下手に動くな。アレはもうお前の知っている存在ではないぞ」
レンゲに歩み寄ろうとした天龍を制しながら、霧秀は己の刀を音も立てずに抜刀する。
「く、なんでテメェなんかに指図されなきゃ……」
「死にたければ勝手にしろ。どちらにせよ某はアレと事を構えねばならぬ」
既にレ級は笑い声を止め、ニヤニヤした顔でこちらへと向き直っている。
霧秀を逃がそうという考えは毛頭ないようだ。
「正念場とは、正しくこの事だな……」
ゆっくりと刀を構える霧秀に対して特に動きを見せず自然体のままにしているレ級。
両者の戦いの火蓋を切ったのは───霧秀であった。
「……カッ!!」
優に30mは離れていた距離を僅か一息の間に詰め、その勢いを乗せた袈裟斬りをレ級に見舞う。
「アハハッ!!」
閃光の如き一閃をレ級は右腕のガードで簡単に受け止める。
瞬間、霧秀はレ級の体を蹴り飛ばして海中へと身を投じ、姿を消す。
奇襲を警戒したレ級が辺りを見回しながら静寂に包まれつつある海面に一歩踏み出した瞬間───。
「シャアアァッ!!」
背後から飛び出した霧秀の刃がレ級の首に叩き込まれる。
紛うことなき直撃。首を絶ち切ることは出来ずとも、重篤なダメージを与えるには充分だった。
───充分だったはずなのである。
「ア、……ハハハッ!!」
「ッ!!」
間髪入れずにレンゲが後ろ蹴りの応手を返す。
通常なら間違いなく食らうであろうそれを霧秀が無傷で躱すことが出来たのは、刃が食い込んだ時の異様な手応えに違和感を感じていたからである。
(刃は入った……が、斬れない。まるで鋼並みの硬度を持ったゴムか何かのようだ)
あの感触からして、刃の衝撃も斬撃も全く効いていない。
霧秀のその見立ては即ち……彼の武器がほぼ奪われたに等しいものだった。
ゆっくりと刀を構え直した霧秀を嘲笑うかのように笑いながら、今度はレ級が霧秀に襲い掛かる。
「アハッ!!ウフフフフ♪」
「……
霧秀はかつて天龍との戦闘で見せた秘剣、"
だがレ級は防ごうという素振りも見せず強引に距離を潰していく。
(南無三……ッ!!)
多少の痛覚はあるから防御の姿勢位は取るだろうと楽観視した己に霧秀は憤る。
だが霧秀もただではやられない。飛び込んで来るレ級のテレフォンパンチを横にすり抜けるように避けながら、その胸に刀の鋒を突き立て───。
「────"
寸勁の要領でレ級の体を5m程大きく吹き飛ばした。
「……ッ!」
レ級は両足のみならず両手も動員して全力でブレーキをかけ、結果として霧秀に大きな隙を晒す形となる。
(ここで勝負を決めるッ!ここで死……ッ!!)
トドメを刺そうと動き出した霧秀の頭上に何かの影がかかった。
刹那、霧秀の背筋に怖気が走り、彼の本能が全力で体を後ろへと飛びずさる。
次の瞬間海面に突き刺さったのは……レ級の尻尾、その先端の大きな顎。
避けられてもレ級は四つん這いの姿勢を崩さぬまま、まるでサソリのように尻尾をもたげて霧秀を眺めていた。
(こちらの攻撃が届かない中距離で封殺する気か!!)
霧秀がその狙いを悟った瞬間、その上半身を噛み砕かんとレ級の長大な尻尾が大顎を開いて上から躍りかかる。
しかも一度や二度ではなく、間隙ないあらゆる方向からの
しかも時折フェイントを入れてくるおまけ付きで、だ。
「シッ!……く、速くなって来ているだと……!?」
刀でいなしたりあるいは自身を液体化することで攻撃を凌いでいた霧秀だったが、ここでレ級の攻撃が突然尻尾の噛みつきから横薙ぎのスイングという攻撃の変調を見せる。
大降りな攻撃。霧秀は軽々と跳躍して攻撃を回避する。
そしてその瞬間、彼は失態を悟った。
(────誘われたか!!奴の本命は……ッ!!)
彼の視界に映ったのは、こちらに向けてぱっくりと開いたレ級の尻尾の大顎……その奥に鎮座する41センチ砲。
避けられない。空中では身動きが取れない。かといって液体化しようにも時間がない。
「……無念、なり」
数秒後の己の命運を理解した霧秀は、ゆっくりと瞑目して来るであろうレ級の砲撃に身を任せ───。
「……何を諦めてんだよ。霧秀」
レ級が砲撃による爆炎で吹き飛ばされると同時に響いた聞きなれた声に、思わず目を見開いた。
「……サンズ!!くたばったはずでは……」
「残念だったな──トリックだよ」
リヴァイア・サンズである。口の端からは血を流し、右腕は無残な状態。胴体の甲殻は大きなひびが入った有り様でありながら、左手にショットガン型の艤装を携えたいつもと変わらない飄々とした様子で立っていた。
「一瞬だけど意識がトんでたわ。尻拭いさせて悪かった」
「無事……という訳ではないが、生きているならそれで良い。それよりも、アレはどうする?」
サンズの砲撃の余波で倒れはしたものの、レ級は未だ健在。まだまだ戦闘を続けようとしていた。
「お前は先に戻って情報を伝えろ。ここで二人揃ってお陀仏じゃ笑い話にもならねェ」
「だがそれでは……」
「……俺は
普段ではあり得ない程冷徹な態度を取るサンズ。
その態度に霧秀も嫌々ながら理解する。
『今この状況で、レ級に勝つことは出来ない』と。
「……ま、ひょっとしたら勝っちゃうかもしれないし?俺様が手柄を立てて帰ってくるのを待ってなよ」
厭な空気になるのを嫌ったか、サンズはすぐにいつものふざけたような調子に戻る。
「承知した。必ず戻って来い」
「あいよ。必ず生き残ってやる」
手短な、しかし最期の会話になるかもしれない言葉を交わして二人は別れる。
サンズはショットガンを片手にレ級の方へと向き直り、鋭い牙を剥き出しにして笑った。
レ級もそれに応えるように満面の笑みを浮かべ……死闘の火蓋は今、再び切って落とされた。
@
「ハァッハハハハハハッ!!ハハハハハッ!!」
「アハッ♪アハハハハハハハッ!!」
その戦いは、異常と呼ぶべきものだった。
命を懸けた闘争であるにも関わらず、どちらも笑顔を浮かべたままに殴り合い、撃ち合い、殺し合っている。
サンズがショットガンの艤装から多数の砲弾を撃ち出せばレ級は敏捷に飛び回って回避し、逆にレ級が狂暴に攻撃を繰り出せばサンズは一分の隙も見逃さずに痛打を叩き込む。
サンズの身体はボロボロでありながらも、対等にレ級と戦い……それどころか翻弄さえしていた。
通常個体のレ級でも一線級の艦隊が束にならないと撃沈出来ない程厄介であるのに、暴走状態で身体のリミッターが外れている
だが惜しむらくは、この戦闘に持ち込まれる前にサンズは一時前後不覚に成る程の痛手をもらっていた。
すぐに意識は回復こそしたが、身体のダメージはそうはいかない。無理に動かしていたサンズの身体は悲鳴を上げ始め、一進一退の趨勢に傾きが生じる。
「アハハハハハハハッ♪」
この戦況の変化を甘んじて受け入れるサンズではない。
長期戦を捨て、短期決戦へと持ち込むべく捨て身の特攻をかける。
体勢を崩すことを狙った単純なタックル。当然これを受ける訳がないレ級は横へ飛んで避けようとして────その先の海面から飛び出してきた頭蓋の怪物……サンズの艤装の突撃をもろに喰らう。
「……!?」
この一撃で吹き飛ばされずともレ級は体勢を大きく崩すことになり、間髪入れずにサンズがタックルによってレ級を強引に押し倒す。
そして両足でレ級の両腕を身体ごとがっちりと挟むと、左手でその白く細い首を掴み、絞め落としにかかった。
「ゲームセットだ……!!」
「……ッ!!…………!?」
頸動脈を絞められて呼吸が出来ず、必死にもがきながら脱出しようとするレ級だが、サンズもそうさせないように必死で押さえ込む。
(10秒も持たずにこいつの意識は
後僅かとなった勝利に逸る心を抑えながらサンズは首を締める力を強くする。
「───ッ!!」
ばきっ、という音を立ててレ級の尾が左の脇腹に噛みつく。
噛みちぎられこそせずとも、牙を突き立てられるその激痛は凄まじいものなのは語るまでもない。
そう、そのはずなのに。
「……この程度で、放すと思うなよ……!!」
サンズは微動だにせず、じわじわと左手の力を強めていく。
締め上げられたレ級の顔が赤くなり、新鮮な空気を求めて口の端から泡を漏らす。
「とっとと落ち────」
瞬間、サンズの脇腹に噛みついていた艤装から爆音と黒煙、そして爆炎が噴き出した。
零距離からの主砲による砲撃。既に満身創痍のサンズが耐えられるものではない。
「ごっ………が…………ァ……」
サンズの瞳がぐるっとひっくり返り、鼻と口から
「………ッ、ゥオオオオオオォォォォオォォッ!!」
むしろよりサンズの力が強まったことに驚愕の色に染め上げられた。
「落、ちィ、ろオォオォォォオォォオオォオォッ!!」
血反吐を吐きながらの咆哮を上げ、全身全霊の力を込めるサンズ。既に意識混濁にあるレ級には最早打つ手はなく……。
「────………ッ…………」
数秒後にようやく白目を剥いて気絶し、レンゲの暴走は止められたのであった。