転生レ級の鎮守府生活   作:ストスト

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更新。


「少女は恐怖に立ち向かい」

 

ポタ、ポタと天井の穴から水滴が落ち、水たまりを

形作る。

 

「ちくしょう……どこにやった?」

 

天龍は半壊した鎮守府の中で、ペンダントを探して、

黒く焦げた机をどかした。

 

「親父の形見をなくしたとなっちゃ、悔やんでも

悔やみきれねぇよ……」

 

ぶつぶつと独り言を呟きながら、目を皿にして

探し回る。

と、彼女の視界になにか光るものが入ってきた。

 

「ッ! あった‼︎」

 

天龍は急いでそれを拾い上げる。

そのペンダントはとても古びていて、

チェーンのあちこちに汚れが見受けられた。

しかしそこにはめ込まれている翠玉は汚れ一つなく

綺麗に輝いていた。

 

「ふう……よかった〜。30分も探した甲斐が

あったぜ。さて、と。戻るか」

 

ペンダントを首に掛けながら、天龍は昔のことを

思い出した。

このペンダントを眺める度、家族と過ごした

記憶が蘇る。中には悲しい思い出もあった。

だが、それ以上に楽しい記憶の方が多かった。

 

 

唐突に天龍は父とのとある問答を思い出した。

 

 

それはまだ天龍が7、8歳ぐらいの時。

剣道を始めたばかりだった彼女はその頃、

自分に対して振るわれる竹刀に怖気付き、

及び腰になってしまうことが多々あった。

 

父はそれを知っていた。だが、何も言わず、

むしろ彼女がぎりぎりで捌けない程度の

速さで毎日彼女の稽古をつけたのだ。

無論、天龍は泣いた。泣いて父を罵倒した。

なんでこんな怖い思いをしてまで剣道を学ばないと

ならないんだ、と。

父は何も言わなかった。彼は口下手で、何かを

言葉で表現するのは苦手だった。故に、

彼女の罵倒を何も言わずに聞き、そして必ず

こう言った。

 

「お前の為だ」。たったその一言だけを述べ、

再び彼は稽古をつけた。

 

やがて、その稽古が半月を過ぎる頃、天龍は

ある事に気付いた。

 

父の剣筋が読める。

剣筋さえ読めてしまえば、捌くなり反撃を

仕掛けるなりいくらでも対応は出来た。

 

そして、初めて父の剣を捌き、防具をつけた

脇腹に胴を打ち込んだ時、父は彼女を褒めた。

 

「よく頑張ったな。恐怖心を乗り越えるには

とても苦しかったろう」

 

そこで初めて、父の本意に気付けた。

恐怖心を克服するには、たった一つの解決法しか

ない。「ひたすら挑戦して、恐怖心の源を

知り尽くす」ことだ。

 

恐怖心とは、いわば知らないものへの怯えだ。

徹底的に、納得いくまで不安が消えるまで調べろ。

知らないことを、不安に思ってただ遠ざけるなと。

 

口下手な父は、言葉で表現せずにあえて行動で

その事を示したのだ。

真意を理解した天龍は、父に泣きながら

感謝を伝えたのだった。

 

その事は、今でも鮮烈な印象で天龍の記憶に

残っている。

 

「……あぁ。なんだ」

 

その父の教えを思い出し、彼女は微笑した。

 

「そういうことか」

 

霧秀に指摘された恐怖とは、父が伝えたものと

そう変わりない。ならば、解決する方法も

同じだ。

ひたすらに彼と斬り結び、彼の全てを理解する(・・・・・・・・・)

彼が何を思い、何の為に刀を振るうのか。

それは天龍には分からない。

ただ自分の守るべきものの為に刀を振るうのみ。

天龍がすべき挑戦はそれだけであった。

 

「迷って迷って、迷った挙句の答えがもう

昔に出てたとはな。自分が馬鹿みたいに思える」

 

自嘲して天龍は、鎮守府の出口へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、糸井川も目的のものを見つけ出していた。

 

「良かった、濡れてない。それに焦げてもないし」

 

彼が探していたものは一枚の写真であった。

糸井川は写真を白い軍服の胸ポケットに

入れ、それから安堵の溜息をついた。

 

「はあ……良かった、本当に見つかって良かった」

 

と。彼の背後で物音がした。

 

「‼︎誰だ‼︎」

 

その問いに答えるように、一つの影が彼の前に

姿を見せた。糸井川はそれを見てほっと息を

吐いた。

 

「なんだ、お前か。探し物でもあるのか?俺は

今見つけた所だ」

 

糸井川は「お前も探し物見つかるといいな」と

言いながら影の横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィィィィィィイィィイッ‼︎

 

突然に、その音は鎮守府の中に響き渡った。

 

「……くっ……おお……」

 

影が糸井川に向け、振り落とした刀。

 

「て、天龍……お前……」

 

それを、天龍が横から刀で止めていた。

 

「……ッおりゃあああぁぁぁ‼︎」

 

ガッ、という音と共に影の刀を弾く。

影は天龍の追撃を避ける為にバックステップで

彼女から距離を置き、糸井川と天龍を見据えた。

 

「間一髪だったな、感謝しろよ」

 

「ああ。だが、何故……」

 

糸井川は天龍の横に立って、影に呼びかけた。

 

「何故……お前が俺を殺そうとするんだ⁉︎

俺達は仲間だろ⁉︎」

 

その声には訳が分からないといった焦燥が

含まれていた。

その問いに影は答えない。

 

「なあ、答えてくれ‼︎なんで俺を殺そうとした‼︎

ーーーーーー答えろ、木曾ッ‼︎」

 

影がゆっくりと天龍達に歩み寄る。

窓からのほんの僅かな光が、影の……否、

木曾の横顔を映し出した。

その顔には一切の感情は窺えない。

ただ、圧倒的な殺意のみが辺りに満ちている。

 

「……悪いが……死んでもらう」

 

そしてその声も無機質であった。

木曾が刀を構える。

天龍も無言で刀を構えた。

 

 

雨はまだ、止みそうにない。


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