転生レ級の鎮守府生活   作:ストスト

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更新します。


「恐怖」

ーーーーーー先日の深海棲艦の襲撃以来、

天龍の元気がない。

なんというのか、目に生気がないのだ。

木曾に担がれて戻ってきた時には既に

こんな状態。

木曾に聞いても要領の得ない答えしか返って

こなかった。

 

今日の朝だって、いつもならしゃっきりとして

朝飯を食べるはずなのに、もそもそと白米ばかり

口に運んでいた。

そして、食べ終わるとすぐに部屋に閉じこもり、

出て来ない。

はっきり言って、今の天龍さんは自暴自棄に

陥っていた。

 

「人っつーのは一旦ああなっちまうと立ち直るのは

結構時間かかるぜ。恐怖ってのは考えまいとすれば

する程強くなっていくからな」

 

「そうね。本人が気付けば必ず立ち直れるわ」

 

木曾と大井が朝飯の食器を洗いながら話している。

俺は食器を運びながら、話の輪に入った。

 

「でも、天龍さんは今まで深海棲艦と戦って来て、

何度も恐怖を経験したはずですよ?

何故今になって……」

 

「何度も恐怖を経験したからといって、

恐怖に慣れることがあるわけじゃないのよ?」

 

「そうそう。戦闘を重ねてきた兵士がちょっとした

怪我でパニックに陥ってしまうようにな。

恐怖ってのはいわば人の断ち切れねぇサガって奴。

断ち切っちまったら人じゃなくなる」

 

木曾は俺から皿を受け取り、洗剤を付けたスポンジ

を使って丁寧に洗う。

大井は洗い終わった皿を食洗機の中へと入れて、

また皿を洗い始める。

 

「じゃあ……木曾さん達も戦う時はいつも恐怖

しながら戦っているんですか⁉︎」

 

「私達だけじゃなく、北上さんや球磨姉さん、

多摩姉さんや龍驤さん達だって、みんなそう。

気付いたり気付いていなかったりするけど、

誰だってみんな恐怖と隣合わせで戦ってるわ」

 

「お前もその一人であることを理解しとけ」

 

「……俺も、ですか」

 

理解はできるが、実感が持てなかった。

俺自身、死にかけた事はあったが、その時は

「絶対に生きて帰る」という一心で恐怖は

全く感じなかった。

俺は、恐怖を目の前にしたらどうするのだろう?

天龍のように塞ぎこむのか、それとも

木曾が言っていたようにパニックに陥るのか。

もっと別の何かかもしれない。

だが、分からないことは考えても仕方がない。

俺は早々に考えるのをやめ、天龍のことを

心配しながらも木曾達の手伝いを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米軍基地のとある施設。

 

「……そうか、天龍が……」

 

「あの子意外に繊細やからなぁ。今まで耐えてた

分も含めて一気に噴出したんやろ……。

可哀想になぁ……ほんまに」

 

糸井川は龍驤の報告を受けてため息を吐いた。

彼は今までに何度も艦娘が天龍のような状態に

陥ったところを見てきた。

彼女達のほとんどが精神的な問題を抱えて

軍を辞めていった。あるいは一線から退いた。

その姿を見て、糸井川は何度も己の無能さを

歯痒く思ったりした。

そして今、また一人の艦娘が軍を辞めるか

否かの瀬戸際に立たされている。

 

「……何度経験しても、辛いもんだ。

俺にとっても、お前たちにとっても。

仲間がいなくなることは、な」

 

「まだいなくなると決まったわけじゃないわ‼︎

このアホ‼︎そういうことはな、天龍が自分で

決めることなんや。アンタが決めることじゃ

ないんや」

 

「……悪い。口が滑った」

 

彼だって、戦っている。

米軍との交渉や、日本海軍への報告。

港の漁船の船長達へ警戒するように呼び掛けを

したり援軍の要請を他の鎮守府に回したり。

そのためか、最近は余り眠れず、胃の痛みが

強くなっていた。

 

龍驤も彼の様子を察したのか、

「……いや、こっちも、ごめんなぁ。

アンタの事情もあるしな」と言った。

 

眉間のあたりをつまみながら糸井川は

ため息をつき、それからゆっくりと口を開いた。

 

「……なぁ。もしもいつか、こんな下らない

戦いが終わったらさ……」

 

「ん?」

 

龍驤は部屋の中にあったウォーターサーバーから

水を汲んで飲みながら話を聞いた。

 

「なんや、言うてみ?」

 

「……終わったら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と付き合ってくれないか?」

 

刹那、水を飲んでいた龍驤がブフウゥゥッ‼︎と

口内の液体を吐き出した。

 

「おい、平気か⁉︎」

 

「アッ、アアア、アホーーーーーーッ‼︎

何いきなり抜かしてくれてんねん⁉︎

心臓に悪いわ‼︎あーびっくりしたわもう‼︎」

 

顔を真っ赤にしながら龍驤が叫ぶ。

 

「いや、本当に悪い。こういうことでも言わないと

疲れると思ったから、ちょっとな」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ……もう知らんわこのタコ‼︎」

 

龍驤は怒り心頭の様子で糸井川を罵倒すると、

さっさと出ていってしまった。

 

「……半分本気だったんだけどな」

 

糸井川は龍驤の様子を見て、若干申し訳なく

思い、そして少しながら傷心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は〜〜ッ。糸井川のアホはもう……

一瞬本気だと思ったやないか……」

 

龍驤は先程の部屋の外で、火照った顔を

冷やしていた。

 

「普段なら付き合ってくれ、なんてことは

言わないはずなんやけどなぁ……」

 

はたと龍驤は気付いた。

糸井川のその時の目は冗談を言っている目では

なかったことに。

 

「いや、まさかな。……まさかなぁ?」

 

糸井川の言ったことが本気であったのか、

それとも只の冗談だったのか龍驤は知るよしも

なく、暫くの間龍驤はそのことで悶々と頭を

悩ませるのであった。




死亡フラグを建てた糸井川提督ェ……。

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