翌日。
「皆さん集まりましたかー?」
「深雪ちゃんがいませーん」
「古鷹がトイレ行きましたー」
内房鎮守府内は遠足の小学生の様な
状態になっていた。
「0作戦」は成功し、見事三宅島は丙型生命体から
奪還され、島に取り残された人々も救出された。
だが、その一方で。
「よう、レンゲ」
「あ、芝浦さん」
翔鶴に肩を借りながら芝浦がレンゲの元に来る。
頭手で押さえながら、芝浦は呻いた。
「痛え……くそ、二日酔いかよ……つうっ……」
「司令官、しっかりして下さい」
「これから大本営に行くんですよね。大丈夫ですか
そんな状態で行って」
「ああ……命令だしな……行かなきゃいけない。
……おえっ……」
ただでさえ白い顔を更に蒼白にしながら芝浦が
言う。
芝浦は、三宅島の件で昨日の深夜に大本営からの
呼び出しを受けていた。
三宅島は内房鎮守府の管轄内にある。
三宅島が襲撃された事に対して内房鎮守府の非は
あるかどうかを調べる為に芝浦は呼び出しを
受けたのだ。
「まぁ……平気さ。神崎が口添えしてくれるとよ」
「がんばって下さい。応援してますから」
芝浦は微笑して、翔鶴と共に執務室に向かった。
しかし、途中で立ち止まりレンゲの方向を
振り向くと、
「お前も、頑張れよ」と言って再び執務室に
向かうのだった。
────内房に近い病院。その入口に、黒い
乗用車が一台止まっていた。
入口から、一人の女性に連れられ少女が出て来る。
「いいのね?本当に、この車に乗ったら後戻りは
出来ないわよ」
少女は、決意した表情で女性の顔を見ると、
「もう、覚悟は出来ていますから」と答えた。
実際、彼女に迷いはなかった。三宅島に対しても
親や親戚がいない身だから思い入れなんてない。
だが、彼女には果たすべきだと思っている目的が
たった一つ、あの島で生まれた。
あの化け物達に支配されていた一夜。
その一夜に、彼女は「悪魔」と約束したのだ。
「悪魔」は自身を悪魔だとは名乗っていないし、
そもそも自身については何一つ名乗らなかった。
しかし、影が凝縮されたような黒い姿を見て
少女は悪魔だと、そう思った。
「生き延びろ。そして俺に復讐しに来い」
悪魔はそう少女に言って食料を渡し、闇に消えた。
そして少女は生き延びた。
少女は再び悪魔と邂逅したかった。
彼が少女に食料を渡したのは単なる気まぐれかも
しれない。ただ、少女にとってはそれでも
良かった。いずれ、また悪魔に、今度は海で
会えるとしたら。
────「ありがとう」、と言いたかった。
少女は叶うかどうか分からない期待を持ち、
女性と共に乗用車に乗り込んだ。
そして、車は動き出した。
少女の運命の歯車と共に……。
「みんな集まりましたねー。じゃあ、出発しますよ」
神崎や戦艦や空母の艦娘が列を揃え、軽巡の艦娘が
駆逐艦や潜水艦の艦娘を連れて駅に向かう。
傍目から見ると本当に遠足のようだ。
「なんて言うか、色々とありましたね……」
「そうだな。内房の提督がヲ級になったり、
三宅島が奪われたり……一ヶ月ぐらいあそこに
いた気分だ」
俺と天龍は顔を合わせた。
「色々辛い事もありましたけど……また
いつか内房に行きたいです。
翔鶴さんにも、芝浦提督にもまた会いたいし」
「……だな」
やがてどちらからともなく微笑がこぼれる。
「おうっ!二人とも何話してんのー?
私も混ぜてよーねーねー‼︎」
島風が話に乱入してくる。
足が速いだけでなく耳も早いらしい。
島風に続いて、皐月や19も乱入してきた。
「何?僕達も話に混ぜてよ」
「イクも二人の会話に入りたいのー♪」
「天龍ー‼︎貴様羨ましいぞレンゲと話せて‼︎
私も混ぜろー‼︎」
「あれ、長門さんずっと奥にいましたよね……」
「うん。ぜってぇ聞こえないと思ってたんだが」
島風以上の耳の早さ……。
まさに……圧倒的……地獄耳ッ……‼︎
案の定電に捕まっていたが。
「長門さん……電は駆逐艦の列を整えとけと
言ったのですよ……?」
「……あっ、ち、ちょっとこれには訳g」
「てめーは電を怒らせたのです」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
長門の叫びを背後にしながら、俺達は駅に向かった。
またいつか。その頃には果たすべきことを
終えているだろうか。
内房を訪れたい。そして、翔鶴さんともっと話を
するんだ。芝浦さんと仲良くなるんだ。
そう思いながら、俺は何気ない一歩を踏み出した。
「お前ら!先行くなって言ったろうが‼︎」
「だってさ、天龍さん襲いんだもん」
「そうそう、おっそーい‼︎」
「……お前らー‼︎」
「わー!怒ったー‼︎」
「逃げろー‼︎」
……天龍が俺を置いて走っていってしまった。
「え……ちょ、ちょっと待って下さいよー‼︎」
レンゲは走り出した。
これから起こる出来事は不幸も幸福も
呼び起こすだろう。
だけど、彼女なら。否、彼女達ならば。
全てを受け入れて、力強く生きて行くだろう。
それを暗示するように、空は何処までも
蒼く広がり、太陽は燦々と輝いていた。
これで一章はおしまい。
こんなに皆さんに見てもらえるなんて
最初描き始めた時は想像も出来ませんでした。
本当に、ありがとうございます。