掃除をするため、欠伸をしながらリオは喫茶店『:re』のドアを開けた。
ひらひらと、一通の手紙が落ちる。どうやらドアに挟んであったよう。
何だろうと拾ってみると、そこには『リオくんへ』と書かれていた。差出人の名前は無い。
嫌な予感、自分宛だったこともあり、封筒を開けて中の手紙を読む。たちまち、リオの顔色が変わる。
「しばらく、お暇を貰えませんか」
トーカ、ヨモ、西尾錦(にしお にしき)、ニシキに向かって、リオは頭を下げた。
「随分と勝手だな、『:re』(ここ)に何か不満とかあるの?」
冷たい言い方をするが、ニシキは実際に冷たい人間ではない。
「理由は聞かないでください」
そんなリオの様子を見つめるトーカ、ヨモ、ニシキ。『あんていく』にいた時も同じようなことがあった。
キジマ式との決着を付けるため、リオは『あんていく』を出て行ったことがある、みんなに迷惑を掛けないため。
あの時と、全く同じ。
「そう」
と言った後、トーカは真っすぐにリオの目を見た。
「好きにしなさい、でも帰りたくなったら、いつでも帰ってきなさい、『:re』(ここ)はそのための場所なんだから」
ヨモは何も言わないが、顔がトーカと同じ意見だと言っていてる。そっぼを向いているニシキも同じだよと、顔が言っている。少し照れ臭そうにも見える。
「ハイ、ありがとうございます」
もう一度、頭を下げるリオの目には、涙が滲んでいた。
月山財閥。100年以上の歴史を持ち、財閥解体後、再結集し、現代に続くグループ。
事業は食品、貴金属、鉄鋼、化学など多岐にわたり、20もの子会社を持つ大企業。
『ロゼ』を追っていくうち、月山財閥の頂点に立つ月山家が喰種の一族であることが解った。
毎年、提出していた医療診断書は、巧妙に偽造されたもの。各セクションに太いパイプを持つ、月山家だからこそてきた芸当。
正し、この事が公になれば、経済的ダメージが大きくなるので、事は慎重に内密に進められる。
そして、本局局長、和修吉時の父、CCG総議長、和修常吉(わしゅう つねよし)により、特等捜査官の宇井郡(うい こおり)は『月山家駆逐作戦』の指揮官に任命された。
「特等、今回の『月山家駆逐作戦』。私は辞退させてもらっても良いでしょうか」
キジマ岸の申し出を聞いた時、宇井郡はムスッとした。
「随分、勝手な言い草ですね」
「どうしても外せない、野暮用がありまして」
『ロゼ』と月山家の繋がり、月山家が喰種の一族であることを突き止めたのは、間違いなくキジマ岸の功績である。
しかし捕らえた『ロゼ』を拷問にかけ、その動画をネットに流し、自らを囮にして敵を誘き出すという行為を働く。
結界的には成功はしたものの、過激で違法な方法であり、その後始末は大変だった。
尻拭いをさせられた宇井郡がムスッとするのも当然。
「そこで私の代理として、推薦したい捜査官が1人いましてね。実力は準特等として、十分に保証致します」
「桜間ライ、二等捜査官です。よろしく、お願いします」
上等捜査官の伊丙入(いへい はいる)、ハイル。一等捜査官の岡平(おかひら)と旧多、ハイルの荷物持ちに挨拶。
キジマ岸が自分の代理に指定したのはライであった。
準特等の代理が二等捜査官。最初、宇井郡は呆れたものの、キジマ岸の強い後押しと、これまでのライの活躍に関する報告書を読んで、渋々ながらも宇井郡は承諾した。
そこにはライの実力というより、組ませるハイルの実力を認めての事、ハイルがいれば何とかなるだろうと。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
たじたじと旧多。階級は旧多の方が上ではあるが、上司であるキジマ岸の代理として来ているので、立場がややこしい。
「桜間ライのお噂は聞いていますわ。なんでも有馬さんを抜いて、最年少で二等捜査官になったと」
笑顔で手を差し出すが、ハイルの目は笑っていない。
有馬率いる0番隊に所属し、有馬貴将に一種の憧れを抱いている彼女にしてみれば、有馬の記録を抜かれたのは面白くないこと。
そんなハイルの気持ちを知ってか、知らないでか、ライは差し出された手を握って握手、天然キラー笑顔。
「一緒に頑張りましょう」
「風吹き荒れ 雨が降りつぐ 恋をなくした 男の背中に 広い荒野の果てをどこまで行くの」
顔合わせの後、デパートで買てきた白と薄いピンク色の紙をハサミを起用に使い、鼻歌交じりでライは桜の花びらの形に切っていく。
切り取った桜の花びらは買い物袋へ、残った紙切れは足元に置いたゴミ箱へ。
「おお、ライ」
「おお、美形」
シラズ、才子、武臣が来た。
「どうしたの、その頭」
真っ先にシラズの頭に目が行く。ぼうずになっていたのだ。
「ちょいと、気合を入れようと思って」
恥ずかしそうに、ぼうずになった頭を摩る。
チラッと武臣はライの手元を見る。そこには白と薄いピンクの桜の花びらの紙片。
「うまい物じゃな~」
才子は褒める。桜の花びらは見事な出来栄え。桜の木の下に撒けば、本物の花びらと間違えられるかも。
「ちょっとした、小道具に使おうと思ってね」
桜の花びらを買い物袋に入れる。
作業を終えたライは椅子から立ち上がり、う~~んと背伸び、チラッと壁の時計を見る。
「もうお昼か……」
時計は正午の少し前を指していた。
「いいパン屋があるんです、一緒に行きませんか」
と武臣はライを誘う。
「こんにちは小坂」
パン屋に入った武臣は、親し気に女性店員に挨拶。
武臣とパン屋の店員、小坂依子(こさか よりこ)は小学生時代の同級生。以前、シラズと才子と共に来た時、ばったりと再会した。
「いらっしゃい、黒磐く―」
途中で依子の言葉が止まる。彼女の目は武臣の横のライで止まっていた。
ライはカレーパンとクロワッサン、カツサンド、デザート用にメロンパンを選ぶ。
シラズ、才子、武臣も、それぞれのパンを持って席に着く。
みんな、注文をしたパンに被りつき、味わいを楽しむ。
「わー、歯触りがサクサクしてる、香ばしくて美味しい」
ライはお世辞は言わない、本心からの称賛。
「コーヒーです、どうぞ……」
人数分のコーヒーを持ってきた依子の様子がおかしいことに、武臣が気が付いた。
「どうした、体調が悪いのか?」
と、心配して尋ねても、依子は言いにくそうにしている。
ピンと才子は来た。
「なるほど、お主、ライにやきもちを焼いておるのじゃな」
この指摘に依子の顔は真っ赤になる。
ライ、シラズ、武臣は意味が解らず、パンを食べる手が止まる。
「安心せい、ライは男だ。仕事の同僚、これでも二等捜査官だぞ」
ああと武臣は、状況を納得。
「ライは最年少で二等捜査官になった。かなりの実力者だ」
とライを紹介。この手のことに疎いシラズは、まだ理解しておらず、戸惑ったまま。
「そうだよ、僕は正真正銘の男。武臣さんもシラズさんも才子ちゃんも、優秀な先輩」
自身のこととなると恐ろしいほど鈍いのに、他人のことなら、鈍くはないライ。何故、だろうと皆思う。
「すいません、私、てっきり、女の人と思ってしまって」
と平謝り。
「いいよ、気にしないで、間違えられるのは慣れているから」
優しく依子に頭を挙げさせる。
「まぁー、CCG(ウチ)に来た時も間違えていた奴、多かったから。てーいうか、未だに男装の麗人じゃないんかって疑っている奴いるぐらいもんな」
気を取り直し、再びシラズはパンを食べ始めた。
特に男性捜査官の中で、ライを男装の麗人であってほしいと願うものがいる。
「ライがあまり他人とシャワーを使いたがらないのも、噂の原因になっている」
何気なく武臣は言った、悪気はない。事実、ライは、いつも1人でシャワーを使っている。
「お腹に銃創があるんだ。他の人が見て、怖がるといけないから」
一気に重くなる空気。捜査官に怪我は珍しくはない。むしろ、ケガをしない捜査官なんて皆無に等しい。しかし、これまでの任務のなかでライが撃たれたという報告は無い。
つまりは捜査官になる前に、撃たれということ。
ライが嘘を言っていないのは誰もが解る。初面識の依子も嘘ではないと解った。
「すまない」
知らなかったとは言い訳はしない。ちゃんと武臣は謝る。
「気にしないで、これは証なんだ、今度こそ、大切な人を守れたっていう、ね」
「腹に銃創って、何やってたんだ、あいつ」
パン屋を出て、ライと別れた後、ついついシラズは呟く。
若くして特等に昇進したジューゾーは【ビックマダム】に飼われ、人間の解体ショーをやらされたことで、常人離れした身体能力を手に入れた。
また度重なる虐待により、痛覚が鈍くなっている。
成人もしていないライが、どんな経験をしたのだろうか。
それでいて、ライは壊れていない。ジューゾーも庇護者だった篠原が植物状態になる原因となった『梟討伐作戦』までは、性格に問題があった。
「……」
武臣も何も言わない。
「戦場にいたんだ、きっと」
当てずっぽうに才子は言ったが、それはあらかた外れではない。
ライくんの言っている、お腹の銃創はゲームでユフィに撃たれた時の物です。
口封じに旧多殺されたハイルさんの荷物持ちの名前が解らない。本編にも荷物持ちとしか、出ていなかったよね。