ーーナンスカ遺跡2の電波・最奥ーー
不本意な形だが横抱きに抱えることになったアガメさんの状態を確認すると、攻撃が直撃したショックなのか気を失っていることに気づく。穏やかな顔だ。……信じられるか? これ、さっきまで死体寸前だったんだぜ。リカバリーで蘇生したけど。
老人を抱えた全身タイツの少年という絵面もどうかと思ったので、ゆっくりと地面の上に寝かせることにした。
それにしても……改めて見るとアガメさん、めちゃくちゃ鼻長いな。一体どんな骨格をしているんだろう。長い白髭や服装も相まって、まさにカラス天狗といった風貌だ。あやややや。
「……ぬ、ぬぅ……私は……」
なんてとりとめのない思考を繰り返している内に、仰向けに寝かせていたアガメさんが目を覚ます。ジリジリと照りつく太陽によって天然のフライパンとなった地面に転がしていたからだろうか。
電波体故に気づかなかったとはいえ、とんだ畜生野郎だったな、ボク。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。どうやらここまでのようだな……」
弱々しく立ち上がったアガメさんに、先ほどまでの支配者然とした雰囲気はない。
既に懐をまさぐって、所持していた古代のスターキャリアー内部にコンドルが居ないことは確認済みのため、万に一つも演技はあり得ないだろう。
……縛られている委員長達から妙な視線を感じた時は、無性に死にたくなったけど。辛い。
「私の
観念したアガメさんにも委員長達を拘束している縄の解除を手伝ってもらい、漸くホッと一息ついた頃。遠い目になったアガメさんがふと、そんなことを言った。支配者は神じゃないからね。仕方ないね。
「どうしてナンスカの勢力拡大にこだわるんです? 貴方をそこまで駆り立てるモノとは一体……」
村を良くしたいという気持ちは本当なんだろうけど、民心を少し蔑ろにし過ぎたんだろうな。保守的な思考になりがちな老人には珍しい。こういうのは普通、若者主導で改革の動きが進んでいくのだと思っていたのだけど。
「ニホンなどという、多くの面で恵まれた国で生まれ住むおぬし達にはわかるまいよ。我らナンスカは遙か昔、この地に根ざしてから多くの歴史を紡いできた。その歴史より生まれた伝統の生活様式を守る為、文明の発展が遅いのだ……所謂、発展途上国だと思ってくれていい。近隣の村や町は電波技術の恩恵を受け、飛躍的に都市化していくというのに、我らはいつまで経っても追いつけない。寧ろ、差は広がるばかりだ。それが、悔しくて悔しくて仕方なかった……」
両の拳をキツく握りしめ、叶わなかった夢に未練を滲ませているのがわかる。まぁ、実際ニホンって恵まれているしね。サテラポリスの本部もあるから、安全度も段違い……のはずなんだけどなぁ。
……今気づいたのだけど、周囲を見渡してもツカサ君の姿をどこにも確認することが出来ない。連絡はとれるから特に問題は無いけど……隠れているのだから、無理に探すこともないだろう。確か、委員長達には顔を出し辛いと言っていたし。
……っと、そのツカサ君からメールが送られてきている。後で確認しておこう。
「それで、都合良く現れたゴン太を支配者に祭り上げて……村の拡大を図ったのね。空から降ってきた人間というのは、ムーへの信仰を利用する上でもおあつらえ向きだったワケ、か。貴方が言うところの、恵まれたニホン出身のワタシ達には耳が痛い話だけど……それがゴン太を好きにする理由にはならないわよね」
腰に手を当て、すっかりいつもの調子を取り戻した委員長がそうぼやく。どことなく責めるような口調なのは、同情だけで語っているわけでは無いからなのだろう。縄を解いた時も手首の辺りを気にしていたようだったし、もしかしたら何かの拍子に痛めてしまったのかもしれない。
「…………」
「あのさ、むずかしいコトはよくわかんねぇけど……別に、今のままでもいいんじゃねーの?」
気まずくなった場に響いたゴン太の声に、信じられないと言った様相のアガメさんが反応する。
「オレさ、短い間しかナンスカにはいられなかったけど、すごくいいトコロだと思ったぜ! 空気はおいしいし、みんなやさしくて親切だったし……何より、ここの料理はメチャクチャ美味いんだ!」
「ゴンターガ……いや、ゴン太殿……」
「まぁ、
ふんっ、と鼻を鳴らした委員長が呟く。確かに、材料は同じ最高級クラスの牛肉だったはずの牛丼よりも骨付きカルビを取ったということは、調理の仕方が上手かったんだろうな。まぁ、バラ肉以外にも牛丼に合う部位はあるので、一概に優劣をつけることは出来ないけどね。霜降りロースなら……いかん、涎が。
「そうだ!! ここの骨付きカルビを名物にして売り出せばいいんだよ!! あの美味さ……きっとみんな、一度食べたらヤミツキだ!! 情報を電波に乗せて世界中に発信すれば、今にそこら中のグルメ達がこぞってやって来るだろうぜ!! そうすりゃオレみたいに、みんなナンスカが大好きになる!
「ゴン太くんにしては珍しく、非常に良いアイディアですね」
興奮して一気にまくし立てるゴン太を、ほう……と関心したようにキザマロが賞賛する。よくよく考えると、キザマロが力仕事の時を除いてゴン太に直球の賛辞を送ることは非常に稀だった記憶があるので、今回は本当に関心しただけらしい。キザマロェ……。
「……そうですね。ナンスカには他にない、ナンスカの良さがあると思います。賑やかな村の人たちの笑顔や、活気ある挨拶を聞いていると、小さな悩み事なんて吹き飛んじゃって、自然と明日もまた頑張ろう……そう思えるような気がしてくるんです。……いい村だと思いますよ、ナンスカは」
「そんな言葉をかけてくれたのは、キミ達が初めてだ……ありがとう。私は、随分と長い夢をみていたようだな。これより先は、ナンスカに暮らす皆の幸せを守るために生きていくことを誓おう……」
自らを優しい目で見つめるボク達を静かに見回したアガメさんは、決意を含んだ声で語る。
……違うんだよ。ナンスカの人達は、貴方にそんな苦労を負わせたくはないんだ。ただ、ちょっとばかり頼れる村長でいて欲しいだけ……なのだと思う。
「そう重く考えることはないと思います。部族全体のコトなんて、とても一人でまかない切れるモノじゃない。きっとみんな、話せば協力してくれますよ。ナンスカの人達は皆、親切で優しい……だったよね、ゴン太?」
「おう!」
「子供にそこまで言われてしまうとはな……いやはや、まいった。ではそれも、しっかりと肝に銘じておこう。……さぁ、早く村に戻らねばなるまいな。皆が待っている」
そう言ったアガメさんの表情は照りつける太陽の如く、これ以上ない程に晴れ渡っていた。
今、理解した。この人がナンスカの民にとっての、もう一つの太陽なのだろう。我らの太陽……何つって。
ーーナンスカの地上絵ーー
『あ、村長だ!! みんな、村長だぞ!!』
『よかった!! 無事だったんだ!!』
『村長、怪我はないですか!?』
遺跡から出てきたボク達を迎えたのは、心配して村から押し寄せてきたらしい、大勢のナンスカ人達だった。
皆、アガメさんのコトを思って集まったのだろう。こういう部分に、ナンスカ特有の温かさを感じられる。
「みんな……私のコトを、そこまで心配して……ううっ、すまなかった!! 迷惑をかけてしまったが、私はこの通り、無事だ!! 後ろに控えていただいている方々が、救ってくださったのだ!! みんな、ありがとう!! ナンスカ!!!」
『ナンスカ!!!』
広大なナンスカの大地に、ナンスカ族全員+αの合唱が響き渡る。ついつい反応してしまう辺り、順調にナンスカ族化が進行しているような気がするのは気のせいだろうか。
「これは……さっきとは別の意味で、中々帰してはもらえなさそうだね」
「(オイ、スバル。折角なんだ、例の骨付きカルビとやらを食っていこうぜ! 今ならアイツら、オレ達が頼めば何だって用意してくれそうだ)」
「(人の好意につけ込むようなことは出来ないよ……それに、委員長達が乗り込む予定の飛行機が出発する時間だって近いんだ。あまり長居は出来ないのさ)」
それに、一人残ってナンスカの料理を堪能なんてしたら、あとで委員長達に大目玉を食らってしまう。それはちょっとゴメンだからね。
というか、電波体のロックは食べられないはずだよね……?
ーー数十分後・ナンスカ遺跡の電波ーー
ツカサ君から送られてきたメールには、落ち着いたらナンスカ遺跡の電波入り口まで来て欲しいという旨が書かれていたので、お祭り騒ぎのナンスカから無事に委員長達が空港へと向かったことを確認した後、ボク達は再びこの『ナンスカ遺跡』へと足を踏み入れていた。
「ええっと、待ち合わせ場所はこの辺りで合ってるはず……だよね」
「あんまり遅いからって、痺れを切らして帰っちまったかもしれねぇな」
「うっ……ヒカルのコトもあるし、否定できないかも……」
短気なヒカルのコトだから、無理矢理ツカサ君から身体の主導権を奪ってさっさと帰ってしまった……なんてことも考えられなくはない。さっきは思いっきりぶった斬っちゃったからなぁ……。謝っておくべきなんだろうか? いや、あれはヒカルが100%悪いし……ううむ。
『やぁ、スバル君。さっきぶり』
「ッ!?」
ハッとして声のした方へ視線を向けると、そこには白色のタイツ型スーツに身を包んだ電波体『ジェミニ・スパーク(ホワイト)』が申し訳なさそうな表情を浮かべて立っていた。傍らにいつもの黒ジェミニ……ヒカルの姿はない。もしかして、あれから電波変換を解かずにずっと待っていたのか?
「お疲れ様。あの後は大変だったよね。いきなり姿を消して悪いとは思っていたんだけど……」
「ううん、構わないよ。委員長達の手前、顔を出しづらかったんでしょ?」
「ああ、彼らはクラスメイトの中でも親しい方だったから、挨拶しておくべきか迷ったんだけど……まずはスバル君。キミと直にゆっくり話しておきたかったんだ。彼らとだって、スバル君のスターキャリアーを経由すれば連絡はとれるからね」
昨日、夜中まで話し込んでいたと言うのにまだ話したりないと申すか。……よかろう! どうせニホンへはスカイウェーブを使えば直ぐだし、委員長達がニホンに到着するまで時間はそれこそ大量にある。
正直疲労で眠気が出始めているけど、他ならぬブラザーの頼みだ。断るワケにはいかないな。
「そっか……なんだか照れくさいな。まぁ、いいや。ボクも直接話したいことはたくさんあったからね」
「へぇ……それは楽しみだ」
「そうだなぁ……じゃ、まずは古びた倉庫に忍び込んだらいきなり
「あははっ! それは中々愉快な話だね。実に面白そうだ」
「いやいや、ホント死にかけたんだからね? それでそのオオカミがFM星人の電波体でさ……」
そんな感じで暫くの間ボク達は、旧交を温めるように話し込んでいた……。
ーー数十分後ーー
「……ってワケで、後はミソラちゃんの居場所だけなんだけど、これがまた皆目見当もついていない状況で……」
確かゴン太が情報を持ってくる……という展開だったはず。それまでは、ホントに手がかり無しの状態で探し回らなくちゃいけないんだよね。
「それは……なら、ボクも微力ながら手伝わせてもらうよ。手伝うと言っても、訪れた地域で話を聞いて回るくらいが関の山だろうけど……」
「いや、それだけでも助かるよ。何せ、これまでゴン太・キザマロ共に国外に飛ばされていたんだ。残るミソラちゃんも国外に飛ばされている可能性は高いからね」
今、ミソラちゃんは何をしているんだろう。もう既にバミューダラビリンスでスタンバって居るのだろうか。テロリストの福利厚生に期待するのはおかしいような気もするけど。
「そうかい……さて、結構時間を取らせちゃったね。今日は色々楽しかったよ、ありがとう」
「ボク達だって、ツカサ君達が手伝ってくれたおかげで助かったんだ。礼を言うべきなのは、ボクの方だよ。……あ、そうだ。折角だし、ブラザーバンドを結び直しておかない?」
「もちろん。こんなボクだけど……これからもよろしく、スバル君」
スターキャリアーからエア・ディスプレイを呼び出し、カタカタとブラザーバンドの契約手続きを進めていく。この作業も最早慣れたもので、その手付きに淀みはない。……よし、っと。これで完了だ。
「こちらこそ!」
キズナリョク が 100 上昇した!
さぁ、早いとこニホンに帰って暖かいベッドで惰眠を貪らないと。ここ数日はずっとテント暮らしだったからなぁ……どうにも疲れが溜まってしょうがない。考えたら眠くなってきたぞ。帰路を急がないといけない。
ーー数日後ーー
コンドル・ジオグラフの一件以降、絶賛売り出し中の名物『骨付きカルビ』の情報を聞き入れたアメロッパ人のカップルが、ナンスカの地を訪れていた。
「ナンスカ!! ようこそナンスカへ。私がここの村長です」
「ハロー、村長さん!! アメロッパから観光に来ました!!」
「ここの骨付きカルビがサイコーに美味しいて聞いて、飛んで来たの!!」
「はははっ、ナンスカの骨付きカルビは世界一ですぞ! どうぞ、ディナータイムをお楽しみに!! では、早速村をご案内させていただきます」
和気藹々といった様子のカップルに、村長のアガメはご満悦の笑みを浮かべる。
「その前に、ちょっといいですか?村長さん」
「なんでしょう?」
「さっきからずっと気になってるんだけど……あれは一体何です?」
困惑した様子でカップルが指し示した先には……
「ああ、あれですか……あれは、ゴンターガ様の石像です」
等身大サイズのゴンターガを正確に模した石像が、中央の祭壇に設置されていた。マテリアルウェーブで構成されていないにも関わらず、これほどの精緻さを誇っているのは見事と言うしかない。
その石像版ゴンターガの周りには、当然のように牛丼を
「へぇ……ゴンターガ様って言うのか。石像まで造ってるんだから、よっぽど凄い人なんですね」
「ええ……我々ナンスカ族の……心優しき英雄です」
そう語るナンスカ・オサ・アガメの顔は、これ以上ない程に晴れやかだった。
GET DATA……無し