ドラマ「IDOLM@STER」   作:毎日三拝

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七幕 意外なファンと化生変化

 ピチュピチュと小鳥が囀る雲一つ無い青い空の下、スッとした澄んだ空気が辺りを支配していた。身が引き締まる感じがする。

 時刻は午前7時12分。そろそろ人が出てきても良い頃合なのに休日の朝土曜だからなのか普段人通りの激しい道を通ってもあまり人を見かけない。少し不気味だけれど人ゴミに塗れるよりは余程気分は良い。

 お陰で聞こえてくるのは車の騒音や人の雑踏ではなく、携帯音楽機器に入れた渋谷さんの新曲。

 ノーマライザーを使わなくても雑音無く音が聞こえる。目を軽く閉じて聴覚に神経を集中。爽快な流れるリズムと彼女の独特のアクがある声が癖になるような曲だ。本当に良い楽曲。

 正直、羨ましいと思う。

 アイドルデビューしてから私は事務所の貧困さの所為で曲を作って貰う事が出来ず、代わりに事務所が利権を持つ篠原の楽曲を借りてオーディションに使ったり、ライブで歌ったりしている。

 彼女の曲は自分で作っているらしく、歌に関しては流石は十年に一度の天才とか言われるだけあって良い曲だ。その為、彼女に最大限合わせて作られているから歌に自分を合わせるのを凄く苦労した。

 オルタナティブロックのジャンルの一つであるグランジを意識して作曲・作詞しているらしいけど私にはよく分からない。簡単に言えば海外ロックバンド風を目指しているらしい。

 そういった努力の成果か今では彼女は自身の特殊な癒し系の声と合さって「リカバリー ロック」なるジャンルを確立させた。

 そういう功績を残しているのにアイドルランクが上がらないのもおかしな話だ。正にオルタナティブという意味が指す通りの型に嵌らないアイドル。

 思わず溜息を吐く。曲もサビに入る。本当に歌詞の言うとおりだ。

 私も自分だけの曲が欲しいと思う今日この頃である。

 時刻は7時30分。集合時間の丁度30分前である。

 目的の場所に辿り着くと眼前に大きな建物が聳え建っていた。一階建ての筈なのに天井を高くしているのかな。

 入り口を探して周りをキョロキョロと見回していると、私以外にも同じ挙動を繰り返している人物が目に入る。

 怪しい。

 客観的に見ると挙動が不審に見える。私も気をつけよう。

 不安そうに辺りを徘徊しながら何かを探す彼女を見ていると自分を観察するように見ている此方に気付いて過剰に反応しバタバタと仕出す。

 顔も茹蛸の様に赤くなっている。面白いモノを見させてもらったな。事務所の連中には私がこう見えるから手を出してくるのだろうね。

 

「えぇと、ア、アタシは不審者じゃないですよ! 今日ココ来るように言われたから、でも入り口分からないから仕方なくこうして・・・」

 

 何か説明し出したぞ。余計怪しく感じる様な言い様だ。

 そろそろ助け舟を出した方がいいか。

 

「分かってますよ。共演者ですから」

「えっ?そうなんですか」

「はい、『如月千早』役の月島薫です。宜しく三月早苗さん」

 

 新キャラクター『星井美希』役の三月 早苗に軽く笑顔を交えながらそう自己紹介した。

 

「アハハ。そうですか共演者だったんだ良かった。前回のホテルの時も同じ様にして警備員に捕まったから今回も連行されるのかと思いました」

 

 モジモジしながら自虐して快活に笑う三月さん。

 何だか舞台の時とは全然違う性格をしているな。あれだけ失礼な態度だったのに。こっちが素なのか。

 あれからオロオロする彼女を連れて入り口を探し当てた私は中に設置してある自走販売機前の休憩所のベンチに座り早く着すぎたので時間までと軽くお互いを知る為に談笑していた。

 直接の集合場所である大Aスタジオには五分前でいい。

 一応場所を確認する為にパンフレットを見たのだけど驚いた。

 敷地面積が広いとは思っていたけれど、まさか大小に分かれるレッスンスタジオが4部屋、レコーディングスタジオ、休憩室、シャワールーム完備にシアタールームもあるなんて思わなかった。

 普通のスタジオなんてAスタジオ、Bスタジオ位がある位だ。なんだこの差は。

 ウチの事務所は普通より下の経営不振で潰れたレッスン場を改装させた汚い所なのに。あそこは自殺した経営主の幽霊が出るとか話があるから嫌なんだよな。

 ちびりと先程お礼にと頂いた缶のお茶を飲みながら彼女を見る。

 両手持ちで自分で買った飲み物を飲んで大人しく座っている。フレッシュグリーンを基調とした派手目の色合いに露出の多い格好と短く切られた茶髪が良く合っているのだけれど、本人の性格と反転していて似合っていない。

 まるで誰かにコーディネイトしてもらったかの様な感じがする。

 

「もしかして、三月さんにはご姉妹の方がいるんですか?」

「ふぇ?いますけど、どうして分かったんですか!? 突然! もしかしてエスパーなんですか!? 」

 

 私の言葉をどう勘違いしたのか分からないけれど、目をキラキラと輝かせながら問いかけてきた。

 

「エスパーでは無いですよ。服装が何だか御自身の性格と合っていないから誰かのチョイスなのかなと思っただけです」

「あー、あーそういう事ですか」

 

 微かに肩を落とし落胆する彼女。

 浮き沈みが激しい性格をしているな。

 

「確かに姉が三つ上に一人います。月島さんの言う通り姉が綺麗処が集まるだろうから恥をかかない様にと選んでくれました」

「良いお姉さんなんですね」

「はい!自慢の姉です! 」

 

 ニッコリ笑って姉の自慢をする彼女は年相応の無邪気さがあり可愛らしかった。これで体型が出る所が出ていて細い所は細いままなのだから完璧なヴィジュアルを誇っているといえるだろう。発育が良すぎるので同じ女性として羨ましい限りだ。

 

「そういえば月島さんって、何してる人なんですか? 」

「一応アイドルしてます。三月さんは何を」

「私はまだ何も。女優志望の候補生っていう感じですかね」

 

 てっきりグラビアアイドルかと思っていたのに違ったんだ。女優志望とは思わなかった。

 

「じゃあ劇団か演劇部とかの出身ですか?この辺りじゃあ劇団四つ川とか藤島学園とか有名ですよね」

「はい。藤島学園の二年生で演劇部に入ってます。詳しいですね?月島さんも?」

 

 直球で有名所だ。もしかして結構凄いのかな。この人。

 

「えぇ。茨城県の方で劇団を少しばかり」

「……もしかして劇団「月の座」ですか? 」

「はい」

 

 所属していた劇団名を肯定すると彼女は驚き、先程のエスパーと疑いを掛けられた時と同じ位に瞳を輝かせてベンチから勢いよく立ち上がった。

 

「一年前位前にハムレットでオフィーリアをやっていた人ですか!? 」

「えっ? ええ」

 確かに一年半位前にシェイクスピアの戯曲ハムレットのハムレット王子の恋人役であり狂人オフィーリアを演じさせてもらったの私だ。相手の役者のハムレット王子役は「ハム」の名に相応しい大根役者だったから凄くイラついたのでよく覚えているのだけど。

 それにしても顔が近い。

 綺麗で整った端整な顔立ちのお顔が近い!何故か気落とされる迫力があるな。

 何か不味い事したのかな。

 こっちを至近距離で睨んだ後、少し離れてプルプルと震えた後に彼女は再度私に接近し、両手を掴む。

 

「ファンです!サイン下さい!! 」

 

 唖然。その時、私は目の前の彼女の事よりもオーディションの時の765先生の気持ちが分かったような気がした。

 色紙とか、ちゃんとした書く物が無い事と時間が差し迫っていた為に彼女はサインを諦めてくれた。

 どうせ、これから長い間共演者でチャンスは何時でもあるからと説得。

 身近に演劇時代の自分のファンがいたのは内心嬉しい。

 大Aスタジオに向かう途中に彼女の方をちらりと見ると私を尊敬するような目を向けている。それはまあ、キラキラとした目で。「同じ役者として尊敬します」みたいな感じ。

 オフィーリアをやった時に今の事務所のスカウトが来たので、そこそこの演技が出来ていたと思う。

 だけれど、正直に言えば彼女がここまで崇拝するような演技だったのかと言うとそうでもない気がしてならない。

 何が良かったのかは彼女にしか分からない事だけど人の縁とは不思議なものだ。

 大Aスタジオの扉を開き、中を見ると既に多くの人が集まっていた。

「お早う御座います」と三月さんと一緒に挨拶をして中に進む。

 見回すと時間まで各自好きにしているようだ。緊張して全く動いていない黒髪ロールの人物もいるが。

 中に居るメンバーを見ると顔合わせの時に舞台上に立っていた人の大半が其処にいた。

 居ないのは『高槻やよい』役の葛城奈々さんと『水瀬伊織』役の新垣陽菜に優花さん。芸能界で絶賛活躍中の人物は基本的に忙しいようだ。

 私に付き従う様に隣に居る三月さんが「やっぱり売れっ子は忙しそうですよね」と私が考えていた事と同じ事を口にする。

 その言葉に「そうですね」と笑う。

 

「月島さん! 」

 

 急に名前を呼ばれたので其方の方を見ると柊春香が微笑みながら目の前に居た。

 

「お早う御座います。柊さん」

「おはよう! 」

「おはようございます。えっと、ヒイラギさん?」

 

 柊春香の事を覚えていないのか三月さんはたどたどしく挨拶を返していた。

 対して柊春香は三月さんを見るアレ? という表情を浮かべている。

 どうやら彼女も覚えていないようだ。私が間に入らなくては。

 

「柊さん、此方は三月早苗さん。『星井美希』役を演じる役者さん。で、柊さんは『天海春香』役の人です」

 

 両方の顔を見ると納得した表情を見せていた。

 完全に覚えていなかった訳ではなく、たんにうろ覚えだったらしい。

 それから彼女達は握手をして双方が自己紹介をする。

 柊春香が自分の血液型から趣味まで紹介していたのが記憶に残った。血液型はO型に趣味はお菓子作りらしい。

 三月さんも対抗して細かいプロフィールを口に出そうとするも時間が来てしまい、扉から人が入って来たので一時解散した。

 何故か悔しそうにする三月さんを尻目に横一列に置いてあったパイプ椅子に座る。

 三月さんと柊春香に挟まれる形で。

 全員が着席してから静かになるまで数秒後。目の前にいる人物が口を開く。

 

「皆さん、お早う御座います。今日はお早い時間からお集まり有難う御座います。今後は今日みたいに早い時間から集まる事も少なくないし、この業界の仕事は不定期なのでご了承下さい」

 

 微笑みながら私達を見回して女性は満足そうに頷く。

 

「私は榊原 真奈美と言う者で、今日皆さんの衣装合わせを担当させて頂きます。人物のイメージは既に決まっておりますので後は簡単な確認作業となりますがご協力お願いします。

 それでは、左端の方から一人ずつ隣の小Aスタジオまでおこし下さい。そして衣装合わせが終わった方が戻るまでお待ちの皆様は大Aスタジオ内でお好きな様にお待ち下さい。ではお願いします」

 

 一息に伝える事を伝えると榊原さんはスタジオから出て行き、その後を左端に居た黒髪ロールが後に続く。

 何であの人は何時も震えているのか。

 さて、私は三月さんの次だから7番目と。

 

「今日って衣装合わせなんだね。てっきりダンスレッスンとかするのかと思ってた」

 

 右隣から柊春香の陽気な声が聞こえる。

 この子は前も思ったけどちゃんと書類とか話を聞いていないのか。

 

「送ってもらった書類読んでいないんですか? 今日の事書いてありましたよ?」

 

 呆れていると三月さんが柊春香に聞いていた。

 

「読みましたよ? けど、書いてあったっけ。契約書とか制約の書類ばっかりだったと思ったけど」

「ありました。髪型とか変えるかもしれないからCM契約とかで髪型を変更出来ない人は早めに書類を提出してくれとか書いてありましたよ?」

「ええっ! そうなんですか」

 

 私を間に話す彼女達を話を聞きながら私は思った。柊春香ってアホの子なのか、と。

 それから私を挟んで行われる会話に時々相槌を打ちながら時間を待っていると一人目が帰って来たようだ。

 扉が開いたので、その音にその場の全員が気を取られて扉に意識を向けると其処には美少年が立っていた。

 白のワイシャツに水色のネクタイ、下は簡素なジーンズ。纏まりのある艶やかな黒髪のショートカットに形の整った中世的な顔立ちが御伽話の王子様を連想させる。

 イケメン。

 イケメンでござる。

 他の人の反応を見ると隣の三月さんは目がハートマークになっていた。柊春香は驚いた顔をして「わぁ、凄いイケメン! 」って呟いている。

 あれ?

 最初に部屋から出て行ったのは黒髪ロールが特徴のお嬢様風の子だったよね?

 中川姫さんだよね? 

 多分、この場にいる全員が思っただろうな「誰だ、お前? 」と。

 

「……あの、そんなに見ないでもらえると嬉しいのですけれど。後、次の人行かなくてもいいのですか?」

 

 気恥ずかしそうに彼女? が言うと銀髪の人が立ち上がって扉の外へと出て行く。

 出て行く際に

 

「日が有る内に化生の者が現れるとは何たる事体。これも芸能界の常なのでしょうか……」  

 

 と、言い残していった。

 怪現象って言われる程か。間違ってはいないけど。

 

「私、三月早苗って言います!名前を教えてもらえないですか!? 」

 

 気が付くと隣に居た三月さんが居なくて、美少年の近くに何時の間にか接近していた。手が早い。 でも、残念。女だ。その人。

 中川さん程に急激なイメージチェンジも無く、その後のメンバーは時間が差ほど掛からずに行って帰ってを繰り返し、ついさっき三月さんが出て行った。

 次が私なので柊春香と会話し大人しく待つ。

 彼女が多弁で話の主導権を握ってくれるので私は聞き役に徹し、相槌を打つだけ。基本的に対人スキルが高くないので聞き役が一番楽でいい。彼女も嬉しそうだし。

 そうこうしている内に扉が開き、三月さんが帰ってくる。

 さてと、と思いパイプ椅子から立ち上がり扉の方へ進む。

 擦れ違いに入ってくる彼女を見てまたしても驚く。

 金髪になってる。

 ウィッグを付けているのは髪がショートからロングになっているので分かるけど、髪色と長さが変わった位でこんなにも変わるものなのか。

 以前の印象はギャルという風体をしていたのだけれど、中世から現代に舞い降りたフローラインという感じだ。

 劇的ビフォーアフターも真っ青の変化。いや、変化なんて生優しいものじゃない。これはもう変身っていう領域に達しているな。あれだ、変身ヒロインの変化後。

 何時までもスタッフを待たせる訳にもいかないので、感情を切り、その場から離れて小スタジオへと向かった。


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