「エライコッタネ。コレハエライコッタネ! 」
只でさえ狭い事務所内で何時か破裂するんじゃないかと思わんばかりの筋肉がはしゃぐ。社長だ。 季節はもう直に冬へと変わるというのに半袖のアロハシャツに半ズボンというハワイでもないのにハワイアンな格好しているオッサンがいた。
そんなオッサンが日本に来たばかりの外人の方が日本語が上手いのではないかと思わず疑ってしまう程の稚拙な日本語を叫んでいる。
正直に言うと見るに耐えない。
でも、お陰で好奇心で目を光らせて私に問い詰めようとしていた3人がその光景により妙に冷静になってしまっていて「もう、どうでもいいや」という顔をしている。
自分が経営する万年弱小事務所の所属アイドルが世間で話題になっている作品に出演する権利を勝ち取ってきたのだから社長が半狂乱になるのも分かるのだけれど、やっぱり暑苦しいものは暑苦しい。大人としてどうなんだ、アレ。
そんな環境にいるのに依然として無表情を決して崩さない篠原が封筒を私に返してきた。
「ヘイ。出演するのは理解したけど、何役?」
受け取った後に彼女の顔を確認すると、その目に静かに好奇心の色を灯し私を見ていた。言わなきゃいけないんだよね。
「そうだ! そうだ! ヘるもんじゃないしおしえてよ。けっこう良い役とれたんだよね!? 」
「薫ちゃん、碌な仕事してなかったから良かった。確か、ここ半年間でした仕事って全部オーディションで勝ち取ってきたFランクの仕事だけだもんね。」
確かにアイドルとしてデビューしてから半年間は事務所のネームバリューがプラスどころかマイナスなので完全に実力のみでオーディションを制覇し、御仕事を頂いておりましたけど。
チラシ配りとかライブの前座の前座とか碌な仕事をこなして来れなかったな。そういえば。なんでこの事務所に入所したのだろう。
「フフフ。やったね! ウチは歩合制だから確実に給料増えるよ。・・・社長が使い込みしなければ」
篠原の言葉で私を含めた4人が一斉に社長を睨む。
貧乏事務所だからね!
「シナイヨ!トイウカシタコト無イヨ!! 」
話すのは片言で不自由しているのに自分に対する言葉は的確に捉えるんだな。
事務処理をしていた伊嶋Pが以前に社長の出してきた明細の会計が合わないと嘆いていた事が有ったんだけど。
「ソレヨリ!何ノ役ヲ貰ッテキタンダヨ! 」
社長の言葉で今度は私に視線が集中する。
4人でじ~と睨んでいると無理やり誤魔化しやがった。
バレてるんだからな。接待とか言ってキャバクラで使い込んでいた事とか。
ちゃんと優秀な伊嶋Pが調べ上げてるんだから。
困った。
どういったものか。
だって『如月千早』とか殆ど主人公格のようなものだからな。
素直に伝えたら絶対に社長は伊嶋Pが以前に懸念した通りに私に対して媚を売り出すに違いない。 本当に小物の三下だからな、この人。
でも、そんな事を気にしていても何れ知れる事なのだから今話してしまっても問題無いと言えば問題無いけど。
ここは素直に答えるのが吉とみた。
「『如月千早』役です」
私が潔く答えると瞬間、私とススキちゃんを除いた場が凍った。
まるで氷河期を迎えたかのような絶対零度の空気が漂う。
えっ?
何? この反応。
さっきみたいに驚く所じゃないの?
それぞれの反応を窺うとススキちゃんは「アイドルマスター」についてよく知らないらしくキョトンとした顔をしているが、他のメンバーは顔を引き攣らせている。
鉄仮面といっても間違いない程の無表情な篠原でさえ、表情筋を器用に動かして微妙な顔をしていた。
あれぇ?
伊嶋Pはちゃんと素直に驚いてくれたんだけれどな。
「……アンビリーバボー。よりにもよって伝説の地雷を引き抜いてくるなんて」
えっ? 地雷?
なにそれ、こわい。
「よく見れば「アイドルマスター」で『如月千早』役をやっていた人に確かに似ているわ。歌も踊りもそこそこの実力だし・・・でもねぇ。大丈夫なのかしら」
何が!?
ねえ、何が大丈夫なの!?
「安心スルトイイヨ。ウチノ事務所、コレ以上ニ評判ハ堕チヨウガ無イカラ。精々頑張ッテ」
あれー?
社長も予想と大分違う反応だ。媚びるどころか心配されたよ。何でさ?
皆の反応を見て疑問符を浮かべながら一人百面相していた私に篠原が口を開けた。
「デデン。知りたかったら、ググれ」
ググレ?
何だって?
■
地雷、地雷と散々言ってくれやがった癖に何も教えてくれないあの連中に怒りが臨界点突破してしまったので早々に事務所から出て伊嶋Pに事の次第を報告。
その際に彼から
「前にも言ったと思うけど薫ちゃんなら大丈夫さ。他の事は僕に任せて」
と言ってもらったのだけれど仕事の途中らしく詳しい話は何も聞けなかった。
なので、あの反応の理由を知りたくて私は家に帰らず近場にあるネットカフェに来ていた。
『如月千早』を演じる事の何が地雷を引き当てるのか。
そして、私は知る。その恐るべき理由を。
「アイドルマスター」は数十年前に放送されてから何度かリメイクされた事があった。
それで当然リメイクする度に『如月千早』役は何人もの女優に演じた。中には名女優と呼ばれている人の名前があった。
しかし、私は作品がリメイクされていたこと事態知らないのだ。
再放送されていたモノは繰り返し必ず見ていたから分かるのだけど初代と言うべき最初の「アイドルマスター」は知っているのに一度もリメイクの再放送があった記憶は無い。
ここに答えがあった。
理由は簡単。
全員が『如月千早』で失敗したのが原因である。
演技を失敗したとかじゃなくて、単純に笹森さんが言っていた私似の初代が演じた『如月千早』の影響が強すぎてその後に演じた役者の演技が酷く陳腐に感じてしまうという理由で。
そのお陰でリメイクされても話題に残る事も日の目を見る事も無く終わってしまうらしい。
この事から『如月千早』はハズレ役だと言われている。
確かに、篠原の言う通り地雷だ。これ。
ネットカフェの中心で頭を抱えた。
■
ネットカフェで一通り調べ終わり、役に絶望した後。私は家に帰りマイナス思考に陥りながらも九時位には就寝した。
普通に眠れたんだ。これが。
事務所の連中の言葉で絶望のどん底に落とされたけれど、よくよく考えてみれば駄目で元々なのだ。怯む事は無い。
底辺アイドルにこれ以上失うものなんてありやしないのだ。
プラース思考!
そんなお気楽思考をモノにした私は学校に来ている。
しかし、今日はただ登校しに来た訳では無い。
念願のトレイトコースの特性を利用させてもらおうと放課後、先生に話しに行くのだ。
折角、任命してくださった先生には悪いが今日限りで委員長の称号をお返ししようと思う。
なぜなら、私には仕事があるからだ。
まぁ、御仕事の前に特訓があり土日だけではなく平日にも行われる為、学校にどうしても来れない日が出来てしまう。
特訓も仕事のうち。仕方の無い事だ。全くもって仕方の無い事なんですね。
やったぁぁぁぁぁぁ!
これでもうクラスメイトに
「あら、今日も仕事ないのね。羨ましいわぁ」
とか皮肉を言われないで済む。
その為だったら地雷だろうが核ミサイルだろうが演じてやる。演じてやるぞ!
「委員長。オハヨウ」
中に入ろうと下駄箱から上履きを取り出そうとすると横に誰かいたようだ。
「お早う御座います」
挨拶を返してそちらに顔を向けると綺麗な黒髪ロングの女の子がいた。
「今日は朝から来たんだ。渋谷さん」
「うん。用があったから」
「忙しそうだよね。IMSGって」
「……まぁ委員長と比べたらね」
適当に言葉を投げかけたら辛い言葉が返って来た。くそう。
でも、彼女になら言われても仕方が無いと思える。
彼女の名前は渋谷 凛。
トレントコースのクラスメイトで現在日本最大級のアイドルグループでアイドルランクAのIMSG(アイドルマスターシンデレラガールズ)に所属するアイドルの一人。
IMSGは所属している人数が100人を超える為にキュート、クール、パッションという名の3グループに分かれているのだけど彼女はクールの中のセンタートップを務めるスーパーアイドルなのである。
つまりIMSGの中で3本指に入るアイドルだ。
しかもグループとは違うソロでの活動での功績が認められて協会からBランクアイドルとして登録されている。
つまりは私のような底辺アイドルとは真逆の出世街道を歩むエリートなのだ。
何を言われても逆らえる筈が無い。空を自由に飛びまわる白鳥とそれを羨ましげに見上げる虫。それに近い関係なのだ。
「――んちょう。委員長! 」
「へっ? 何、渋谷さん」
いけない。いけない。思わずあまりの現実の厳しさと高低差が酷すぎるアイドルの格差社会の為にトリップしていた。
気をつけなければ。
「委員長。コレ」
差し出す彼女の手元を見てみると何時の間にか取り出したのか一枚のCDケースが。透明のケースの中に「新曲」と油性のマジックか何かで書いてあるCD。
これはもしや?
「私の新曲。『Never say never』よ」
「……もしかしてコレを私に渡す為に朝早く待ってたの?」
少し頬を赤く染め頷く彼女。
「何時もノートとか単位の対策とか教えてくれるお礼と委員長にどうしても聞いて欲しかったから」
その仕草に一瞬クラッときた。
確かに何度も彼女が留年しない様に委員長として対策を考えて講じたりしたけどお礼が高価過ぎやしませんか。やばい。私は性別女だけれどコレはやばい!
IMSGでの彼女のファンは熱狂的な人達が多いと聞いていたけれど、その理由が良く分かるぞ。
「じゃあ、これから仕事だから。またね、委員長」
「はい。また」
小走りで多忙なアイドルの為に作られて入り口へ向かう彼女の後姿。
本当にCDを私に渡すだけに学校に来たらしい。愛いやつめ。風間芸能プロダクションに所属している三人組に爪の先を煎じて飲ませたい位だ。
教室に辿り着き、必要な授業を受けた後。
職員室の一角で担任の先生と一対一で向かい合い多少仕事の守秘義務があるので仄めかして話をした結果、当分の間は学校に来なくても問題ない位に単位を取得している為、仕事に専念する様にと言われた。
「あれほど仕事が無くて皆勤だった月島が大仕事を取ってきた事に少し驚いたが、先生は嬉しいぞ!仕事で忙しいのはいい事だ。しかし、気をつけろよ。最近の芸能人は学が無いと生きていけなくなってきているからな。態々、学校に通い直す奴もいる程にな。だから学業も忘れるな」
そんな有り難い言葉を頂き、景気付けに背中を引っ叩かれた。
セクハラとして訴えられて文句言えない行為だ。
私としては気恥ずかしく少し嬉しくもあったけれど。
さて、やる事は全てこなした。
後は時が来るのを待つのみである。
さぁ、帰って貰ったCDでも聞いてみるかな。