『天海春香』
「アイドルマスター」のメインヒロイン。
765プロダクションへ来た新米Pから一番最初にアイドルプロデュースを受けFランクアイドルへとなった少女。
頭に結んだ2つのリボンがチャームポイント。何も無い所で転ぶドジッ子だけど、天性の人当たりの良さを発揮し事務所アイドルやライバル事務所のアイドルとすら仲良くなる。
765プロダクション随一の歌姫『如月千早』とは真逆のアイドルとしての才能を有しており、一時期ではあるが孤独の歌姫とすら称されていた千早に対して自身の持ち歌「太陽のジェラシー」に因んだ「太陽のアイドル」と称されていた事もある。
実力はアイドルランクのSランクアイドルの象徴とされ、総合力では『千早』を超えていると言う人も少なくない。
そんなアイドルの神様にも似る『春香』を演じた人は、まだ誰にも知られていない底辺タレントの柊和音。
当時若干15歳だった彼女は役と同じ年頃であり、まるで素のままな自然な演技とアイドル独自の悩みとの葛藤を繊細に表現して『天海春香』を演じれるのは後にも先にも柊和音以上の役者は現れないであろうとすら評価されていた程に『春香』を演じきっていた。
実際。多くのファンがTVに映る彼女の姿に魅了されて、アイドルに興味を抱いたり、ファンクラブに入会したり、現実にアイドルになろうとした。消えかけていた第一次アイドルブームを再熱させてしまった。
第二次アイドルブームは長く続き陰りを見せる事も無く、燦然と多くのアイドルが日々TVで、ネットで、ラジオなどで今も光り輝かせている。
それも「アイドルマスター」が生まれてからずっとだ。正に「太陽のアイドル」である。
私も彼女の太陽の如き輝きに魅了されて、役者一本で生きていくはずが諸に影響を受け過ぎた。
逆らえば逆らえるはずの事務所の命令に唯諾々と従いアイドルとしてタレント活動をしている。要は月島薫は柊和音の大ファンなのだ。
だから、私は絶対に目の前にいる柊和音の実孫である柊春香を認める事が出来ない。
いくら新しくリメイクした『天海春香』役であろうとも。未だ彼女が演じる『春香』を見ていなくとも。例えその私自身が彼女を気に食わない理由に気付けなくとも。
頭の中で警鐘となり長年培ってきた劇団での役者経験が私に告げていた。
彼女は絶対に『天海春香』役として演じる事は世界で一番不適合な役者だと。
顔合わせが終わり、迎えに来た伊嶋Pの車の中でそれだけを考えていた。
不快感丸出しの顔が窓ガラスに映っていたが気にせずそのままにしておくと、また何かあったのかと心配そうに私をチラチラと運転の合間に見てくるPの横で。ただただ、それだけを考えていた。
■
話は巻き戻して柊春香の名前だけ名乗った自己紹介後の事。
765先生の話は
「彼女を見てもらえば全て察していただけると思います」
大体そんなような事で早々と終わり、彼女を睨むように眺めていた私も主要キャストとして舞台上に呼ばれていた。
アナウンスによると私達も自己紹介をする時間になるらしい。
一番端に居た為ので移動に時間が掛かり最後尾になってしまったが段上に上がり、一番左に並ぶ。 隣に立つ黒髪縦ロールのお嬢様風な子が何役かどうしても気になったけど、無視して既にズラッと横に立ち並ぶ共演者を横目で見る。
ざっと確認しただけだが、段上に上がったのは「アイドルマスター」の時のメンバーより多いようだ。
舞台上では無作法は許されないので、すぐさますまし顔をを作り、舞台下に集う関係者達へと視線を変える。
先程まで溜まっていた不満が一気に霧散したが、代わりに私は失敗をしたと感じた。
こう大舞台だと舞台上に上がるというのは多少慣れてても緊張するもの。ましては眼下には私より遥かにキャリアを積んできた尊敬すべき芸能界の方々が控えているのだ。
折角、劇団で鍛えた度胸や緊張を緩和させるリラックス法も通じず徐々に足を凍らせていく。
分不相応の仕事にありつけた底辺アイドルの悲しい性なのかもしれない。
《それでは右端の方から自己紹介と役への抱負をお願いします》
アナウンスが流れるとそのまま舞台上に残っていた柊春香がマイクをアナウンスのお姉さんに渡されて改めて自己紹介に移った。
《少し前にも言いましたけど、『天海春香』役の柊春香です》
再度自己紹介を済ませると彼女はハニカムように笑う。そのままモジモジしだす。どうやら緊張しているようだ。
先程は765先生の隣に立っていたからと思ったけど、もしかして私と同じ底辺なのか。
《えぇと、抱負? ですか。わたし、皆さん知っている人はもうご存知でしょうけど、前作「アイドルマスター」の同じ『天海春香』役の柊和音の実孫なんです! 》
瞬間。
並んで彼女の方に顔を向けて見ながら抱負を聞いていた共演者の大半が驚いたリアクションを見せていた。
私は何となく765先生のお話の時に察していたから、そこまで驚きは無かったが本人の口から直接聞くと少なからず衝撃を受けていた。そんな私達を気にせず彼女の抱負は続く。
《だから、二世タレントとか七光りとか受けている人は大成しないとよく聞くんですけど、わたし。おばあちゃんを超えたいんです!! 》
私はさらなる衝撃を受けた。
超える?
あの柊和音を?
私は初めて彼女を見た時に感じた嫉妬以上のものが私の中を静かに支配し始めていた。
確かに二世タレントや七光りというものは厄介なもので、親や親族の功績が凄いと自身を押すネームバリューになってくれるが、代わりに絶対的な壁として自身の成長を阻む。
どうしても視聴者やファンは比べたがるものだし、自分が納得して出したイメージ戦略でもあるからどうも出来ず潰れる事が多い。
それでもそれを超えていく人は必ずいるし、更なる功績を積み立てていくもの。
といっても、私の憧れでもある柊和音を彼女が超えられるかといえば超えて欲しくないとどうしても思ってしまう。
私がそうしてまで初対面の彼女にここまで歪んだ執着をみせるのかは私自身にも理解出来る訳も無く、初めて他人に対して感じる感情に私も内心動揺していた。
そんな事を心の内で考えていると柊春香の自己紹介は終わり、軽い拍手の音が響いていた。
彼女は隣にいる次の人へとマイクを手渡ししている所だ。目を瞑り軽く頭を振ると、彼女への執着を一時切って次の人へと集中する。
何処の業界でもそうだと思うけど最初の内が肝心で共演者の名前はしっかりと覚えておく必要があるのだ。
主要キャストでよく絡むであろう人達だから余計の事。
《「アイドルマスター2」からの新キャラクター『星井美希』役の三月 早苗です。よろしくお願いしますぅ』》
……何とも緊張感の無い人だ。何か眠そうだし。
ショートカットの茶髪に露出の激しい服装を見れば分かるが、この人多分グラビアアイドルの人だ。
私の所属している芸能事務所の風間芸能プロダクションの所属アイドルでグラビアアイドルをしている二人と同じ雰囲気が漂っている。間違いない。
《ほうふは皆さんに『星井美希』をぜひとも覚えてもらうことです。はふぅ》
何か締まらないけど、拍手拍手。
ここまでくると失礼を通り越して微笑ましいな。現に舞台下の人達は苦笑いしている。
それにもしかしたら緊張して逆に欠伸が出てしまったのかもしれないし。緊張しすぎると割りとよくある事なのだから仕方ない。
それにしても、やっぱりいるんだよね。新登場人物。
《『萩原雪歩』役を預かりました。赤川しのぶです。宜しくお願いします》
きっかり45度に腰を折る。
同じ茶髪だけど今度はとても折り目正しい人のようだ。清楚なワンピースに切り揃えられたショートヘアー、気品漂うしゅっとした姿勢が彼女の育ちをよく表している。
《身に合わぬ素晴らしき大役を預からせて頂けたので、精一杯演じさせて頂きます。有難う御座いました》
そう言って正面の人達に頭を下げた。隣の人にも軽く会釈をしてからマイクを渡している。どこまで律儀なんだ。
先程の三月さんとのギャップが酷くて余計そう感じる。
《《『双海』姉妹役をやらせてもらいます》》
《『双海亜美』役の吉本 唯》
《『双海真美』役の吉本 愛》
《《です! せいいっぱいがんばります!! 》》
双子だ。
容姿とスタイル、服装も一緒だけど、両方とも髪をサイドに縛っているけど見た感じ位置が違うようだ。
髪が短く左で縛っているのが吉本唯さん。唯さんより髪が長く右に縛っているのが吉本愛さん。髪で判断するしか見分けがつかない程に似ている。
「アイドルマスター」でも『双海姉妹』はいたけど、その時の役者さんは一人二役だったのに今回は双子をちゃんと見つけてきたようだ。
《『三浦あずさ』役をやらせて頂きます。七瀬優花です。765先生に推薦して頂いた身なので先生の期待を裏切らないよう『あずさ』を演じます》
優花さんが腰を折ると先程までとは違い拍手の音と歓声が大きく響く。
やっぱり今をトキメク若手女優は違うな。なんだかTV見ていても思ったけど、劇団にいた頃とは大違いでかなり差をつけられて遠い存在になってしまった気がする。
私の方が劇団でのキャリアも長かったのだけど。
それにしても優花って765先生からの推薦だったのか。やっぱり私とは違うな。
《「アイドルマスター2」で『四条貴音』役を承りました。設楽 風子と申します。一般応募からの素人ですが精一杯頑張りたい考えております。宜しくお願いします》
赤川さんもそうだったけど必要以上に礼儀正しい人だな。
銀の髪色にカーディガン、ロングスカートがまんま何処かのお嬢様って感じ。
そんなルックスだから大手事務所の有名モデルさんなのかなと思ったけど素人さんなのか。綺麗な人だ。
《コンニチワ! 真中 江里です。『我那覇響』役をやらせて頂きます! 隣にいる設楽さんと同じ一般応募からですけど元気に明るく頑張っていきたいと思います。出来れば江里じゃなくて伸ばしてエリーって読んでください!! 》
彼女が後ろで纏めている黒いポニーテールが本物馬の尻尾ようにブルブル震えている。凄く元気がいい人だ。
設楽さんの時も思ったけど、どうやら彼女達二人の役は新しい登場人物ようだ。「アイドルマスター」の時に彼女達の役は登場していないからな。
《『秋月律子』役をやらせてもらいます。駒田 栄子というものです。普段はモデルをやらせてもらってますけど、新規一変の可能性をこの役なら得られるんじゃないかなと思っています。宜しゅうお願いします》
黒のスーツと眼鏡姿で髪をアップで纏めてピシッとしている立ち姿を見ると流石モデルだなと思わされてしまった。まるで大手会社のキャリアウーマンのようだ。
何処かの訛りが気になるけど声が大きくて滑舌もいいから役者経験があるのかな。
なんか優花さん以外の人が全くの演技素人っぽかったので素人をわざと取っているのかと思った。
《『水瀬伊織』役、新垣 陽菜、宜しくお願いします。頑張っていきたいと思っています》
マイクを両手で持って淡々と言い、次の人に早々と渡す新垣さん。
彼女は知っている。
10年前に流行ったTVドラマ「恐怖の階段」の主役である北島ミミ役でデビューし天才子役の名を欲しいままにした少女だ。
早くして大成すると子役は潰れるなんてジンクスがあるけど、今でも映画やTVドラマでよく見る。優花さんの方が年上だけど、今ここに立ち並んでいるキャストの中で圧倒的にキャリアが一番上っぽいな。
彼女の演技は演劇を少しばかりかじっている程度の私でも分かる位に完成されており、特に泣きの演技は子役の中で並ぶ者がいないと思う。
《皆さーん、こんにちわ! 「アイドルマスター2」で『高槻やよい』役に選んでもらっちゃいました! 葛城 奈々です! 小さい頃からのあこがれの役になれるのでとってもうれしいです! 一緒にやっていく陽菜ちゃんや優花さんに負けないくらい素敵な『やよい』になります! よろしくおねがいしまーす!! 》
勢いよくお辞儀する彼女。
左右で結んだ軽いパーマをかけたツインテールがビョコンと跳ねて可愛い。
彼女はアイドルランクAのトップジュニアアイドルだ。
Aランクとなると国民的アイドルと言っても過言ではない。
なんか柄にもなくミーハーみたいだけど、TVでいつも視てる。ぶっちゃけるとファンだ。
実物の彼女を見られただけで今日来て良かったと思える。マイクを渡してもらっている隣の人が羨ましい。んっ?
黒髪縦ロールが全身を震わして動かない。
どうやら緊張しすぎて硬直しているらしい。
多分、この子は設楽さんや真中さんと同じ一般応募から来た感じがする。
無理も無いか。舞台慣れしている私でさえ緊張しているんだから。先に自己紹介をしていた彼女達の方がおかしい。素人で普通の人はあんな緊張を感じさせない堂々とした態度でいられない。
大きく深呼吸をして震えが止まった。そういえば、この人って何役だ?残っている役って言えば……
《『菊池真』に、選ばれました! 中島 姫という者です! い、一般応募からの素人ですけど「アイドルマスター」の一ファンとしても他のふぁ、ファンの方々をガッカリさせないように頑張りたいと思います! よろしくおねがいしまちゅ! あっ!? 》
あっ噛んだ。
頭を下げながらも手を口元へ当て恥ずかしそうにする彼女。
『菊池真』の『菊池』と聞いた瞬間、会場の中の人が噴き出した。
彼女は緊張し過ぎて気が付かなかったようだけど。私は隣なので全神経を使い堪える。
鏡を見れば無表情の私が映っている筈だ。これほど演劇やってきた事を感謝した事は無い位に。
何故にそんな事態になったのかと言うと、彼女が演じる『菊池真』という少女は彼女とは真逆の人間だからである。
あまりにもボーイッシュで少年にすら見えてしまう『真』とお嬢様風の女の子らしい彼女。ミスマッチにも程がある。
「どうぞ」
そんな事を考えていると中川さんがマイクを此方に突き出していた。
礼を言って受け取ると、彼女はまだ噛んだ事が恥ずかしいのか顔を両手で隠す。でも一つだけ本当のお礼を心の中でだけど言います。お陰で緊張が取れました。有難う御座います。
さぁ、印象に残ってもらえるよう頑張りますか。
■
「・・・はい、お願いします」
伊嶋Pに帰りの迎えを電話でお願いする。
もう既に近くに来ているらしく直ぐに此方に来れるらしい。それまでロビーのソファーで待機だ。
あの後、私の自己紹介は恙が無く終了し、メインキャスト以外の紹介も行われた。
どうやら、一般応募の素人はアイドル陣だけで後の方々はTVを見れば必ず一度は目にする人達ばかりだ。
あの人達の中でやっていくと思うと嬉しさの反面で気が重い。中島さんなんてもっと気が重いだろうな。
大体の方々が出尽くすとまたメインキャストが舞台上に集められてドラマの総監督からのお話があった。
私達は演技者だけど本物以上のアイドルを演じなければならないので三ヶ月の強化合宿をして歌い踊れるようにするらしい。
来週の土曜から。多分、平均的に学生が多いので学校が休みの土日からという事だろう。売れっ子の優花さんや新垣さんはスケジュールがあまり取れないので先に入るらしいけど。
説明はそれだけで後日、詳細を記入した書類を送ってくれるらしい。マネージャーやPがついてない私には有り難かった。
それからはイベントも無く、パーティを楽しみたい人は終わり時間まで居ていいらしいかったのだけど、私は直ぐに出て来てしまった。
本当のところ、挨拶回りをするのが普通だが下手に挨拶をして良くない印象を与えてしまうのが怖くて逃げた。
それでも、せめて765先生だけにはサインを頂いたお礼もあるので挨拶したかったけど、急用があるらしく少しばかり出てしまい戻ってくるか分からないらしいので諦めて現在此処にいる訳。
こうして一人目の前に置かれているお茶菓子を頂いている方が性に合っていると思う。出されている物はお菓子なんてよく知らないけど、なんか高そうで美味かった。
「隣いいかな? 」
隣から声が掛かった。
私はその人の顔も見ずに会釈し「どうぞ」と了承する。
私と同じあそこの空気に合わなかった人だろう。そうじゃなかったら、わざわざロビーのソファーまで来ない。
その事を勝手に察知した私は必要以上に干渉しないように食べているお菓子の味に集中した。こんな高そうな菓子は中々食べられないから今の内に食べ貯めるのだ。
私がモソモソと一心不乱にクッキーを食べていると隣からまた声が掛かる。
「それ、美味しい? 」
美味しいですよ、貴方も頂いてみたらどうですか?と言おうとしてお菓子の入った箱を相手に差し出しながら相手を見ると私は思わず硬直した。
嬉しそうに笑顔でお菓子を取る彼女は、私が現在一番会いたくない人物。
柊春香その人だった。