ドラマ「IDOLM@STER」   作:毎日三拝

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ニ幕 役名「如月千早」

 『如月千早』

 

 「アイドルマスター」の登場人物で芸能事務所の765プロダクションに所属する15歳のアイドル候補生。

 女性が羨む完成された華奢なスレンダー体系と腰まで届く青みかかった長い黒髪が特徴の高校一年生だ。誰をも魅了する声とそれを使いこなす卓越した歌の技術を765プロダクション社長・高木順一郎が事務所にスカウトするまでアマチュアの舞台で発揮し、数々の賞を受賞していた。

 また、その歌声は客、オーディションの審査員だけではなく、競演した他事務所のアイドルをも魅了するほどで、アイドルの中には彼女のファンが多く存在している。

 彼女は「歌以外に失って困るものが無い」と歌に固執して、将来的にはアイドルから歌手に転向するのを目標としているらしい。

 なんだ? この高スペック超人は?

 美人で、歌上手くて、踊りを踊れてぇー

 なんだ、現実世界がとても充実している人、略してリア充じゃないか!!

 事務所のヴォーカルレッスンを終えて、自宅に帰った後。役者同士の顔合わせが一週間後にあるので、それまでに役を演じられるように台本を読み返す。「アイドルマスター2」の大体のあらまししか書いていないが、そこに登場する『如月千早』を改めて知ろうとしてみてみると、当然だが架空の人物に漂う設定めいたものが多かった。

 いつも「アイドルマスター」の再放送を見る時は『天海春香』を目で追っていて気が付かなかったが『如月千早』はアイドルとして最初から完成させられている。

 確かに彼女には足枷のような過去に負ってしまったトラウマが存在し、彼女が本当に持っている才覚を妨げているという設定があるが、なんにしてもアイドルとして異常だ。

 私がアイドルでアイドルランク底辺のFランクに一年いたから分かる事だけど、彼女は世間一般で騒がれている天才なんてものじゃない。大勢の客の前、ステージ上で歌う為に産まれて来たかのような存在だ。「歌姫」の称号は正に彼女の為にあるのだろう。

 えっ? 本当にこれを私が演じるの? 無理じゃね?

 だって、私って何も実績も無い底辺アイドルだよ? 彼女確実に最初からアイドルランクAランク位の実力を持っているよね?あれ、無理じゃね?

 気楽に憧れに手を伸ばしたのを初めて後悔し、私の脳味噌は完全にフリーズした。

 

 

 

 ■

 

 

 キン、コン、カン、コーン

 学校側が組んだ一日の全カリキュラムが終了し、放課後が始まる。

 昨日、あの後は気が付いたら朝になっていて急いで学校に登校し、こうして真面目に授業を受け終わったのだが、授業が終わったばかりなのにガラガラのクラスを見て、ここに入学した約半年前と何ら変わらない事実にへきへきとした。

 スカウトされた芸能事務所に通う為、都会に上京し、一人暮らしを始めて、これから忙しくなるであろうと輝かしい役者生活を勝手に想像して入ったのがこの学校だ。

 この学校のトレイトコースという芸能活動が忙しくて学校に来れないタレント用の単位制専門クラスに所属。

 たかがアイドルランクFランクの底辺アイドルが生意気だと思う人もいるだろうけど、私は本当に最初ここを当てにしていた。リア充になるから、ここなら忙しくても学校を卒業できると思っていたのだが、この通り私は暇で無遅刻無欠席、一年生の過程のみならず、二年生の課程も少しだけ取得している。

 教師には他の生徒が全然来ないから月島が毎日登校してくれていると助かると皮肉を言われ、学級委員長に任命されてしまう始末。

 生徒としてはこの上なく優秀だが、アイドルとしては落ちこぼれに他ならない。

 このクラスにはTVや雑誌に引っ張り凧なタレントが多く在籍して、学校にすら満足に来れないというのに。

 それに比べて私は最底辺の落ちこぼれが彼等より上の最上神クラスと言っても過言ではない存在になりきらなければならない苦境に立たされている。

 そんあ暗い思考が頭を過ぎり、どのクラスメイトより暇だという現実より凹んで教室を出た。

 学年によって指定されている一年生用の通学路を通り、風間芸能プロダクションの事務所に向かう。あまりに仕事が無さ過ぎて親しみが無いが、この場合は通勤と言ったほうがいいか。

 他の選択コースを選んだ子達と一緒になって歩いていると、楽しそうに友人と下校する生徒達を嫌でも見る。肩を組み、笑いあい、喧嘩をしている風景がとても羨ましいといつも思う。スカウトを断って地元の高校に進学すれば私もまだあの輪の中にいられたかもしれないと後悔の念が浮かんでは消えていく。実際、そうなっていたのだろう。

 それでも、この道を選択して来たのは自分だし、後悔する事は過去の自分を否定してしまう事に繋がる。

 だから、私はいつもこの光景を心に刻み、あったかもしれない選択肢の自分を想像してしまう。

 残ったものは演劇に賭ける情熱だけ。

 そう、考えていたら昨日調べた『如月千早』について思い出す。

 彼女も歌しか残らない選択肢を選んできた人だった。意外にもこんな最底辺と天才にも共通点があるんだなって少しだけ彼女を演じる自信が溢れた。

 

 

 ■

 

 

 日常生活の中にも演劇に使えるヒントが転がっている可能性に感動していた頃。知らない内に事務所前に着いていた。

 どうやら、大分集中して考え事に没頭していたようだ。

 着いたらまず挨拶をしなければならないので、オフィスがある二階に移動する。まだ日があるのに薄暗い階段を上がりきると、扉の前に人がいるのが見えた。

 紺色の縞模様が入っているカジュアルスーツに男の癖にゆるふわパーマをかけた茶髪が特徴の男性。風間芸能プロダクションに就職している二人のPの内の一人で竹之内 一Pだ。

 扉によっかかり、手元のスマートフォンを弄っていたが、私が来た事に気付いたようで顔を上げる。

 

「やぁ、遅かったじゃない」 

「お早う御座います。遅くありません。いつも通りです」

「そうだっけか? そう、そうだね」

 

 軽いノリで挨拶をしてきて、適当なことを言う。

 だから私はこのPをあまり好きになれない。

 いや、むしろ嫌いな部類に入る。比較的に顔も良く、異性にモテるようだが、どうして笹森さんや他の女性がこの男に執着しているのかが全く私には分からなかった。

 

「中に入りたいので退いてくれませんか? 」

 

 嫌悪感を隠さずにストレートな言葉を掛ける。

 

「つれないねぇ。どうせ、今日も仕事なんて禄に入ってやしないんだからさ、もっと有意義に時間を使って僕と話をしないかい? 」 

 

 どうせ、碌な仕事なんて入ってやしない?こいつと話す事が有意義な時間?

 

 怒りのメーターが簡単に振り切れそうになる。

 出会って早々にこれほどムカつく事は早々ありやしない。

 そもそもの話、仕事は基本的にPが取ってくるもので階段の踊り場でスマートフォン弄ってサボタージュを満喫していた奴の台詞じゃない。

 少しは自分の失言がいかに拙かったかを理解させるようと無言で睨む。

 

「そんなに見詰めないでくれよ? どうしたんだい、今日はいつもより情熱的じゃないか?」

 

 髪をかきあげて、そんなことを言う。

 全くこちらの意図を理解していなかった。

 ある意味尊敬の念すら出てくる程に人を怒らせる天才だ。社長とはまた違ったイラツキをくれる。

 唐突に事務所の扉が開く。

 

「イテェ!? 」

 

 竹之内Pが突き飛ばされ尻餅をついた。

 その後、ひょっこりと40過ぎ位で黒のフォーマルスーツを着た男性が出てくる。

 竹之内Pの正反対で優秀なもう一人のPである伊嶋直己Pだ。

 

「あれ? ごめんね、竹之内君。ドアの前に突っ立ているとは思わなかったよ」

「テメェ、ワザとだろ! ガラス窓がドアに付いてんだからそっちから見えるじゃねぇか! 」

「だから、ゴメンって。いつも何気なくドアを開け閉めしているから窓の外なんて見てないから分からなかったんだよ。あとさ、社長が呼んでたから早く行きなね」

 

 すぐさま立ち上がり竹之内Pは「覚えてろよ! 」なんて三下がよくTVで言う科白を言い残し室内へ入っていった。

 その様子に少し溜飲が落ち、すっとする。

 すかさず伊嶋Pに親指を立ててサムズアップした。そうすると笑顔でサムズアップを返してくれた。

 奴が社長室に行っている間に事務所内の挨拶回りを済ませようとしたが、今日は皆OFFか単独の仕事に出掛けているらしくP連中以外は誰もいなかった。

 どうやら、その所為で奴がドアの前で私を待ち伏せしていたらしい。

 また奴と鉢合わせするのが嫌なので、書類整理をしていた伊嶋Pを引っ張り出し、一回の書類倉庫へ移動した。

 この倉庫は埃っぽく清掃がよくされていないので綺麗好きな奴には頼んでも来たがらないだろう。

 書類を納めたファイルが並ぶ棚の奥に少し空間がある。そこにパイプ椅子をニ脚出し、向かい合うように座る。 

 

「で、薫ちゃんさ、俺に何か話があるの? 」

「はい、実はこれの事なんですけど」

 

 通学用鞄から持って来ていた青い表紙の台本を取り出し、伊嶋Pに渡す。他の人に見せるのはこの人が初めてだ。Pの顔を伺うと一瞬硬直した。

 

「……ちょ、ちょっと。これ、いま話題の「アイドルマスター2」の台本じゃない! どうしたのさ、これ!? 」

「オーディションを受けて勝ち取りました」

 

 素直に驚いて聞き返すPに少しだけ自慢したくて嘘を付いてしまった。勝ち取ったんじゃありません。完全に奇跡か偶然です。

 

「なんだ、受けてたのか。前に聞いた時は無謀な事はしない主義ですって言ってたくせにさ」

 

 はい、ゴメンナサイ。それも嘘でした。申し訳なくて俯く。

 

「それじゃあさ、誰をやる事になったの?『天海春香』のクラスメイト役? 台本が貰えているんだもんね。それなりの役のはずだ」

「それが」

「それが? 」

 

 顔を上げ上目使いでもったいぶっているとPは段々とニヤけた顔へと変わっていく。ちくしょう、どうせ端役かなんかだと思っているんだろうけど。爆弾投下してやる。自分も処理できないほどの、な。

 

「『如月千早』」

「えっ? 」

 

 またPの顔が硬直した。

 

「『如月千早』役です」

「え、ええ、えぇぇぇぇぇぇ!!?」 

 

 伊嶋Pの絶叫が倉庫内に響いた。

 

 

 ■

 

 

「ゴメンね。まさか、Fランクの薫ちゃんがAランク難度の仕事をオーディションで取ってくるとは思っても見みなかったよ。本当にゴメンね」

「いえ、別にそれはいいです。私も昨日までは夢だと思ってましたから」

 

 はははっと二人で笑い合う。

 

「それより、申し訳在りませんでした。事務所を通さずに応募してしまって」

「いや、良いと思うよ。ウチの事務所の名前なんて使ったら相手側も良い印象受けなかっただろうからさ。むしろ社長にはこれから言わないほうがいいよ?竹之内君と一緒に薫ちゃんをちやほやさせて、他のアイドルと険悪な仲に発展させるかもしれないからさ」

「直ぐにバレてしまうと思いますけどね。これ程、話題性があるものだと」

「それもそうかな。まぁ、時間があれば俺が気にしなくても良くなる位にフォローしておくからさ」

「有難う御座います」

 

 伊嶋Pは一息つくと、姿勢を正して私の目を見る。

 

「これじゃないんでしょ、相談事って」

 

 お見通しのようだ。頭の中のゴチャゴチャとした情報を整理してから落ち着いて話す。

 

「ええ。実は役の事なんですが、自信が無いんです」

「自信が無い? 」

「はい。昨日いつでも私でも演技出来るように役の事を調べて見たのですけど、『如月千早』って最初からAランク相当の実力があるじゃないですか。だから、歌も踊りも容姿もイマイチなFランクの自分に出来るのかなって。あっ、勿論、演技は出来ると思いますよ。演技は」

 

 Pの目が厳しいくなる。

 

「今更、そんな事を考えているの?だったら、なんでオーディションに応募したのさ。冷やかし?」

 

 痛い所を突かれた。事情を知らなければそうなるだろう。

 

「本当は、歌も踊りも上手くなくてもいい『天海春香』のオーディションに行ったんですけど、何故か合格通知が『如月千早』役になっていて」

 

「……なにそれこわい」

「で、出れるなら何でもいいやと嬉しくなって躍起になろうと調べたら絶望しました」

 

 私のどこを評価したら、そうなったのか。だいたい『如月千早』はオーディションが別に開かれていたはずなのにだ。少しの間、Pが顎に手を当てて思案顔をしていると一人頷いた。

 

「もしかしたら原作者のイメージに一番合ったんじゃないかな。よく考えたらさ、胸があるけどスレンダーな体系で青みかかった長い黒髪だし、声も良いもの持ってる。薫ちゃん、演劇にしか興味ないし、ウチでやっているから麻痺してんだと思うけど実力はそこそこ高いんだよ? 」

 

 意外な言葉が出てきた。

 底辺アイドルの私がそこそこの実力を持っている?

 嘘だCランクの篠原に遠く及ばない自分がAランク相当の実力が出せるはずが無い。

 

「今さ。あんりちゃんのことを考えたよね。あの子は比べるもんじゃないよ。彼女はランクこそCだけど本当の天才といわれる奴なんだから。誰かに聞いていると思うけど、冷静に考えて番組ぶっちぎって信用潰した子がこの業界をまだ生きているなんてそもそもありえないよ。才能があるから好き勝手が出来るんだ」

 

 言われてみるとそうかもしれない。彼女しか基準が無かったから彼女で計るしかなかった。

 じゃあ、私は『如月千早』になる事ができるの?

 

「大丈夫だよ。俺さ、ここに就職する前はそれなりに大きな事務所で働いてたから分かるんだよ。才能が在る子と無い子がさ。薫ちゃんはなれるよきっと『如月千早』に」

 

 

 ■

 

 

 あの後、遅刻しそうになったけどCDショップのキャンペーンガールの仕事を問題なくこなして、すっかり暗くなってしまった空の下、家路についていた。

 思い返すと大分、自分に自信が戻っている。

 伊嶋Pに相談したのは大成功だった。一人で悩むのは愚かな事だと昔の偉い人が言っていた気がするが正にその通りで、自分に見えない何かは周りにいる誰かに見てもらうのが時として一番良い答えを齎すのかもしれない。

 なれる。

 私はなれる。

 きっと『如月千早』になれるんだ。

 あのダンボールが送られてきてから、やっと私は『如月千早』になる覚悟を得る事が出来た。

 もしかしたら彼女もこうして歌と向かい合って戦ってきたのかもしれないと想像し、未だ自分の中で形になっていない彼女の姿をアパートに着くまで只管考えた。


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