ドラマ「IDOLM@STER」   作:毎日三拝

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十幕 ダンス前編

 TVの中の人、とでも言えばいいだろうか。

 目の前にいる人物。

 本名を鎖江島國男さんという。

 芸名は何処から引用してきたかは分からないがハルちゃんである。

 本業はプロデューサー兼アイドル養成のインストラクターであるが、彼女?は所謂有名芸能人の一角であり、一般人ではTVの中でしか姿を見る事が出来ない人物でもある。

 そんな人が突然現れた為に大Aスタジオ内の出演者陣は少しばかりざわついていた。

 隣に座る春香もハルちゃんとのサプライズな出会いに驚き、頻りに

 

「本物だよね」

 

 とか

 

「アフロがやっぱり似合ってるんだよね」

 

 とかどうでもいい事を耳打ちしてくる。

 一応、仕事中なので学生の様な態度を取り続けるのは拙い。

 声を出さずに頷くだけで返事した。

 ざわ、ざわ……

 と、某麻雀漫画ばりの雰囲気が醸し出される一方でこの状況を打破したのは当の本人である鎖江島國男氏である。

 

「皆さ~ん! ちょっとお静かにね」

 

 その声が聞こえた瞬間。

 場は静寂を取り戻し深淵に包まれる事となった。

 なんか格好いい言い回しになってしまったが鎖江島國男氏が放った真剣さが私をそうさせたとしか言いようが無い。中二病じゃない。

 

「ハイ!静かになったところで今日のカリキュラムについて説明しちゃうわよ~ん」

 

 TVでよく見る雰囲気に戻ったようだ。

 さっきのは場を強制的に沈静する威嚇だったのだろうか。

 

「今日は聞いていると思うけれど身体能力を測るテストをしたいと思いま~す。何故そんな事をするのか、軽く説明するとあなた達がこれからアイドル役をやる為にはそれに相応しい納得できる実力がいるので、その力をつけさせるにはあなた達を私達が良く知る事が大切なのね~」

 

 くねくねと身体を動かしながら喋る鎖江島國男氏。それしないと話せないのかな。

 

「だ・か・ら今日はあなた達を知る時間に当てたと言う訳よ~ん。っでも、体調の悪い子には無理やりやらせる訳にもいかないから気持ち悪くなったりしたらキチンと自己申告してね~ん。それじゃあ、やる前に持って来て貰った動きやすい服に着替えてね。出来れば早めに、ね」

 

 一旦、彼女?は退室すると一斉に着替え始めた。

 私も持って来ていた何時も使っている青いジャージに着替える。

 着替えている最中に春香は周りの子の体型を覗き見て「みんな、綺麗だな~」と中年のオッサンみたいな事を言っていた。

 確かに皆さん男性を悩殺するボディをお持ちのようで同姓でも思わず羨む体型をキープしていらっしゃる。

 特に設楽風子さんのナイスバディは危険な域だ。

 昔に劇団で見た優花さんにも負けないスタイル。

 偶々見てしまった瞬間に思わず「こやつ出来るな!」と呟いてしまった。くっ。

 羨望と勝者の困惑が満ちた着替えが終わり。

 静かに人が来るまで待機していると鎖江島國男氏が手にCDコンポらしき物を持って戻ってきた。

 鎖江島國男氏は両手を重ね合わせる様に叩くと腰をくねらし、準備を始める。

 音楽を掛け始めた。

 曲名は分からないがリズムがエンドレスに続くタイプのBGM。

 メトロノームでも使っているかのような錯覚を覚えるほどに単調なものだ。

 

「じゃあ、最初は私に合わせて踊ってね~ん」

 

 そういうと彼女? はダンス初心者がやる簡単なステップを流れる音楽に合わせて踊りだす。

 プロの呼び名に相応しい綺麗なステップを繰り返しながら踊る。

 一言で言うと華麗だ。

 単調、それも基本的な動きの少ないステップは諸にダンサーの実力を露見させる。

 彼女? は物怖じしない貫禄ある動きだ。流石。

 見ているだけでは拙いので目の前のお手本をよく観察しながらシンクロする様に動く。

 あれはそうだ。髭ダンスだ。

 右足を前に出して、左足を右足と交差させるように一歩進む。その後に右足を一歩下げて左足を元に戻す。それを繰り返す簡単なステップです。有難う御座いました。

 皆も慣れてきている様で立派な髭ダンスを披露している。

 私はまだ生まれてないけれど何故か懐かしさを感じさせるステップ。

 

「慣れてきたようねぇ~ん! じゃあ次のステップへ進むわ」

 

 そう言うと鎖江島國男氏は髭ダンスをしながら手を右手と左手を順番に斜め上に上げる。

 その後、胸元に左手右手と先程の逆の順番で下げた。

 勿論、その間に髭ダンスステップを忘れない。

 私的にはまだまだ余裕だと思うが、これずっと続くのかね。

 それから暫く動作を増やしつつダンスは続いた。

 

 

 ■

 

 

「フィニッシュ! 終わりよ~ん。休憩に入って頂戴」

 

 鎖江島國男氏はそう言い残し、またスタジオから出て行った。

 腕時計を見ると時間は踊り始めてから丁度10分。

 やたら長く時間が感じていたがそうでもなかったらしい。

 その10分で汗だくになってしまったので鞄からタオルと来る途中にコンビニで買ってきておいた水を取り出して口に含む。

 口に含み少量だけ飲み込む。

 あまり飲み過ぎると動けなくなるからな。

 本来なら口に入れるだけで飲み込まない方がいい位だ。

 周りを見るとそんな事気にせずにがぶがぶスポーツドリンクを飲んでるけど。

 タオルで汗を拭き取り、一息つくと隣に春香が居た。

 

「……ふぅ~。疲れたよ~。薫ちゃん。なんでそんな平気そうなの?」

 

 息こそ切らしていないが疲労困憊という顔をしている春香。

 若いのにあれ位でへこたれるとは駄目だな。

 

「あれ位平気な顔してこなせなくてはアイドルは出来ないのよ」

「ふぇ~。大変なんだね。TVで見てるとそんな風には見えないけど」

 

 そうなのだ。

 観客に笑い掛けながら軽やかに歌う彼女達を見て辛そうだな、なんて思えない。

 現実を見れば演奏が終わり、楽屋裏に引っ込めば直ぐに倒れてしまうのもざらにあるようだ。

 舞台袖に酸素を用意するのもその為。

 10分も踊る曲なんて無いけれど、1曲歌いながら踊ればあれより疲れるし、フェスやライブでは連続して2,3曲歌う事もざらだから結局踊れないと話にならない。

 さっきまで踊っていたのはあくまで基本ステップなので複雑な動きも移動も無いから楽な部類だ。歌ってすらないし。

 

「疲れた、辛いなんて寝言いえる楽な職業ではない事は確かね」

「じゃあ、なおさら頑張らないとね!」

「そうね。頑張らないといけないかしら。春香は」

「むぅ。私だけじゃなくて薫ちゃんも頑張らないとダメだよ! もう」

 

 頬を膨らませながらも目は笑っている、という器用な表情をする春香。

 ふふっ。面白い顔。

 携帯電話が手元にあったら撮影していたかもしれない。

 勿体無い事をした。

 春香と二人の休憩時間を満喫し和んでいたが、途中である事に気が付く。

 スタジオの中を見ると休憩時間を私達と同じ様にきゃきゃうふふと過す面々がいた。

 これは既にコミュニティーが形成されている!

 地味に拙いな……。

 コミュニティーを形成されると中に入り辛くなる。

 あれだオタクグループの代表が美少女グループに突っ込むみたいなやり辛さ。

 武器も何も無い戦士が少しの希望を夢見て果敢に突撃するようなものだ。

 返り討ちに合うのが関の山。

 しかし、今の私には秘密兵器がある。

 コミュニティーを気にせず、空気読めないと揶揄されるもなぁなぁで済まされる圧倒的自由者。

 ミサイル付きの戦闘機で対人に突っ込むような圧倒的、圧倒的な存在感。

 目の前に居る人物を見る。

 能天気な顔をしてスポーツドリンクを少しずつ口に入れ休憩する人物。

 そう。KYクイーンの素質を持つ春香ならきっとこの閉ざされた鎖国を開国してくれる筈だ。

 隣のグループに私が話しかけた事の無い人達が丁度居るし、嗾けてみよう。

 

「ねぇ、隣に居る人達って話した事ある?」

「え? 設楽さんとエリーちゃん?」

 

 どうやら春香は既に話した事有るらしい。

 真中さんに至っては下の名前で呼んでいる。

 流石、話し掛けないでねオーラを放っていた私に突撃して来た事だけはあるな。

 

「そう。私、話した事無いのよ。だからどういう人達なのかなって」

「う~ん、そうだな~」

 

 何事かを悩みだしたぞ。

 この流れはイケル!

 

「そうだっ! 直接話してみたらいいよ」

 

 春香はそう言うと二人に近づき何事かを言いに行った。よし、ちょろい。

 

「薫ちゃん。薫ちゃん。こっち来て」

「うん」

 

 呼ばれたので輪に入ると春香が率先してくれる。

 軽い私の紹介を込めて。有り難い。

 

「月島薫です。宜しくお願いします」

 

 軽く御辞儀をすると自己紹介なのに大袈裟だな、なんて表情を真中さんにされてしまったが、直ぐに流される。

 

「自分、真中エリー。千葉県出身の千葉県民。気軽にエリーって呼んでー」

「じゃあ、私の事も薫でお願いします」

「設楽風子と申します。私も風子とどうぞ呼んで下さいますよう」

「はい、風子さん」

 

 春香と同じ自由人の匂いを漂わせる真中さんと何処かのお嬢様の風格を持つ設楽さん。

 実際に話してみると面白い組み合わせに思えてくる。

 タイプが違い過ぎるからかな。

 

「二人ともカラオケで仲良くなったんだよ。薫ちゃんはもう一つの部屋だったから話せなかっただろうけど」

「春香。あの時の話はあまりしないでちょうだい。トラウマが蘇るから」

「えぇ!? 何があったの!」

「二人の乙女と王子の修羅場」

「なにそれっ!?」

 

 なぞなぞを出題された子供のように疑問符を頭に浮かべ混乱する春香。

 一方で設楽さんと真中さんは頷きながら視線を修羅場トリオに向けていた。

 どうやら分かってもらえたようだ。

 

「……確かにアレは大変だな、と思うねー。ドンマイ!」

「人生楽あり苦あり。それが偶々折り重なっただけの事。気にしない方がいいかと」

 

 二人からフォローを貰ってしまった。正直嬉しかった。

 

「私、頑張ります。あの恐怖の一時をバネにして」

 

 嬉しさのあまりらしくない事すら口にしていた。

 今日は何だか自分らしくない時が多い気がする。俗に言うキャラ崩壊というやつか。

 ちなみに春香は未だに何の事を言っているのか理解していない。

 それから休憩時間が終わるまで4人の雑談は続いた。


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