僕達は幼い頃に出逢い、同級生として過ごした。
友情と言う信頼関係が愛情へと変わったのは自然な事だと思う。
「ハーマイオニー、君を愛してる」
僕は腕の中にハーマイオニーを抱き締めて、彼女の瞳を見つめながらくちづけしようとした。だけど拒まれた。
「ごめんなさい……私は……マルフォイを愛してるの!」
その言葉に僕は叫んでしまった。
「フォオオオオオオイイイイ!」
ハーマイオニーが立ち去った後で僕は考えた。何が悪かったのか?
ジニーやチョウと浮気した事だろうか。それとも夜の回数が減った事か? いや娼婦を買った事がバレたのかも知れない。
でもあの時はロンも一緒だった。だからアリバイ作りは完璧なはずだ。
いやいや、待て。相手はスリザリンだ。
きっと彼女はマルフォイに脅されているんだ。
そうに違いない──。
「うわあああああああああ──っ!」
怒りと混乱から僕はふるちんになってロンドンの街を走り回った。
「おい、止まれ!」
警察官が数人走って追いかけて来るが、僕はグリフィンドールが誇るシーカーだ。マグルごときに遅れは取らん。
僕は風になる。ぷるんぷるんと股間で一物を揺らしながら僕は走った。
1.生き残った男の子
僕はハリー・ポッター。
生まれた時には両親が亡くなっていて、母さんの血縁であるペチュニア伯母さんの家に引き取られた。
伯母さんが言うにはうちの父親がろくでなしで、自動車事故を起こして自分だけではなく母を死なせたそうだ。
それが理由だろうか。
「この屑め。お前の父親が妹を殺したんだ! お前は父親とそっくりのろくでなしだよ!」
この家で僕は虐待を受けていた。暗い物置での生活、そして満足に食事も与えられていない。酷い時は折檻も受けた。
屑な父親の罪を僕が
英国ではゆりかごから墓場までの社会保障が完備されている。医療費だけではない。子供が居ると公的扶助が受けられる。だから金の為に僕は飼い殺しにされていた。
10年越しで生活が変わる機会がやって来た。
児童相談所に通報した結果、伯父さん伯母さんはサリー警察に逮捕され、僕はサリー州を離れてコークワース州の孤児院に保護される事と成った。
もう少し大きくなれば自分で稼いで、ここを出て低所得者向けの公営住宅団地──カウンシルフラットで生活する事が出来る。それまでは我慢だ。
ダドリーも僕と同じ孤児院に収容されたんだけど、あいつはガキ大将に収まった。
伯父さんが社長をやっていたし、遺伝かな。持ち前のカリスマ性ってやつだろうか? 人を従えるのが上手かった。ダドリー軍団なんて組織を作って、孤児院の同級生から恐喝したり、女の子や女の先生をレイプしたりやんちゃをしていた。でも誰も逆らえなかった。ダドリーが何をするか分からなかったからだ。
屑はしょせん屑らしい。僕は犯罪者の相手なんてしなかったさ。
でもあいつは、ダドリーは両親を逮捕された件で僕を逆恨みして暴力を振るってきた。
この国では低所得者の子供ほど識字率も低い。ダドリーはどちらかと言うと恵まれた環境で、会社経営者の息子だったが、甘やかされて育ち阿呆だった。だから物の限度を知らない。
窓から突き落とされ死にかけた。病院が警察に通報しダドリーと取り巻きは逮捕された。
「ハリー、裁判所はダドリー達を少年院に入れると決めたそうだよ。安心しなさい。もう君は大丈夫だよ」
病院の先生はそう言ってくれた。
だけど孤児院では、腫れ物を扱う様に周りから距離を取られ孤立してしまった。
何でも僕に対する殺人未遂事件で過去の性犯罪が発覚し、被害者が自殺したり、大騒ぎになったらしい。僕の責任じゃないのに針のむしろで気分は最悪だ。
2.知らない人からの手紙
1991年は激動の年だった。ソ連の弱体化とかではなく、僕の人生の転機となった。
ある日、一通の手紙が届いた。
「
開けてみると、それはホグワーツ魔法魔術学校からの入学案内だった。
胡散臭さを感じた。それに、ふくろう便ってどこで出すんだろうと思った。
僕は手の込んだ悪戯だと放置する事にした。
すっかり忘れてしばらく経った7月31日、僕の誕生だ。大男が面会に現れた。
「おーハリー! すっかりでかくなったなぁ」
一見、髭もじゃで不審者だが、偉く親しげに話しかけてくるその男は何故か悪人には見えなかった。
「おじさん、誰?」
「俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ」
万人って事は警備員か管理人だろうか。
「ホグワーツと言うと、この前の手紙の?」
「そうさ、お前さんの返事が来てないから、俺がやって来たんだ」
あの手紙は返信先の住所が書いてなかった。
「でもミスター・ルビウス……」
「ハグリッドで良いぞ」
ハグリッドがそう言うから訂正した。
「ハグリッド。僕はふくろう便なんて出し方知りませんよ」
「そうだな。お前さん、マグルの連中に育てられてるんだしな」
ハグリッドは頷き、僕の両親が魔法使いと魔女だった事や、魔法族が一般の魔法を使えない人々をマグルと呼び差別している事、うちの親が過激派のヴォルデモートに殺害された事など色々な話を聞かされた。
(魔法族か、選民思想で面倒臭そう……)
そんな訳でなし崩し的に僕はホグワーツ行きが決まり、次の日は両親の残してくれた財産から学費をおろしに行く事となった。
3.ダイアゴン横町
「魔法使いの銀行、グリンゴッツにある貸金庫はロンドンの地下で、ドラゴンが守ってる」
ロンドンまで電車で移動し、ハグリッドの説明を聞きながらダイアゴン横町へ向かった。
「へぇ、魔法使いの世界に銀行なんてあるんだ」
「そりゃ、俺らだって物を買ったり食ったりするからな」
両親の残してくれたお金がどれだけあるのかは知らないけど、口座を開設して外貨預金や投資信託をしておこうと考えた。未成年で稼ぐ手段は限られている。学業に専念するなら複利で稼ぐしか無かった。
「とりあえず口座を作って投資信託をしようと思うんだ」
ハグリッドは僕に同意してくれた。
「そりゃ良い。小鬼は資産運用に長けているからな。今なら1ポンド231円で円高だから為替で儲けられるぞ」
投資信託も買い時が問題だ。高値では掴みたくない。先月はダウが23,291で下がっているけど、買いポジションから始めるチャンスだと僕は思った。これも自立する為に身に付けた知識だ。
僕達は『漏れ鍋』と言うパブに入った。店内では、英国を代表するロックバンド、クイーンのイニュエンドウが流れている。
「大将、いつものやるかい」
店員が陽気に話しかけて来た。ハグリッドは元気になるジュースを毎回、頼んでる常連で、周りの知り合いに挨拶されていた。
「ああ、ハリーも何か飲むか?」
「先に銀行行かない? 僕、今は手持ちが無くて……」
ハグリッドは僕の肩をバシンと叩いた。
「ははは、遠慮するな。ここは俺が奢るよ」
貰える物は貰う。それが貧しさから僕が学んだ事だ。
「じゃあ、レモネードを」
出されたのはサントリーのはちみつレモンと言う物だった。
「じゃあ、ぼちぼち行くとするか」
「うん」
しばらくして僕達は真っ白な建物に入った。小鬼が忙しなく働いていた。
お金を金庫から出して、口座開設や諸々の手続きを終えると制服を買いに行った。
「やぁ、君もホグワーツなのかい」
マダムマルキンの洋装店で、制服の採寸をして貰い待っていると、来店した同い年ぐらいの男の子に話しかけられた。
「うん」
「僕はマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」
それで通じるだろう、と言う態度が言葉の端々から感じ取れた。名士の子供なのだろうか?
挨拶は返しておく。
「僕はハリー・ポッター」
「ほんとかい、君があのポッターなのか!」
マルフォイの態度が豹変した。
「ポッター君、魔法族には家柄と言う物がある。ホグワーツに行けば有象無象が君の名前に引かれてよって来るだろう。つきあい方は僕が教えてあげよう」
「あ、うん。どうもありがとう」
マルフォイが満面の笑みで握手を求めて来たので、何となく手を握ってしまった。
「ではまたホグワーツで会おう」
満足したのか、気取った感じでそう言うとマルフォイは店から出て行った。
「まぁ。あの坊っちゃん、何をしに来たのかしら?」
「多分、僕と同じで制服を買いに来たんじゃないですか?」
しばらくするとマルフォイが戻って来た。
「やぁ、マルフォイ」
話しかけると恥ずかしそうにしていた。そんな顔しても僕は男に興味は無いんだ。
せめて美少女なら良かったのに。
考えてみる。名家のお嬢様でツンデレ。やっぱりツンはいらないわ。
4.地獄の入り口は9と3/4番線
九月一日、キングズ・クロス駅からホグワーツ行特急11時発の鉄道に僕は乗った。
駅のプラットホームで周囲の状況を観察していた僕は同類を確認して、柱に吸い込まれて行く人々の後に続いた。
柱を潜り抜けると機関車が停車していた。今時、機関車とは驚いた。
「うげぇ!」
叫び声が聞こえた。振り向くと、柱の前に立ち止まっていた人を、後から来た人が跳ねた様だ。
「ロン、しっかりしろ!」
双子が弟だろうか、被害者である少年を助け起こしていた。
「ママ、僕……死んじゃうのかな?」
海老反りになって腰を押さえて死にそうな声をあげている。
「大袈裟な子ね。さっさと行きなさい。遅れちゃうわよ」
母親が少年の頭を殴っていた。
柱から通過する時、中の様子が見えないのだから仕方が無い。だがここは一般常識の通じない世界だ。きっと油断は死を招く。もし魔法使いがテロを起こしたら、物理的・心理的混乱でロンドンは滅茶苦茶に成るだろう。僕はまだ見ぬ魔法に恐怖を覚えた。
だからこそ、魔法を覚える事は将来的に成功を得る上でも大きな意味があった。
(錬金術とか出来たら資産家の仲間入りだな)
適当なコンパートメントの空きを見つけて腰かけた。そのうちに機関車の重低音と振動が眠気を誘う。
時間は有限だ。教科書を取り出して読み返していると、女の子が現れた。
「ここ空いてるかしら」
そう言いながらも向かい側の席に腰かけた。それがハーマイオニーとの出会いだった。
彼女が礼儀知らずで無作法なのはこの時、まだ経験の少ない子供だったからだ。
「私、ハーマイオニー・グレンジャー。私の両親はマグルなんだけど、貴方は魔法族?」
唐突な質問だなと思いながら、僕は頷いた。
「うん。だけど両親はぼくがずっと小さい頃に死んじゃったから、孤児院育ちなんだ」
「そうなの……」
話題の選び方に彼女は失敗したと乾いた表情を浮かべた。
僕にとってはもはや、どうでも良い事なんだけどね。気まずい空気を払拭する様に彼女は明るく訊いてきた。
「それで貴方の名前は?」
「ハリー・ポッター」僕は答えた。「よろしく、グレンジャー」
僕の言葉にハーマイオニーは頷いたが、少し考えるような仕草を見せた。
「貴方がポッターなの!」
彼女があれこれと教えてくれた所によると、僕はそれなりに著名人らしい。ゴシップネタ的に。
「沢山の人を殺した悪のテロリスト、ヴォルデモートの襲撃から生き残り、逆に止めを刺した子供って載ってたの」
「ふーん」
現実感が無かった。ある日突然、お前は勇者だと言われた様な物だ。
自覚は無いけどテロリストの親玉を殺ったと言う事は、残党から報復として命を狙われる可能性があった。だからマグルの世界に潜伏していたのか?
その後、質問攻めにあったが、知らない、覚えていないで全部答えてこれ以上、魔法族の質問は止めてくれる様に要請した。
途中、赤毛の兄弟がコンパートメントの空きを探しているのか、僕らの所に来たが、ハーマイオニーのマシンガントークを聞かされていた僕と視線が合うと、そっと扉を閉めて行った。