ネットゲームならではの「変化」をストーリーの中に落とし込み、原作を大事にしながら、自分なりの変化を付けながらも、ゲームの感覚を失わない様に大切にしていきたいです。
10日目 AM 0:50
玲司達が出かけてからどれ程時間が経ったであろうか。と、如月とマツタケが思い始めた頃、ポツリと拠点の地上駐車場を照らすライトの中に一人、影が入り込んできた。
その姿は、イベントなどで見かけるアークスではない一般人であった。そのグラフィックに何ら変化は無いものの、怪我をしたように腕を抑えていた。
「大丈夫ですか!」
まるで指に弾かれた様に動き出したのは如月だった。
レスタを唱えようかとも思ったが、普通のPLとは違いNPCで有る事と、見た目が負傷していない事、HPなどのパラメータ情報が見えない為、躊躇いながら、とりあえず拠点の入り口近くに座らせることにした。
ウルクに治療出来るか尋ねてみたが、PLサイドのNPCデータサーバーにアクセスエラーが出ていて出来ないらしい。本人曰くアクセスが邪魔をされてデータのやり取りが極端に限られた量しか出来ないらしい。
とりあえず、拠点の中に運んで休ませようと思ったが、玲司達に言われた事とウルクもこの状況下で、たとえとはいえ不確定因子を入れない方が良いと止めたので、片隅で休ませる事にした。
そして、それを皮切りに続々とNPC達が助けを求め集まってくる。いつの間にか拠点の駐車場の一角にコロニーが出来上がってしまった。
「どうしましょ・・・」
思わず言葉が如月の口から洩れた。玲司に言われた事を守って誰も拠点の中に入れてはいないが想像以上に人が集まり、座る者、動けず寝ているもの、何やらブツブツと言うもの様々であった。
疲れて一息つきながら、敷地の出入り口を何となく見ると人が一人立っていた。黒いカジュアルジャケットを羽織り、金のネックレス。金髪にサングラスを掛けた青年が、視線は分からないが、値踏みするようにこちらを見ている。
「警戒心・・・が無いわけじゃないか」
面白いと言うような、どこか予想が外れてがっかりしたような、そんな声色で男は呟いた。
そんな、軽い男を見た瞬間、如月とマツタケは武器を構えた。
その男の正体を知っている。だからこそ臨戦態勢をとる。市民達の前に立ち、ウルクに下がるようジェスチャーを取りながら。
「何しに来たです!」
強い口調で如月は男に問いかけた。その手は小刻みに震えている。それはそうだ、玲司に救われ一緒に過ごして2日程だが、その間如月は一度もクエストに出ていない。
玲司に言った「闘うのは怖い」と。その言葉に玲司は言った「怖くて良い、闘えとは言わない」と、だが状況は許してくれなかった。ここで市民を守れなくとも玲司は咎めないだろう。だが、戦いを起こす者がやってきてしまった。
無抵抗なままやられてしまうかもしれない、闘っても相手にダメージを負わせられないかもしれない。グルグルと考えが回る。この時間が永遠に続いてしまうかもしれない。玲司が助けに来る前にやられてしまうかもしれない。
ぐるぐる、グルグル、ぐるぐる、グルグル。
「おや、武器を持ってるのに闘わないのかい?」
男は茶化すように問う。
「まぁ、闘わないで済むならこっちも出資が少なくて良いが、何の成果もないとこの
語尾を強めながらハギトは、パチンと指を鳴らす。
その合図にハギトの後ろに広がる、ビルが作る陰から新たな影が現れた。
それは人に近い姿をしているが、身長は2mを超え顔はあれど首が無く、胸に頭がめり込んでいるような黒いダーカー、ゴルドラーダである。
「!?」
現れたダーカーに如月とマツタケは戦慄が走った。それは敵の姿にではない。
「た・・・すけ、て・・・」
ゴルドラーダの手には子供の頭が鷲掴みにされていた。苦しみながらなんとか、出せた助けを求める声は、少年の命が消えかけている様にも聞こえた。
「こんのおおおおぉぉぉ!」
考えるよりも先にマツタケの体は動いていた。
握っていたダブルセイバーを頭上に振り上げながら、跳びかかる。
振り回す武器の片方の刃をゴルドラーダに向けながら飛び込む。躊躇などない。
『助ける!』
マツタケの心の中には強く、その言葉が響いていた。
飛び込むマツタケの一撃は、深くゴルドラーダの右肩に突き刺さり、そのまま右腕を奪っていた。
奪われた右腕は、赤黒い霧となりながら消えていく。
その勢いを殺せぬまま、マツタケの握ったダブルセイバーは、アスファルトを穿った。
「っのぉおぉ!」
無理やり子供に手を伸ばした瞬間だった。タイミングが噛みあったのか、ゴルドラーダの子供を掴んだ拘束は緩み、そのまま強引に子供を引き寄せた。
子供はマツタケの胸に飛び込むように抱きかかえられると、マツタケとともにゴロゴロと地面を転がった。それは逃げるためと言うよりは、ただ体勢を崩して転げ回った様にも見えた。
だが、そんな中でも一瞬たりとも子供の事は忘れなかった。
転がりながらも、強引に体勢を整えつつ避難者達の方へ子供を突き飛ばした。
「マツタケちゃん!」
如月の叫びが響く。それは身を心配しての叫びの様にも聞こえたが、その言葉が届いた様子もなくマツタケは、ダブルセイバーを捨てながら、拳にフォトンを纏った。マツタケの目に映るのは、ハギトの姿。
マスクで隠れる口、さらに奥に隠される奥歯を噛みしめながら、力の限り
(ハギトは前に出てきても指示だけ、攻撃出来ればきっと逃げる!)
マツタケには確信があった。自分が歩んできた物語で、ハギトのコピーは闘っても本人は直接は闘わない。しかも、ハギトの今の恰好は使徒の衣装だ。コピーならば軍服である。ならば偽物でないと確信がある。
拳が熱く燃えるように感じる。集まるフォトンが力となり渦巻くのを感じる。
―――一撃
全てが纏まった最高の一撃になるのを感じた。
―――ゴッ
鈍い音が響いた。
振り降ろされたマツタケの拳は、空を切っていた。
体を貫く衝撃に目は大きく開き、呼吸さえ出来ないほどの痛みが思考を奪っていく。体中の力は抜け、驚きとともに状況が少しずつ入り込んでくる。
自分が狙ったハギトを守るように、しかもこちらの視界になるべく入らない位置から青い腕が伸びていた。
腹部にめり込む拳は青いゴルドラーダ、プチドラースのモノだった。痛みを超える衝撃に視界が色を失っていく。何もかもがスローに見える。ただハッキリと分かるのは、ハギトが黒く笑っている事だった。
―――ガッ
力が入らないまま、マツタケの体は上昇していく。喉を掴まれ呼吸が出来ないままプチドラースが高々とマツタケを片腕で掲げている。
「・・・うっ、あ!」
本能がそうさせているのだろう、首に食い込む指を剥がすべく両手を使いながら、隙を作るべく蹴りを見舞う。だが、力の入らない蹴りを涼し気に受けながら万力の様に、徐々に徐々にと首を絞める力を強めていく。
視界が定まらない内に視界が黒く染まっていく、意識がまた擦れていく。
「マスター助けて!」
如月の声は玲司を呼んでいた。
「マツタケさんが、マツタケさんが!」
必死に、必死に玲司を呼び出す。頭の中は何が何だか分からない、ただ必死に叫んだ。
「き・・・さらぎ・・・ちゃん、逃げ・・・て」
今にも失いそうな意識の中でマツタケの口から言葉がポツリと漏れた。
―――キイィン
光の槍が、プチドラースの腕を貫いた。
いや、光の槍ではなく地面には矢が突き刺さっていた。赤い矢羽が対色の青になりながら消えていく。
だが、そのダメージをも解さない様に反対の腕をマツタケに、プチドラースは伸ばした。
「・・・グレン」
マツタケのすぐ近くに影が飛び込んだ。
「・・・テッセン!」
神速の踏み込みから流れるような剛撃がプチドラースの両腕を切り飛ばした。
その剛撃の御蔭で、マツタケはプチドラースの腕から解放される。意識はほんの少し繋がっているが力が戻らない。ただ地面が近づいてきている事だけは認識できる。
「おっと・・・」
マツタケの体を誰かが受け止めた。
ポニーテールの様に束ねられた赤髪が視界に鮮烈に残る。
剛撃を放った影は、プチドラースにとどめを刺すように、切っ先を突き立て、貫くと蹴りを交えながら一瞬で引き抜き、カタナを鞘に納めた。
「危機一髪だったね。お姉さん急いで正解だったよ」
安堵の声が漏れる。その助けに入った人物は、束ねた赤い髪に、オレンジを基調とした無骨なジャケットだがインナーにはフリルがあしらわれた女性らしさも現れた衣装のブレイバー教導NPCであるアザナミであった。
「まったくだ。ウルクと連絡取れなくなったから様子見て来いって言ったシャオの先見は凄いよ」
その声は小さいながらもはっきりと聞こえた。声の響いた方向を追うと、ブラストのチームエリア、駐車場に隣接する少し大きいビルの中層から聞こえていた。
ショートよりは長く、セミロングまでは行かない水色の髪に小柄な少女か弓に矢を番えていた。
「イオー!」
ウルクが喜びの声で少女の名前を呼んだ。
「少々予定と違うが、助けが入るのは想定内だ・・・!」
ハギトが吠えた。その言葉に弾き飛ばされるようにゴルドラーダとプチドラースは動き出す。
プチドラースは腕がない事もいとわず、足を回転エネルギーに任せて鎌の様にアザナミに薙ぎ払いを連続して浴びせにかかり、ゴルドラーダはその体躯からは想像できない跳躍力を見せてイオへ強襲を仕掛けていった。
プチドラースの攻撃のスピードは、アザナミの能力をもってすれば見切るのは容易い事であった。だが、その攻撃の重さに反撃のタイミングが掴めないでいた。
(攻撃自体は大したことない・・・でも、重い・・・)
攻撃を防御で受ける事は出来るが、重い一撃に耐える体勢を取ると受けきると攻撃態勢をとる前に次の一撃が飛んできてしまう。
(私じゃ力が・・・)
システムの干渉でカウンターが取れない事と想像以上に役に立てそうにない自分にアザナミの心は静かに苛立った。
ゴルドラーダと闘うイオはフロアを駆け回っていた。
会社のオフィスをイメージしたであろう、規則正しく並べられた灰色のデスク。その上に並べられたブックスタンドやデスクトップPCモニター達。そのデスクの上を飛び跳ねるように駆け回っている。
そのイオを追い立てるゴルドラーダは、障害物を撥ね飛ばしながら猛進している。シャープボマーの様に体を捻りつつ天井スレスレを器用に激突を躱すように跳ね飛びながらイオは何本も矢を射った。
(マツタケと如月はデータからしても戦闘は期待できない・・・)
背中の矢筒から新しい矢を取り出し番える。まだ引き絞らず部屋の外に飛び出る。ドアを破り抜ける瞬間、矢にフォトンを込めて放つ。その一閃は5本に分裂し散らばった。
(・・・とにかく、時間を!)
駆ける廊下には光の飛び石が進路を示していた。
◇ ◇ ◇
AM 0:53
タウンエリア 戦闘地区
玲司の握る刀は攻撃を受け止めていた。
合成ダーカーの攻撃と良く言えば相殺になった。悪く言えば、受け止めるのでやっとであった。
―――ギィン
刀で槌を弾きながら距離を空ける。
「ッチ!」
自然と舌打ちが漏れる。
敵の懐は深い上に、力も強い。隙を突いて肉迫してもその力で玲司の大男という体躯であっても軽々と弾き飛ばされてしまうのであった。加えて、先の如月からの通信も玲司の焦りを煽るのであった。
カタナを鞘に収めながら次の攻撃を準備する。
玲司の視界は敵を見ながらも、メニューウィンドウを開き、コスチュームウィンドウを覗いている。視覚と思考の一部を強引に突破する事を考え始めていた。
『・・・玲司』
ランチャーで雑魚ダーカーを薙ぎ払いながら、菊花は玲司に
弾丸を発射する度に轟音が鳴るランチャー、その音に声が掻き消されない為の配慮である。弾丸をPAで速射しながら相手が近づけないようにしつつも、爆風で次々に仕留めていく。
『雑魚を散らしたらデカいのは俺が引き受ける。お前は如月達のとこに行け!』
その言葉を受けながら、玲司は神速の連撃を合成ダーカーに見舞う。だが、その攻撃は全然ダメージを与えられず、ダーカーの強固な外皮を叩き、甲高い音を立てるのみであった。
「ですけど・・・コイツを一人で相手するなんて・・・」
ダーカーの振り上げられた腕が、玲司を叩き潰すように振り下ろされる。それを刀で受け流しつつ反撃の隙を逃さないように視線を外さない。「イケるか?」と柄に手を掛けたところであった。ダーカーがこちらに手を向けている。爪を開き掌であろう部分を向けていると思った瞬間だった。
―――ッゴ
物凄い勢いで掌だけが距離を詰めてきた。
「―――っなろ!」
突然の事に口から言葉が漏れつつも、無意識に玲司は体を捻った。無理やり弾道から体を逃がしつつもまだ激突コースに入っている。
「―――んん!」
体の回転よりも速く、足が動く。
―――ッガ
ダーカーの手を強引に蹴り抜く。
その一撃でわずかに変わった軌道に体をさらに強引に捻りねじ込む。
それで何とか攻撃を躱す事に成功した。玲司の直ぐ後方で大きな激突音が響く。
攻撃よりも回避、その単語が頭の中に響き、距離を空ける。安全圏まで逃げたと思った時、飛ばされた片手が「ガチン」と音を立ててもと有った場所に収まった。
「ッチ!」
また、玲司は舌打ちした。
切羽をゆっくりと抜ながら刀の柄に右手を当てる。腰を落とし溜を作る。
『行けぇ!』
菊花の強い声が、玲司の鼓膜を強く震わす。その言葉に弾かれるように玲司は合成ダーカーに猛進を仕掛ける。姿がまるで幻の様にアスファルトを蹴った瞬間に消える。
「!?」
消えた玲司の姿に一瞬ダーカーも驚いたが、すぐにPLの使う技、PAだと理解する。ならば攻撃の手は決まっていると言わんばかりに片腕を振りかぶる。
ダーカーの目の前に玲司が再び姿を現す、瞬間巨大な杭が火薬で打ち出されるようなスピードでダーカーの腕は振るわれる。
だが、その姿は攻撃をせず再び消えた。まるで残像を残すように、色が糸を引いて垂直に伸びる。
頭上に鞘を掲げながら、重力を味方につけた一撃を玲司は見舞う体勢に入っていた。鞘から抜けた切羽の先、刀身が、根元が解き放たれる。
「!!」
強引にダーカーは腕の軌道を変える。ストレートの軌道を強引にアッパーに変える。だが、軌跡を一瞬にして理解するこのままでは当たらないと。
―――ガチン
鉄球が射出される。強引に射出されたそれは棍と鉄球を繋ぐワイヤーを巻き込みながら、まるで超重量を持った丸鋸の様に玲司を襲う。
―――ギャリン
甲高いのか重いのか分からない金属音が鳴り響いた。
重量と衝撃に吹き飛ばされた玲司の体は宙を舞っていた。まるでホームランの弧を描く野球ボールの様に。
「玲司君!」
「玲司さん!」
パティエンティアの2人がほぼ同時に叫んだ。
―――ガシャァン
ビルの窓ガラスを突き破り玲司の体は、天井に強打すると跳ね返り床を小さく跳ねてからゴロゴロと転がる。
「このまま、向こうに行きます」
何とか玲司は立ち上がり、掛けながら手短にwisを飛ばすとアイテムパックから
「健闘を祈る」
短く菊花は答えた。
視界に映るミニマップから玲司のアイコンが消え、パーティメンバーの名前の表示も消える。それを確認するとランチャーをフォトンへと返した。
「ふーっ」
一つ大きく息を吐いた。攻撃も思考も止めて気持ちを落ち着ける。軽く目を閉じゆっくりと開ける。ステータスウィンドウを開き装備欄、その中でもコスチューム欄から迷彩アイテムをセットする。
菊花の手にフォトンを凝縮しながら武装が顕現される。
長く細い青の鞘に、緑色の柄を持つ刀が顕現する。その刀を召喚した途端、菊花を渦巻く様に霧が発生する・・・いや、霧とは違いその白い靄は周りの温度を急激に奪っていた。
「・・・行くぞ、ユキアネサ!」
鞘から放たれたユキアネサは、薄く美しく輝きを放っていた。
◇ ◇ ◇
AM 01:03
Blast!! 拠点屋外駐車場
マツタケは膝をついて荒く呼吸をしていた。
激しく出入りする酸素と二酸化炭素に呼応するように、肩が大きく上下に揺れながら、プチドラースと闘うアザナミを見ていた。
アザナミの仕掛ける攻撃はどれも鋭かった。だが、それを受け止めるプチドラースの体躯は鈍い音を立てながらそれを受け止めていた。1・・・4・・・9・・・アザナミの攻撃は次から次へと繰り出されているが、決定打にならない。ダメージを叩き出せたのは不意打ちで有ったから。と言えるほどかマツタケが干渉していたから現状のアザナミは、その断続的に繰り出す攻撃でスタミナがどんどん使われていくのを示す様に汗を流していた。
「こっんのぉ!」
―――ギィイン
繰り出す渾身の一撃さえ、先から弾かれてしまっている。
アザナミ自身は足止めは出来ても倒すまでには至らない、自分に掛けられた
「―――っくそ!」
悪態を吐きながら、アザナミとプチドラースの戦闘区域の近くに黒い影が割り込んできた。その陰の主はイオだ。
闘う
ゴルドラーダに追いかけられながら何度も弓を引き絞ったが、その攻撃のどれもが、まるで壁に
鬼ごっこを繰り広げていたビルの内部では埒が明かないと思い、こちらに飛び出してきたは良いが、頼りの
―――ダン
とイオの影を追いかけてゴルドラーダが着地した。
―――最悪だ
2人の頭の中を過る言葉は同じであった。
頼りにしていた先輩も苦戦を強いられ、自分の考えがそこまで至らなかった
戦いに勝てずとも時間稼ぎなら後輩と共になら、それ位楽に出来ると思っていた
2体のモンスターは会話するように、まるで喉を鳴らす鳥の様な「クルルル・・・」という音を出しながら頭を右往左往させていた。
「グルルルル・・・」
その会話に割って入るように、低い唸り声のような音が響いた。
「なっ!?」
「うそ、だろ?」
2人のアークスの声も顔も同様を隠していなかった。
闇の中から、赤と黒の色を纏ったゴルドラーダがが現れた。より黒くなった甲殻に、金縁が赤に変わっている、世壊種
ユグルドラーダ
が、闇の中から染み出る様に現れたのだ。
「イオ!下がり・・・」
アザナミの
アザナミの声を訊いた瞬間、イオが目配せするとその光景に凍り付くしかなかった。アザナミの首にユグルドラーダの指が食い込み、乾いた咳にも似た声が漏れ、苦悶に歪む顔だが、脱出を図るべく、両手は指を力の限り握り足は蹴りを見舞っていた。
しかし、それも無意味と言わんばかりに、ユグルドラーダの体は微動だにしていない。
「くそっ!」
短くイオが言葉を吐き捨てる。
吐き捨てた言葉が完全に消えるよりも早く、弓に矢を番え放つ。
光となって駆ける矢はアザナミを捕える腕に喰らいつく。しかし、その矢は簡単に弾かれ地に落ちると
パラメータが違いすぎる。
その事実だけが頭の中を過った。
ユグルドラーダは見せつける様に拘束したアザナミを掲げ、それをまるで面白がるように「クルルルル」とゴルドラーダとプチドラースは鳴き声を上げている。
―――ズガッ
鈍い音がユグルドラーダを襲った。
それは、ユグルドラーダの腰のあたりを
「・・・放すです!放すです!」
瞳に涙を浮かべ、渾身の力で振るわれる攻撃。だが、それも堪えている様子はなかった。
「・・・無駄だよ」
冷たく
「君たちの攻撃を考慮してパラメータを弄ってるんだ。そんなただ殴るだけならビクともしないよ?」
嘲笑うのを我慢するように、言葉を続ける。
「・・・なら、全力なら良いんだな?」
男の声が響いた瞬間だった。
ユグルドラーダですら気づくのでやっとであっただろう。まるで光の槍であった。青白い光の槍がユグルドラーダをとらえ貫いたのだ。しかも、貫く瞬間誰もが行動がとれないまま一瞬止まった様に感じ、認識できた瞬間に貫いたのだ。
その槍は、ユグルドラーダの上半身を半分掻き消し、その拍子にアザナミの拘束も解け、強か尻餅を打った。
「がっは、げほえほ・・・」
やっと取り込む事の出来た空気をふんだんに取り込みながら、アザナミは咳き込んだ。
「アザナミさんっ!」
解放されたアザナミに即座にイオが駆け寄り、肩を抱きながら安全圏に誘導する。ウルクがいるBlastのベースの方へと。
「どこからの攻撃だ!?」
光の槍の貫いた角度から、大雑把な位置を推測し、ハギトはその方向を見やる。
いくら管理された都市だからとは言え、建物のエアポケットにあるBlastのベースは漆黒に包まれている。今ある明かりは、ベースから漏れるわずかな光と、駐車場を照らす高出力ライト程度なのだ、周りの高いビルの上など輪郭は外側からの光で何とか分かっても、その細かい部分まで見るのには光量はまったく足りなかった。
「マザー、エーテル干渉で光源を!」
耳に手を当てつつ、ハギトはマザーへ通信した。その言葉を受けて、闇夜が昼間のような完璧な明るさではないが、どこか幻想的で暗いながらも周囲のモノがハッキリと認識できるように明るくなる。
「こっち側はシステムの半分を握っているんだこの程度の芸当・・・」
雄弁と語るハギトは思わず沈黙する。その言葉で相手の威勢を挫くように語っていたのに、言葉が詰まってしまう。
「明かりをくれてありがとよ、あんま暗いと俺のイケメンが見えないからな?」
先ほどまでイオが闘っていたビルの屋上。フェンスを越えた縁に人影が4つ並んでいた。その内の一つは言わずもがな玲司であった。その手には大きな機械でできたキャノン砲の様な武器を持っている。
「あのぅ・・・イケメンは認めますけど、結局作られた容姿だから誰にでも当てはまっちゃうんじゃないかなぁ?かなぁ?って私は思っちゃうんですけど、余計なお世話というか考えでしたかね?」
その隣に立つロングヘアに白と青を基調とした衣装を纏いメリハリのついたボディラインの少女は申し訳なさそうに、でもはたから聞いても突っ込まなくてもいいと思うほど余計な突っ込みを入れながら玲司に尋ねるようにツッコミを入れていた。
「うっさいコオリ!玲司さんだって
と、余計なツッコミをするコオリを抑えつつ、アザナミに似たようなポニーテールの赤と白の衣装を纏った少女はツッコミを入れる。
「黙れ女共、せっかくの登場が台無しじゃねぇか、な?玲司」
そんな鋭い切り口のツッコミを入れるのは、迷彩パターンの入ったマントとアサルトスーツを纏い、現実にありそうなアサルトライフルを握った少年であった。
「ありがと、エンガおかげで凄く恥ずかしい」
そんな、やり取りをしていても玲司とエンガの表情はまるで彫刻の様に眉ひとつ動いてはいなかった。まるでゴルゴンを思わせる視線は本当に石化してしまうのではないかと錯覚させるほどの殺意と逃げる隙を微塵もないと言わんばかりの力が籠っていた。
「さて、ちょいと締まらないが、ハギト。お前さんの手駒毎引き上げるか、手駒置いて逃げるなら見逃してやる。選べ」
その大きな武器を構えながら告げる玲司に、ハギトは思わず半歩後退ってしまった。人間が持つ感情と迫力に、彼は本当に恐怖を覚えたのだった。
「君は仲間と一緒に釘付けにした上に、こっちに来るなら仲間を呼ぶ暇なんてなかったはず・・・」
玲司の連れてきた
「それは、僕という
纏いの隣にエーテルとフォトンが集まり形作る。その姿は幼い子供だが、纏う衣装はDFのソレを模したようなデザインをしていた。ダークファルスの因子とエーテルの因子を含み生まれた存在。
「・・・アル」
苦虫を噛み潰したように、低く唸るように、少年の名前をハギトは呼んだ。最初に出会ったのはイレギュラーによりヒツギが起こした事件から生まれたアルの奪取だった。あの時は彼を拘束し連れ帰るだけの簡単な仕事だった。そこに邪魔する要因としてアークスがやってきた。それから彼の実績にはケチがつきっぱなしだった。そして今もまた。
「で?どうするんだよYMTコーポの社長さん?」
回りくどい、バックグラウンドとしての設定を持ち出しながら玲司は再度尋ねた。
「あの時は
ハギトの魂が籠った咆哮が響く。その言葉に玲司の眉がピクリと動いた。
「なら、惨敗をくれてやるよ!」
ビルから玲司が飛び降りると共に、他の3人も行動を開始する。
玲司は着地すると間も置かず少しでもバランスを崩せば倒れそうなほど前傾姿勢でユグルドラーダに向かって駆け出す。そのダッシュに呼応する様に甲高い、ジェットエンジン音の様な音が鳴る。
ヒツギたちは如月やアザナミたちを守るように壁となり、陣を形成する。
如月とマツタケの目に映るのは見知った姿でありながら、まるで勇者の姿であった。
◇ ◇ ◇
AM 01:01
市街地 戦闘エリア
菊花とパティエンティアが戦闘しているエリアに変化が訪れていた。場所は変わっていないものの、あたり一面は真白に染まっている。アスファルトや街灯の根元は凍り付き、管理されたこの世界の中では空に映る雲はあっても本物の雲はない。それこそ雨が降る時も雲はないのに、雪が降り注いでいた。いや、菊花に一定距離近づいた瞬間に生まれていると言っても良いだろう。
その氷の世界を作り出しているであろう菊花を見ながら、パティエンティアの2人は自分の肩を抱き吐き出す息は白い靄となりながら、『ガチガチ』と寒さから歯を鳴らしていた。
当の菊花は一振りの刀を鞘に納め握りながら、ダーカーを・・・いや、氷漬けになったダーカーをつまらなさそうに見ていた。
「あんまり力に頼るのは良くないけど・・・使わせるのはお前らだからな・・・」
苦しそうに、どこか納得のいかないように、菊花は言葉を漏らしている。その言葉を聞きながらティアは胸が何かに締め付けられるような気がした。
足掻いている。
必死に
自分たちが放り込まれた理不尽に
足掻いている。
そう感じ取れた。
この感覚を、本物の感情があれば苦しみだけではなく悲しみと感じるのだろうと、ティアは思った。
もし、本当の感情があれば泣けるのであろうか?目の前で戦う人の苦しみを肩代わりできなくとも、その人の心を理解して涙を流せるのであろうか?そう考えてしまう。
「う~・・・寒いよぅ!ティアフォイエでも使って温めてよぅ!」
何とも子供染みた双子の姉のよく言えば無邪気、悪く言えば考え無し、な刹那的な短絡思考の声が聞こえてくる。
うるさい
情緒的な感覚がない姉だって多少は静かに、いや言葉を失ってしばらくは黙ってて欲しいものだと、先の感情を返せと言いたくなってくる。
「こんのぉバカ姉は・・・」
わなわなと怒りが込み上げて来ると同時に呆れも首をもたげてくる。
いっそ
「・・・ ・・・」
一つ細く菊花は息を吐いた。その息も白く凍て付きながら、細く長く伸びていく。
―――パチン
いつの間にか刀の柄に手を当てていた菊花が振り返っていた。謎の破裂というか金属というかというどっちとも付かずという音を立てて。
「さて、玲司のとこに行こうか」
刀を納刀位置に納めながら、菊花は優しく声を2人にかけた。いつもの調子で、いつもと変わらず。
「え?いいの?」
「あそこにまだ、ダーカーが・・・」
氷漬けになったままのダーカーを見ながら、パティエンティアの2人は腑に落ちない様子だった。
「あぁ・・・」
何かに気付くような口調で、菊花は短く声を漏らした。
「アイツはもう倒した」
どこか寂しそうというか、呆れたというか、喜びよりも悲しみに近いような声色で菊花は告げた。
その言葉が放たれるとほぼ同時だっただろう。
―――ズダン
ダーカーの胴が真っ二つに割れ、粉々に砕け散った。
その体躯を覆っていた氷だけを残し、真白の雪が降る中に真黒な雪が昇っていく。その光景は幻想的でもありながら、パティエンティアは人間にどこか得体のしれない恐怖に近いものを感じた。
◇ ◇ ◇
ほぼ同時刻
Blast!! 拠点屋外駐車場
―――キイィィィィン
とジェット音に近い音を立てて駆ける玲司。その姿勢は倒れそうなほど前のめりで、武器もまるで騎士が突撃槍を構える様にも見える。そんな奇怪な進撃をダーカーたちは守りを固めることで迎え撃とうとする。
仁王立ちにになりながら、両手を軽く前に出している。プロレスラーの組み合い直前の姿勢にも似た構えを取りながら、玲司を待ち受けている。
玲司のとダーカーの距離は瞬く間に近づく、10m未満になる。もう真正面から激突するのかと思った瞬間、玲司の武器から光弾が発射される。それは先ほど見た光の槍とは違ったが、圧縮されたような光弾がダーカー達の目前で地面に激突した。
外れたか?
敵も味方もそう思った。実際のところダーカーに当たらず地面に会ったっては攻撃は失敗したのだ。と、そう誰もが思う。
だが、それは故意だと直ぐに気付いた。
地面に当たった光弾はまるで閃光弾の様に強い光を発し、玲司の姿を一瞬眩ませたのだ。その隙に玲司はダーカー達の間を潜り抜けていた。ハギトを目掛けて攻撃するかと思われたのだが、すり抜けて2m程距離を開けたところで反転していた。
「避け・・・」
ハギトが叫んでいた。それは自分の為ではなくダーカー達に向けてのモノだった。首を傾げるような仕草で「何のことだ」と考えたのだろう辺りを各々が違う方向に首を向けた瞬間
―――ドバァン
青白いドーム型の爆発光がダーカー達を中心に呑み込んだ。眩い光が視界をも奪っていく。ハギトが微かに見える玲司の影は武器を振り被っていた。
右腕に握った武器を左手で支えながら左肩に担ぐように振り被る。グリップを握る手に力が籠る。強く強く握るほど刃に光が貯えられる。そして光は巨大な刃に姿を変えている。
爆発が収まっていく、ダーカー達の外皮の表面から煙が昇っている。焦げる匂いを巻き上げながら、何とか原型が保てたと言うべきか、ダーカー達の動きは虫の息と言うにも等しい様に見える。
「ソード・フリーケンシー!」
玲司が強く静かに言葉を放った。
言葉と連動する様に玲司は武器で虚空を切り払った。武器が光の軌跡を描くと共に虚空に光の刃を形成し矢のように飛んだ。それはダーカーをすり抜ける様に、接触したはずなのに何事もなかった様に抜けると霧散した。
そして、
―――ぐらり
とダーカー達が揺れたかと思うと
―――ドガ
と衝突音を立てて上半身がずり落ちた。真っ二つになったソレは闇色のフォトンを撒き散らしながら消えていく。
「まったく、馬鹿げた力だよね?それはさ・・・」
呆れと焦りが入り混じった様な声でハギトは呟いた。目の前にいるアークスは自分の知るモノではない。ましてやあんな武器を使ってもあんな能力は持っていない。馬鹿げた改変をアイツらはしたものだ。と心の中で静かに毒づいた。
その言葉に気付いた様にゆっくりと玲司が振り向いた。その顔の半分は仮面で隠れて見えないが、怒りが近いだろうか。無表情に近い顔でハギトを睨むでもなく見つめていた。
「だいたい、あんたストーリー終わってからこっちの味方じゃないの!」
その言葉にまるで後ろから小突かれた様に玲司は猫背になった。先までの表情から一変し間抜けにも思えるきょとんとした表情で振り返っていた。
その視線の先には単純に怒るというよりは、ブスっとした様子のヒツギが居た。
「それはおまけ話だろ!僕はこの世界の存在としては敵なんだ!」
何とも子供じみた言い争いのテンションでハギトは怒鳴るように返していた。そんな2人のやり取りに少々、いやかなり玲司の緊張感というかテンションは下がっていく。
そんなやり取りをかぶりを振って意識の外に追いやる。残ってるのはハギトのみ。戦闘能力が有ろうが無かろうがそんな事構うものかと、武器を突き立てる。
―――ギイィィイン
激しくぶつかり合う金属音。その先にはマザークラスタの幻想使徒礼装にも似ている衣装を身に纏う人物が、黒に近い赤を基調とした一振りの剣で玲司の攻撃を受け止めていた。
「なっ!?」
思わず玲司はバックステップを踏み距離を開けた。
その突如現れた人物を注視しながら様子を探る。衣装は先に述べた通りだが、その衣装は黒を基調としていて、まるでマザークラスタにいた時のコオリの様に、フードを目深に被って顔は見えなかった。
だが、武器の方は判別が付く。赤黒い刀身に鳥の羽のような飾りが付いた漆黒の鞘。ダールゼントウだ。
警戒を強めながら玲司はグリップを握りなおす。表情が見えず正体も読めない。だが、武器を見る限りこちら側と同じNPCの装備ではなく普通の武器、それがどうにも玲司には腑に落ちなかった。今まで出てきたNPCの武器でソレを装備している者は居ない。ましてや設定を弄ってまで装備するメリットが全く感じられない。
もしかしたら、「こっちの設定に引っ張られてステータスがおかしくなってしまう可能性だってあるのではないか?」と相手の正体が掴めない事に逡巡する。
「玲司!」
心配してか、どんな思惑が有ってかは分からない。だが、その短い名前を呼ぶエンガの声に玲司は「ハッ」とし弾かれた様に飛び上がる。
視界に映るタイマーは残り時間は僅かだと伝えている。最大の攻撃に掛けるしかない。相討ちでも良い。退ける要因になればそれで良いと賭ける。
全身をバネの様に使い高く舞い上がり、武器を足元に滑り込ませる。ブレードはまるで元からそうであったかの様にサーフボード状に形を変えて玲司をその身に乗せる。そしてまるでジェットエンジンの様なフォトンの光を上げて空中を駆ける。
「MARZ戦闘指導要綱18番一撃必殺!」
空を切り裂くその攻撃は黒い男を真っ直ぐに捉えていた。攻撃が届くまで1秒もない、そんな距離で男はカタナを仕舞うと、その右腕に鉛色の球体が浮かんでいた。
大きさはハンドボール程であった。
『!?』
その現れた武器に、玲司とマツタケは戦慄が走った。
拙い。
その単語が2人の頭の中に浮かぶ。だが、玲司の攻撃は既に詰めの部分だ。しかも如何足掻こうとも攻撃は命中する。それ自体は悪くない。それでもだ。
玲司は自分の体重のすべてを支えの主柱としている左足に掛ける。体重だけではない渾身の力を籠めバランスを崩そうとも・・・いや、崩れた方が良いとさえ思う程に。
だが、わずかに切っ先が上に向いた程度だった。
―――ずぶり
と、切っ先が男の胴にめり込んだ。
如月は玲司の勝利を確信した。
ウルクは喜びに強く拳を握りしめた。
―――どしゃ
と、地面に伏したのは玲司の方であった。
何が起こったのかは理解出来なかったが、玲司は地面に伏し、男の方がいつの間という程の隙間もなかったはずなのに、拳を振りぬく形で立っていた。
そして、甲高い音を立てながら男の使った武器は、砕け鉛色のかけらになっていった。それは使命を果たして満足したかのようにも見えた。
「なんです!あれは!?」
如月の叫びが響いた。
それはそうだ、どう見たって攻撃は玲司の方が先だったのに、いつの間にか結果が入れ替わっているのだ。何が起こったのか全く理解出来ないという言葉の代わりに出たような如月の叫びにマツタケは、理解できるが故に冷や汗を流した。
「フラガラッハ・・・アンサラーですよ・・・」
とても重く、全てに注意を払うようにマツタケは恐る恐る言葉を紡いだ。
「あれは、言うなれば後出しジャンケンをする武器・・・。攻撃力は然程じゃないけど結果を書き換えてしまう恐ろしい武器なんですよ・・・」
倒れた玲司を見つめながら、ゆっくりとマツタケは戦闘態勢を取った。
如月が戦えない事はここ暫く共に過ごしたから知っている。自分だって出来れば戦いたくない。でも、自分を受け入れてくれてこの牢獄からの出口を探す彼らの為に自分が出来ることは、いざという時に恐怖を押し殺して無様に負けても時間を稼ぐ事。と言い聞かせながら逃げ出したい気持ちを抑え込む。
男は再びカタナを取り出して構える。
空気が凍り付く。マツタケと男がにらみ合いが続く。表情の見えない相手に、力で負けても最低玲司を逃がせる時間は稼いでみせると、心に固く決意する。
―――ダ、ダ、ダン
マツタケの足元に3つ、穴が穿たれる。その穴からは細い煙が立ち昇っている。
「無理すんなマツタケ!」
その声はビルの上からだった。持っている銃は専用のモノではないが、ビルの屋上で狙撃態勢を取ったエンガのものであった。
「貴方は玲司を連れて下がって!」
「そーそー、私達がなんとか退けて見せるから」
そう言いながらヒツギとコオリがマツタケの前に立ちはだかる。
睨みあいがまた始まる。と思われた瞬間、男は刀を鞘に納めた。他の武器を取り出すのでは?と思われたがそのまま背中を向けてハギトの方へと歩き出す。
「待て!」
声を上げたのはヒツギだった。
「何を考えてるの!」
逃げることは許さない。というニュアンスを含ませて男に声をかける。
「止めようよヒツギちゃん。どっか行っちゃおうとしてるんだし放っとこうよ」
及び腰な態度でコオリはヒツギを止めに入っている。
そんなコオリに「うっさい!」と怒鳴りながらツッコミを入れるヒツギ達は、はたから見ればどつき漫才のようでもある。そんな光景に呆気に取られているのか、男の動きが止まっている。
「・・・ ・・・。」
一つ大きなため息をついて、男は柄に這わせていた手を離した。興が削がれたと言うように、
―――ダダン
炸裂音が遠くで響いた。
聞こえた音とほぼ同時に男の体がよろける。
「ちっ・・・浅いか?」
空っぽのビルを一つ隔てて菊花は毒を吐いた。
窓ガラスを飛び越し辛うじて窓ガラスの枠ギリギリから、何とか見えた男の頭の端に弾丸を何とか打ち込んだのであった。男がよろけた瞬間もう一度弾丸を撃ち込んでやろうかと思ったが、ビルの完全な影に入ってしまった事に苛立ちを感じながら、狙撃姿勢を解除して移動へとシフトしようとしていた。
そんな現場にいたマツタケと如月は男の顔が見えた。いや、見えてしまったと言うべきであろうか?
マツタケは直感的にPLだという事を理解したが、如月はその男に衝撃を受けた。心臓がまるで何かに鷲掴みされた様に締め付けられたような感覚が襲ってきたかと思えば、血管に直接氷を入れられたように悪寒が体中を駆け巡った。
「くっ!」
男は短く、苦い声を漏らすと目深にフードを被り直す。そして、そのまま強引にハギトの首を掴み、大きく跳躍して離脱していった。「んなぁあぁあぁぁ・・・!」と何とも情けないハギトの絶叫を残して襲撃者は消えてしまった。
まるで、悪夢か嵐かという程に静まり帰った、Blast!!拠点の駐車場。聞こえるのは一般人NPC達の安堵と困惑の混じる声だった。
「マスター!」
「玲司さんっ!」
ざわめきを引裂くように、如月とマツタケは叫びながら玲司に駆け寄る。
「・・・ ・・・」
反応は無い。目を閉じたままの玲司は意識を失っている様だった。肌の色は血を失ったように白くはなっていないが、ピクリとも動かない様子から気絶だとは思うが、先の様に目を開けている事が心配する二人を嫌に心をかき乱した。
『みんな、この声はこちらから一方的に流している!』
男の、酒井の声が町中・・・いや、サーバー中に流された。空や其処らじゅうの壁に「SOUND Only」と通信ウィンドウが展開される。
『君たちの為に今打てる手を打った。頼む・・・こんな事しか出来ない僕らを許さなくていい・・・無事に、無事に帰ってきてくれ!』
通信ウィンドウが閉じると、全プレイヤー・・・いや、チームリーダーを起点として空中に転送ゲートのリングが開く。
そして、そこから一人の少女が放り出された。
それは現実からの贈り物だった、希望の使者になる事を願って。
リアル/ゲーム
名前 篠田 正俊 / ジャオン・レイヴズ
性別 男 / 男
身長 177 / 185cm
体重 56 / 72kg
メインクラス BrFi
カンストクラス Hu、Fi、Ra、Gu、Te、Br、Bo、Su
Ep2からのプレイヤー。
ビジュアル的にはクールな印象を受けるが、とてもフレンドリーで言葉の端々いつもにこやかな印象を受ける。
デューマンで鋭い眼光を持つキャラなのだが、その見た目と性格のギャップからフレンドからは見た目と性格が違うことを長い付き合いのものから弄られてたりする。