PSO2 Extend TRIGGER   作:玲司

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久々の投稿となります。

忘れてられなければいいなぁ(笑)


PHASE3 「影」

9日目 AM 7:02

 

 

「・・・ん」

眠りから覚醒した私は、寝転がったままぼやける視界を鮮明にする為に目を擦った。それはいつもの癖で、本当は擦らない方が良い事は知っている。だけど、染みついてしまっているモノは仕方がない。と思いながら次第に鮮明になる視覚は、私が見た事もない天井を映し出した。

 

「・・・まだ、帰れてないんだ」

 

ポツリと呟く。本物とほぼ同じ質感の知らない天井を見て、起きたばかりだから目を閉じてしまうのは容易いが、なんとなく嫌になって手の甲で視界を塞ぎながら、重くため息を吐いてしまう。

 

この世界に来てから9日。救出されてからは2日目になる。目が覚める度に現実に帰れたのかを確認してしまう。

 

「帰りたい・・・」

 

ポツリと自然に口から毀れた言葉。ゆっくりと咀嚼(そしゃく)する様に毀れた言葉を自覚すると、自然と涙が毀れ落ちてしまう。輪郭をなぞって伝う涙の感覚でさえ再現しているこの世界。取り残されたPLの生活でのストレスをなるべく感じさせない為、極限まで現実と同じ感覚にするために拡張された感覚が、逆に非現実を実感させる。

 

「まぁ、感傷に浸りたいのは俺も一緒なんだけど・・・」

 

その言葉に「ハッ」として如月は飛び起きる。耳元で聞こえた言葉の主から少しでも離れる為に、体を起こして。胸元を毛布で隠しながら。青い顔を少しでも知られまいと俯き長めの前髪で表情を見られない様にしながら。

 

「潜り込む事自体は構わないけど、もう少し色々と自覚しないと」

 

流れる青髪の男は少々困ったような表情をしながら、布団変わりのマットの上で寝転がっていた。いつもは鬼の半面を付けた頼れる人が。

 

チームでも個人でも今はPL用のルームが使えない今、本来はこうしてPLが立ち入れないイベント専用で用意されているメディカルルームを即席の寝床として借りている。そんな中で雑魚寝していて、マスターは部屋の隅でいつも寝ている。

もしかしたら、マスターがいたずらでもしているのかと思い首の動きは最小限で、なるべく瞳を動かして部屋の状況を確認するが、マスターはテリトリーから出ていない事が窺える。

 

「す・・・すみません」

 

消える様なか細い声で如月は謝った。体にきつく毛布を巻きながら、恥ずかしいのか悲しいのか、よく解らなくなってしまった心と顔を誤魔化す様に、さらに俯き逸らしながら。

 

「まぁ、良いけど・・・今度は容赦しないからね?」

 

にっこりとさわやかな笑顔を浮かべる玲司。これでだらしない寝間着姿でなければ騙される女性も多いだろう。

 

だが、今の如月の頭にそんな事は無く、「・・・何を?」と思わず、恐る恐る聞いてしまう。

 

「あらぁ、私だって男よ?そら、エッチな事をするに・・・」

 

 

―――バッチ~~ン

 

 

とてもいい音が鳴った。炸裂音に近いそれは、玲司の左頬に綺麗な手形を作っている。その出来事に驚いたのか玲司はきょとんとしたまま、目をパチクリとさせている。

 

「ばかぁっ!」

 

と、その一言だけを残して如月は、部屋を飛び出して行ってしまった。

 

ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、玲司はのっそりと起き上がる。何もない空間から煙管を取り出すと、口に咥えて火皿をゆっくりと明滅させる。現実で煙草など吸わないのであるが、まるで愛煙家の様な慣れた手つきで、口から煙管を外しながら煙を吹くように、細くため息を吐いた。

 

「・・・」

 

ガシガシと頭を掻きながら玲司は、メニューウインドウをモーションなしで呼び出し、時間を確認する。今は午前7時を過ぎた事をデジタル時計が知らせている。

 

「全く・・・怒られても今のは仕方ないからな」

 

呆れた様な声が聞こえて来た。流石に寝るのには邪魔だったのか、龍の翼を外した菊花がこちらを見ていた。メリハリの付いた艶美なスタイルを隠すでもないその様子は、飾り気のないベーシックインナーを纏って最低限隠せれば良いと言う様な状態である。

 

そして、彼はメニューを呼び出して煙管を取り出すと口に咥え吹かし始めた。

 

傍から見れば、時代劇に登場する花魁が煙管を吹かすワンシーンにも見えるが、それとはかけ離れた龍の角に、見た目と中身の性別が違うためか、妙にその姿に色っぽさを感じられない。

 

「再発防止と少しでも元気になればと思いましてね」

 

指先で煙管を遊びながら玲司は答える。玲司と菊花の2人はストレスをエネミーに向ければ良いが、この状態になってからクエストに出かけられない如月は、ストレスと恐怖に押し潰されそうな表情を時折見せている。そんな事を一瞬でも忘れられればと思い言ってみたが、想像以上に余裕がなかった事に玲司は内心驚いている。

 

「ユーモアと余裕は要ると思うが、タイミングが悪いな」

 

怒りとは違う、叱る上で熱ではなく冷で窘める様に菊花は玲司言葉掛ける。その言葉に当然と言えばそうだが、玲司は「むぅ・・・」と小さく唸り難しそうな顔をする。

 

「今、如月さんが飛び出ていったんですけど、何があったんですか!?」

 

白いナース服にナースキャップ。赤に近いピンクのソバージュヘアのメディカルスタッフ、フィリアが、如月に声を掛けられなかったのか、理由を聞くまでは到らなかったのか、玲司達の下まで慌ててやって来た。

 

「無神経なマスターが、冗談のつもりで無神経な事言って飛び出てっちゃったのよ」

 

嫌味100%と言うくらいの口調で菊花がフィリアに簡単に状況を説明する。

 

その言葉に、フィリアは驚いたあと、無言のまま玲司にとても鋭い視線を浴びせた。その視線に玲司は一瞬たじろぎはしたが、「りょーかい・・・様子見つつ迎えに行ってきますわ」と一言残すと玲司はフィリアから本格的な説教の始まるまえに、足早に事代衣装の上着を小脇に抱えて玲司は部屋からそそくさと出ていく。

 

「・・・まったく」

 

やれやれと言った様子でフィリアは一つ大きなため息を吐いた。その様子を見ながら菊花は苦笑し、もう一度煙管を吹かす。

そして、大きく息を吐きながら、いまだに横になっているキャストの方を見やった。

 

「ま、多少は性格把握してるけど・・・期待通りの展開にはならなかったね。マツタケさん?」

 

その言葉にマツタケは大きくびくりと身を震わせる、そろ~りと薄目にしていた目を開くと、菊花がケラケラと笑っていた。

 

「さて・・・」

 

菊花は、咥えていた煙管を外した

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

AM 07:11

 

 

ゲートエリア 東階段

 

 

メディカルルームをと飛び出した如月は、ゲートエリア東の上り階段の踊り場に座り込んでいた。

 

玲司のセクハラ発言に驚いただけではなく、今の様な状況に置かれているのに焦りが全くない様子や、ルーサーからの連絡も如月が助けられてから入ってきていないのだ。

 

だから、あんなに落ち着いている玲司が信じられなかった。

 

「・・・帰りたい」

 

膝を抱えて如月は丸くなった。

 

とても怖い。今は生きていられる。だけど、あくまで現実の自分は生かされている。もし、このまま現実に戻れなければ、ゆっくりと体の脂肪や水分が失われて5年もしない内に、ミイラの様になって死んでしまうのだ。

そう、嫌な考えばかりが頭を巡ってしまう。ゆっくりと自分が削れて死んでしまう様に思える。

 

自然と体が震え、涙も毀れて来る。

 

 

―――帰りたい

 

 

この言葉しか出てこない。自然と指が動いてメニューを呼び出す。コマンドの中一番右端のボタンを押してログアウトボタンを呼び出す。

 

何度押しても反応は帰ってこなかった。

 

「お姉さん何してるのかニャ?」

 

いきなり掛けられた声に、如月はビクリと身が跳ねた。

驚いたまま、声が聞こえた方を見ると、白と黒の2足歩行を可能としている猫。猫と言うよりは猫をベースとしたぬいぐるみの様なマスコットキャラクター達が立っていた。

 

この突然の状況に、如月は言葉が出なかった。まだ普通のNPCに声を掛けられるなら反応出来たであろう。だが、完璧なマスコットキャラクターがアミューズメントパークの様な着ぐるみサイズではなく、人間の子供程のサイズの大きさなのだ。

 

 

―――ペシ

 

 

白猫を黒猫が叩いた。

頭に手(?)が当たった瞬間、星がチラリと散った。

 

「レディが暗い顔してるのに、そんなこと聞くのは野暮だニャ」

 

呆れた顔をしながら黒猫が、白猫を窘めると「ちょこん」と如月の隣に腰かけた。

 

「にゃ?」

 

白猫が小首を傾げた。

 

「猫さん?」

 

思わず如月も戸惑う。

 

「お姉さん、悩み話してみるニャ。人に言えない事かもしれないけど、猫になら何言ってもどうせ猫ニャ、理解できないニャ」

 

黒猫はニヒル(?)な笑みを浮かべている。

 

「言ってておかしいと思わないのかニャ?」

 

白猫が頭に「?」を受かべて思わず黒猫に聞く。

 

「うっさいニャ!」

 

 

―――ペシ

 

 

再び黒猫が白猫の頭を叩いた。

 

「お前はどっか行ってるニャ、暫くしたら戻ってくるニャ」

 

「まったく・・・」と言いたげな表情で、黒猫が白猫に言い放つと、白猫は「やれやれ」と言いたげにトボトボとゲートエリアのホールへと歩いて行った。

 

その後ろ姿を見やると、黒猫は「ちょこん」と如月の隣へと腰を下ろした。

如月の身長は大体150cm程、それより、頭一つ分小さい黒猫。だからどうという事は無いのだが、この世界に於いて自分より身長が高い相手ばかりだから、小さい相手が隣に座るのは妙に新鮮に感じた。

 

「なんでも話すと良いニャ。言葉に出すことで少しでも気持ちの整理が付くって聞いたことあるニャ」

 

ニコっと笑う黒猫の御かげか、如月は少しずつ自分の置かれている状況を口に出す事にしてみた。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

7日目 19:57

 

市街地決戦フィールド アリーナ

 

 

 

―――・・・かり!

 

 

―――し・・・り・・・!

 

 

―――しっかり!

 

 

 

男の呼び声に如月は目を覚ました。

 

如月を抱きかかえながら、鬼の半面を付けた男が声を掛け続けていたらしい。

如月が目を覚ますと男は、とても安どした様子でため息を一つ吐いたのだった。

 

「・・・マスター?」

 

おぼろげな意識を何とか繋ぐ様に如月は声を発した。それでさらに安心したのか、男は優しく如月の額を撫で始める。

ただ優しく撫でて来る男の手が気持ち良かった。その気持ち良さに身を委ね瞳を閉じそうになるが、何とか抗いながら撫でて来ている男の手を触る。

 

「マスター・・・私、どこなんです?」

 

何とか見つけた言葉で如月は尋ねた。その言葉に男の顔は暗く濁った。その放った言葉に、それほどいい状況ではない事が受けて取れた。でも、聞かずにはいられない。

 

「他のみんなは?」

 

次第にハッキリしていく意識が、視界も拡張していく。マスターから少し離れた場所に人影がある。その姿は、菊花とアフィン、ユクリータそして、見覚えのない意識を失っている様子の緑色のキャストのモノであった。他の者達もマスターと同じように沈んだ顔であった。

なおも覚醒し続ける意識。それは自分に何があったのかを思い出させる。

 

今は何時だか分からないが、モニターの最終日にDFとマザー達の手によってマスターと菊花以外のチームメンバーは拘束され、闇の中に引きずり込まれた。それから、濁流の様な闇に包まれて意識を失った事は覚えている。

 

「他の皆さんは、ロビーですか?」

 

何気ない質問を玲司に再び玲司に問いかけた。自分の置かれている状況を、最悪の場合を頭の隅に置きながら。

 

「・・・ ・・・。」

 

マスターは口を噤んだまま答えない。

 

「帰れるんですよね?」

 

聞きたくない、知りたくないと思いながらも言葉が漏れ出る。

 

「・・・ ・・・。」

 

その言葉にマスターは一層口を堅く閉じた。まるで痛みでも堪える様に。

言葉を発さないマスターの顔に、苦痛を堪える様な表情に次第に頭の隅にあった不安が首をもたげる。考えたくはない、答えを聞きたくない。それは、外れていて欲しい。そんな思いが胸に渦巻く。

 

そして、マスターは決心したようにゆっくりと口を開いた。

 

「・・・すまない」

 

血の気が引くとはこの事なのであろうか。目の前が急に暗く映っていた像がすべて影に飲まれて行く。

 

「あ・・・」

 

口から言葉、いや、声が漏れ出る。それは言葉ではなく音であった。感情が乗った音。心が絶望に埋め尽くされ何も考えられなくなっていく。

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

漏れ出る音と同時に、頬を伝う熱い感覚。涙が溢れ流れ出してくる。疑似的な涙でそういう感覚を再現しているのかもしれない。絶望で張り裂けそうになる感情とは別に、何処か冷静にモノを捕らえる自分が居る。

 

だからこそなのだろう。

 

「なんで・・・」

 

自然と言葉が口から漏れ出てしまうのは。

 

「なんで、こんな事に巻き込んだんですかっ!」

 

違う、こんな事を言いたいんじゃない。でも、心と言葉はかけ離れていた。

 

「責任とって下さいよ!・・・お家に帰らせて・・・」

 

最後には力なく如月は崩れ、大粒の涙をボロボロと零した。

 

分かっている。もっと機械的な問題で帰れなくなったり、システムの問題で早く終わったりは覚悟していた。でも、こんな牢獄のような事になるなんて想像していなかった。問題があっても、多少強引な方法で現実に帰れると思っていた。

 

「・・・ごめん」

 

力なく呟くように響く玲司の言葉に、如月は泣き崩れる。

如月の泣く声が玲司の胸に深く突き刺さる。自分がこのイベントに誘いさえしなければ・・・。そう考えて渦巻く罪の意識が重く重く玲司に圧し掛かる。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「おね~さん、大丈夫かニャ?」

 

その言葉に、如月は「ハッ!」と我に返った。瞳の端からは今にも涙が毀れそうになっているのが分かる。そんな如月を心配してか、黒猫が顔を覗き込んできている。そんな情けない自分を知られまいと、両目を拭いながら、如月は頭を振る。

 

「うぅん・・・大丈夫だよ」

 

しっかりと拭い終わると、心配そうな顔つきの黒猫に精一杯の笑顔を作って見せる。これ以上に心配させないために。

 

「ありがとうね、クロちゃん!」

 

クロに礼を告げながら立ち上がる如月。軽く伸びをしてみる。少しでも大丈夫。元気出せるというところを見せねばと虚勢を張って見せる。

そんな如月を見ながらクロはまだ心配そうにしている。

 

「人連れてきたにゃ~!」

 

能天気な声が響く。先ほどクロに追っ払われた白猫が、満面の笑みを浮かべながら、腕をブンブンと振りながら走って来た。

 

「ちっ」

 

クロが舌打ちをしながら、やれやれと言いたげに白猫を見ている。白猫が「こっちにゃ~!」と誰かを手招きしている。白猫に手招きされながら、大男がのっそりと現れる。鬼の半面を付け、青を基調とした和装の戦闘服を着ている。

 

「シロが呼んでるから、来てみれば・・・やっぱり、き~ちゃんか・・・」

 

うなじをボリボリと掻く玲司に見られながら、如月はバツが悪そうに、視線を逸らした。そんな様子を見て、玲司は「ふぅむ」と唸ると今度は顎鬚を撫でる。

 

「腹減ったし、フィリアさんが今日もメシ用意してくれてるだろうから帰ろうぜ?き~ちゃん」

 

玲司がそう言うと、タイミングよく玲司の腹が「ぐ~」と唸りを上げた。

 

「ぷふっ」

 

思わず如月は噴き出してしまう。

 

「やっと笑ったか、安心したよ。き~ちゃん」

 

優しくほほ笑む玲司。

 

その顔に如月は思わず息を飲んだ。

モニター期間の間そうだった。色々クエストに出かけたり、失敗してへこんだ時、いつもチームメンバー達と一緒にこの笑顔で励ましてくれていた。常に笑顔で皆を元気づけていた、あの笑顔で。

 

 

―――ぽす

 

 

如月は玲司の身体に顔を(うず)めた。

 

今までずっと前に立って支えて来てくれたその人に、今の顔を見られまいと。安堵で歪むだらしのない顔、玲司の事など考えず我儘(わがまま)を言って居た堪れない顔。色んな感情が綯交(ないま)ぜになって、どんな顔をしているか分からない。

 

だから、少しでも自分の気持ちが伝わる様にと玲司の腹部に顔を押し当てていた。

 

「・・・ ・・・」

 

満更でもない様子で玲司は、優しく如月の頭を撫でる。

落ち着く様に、ゆっくり、優しく数回撫でながら、落ち着いた事を見計らうと両肩に手を置いてゆっくりと引き離した。

 

「さて・・・戻ろっか」

 

明るい玲司の一言に如月はゆっくりと頷いた。

 

「じゃあ、これ羽織って」

 

そう言って、玲司は自分の着ている事代衣装の上着を脱ぎ、被せる様にして如月に羽織らせる。

 

「え?」

 

玲司の行為に思わず如月は戸惑う。

 

「マスターこれって・・・」

 

言葉が詰まる。

 

「き~ちゃん、パジャマだし飛び出して靴も無いでしょ?」

 

そう言いながら、玲司は如月の目の前で背中を向けてしゃがみ始める。

その背中に如月は、更に戸惑ったが背中を見せたまま動く様子も、こちらをチラリとも見る様子が無い玲司に観念したのか、一つ小さく「はぁ・・・」とため息を吐くと玲司の背中に身を任せた。

如月を乗せた玲司は、サッと立ち上がるとゆっくりと歩き始める。

 

「見た目と一緒で軽いし、胸も無いねぇ」

 

突然失礼極まりない物言いを如月に浴びせ、カラカラと笑いだす玲司。

 

そんな事を言われた如月は、顔を真っ赤にしながら玲司の頭をポカポカと叩いた。玲司に全く効いている様子は無いが、「痛い痛い」と笑いながら歩き続ける。

「プク~」と顔を膨らませながら、如月は玲司の背中に額を当てる。きっと自分の事を思ってなのだろう。わざと酷い事というかリアクションを取ってしまう事を言って気を紛らわせようとしているのだろう。時々、誰かが凹んでいると柄にもない弄り方をするのだ。

そんな玲司の変わらない様子が、とても頼もしく、とても辛く見えた。

 

「・・・ごめんなさい」

 

消える様な言葉を如月は、玲司の背中に吐き出した。

玲司の耳に届いたのか、届かなかったのかは分からない。如月の足を支える腕が一瞬固くなった様が気がした。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

AM 8:46

 

 

メディカルルーム イベントエリア

 

 

「・・・と、言うわけで出てってください!」

 

何時になく強い口調でフィリアは、Blast!!のメンバーに退去勧告をしていた。

 

その言葉を受けた面々の顔は殆ど凍り付いていた。だが、玲司はのほほんとほろ苦い紅茶を模した液体の入ったマグカップに口をつけ啜っていた。

 

「そんな怒らんでもえぇやないの~」

 

なんとも変にクネクネした印象を受ける口調で玲司はフィリアを宥めに掛かった。

 

「怒ってません。焦ってるんです!」

 

ピシャリとフィリアは切り返す。

 

「皆さんの個人エリアが消失しているのは、此方としても理解しています。ですが今現在、皆さんがここに居る事で発生しているバグがシャオとシオンに悪影響を与えているんです!」

 

キッと玲司を睨み付けるが、当の本人は素知らぬと言う様に、まだ暢気にマグカップを啜っている。

 

「というわけで、退去していただきます!」

 

部屋のテクスチャが歪み、メディカルブース前のフロアに、Blast!!のメンバーは放り出された。

 

「ふぅ・・・」と一つ玲司がため息を吐く。NPC達がこちらを見ている。どうやら、こうなる事を見通していたのか、近くに居たマールーに視線を送ったが「仕方ない事」と言う様に頭を振ったのだ。

 

「ふぅむ・・・」

 

今度は困ったように玲司は唸った。菊花も困ったように頭を掻き。如月とマツタケはオロオロしている。

 

「おっ困りのようだねぇ~?」

 

何やら楽しそうな女性の声が聞こえる。その姿は、流れる様なダークブラウンのロングヘアだが、大きな三つ編みを二つぶら下げ、やや細身の褐色色の身体は黄緑色の繋ぎに包まれている。だが、工場などで働いている様子が無いためか、汚れが全く見えない。

 

そして、チャックがパックリとヘソ下まで開いている。

 

「お~・・・ウルクぅ~」

 

驚いた様子など一切ないが、台詞だけは驚いた様なものにしながら、玲司は面倒そうに声を発した。

 

「なぁに?その反応」

 

不満そうにウルクは呟いた。

 

玲司の近づくと、下から玲司の顔を覗き込む。ウルクの瞳に映る無骨な男の顔は、それこそ眉一つ動かしてはいないが、何処か悩みの様なモノを感じた。

この世界でPL側に付くトップAIの中で、人間達の感情とバイタルを管理する彼女。サポートするのに特化された感覚がPL達の心に等しく不安を抱いている事を映している。

 

そう、顔や言葉に出さない人間でも。

 

「みんなが少しでもこっちで安心できるように、色々手配したんだよ~」

 

そう言いながら、ウルクは自分の周りにウインドウを展開していくそこには、色々なパラメータなどが映され、目を引いたのは人型のグラフと町らしき地図が映ったモノであった。

 

「私とシオン、シャオにシエラ。四人でちょっと無茶したんだけど、みんなの味覚センサーを生身の時とほぼ変わらいモノに拡張して、タウンエリアもゾーン購入できるようにしたんだよ」

 

「へっへ~ん!」と鼻息荒く、胸を張るウルク。そのデータウインドウを玲司はしげしげと見まわし。菊花も顎に指を当てながら「ふぅむ」と唸りながら覗いている。

 

「と、言うわけで!これから物件探しに行くよ~!」

 

矢継ぎ早に話を進めるウルク。

 

「おいおい、ちょっと待て!」

 

流石に、これを玲司は止めに掛かった。ゾーンを得られるのは嬉しいが、購入と言っていた。

 

「購入って事は・・・」

 

「そだよ、メセタで買ってもうよ」

 

ニッコリと笑顔で即答するウルク。その言葉に思わず玲司と菊花は顔を見合わせ、如月とマツタケは、のほほんと「どんな物件あるかな~?」などと会話している。

 

「いや~、ゾーン一つくらいあげちゃうでも良いと思ったんだけど、購入にしないと設定が上手く行かなくてねぇ~」

 

多少申し訳なさそうに苦笑いするウルク。だが、玲司と菊花は顔を青くしながら互いのステータスウインドウを開いている。

 

「先輩、今手持ちいくらっすか?」

 

青い面の下まで真っ青になっていそうな声で玲司は菊花に尋ねる。

 

「コッチで結構派手に使ったからねぇ・・・40Mちょい・・・」

 

手持ちを確認しながら告げた菊花は、目配せで「そっちは?」と尋ねて来る。

 

「倉庫に預けてあるのと合計して・・・70M位ですねぇ・・・」

 

二人の持ち金を確認しながら、恐る恐る如月とマツタケの方を見やる。どうやらこちらの意思が伝わったらしく、元気よく手を上げて「2M~!」「700k!」

と答えが返って来る。

 

その答えに心底深いため息を吐いて、ウルクを見る。

 

その表情は此方の意図を全く理解していない様子であった。

 

『はぁ・・・』

 

二人の重いため息が吐かれると、トボトボと歩き出す。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

AM 9:05

 

 

タウンエリア 北部転送ゲート

 

 

再びこのエリアにやって来た玲司達。玲司も試験期間中に何度か、アイテムの購入でここに足を運んだが、その時使ったのは大抵がACであったが、今回はメセタを使っての購入。リアル物件での値段が頭をチラつく中、想像もつかない高額な値段が頭の中を飛び交っている。

 

「とりあえず、ゾーンとして購入出来るエリアなんだけど、ショップが入ってる所とその他施設、転送エリアやメディカルエリアがそうだね。それ以外の場所ならどこでも購入出来るよ」

 

そう簡単な説明を受けながら、改めてMAPを開いてみる。

所々に、オレンジ、ブルー、グリーン、パープルで施設やエリアが色付けされ、白いエリアが全体の7割近くを占めている。

 

「そんじゃ、おすすめ物件から見て行こっか?」

 

元気に「しゅっぱ~つ!」と手を振り上げ進むウルク。その後ろを玲司達は付いていく。

 

 

――90分後

 

 

「決まらないもんだねぇ・・・」

 

そう言いながら大分疲れた様子でウルクは、このエリアのほぼ中心に位置している広場のベンチに腰を掛けていた。

色々と物件を見て回ったが、やはり、値段がリーズナブルになるほど安アパートの様な間取りや、無駄に高価な間取りなど、あちこち回ってみたが決まらなかった。

 

この異常事態に巻き込まれた事も考え、なるべくはチームメンバー全員が共有出来て、個人のスペースも確り確保したいとの難しいオーダー。となれば、購入するゾーンもそれなりの大型となり、マンションタイプならば、1フロアを丸々購入する事になるのだ。

 

手持ち金額的に玲司と菊花ならば購入可能なのだが、それでもチームメンバーが集まった時の事を考えると金銭的に幾らあっても足りないところなのであった。

 

「金銭的な問題もそうだが、いくらVRとはいえ、男女七三(だんじょしちさん)にして同衾(どうきん)せずという言葉もある様に、寝床は別が良いしな」

 

難しい顔をしながら玲司も唸っている。

 

「だけど、とっとと決めないと今日は野宿になるだろうしなぁ・・・」

 

と、MAPを睨みながら菊花も唸る。

こんな真剣に悩む人間をさておき、如月とマツタケは金銭的に力になれないからか、少し離れた場所のベンチに座っていた。

しかし、よくよく見てみると味覚が生身のソレに近い状態になった為か、ワゴンショップからアイスを買って食べている。

 

そんな微笑ましい光景を遠くに見つつ、玲司達はMAPを再び凝視する。

 

「移動アクセスはそこまで気にしなくていいよな?」

 

MAPの中から転送エリアや、ショップなどを弾き、それなりに遠いエリアを映し出す。

 

「加えて、それなりの広さが有って、多少ボロくてもいい・・・」

 

更に検索エリアを狭めていく。

 

「まぁ、ある程度の内装なんかはマイルームと同じでお手軽に変えられるし、ゾーン内のレイアウトなんかも、今度導入するシステムを先行導入するからアレンジは効くからねぇ」

 

お互いに声を出し、検索していくが範囲はある程度まで絞れたが、やはり全てを適えようとすると、持ち金全てを持っていくような物件が出て来るのであった。

 

『はぁ・・・』

 

三者が同一タイミングでため息を吐く。

 

「そうそう、美味い話があるわけねぇもんなぁ・・・」

 

ため息交じりにMAPを適当に突きまわす玲司。候補に挙がったエリアの購入可能物件を次々にタップしては金額にげんなりして閉じていく。

 

 

―――ピッ

 

 

「・・・」

 

とある物件をタップしたところで指が止まった。

 

「ビンゴ」

 

思わず漏れ出た言葉に、菊花とウルクは玲司の顔を凝視するのであった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

タウンエリアの中でもひと際賑わう大通りの入り口付近に立っていた。

ここから少しでも大通りに入れば、武器やユニットだけではなく衣装やフレンドで会話を楽しむ用のカフェエリアなども用意された商業エリアになる。

 

そんな大通りの入り口にある大きなマンションタイプのゾーンとタウンエリア用の乗り物を置いておく立体駐車場の間に細い道が通っている。

 

その道に入り込むと、少々日当たりは悪いが、回りを大きなビルに囲まれながらもそれなりに日の光が当たる都会のエアポケットの様な空間が広がり、表現するならば80年代に流行ったような作りの小さなマンションビルがポツンと佇んでいた。

 

「おいおいおいおい、お~い!」

 

あからさまに菊花のテンションが上がっていく。言葉にはしていないものの玲司のテンションも上がっているのか、とても満足そうな顔で顎を擦っている。

 

「えぇ・・・と、地上5階。地下2階。駐車場あり。だけど、周りの建物で駐車場が機能しないのと日当たりが悪いから破格・・・」

 

あまりに値段が安い事にウルクも驚きを隠せない様だった。

他のゾーンが1フロア50Mに対して、このビル丸々1棟で50Mなのだ。他のゾーンよりも多少狭いもののゾーン全体の広さで考えれば十分お釣りがくるレベルだった。

 

「ウルク、ここにするよ」

 

もうこれ以上の物件は無いかもしれない。とても満足した様子の玲司は、自分の意思をウルクに伝えると、ウルクはシステムウインドウを開き玲司に提示する。

 

地上5階、地下2階、計6階層。1フロアの正確な大きさは書いていないものの、最大サイズルームが1フロアに5部屋取れると説明に書いてあり、ウインドウの一番下には購入しますか?YES/NOとボタンが付いている。

そのボタンを押す前に全員にここで良いかを確認するために顔を向ける。

 

菊花は無言で頷き。如月は「だいじょぶです!」と一言。マツタケは「私の事は気になさらず」と言う様に、少し困ったような表情で手を振って来た。

「よし」と玲司は一つ頷いてYESのボタンを押す。一瞬にして、玲司の持ち金から50Mメセタが引かれると購入したマンションのネームプレートに『Blast!!』の名前が入り、タウンエリア・『Blast』私有ゾーンとエリア名が変わっていた。

 

「とりあえず、これでゾーンは購入出来たねぇ」

 

安堵の一息という風にウルクは一つ大きなため息を吐いた。

 

「そんじゃ、ついでに説明しちゃうね・・・」

 

そう言いながら、ウルクはウィンドウを開き玲司に見せて来る。それはこれからのゾーン使用に関する説明であった。

基本的には今までのマイルームと変わりはしないのだが、細かく侵入禁止エリアの指定や設定すれば戦闘トレーニングエリアなども作れるようになっている。

 

「ふぅむ・・・」

 

顎を擦りながら玲司は一つ唸り、一通りの説明を終えるとウルクは、またシオン達の元に戻ると言うと、転送エフェクトの光に包まれてあっという間に姿を消してしまった。

 

そんな説明を受けている間、他の面々はというと敷地の隅っこで何やら談笑している。

 

「さぁて・・・簡単な部屋割り決めて必要物資買い出しに行きましょ」

 

手をパンパンと叩きながら、メンバーを注目させる。

 

「必要な物?」

 

漏れる様に声を出しながらマツタケが首を傾げた。

 

「ルーム自体は手持ちの家具で何とかなるけど、ここまで広いんだ。1フロア位を共有エリアとして使おうよ」

 

玲司の発案にパチパチと手を叩きながら如月は嬉しそうに頷いている。

 

「ま、確かに部屋にただ引き籠るよりはそっちの方が良いわな」

 

玲司の考えに菊花も賛同する。

 

「んじゃ、皆で手分けして家具を買いますか?」

 

玲司の言葉に全員が頷きタウンエリアのショップへと繰り出すのであった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

同日 PM 6:48

 

 

タウンエリア チーム『Blast!!』所有ゾーン

 

 

 

ひとしきりゾーンの改修が終わると日が暮れていた。

 

地下1階を倉庫、2階をトレーニングスペースとし、地上1階をエントランスフロアにして2階を男子エリア、3階を共用スペース、残り2階は女子エリアとなっている。

 

自分の部屋を早々に作り終わると、全員で共有スペースの設立を行った。ソファーはどこが良い、テレビの向きは?など、あ~だ、こ~だ、と小さい衝突しながら納得のいく配置になると、どっと出た疲れにくつろぎモードに入っていた。

 

「夕食どうしましょう?」

 

と口を開いたのは、如月だった。

 

「ん?それなら良いモノがある・・・」

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 7:10

 

 

共同フロアに設けられたダイニングルームにて全員で鍋を囲んでいた。

テーブルの中央に置かれた二つの黒い鍋には、グツグツと音を立てながら、すき焼きが煮えていた。

 

準備が終わってもう食べ始まるか。と顔を見合わせると菊花の視線が、玲司に何かを促す様に送られる。その視線に「はて?」と思いながら首を傾げようとしたが、それよりも先にマツタケに向かって菊花が顎をしゃくって見せる。

 

「さて、引っ越し祝いとこれからの事に向けての景気付けなんだけど・・・みんなは俺の事知ってるとしても、マツタケさんは、軽い挨拶しただけで初対面みたいなもんだし、改めて自己紹介良いかな?」

 

そう軽く玲司が促すと、軽く椅子を引いて立ち上がるとぺこりと一礼。

 

「シップ9から友達と来ていたんですが、友達が途中退席になって孤独だったところ拾われました、マツタケです。戦闘では役に立たないと思いますが、よろしくお願いします」

 

何とも、ツッコんでいいのか、何とコメントすればいいのか微妙な挨拶に、全員流石に顔が引きつっている。

 

 

―――ごほん

 

 

と一つ空気を断ち切る様に大きく咳払いを一つして、菊花が口を開く。

 

玲司(こいつ)とはリアルの知り合いでな、まぁ、中身は男なんだが普段から姐さんと呼ばれてるから名前でも、そっちでも適当に呼んどくれ」

 

手をひらひらと気を使わないで良いよと言いたげなモーションを取りながら挨拶する。その様子にマツタケは半分戸惑った様に頭を下げる。

 

「私は如月です。マスターに拾われてそこから楽しくやってます。普通の状況なら楽しめば良いんでしょうけど、ご迷惑かけないよう努力していきますので、よろしくお願いします!」

 

如月の挨拶も終わり、大きくペコリと頭を下げる。玲司はまたもや複雑な表情になりかけるが、そんな嫌な空気を吹き飛ばす様に大きく一息を吐いて、箸を握る。

 

「さて、引っ越し祝いと、これからの気合を入れる意味を込めて・・・」

 

『いただきます!』

 

全員で食事の挨拶を済ませ箸を伸ばす。

玲司の一箸目は思わず宙で止まった。まずは肉と思ったのだが、一瞬にして肉が消えてしまったのだ。

 

「玲司も喰えぇ・・・」

 

自分の器に大量の肉を乗せながら菊花が言う。

 

「マスターも確り食べないとですよ!」

 

そんな如月の器にも大漁の肉が盛られている。

 

「もっふもっふ」

 

マツタケも肉を頬張っている。

 

「ぬ~ん」

 

玲司は何とも渋い顔をしながら豆腐に手を付けた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 9:28

 

 

食事も終え、のんびりと過ごす面々であるが、リビングに今姿があるのは玲司以外であった。

 

食事のあと少しするとやりたい事があると言って出かけてしまったのだ。如月はどこへ行くのか、しつこく質問していたのだが、菊花の「行かせてやんな」という一言で口を噤んだのだ。

 

そんな中、レトロテレビに何故か映るPSO2公式生放送のバックナンバーを眺めつつ、茶菓子と紅茶を飲んでいた。

 

「マスター何処に行ったんでしょうか?」

 

何処へ行ったのか見当が付かない如月は、ポツリと漏らす。

 

「まさか、女性NPCを襲いに行ったとか?」

 

と、笑いを狙いに行ったマツタケの発言だったのだが、菊花と如月は完全に引いている。そんな発言を聞いて輝管を吹かしながら、小さく菊花は「馬鹿だねぇ・・・」と呟いた。

 

「ま、気になるなら見に行ってみるかい?」

 

意地悪そうな笑みを浮かべながら尋ねる菊花に、二人は「?」を頭の上に浮かべた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 9:37

 

戦闘エリア 訓練場

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

白と青に埋め尽くされた機械の部屋が、玲司の視界からは黄色く染まって見えていた。体中に走る痛みが自分のHPが30%近くまで下がっている事を物語っている。

体中の痛みを癒す為に、アイテムパックからトリメイトを取り出して飲み干す。

淡い緑色の光が玲司を包み込み、HPゲージが回復しながら痛みが引いていく。

 

『もう、終わりにしませんかぁ?こんな事しても無意味ですよぉ・・・』

 

何とも人を挑発するような言葉遣いで、玲司に声を掛けるのは、エクストリームクエスト管理官のカリンであった。

 

「うるさいっ!良いから次の相手を出せ!」

 

赤を基調とした鞘に青い紐が目を引く古ぼけたカタナを握り直し、玲司は臨戦態勢を整える。

 

『まったく・・・ワガママですねぇ~』

 

カリンは渋々とコンパネを叩くと、玲司が居る訓練フィールドに、フォトンを使って実体化されたデータエネミーが姿を現す。その姿はファルス・ヒューナルとファルス・アンゲル、2体のDFの姿であった。

 

「いいねぇ・・・歯ごたえがありそうだ!」

 

玲司は柄に手を掛けて、一気にカタナを引き抜いた。

 

 

 

      ◇     ◇     ◇

 

 

 

平面の戦闘フィールドで刀を振るう青鬼と剛腕の巨人、闇色のフォトンで遠距離攻撃を行う鳥人の激しい戦いを俯瞰から菊花は見ていた。その側では齧りつくように如月とマツタケは、戦いに見入っていた。

 

「本当は入って欲しくないんですが・・・」

 

少々不機嫌気味に、このフィールドを管理するオペレータ。カリンは呟いた。不機嫌という言葉だけではなく、諦めなども混じって聞こえる声を気にしない様に、口から煙を吐き出す菊花と、その言葉が全く聞こえていない如月とマツタケ。

だが、その見守る様子は戦いに魅せられているというより、その戦いぶりに戦慄している方が近いであろう。

 

「・・・なんで」

 

ポツリと言葉が如月から漏れた。

 

「なんで、こんな無茶してるですか!」

 

その言葉は、とても苦しみが籠っているように響いた。

そんな如月をカリンは一瞥してため息を吐き、菊花はまた一つ煙は吐いた。

 

「菊花さん、これは止めさせるべきだと思います!」

 

静かにマツタケは言い放った。

 

その言葉に、菊花は「ふぅむ」と一つ唸りながら顎を擦ると、輝管を人差し指と中指で挟みながら口から引き離す。そして、細く煙を吐いた。

 

「悔しいのさ・・・」

 

輝管をしまいながらポツリと呟くように答えた。

 

「悔しい・・・」

 

その言葉が2人の胸に刺さる。

 

「巻き込んだ事、助けられなかった事、無力な事、ゲームであってもゲームでないこの状況で、仲間を助けるには少なくとも戦わなきゃならない。ならば、力を付けるしかないだろう?」

 

フィールドに居る玲司に視線を向ける。その見つめる表情は、何処となく悲しげにも見える。

 

「私はシエラから、あなた方が使いたい時に要望を聞くように言われてます。でもぉ、流石に今の彼は、焦り過ぎて自滅寸前に見えますねぇえぇ」

 

何処か楽しげに喋るカリンに、流石にムッとしたのか、菊花の視線がきつくなった。

 

それを感じてか、そそくさと視線を外しながらコンパネを弄り始める。

 

一息大きくため息を吐いて、空気を変える様に咳払いも一つ入れてから、菊花は口を開いた。

 

「アイツはな、2人を助けてから俺も含めてチムメンを巻き込んじまった事を後悔してるんだ」

 

物憂げな表情を浮かべながら、菊花は近くの壁に背中を預けた。視線を落とし気味にしながら、表情を分かり辛くするように。

 

「それこそ、ログアウト出来ずに1日2日程度なら、って思うさ。でも違った。しかも想定もしない最悪な方に・・・ずっとそれが重く圧し掛かりながらな」

 

そんな言葉を聞きながら見つめる玲司の顔はとても悲しげで、必死で、そんな言葉を聞きながら見る玲司は、とても苦しそうな顔をしている。悲しみに近い様な、歯を食いしばりながら、何か言いえない何かを必死に振り払う様に。まるで断罪をリンチとして受ける受刑者の様に。

 

「アイツは、今の事知られたくないからな。黙って笑っててやってくれ。多分それが一番救われる」

 

輝管を取り出しながら菊花はモニタールームを後にした。

 

 

 

「痛い・・・よな・・・」

 

モニタールームからすぐの廊下でポツリと呟きながら、菊花は握る自分の拳を見る。

戦闘の痛みが甦りながら、何度も体を駆け巡っていく。その痛みを思い出しながらアイテムパックを開き、自分の装備を確認する。

 

「あと何回まで我慢できる?」

 

痛みと共に襲い来る恐怖が、震えとして体を包んでいく。

 

本当の表情を表に出すのは嫌いではないが、なるべく表に出さない様に普段からしている菊花。現状ではなおさら表情を表に出さないようにしている。普段の何でもないものならば特に隠す必要はないが、少しでも表情を曇らせれば回りの特に如月とマツタケは過敏に反応してしまうだろう。だから表情を隠している。

 

「・・・玲司、お前は強いよ」

 

震える右手を鎮める様に、細く長く息を吐きながら通路を歩く。

 

「おやおや、おや?こんなところでど~したのかなっ!」

 

短い茶髪のツインテールに、大き目な胸と緑を基調とした衣装を身に纏った、言葉遣いから活発と分かる少女が、落ち気味の菊花の視線に入り込んできた。

 

「うぉっ!?」

 

これには、菊花も思わず声を上げ、後ずさってしまう。驚きで少々乱れた呼吸を整えながら彼女を見直すと。

 

「何驚かしてんだ、このバカ姉!」

 

手首のスナップを思い切り効かせたチョップに近い張り手が少女を襲った。その破壊力に「うぉ!」と短い悲鳴が上がり、攻撃を行った人物の方を見ると、顔を覗き込んできた少女と瓜二つなのだが、体が少し幼いというか胸の大きさに大分差が付いていた。

 

「すみません。気分が悪そうだったので声を掛けた方が良いと思い話していた所、不躾すぎる姉が驚かしてしまって」

 

と落ち着くよりも先に目まぐるしく話が進みながら、陳謝された。

PLの誰もがストーリーで見覚えがある。情報屋というよりは賑やかし屋といったイメージが強いながらも、何だかんだで情報もキッチリくれる双子の姉妹パティとティア事、情報屋パティエンティアの2人であった。

 

「いや、大丈夫だよ。多分疲れてるだけだから」

 

そう言いながら立ち去ろうと、菊花は踵を返す。今のNPCは生命が無くとも疑似生命として完成に近い所。だから自然と自分の弱さを見せまいと動いてしまう。

 

「こんな世界に来てみたいと思っていたけど、いざ現実になると辛いものがあるな・・・」

 

この世界に来てからの事を短く菊花は思い返す。期間の一週間は喜んでいたが、牢獄となったあの日、必ず帰還するという意思と恐怖が綯交ぜになりながらも最悪の事だけは考えない様に過ごしている。しかし、戦いで傷つく度恐怖がまるで溢れる泥の様に心の奥底に少し少しと溜まっていくのを感じていた。

 

 

 

     ◇     ◇    ◇

 

 

 

11日目 PM 17:38

 

 

タウンエリア Blast!!所有ゾーン

 

 

偽物の空も時間帯に合わせて表情を変えている中、今は茜色の空はほとんど消え、黒と紫の中間の様な色合いが空とエリアを包み込んでいた。タウンエリアを徘徊する簡易AIのNPC達の姿も減り、街灯が照らす大通りでも、幾人かが通りを歩いているのみであった。

 

そんなタウンエリアの中でも、灯りが届かない様な細い路地を抜け、まるでナイター施設の様な灯りが駐車場を照らす小さなビルの中で、玲司達は過ごしていた。

共有スペースのキッチンで玲司は夕食の支度を進めていた。

 

ルームグッズであったキッチンセットがそのまま使えるのは、とても便利で道具の買い足しはしなくてよかった。初日にルームグッズのすき焼きは食べ終わると消滅してしまい、食事はギャザリングでどうにかするしかないかと思っていたら、「データ拡張したから、大概の料理は作れるよ?」とあっけらかんとした様子でウルクから告げられ、当番制で食事を準備する事になった。

 

そして、当番日の玲司は貯まったギャザリング素材の中でも、簡単に料理出来るモノと探した結果、マグロ丼を作る事にして今、森林米を炊きながら、森林マグロを下ろしているのであった。

 

この間に、如月とマツタケは共有スペースの掃除、菊花は風呂掃除をしていた。

 

「大きいのだよなぁ・・・」

 

ポツリと愚痴の様に呟いたのは菊花であった。

それこそ大きさは、小さい物のまるで銭湯の様な共有バスルームをデッキブラシで一人であちこち磨くのは骨が折れる。

 

「はぁ・・・」

 

かれこれ20分近く床や浴槽を磨いているが、いい加減疲れて飽きてきていた。

 

 

 

―――しばらくして

 

 

 

夕食も済ませ、大した娯楽も無い中で、夜の楽しみは他愛もない話や、グッズで出来るダーツなどのゲーム程度であった。

 

女子2人がダーツで遊んでいる中、玲司はソファーにドカっと腰を下ろして、牛乳を飲み、菊花は向かいに座って酒を煽っていた。

 

「今日は如何だったんだ?」

 

ぐい呑みを煽って一つ菊花が玲司に尋ねた。

 

「今日は遺跡を回ってきました。なんも成果無かったですけど」

 

不甲斐ないと言う様に玲司はポツリと答えた。

 

フリーフィールドを玲司は回って、エマージェンシートライアル(Eトラ)でDFが出てくれば、きっと何か少しでも手がかりがあるはず。と最初の救出の戦いが終わってから回っている。同じフィールドを時間を掛けながら一日3周程巡っていた。

だが、発生するEトラはどれも戦闘ヘリの墜落やフィールド最奥部ボス、NPCの救援などでDFが出て来る事は無かった。

 

「そう言う菊花さんの方は?」

 

玲司が尋ね返す。

 

「こっちも似たようなもんだ」

 

菊花は主にアークスクエストのショートMAPとNPC達への聞き込みを行っていた。聞き込みと言えば聞こえは良いが、大抵は他愛のない話をしてAIの成長による変化などがあれば、というものであった。

 

互いの言葉に苛立ちを確認しながらも、その苛立ちはお互いの行動ではなく、DF達の行動が無い事と、コチラの味方に付いているAI達の方も状況を維持するのに精一杯で進行してない事に。

 

互いの進展しない状況に「はぁ・・・」と大きなため息を一つ吐くと、お互いに用意した飲み物をグイっと煽った。

肉体の疲れを感じてはいないが、心が疲れてきているというのだろうか、どことなく感じる重さに、また溜息が出る。

 

 

―――ピンポーン

 

 

呼び鈴が鳴った。リビングの隅に備え付けられたインターホンの受話器を玲司が取った。

 

「もしもし?」

 

先までの低いテンションを払拭するように、明るい声で応える。

 

「―――はいよ」

 

玲司の短い沈黙の後、何かを応えて受話器を置いた。

 

「だれ?」

 

面倒な事でも起きるのか?と言いたげに菊花が、ウィスキーグラスを握ったまま玲司に尋ねる。小さくグラスの中の氷が「カラン」と音を立てた。

 

「ウルクですよ。PLの様子見ですって」

 

呆れた様子の玲司の顔を見ながら、菊花は「面倒だ」と言いたげな顔をした。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「にゃはははは!」

 

顔を真っ赤に染めたウルクは、大笑いしながらグビグビと酒を飲み干していた。菊花も酒を飲んでいたが、ウルクの湯水の如くハイペースで進める酒盛りに、わずか2時間余りでウイスキーボトルが4本空いていた。

 

そんな様子を傍で見ていた玲司は呆れた顔をしながら、用意していたツマミをちょこちょこと食べていた。

 

因みに、如月とマツタケは先に寝てしまった。

 

「んでね?シオンとシャオが内側からもハッキングしてるんだけど上手くいかないみたいでねぇ・・・外でもサカイ達が頑張ってるみたいなんだけどねぇ」

 

ウイスキーグラスの中で氷を「カランコロン」と遊ばせながら、疲れ気味にウルクは呟いた。透き通った茶色の液体は波打ちながら氷にぶつかり小さな飛沫を上げたりしながら揺れている。

 

少々静まる空気の中、ウルクは強くぐいっと一口。菊花はグビリと大きく一口、のどにウイスキーを流し込む。

 

寂し気にも見える表情を浮かべたが、またすぐにカラカラと笑い出す。

 

「ま、簡単に解決するなら、こんな事態にはならんさね」

 

諦めに近いような声色で玲司がポツリと言った。その口調はどこか呆れた様な、ウルクを労わる様な口調で、その言葉にウルクは少し目を細めさらにグラスを煽った。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

どれ程の時間が経ったであろうか、お互い喋らなくなりながら酒を飲んでいる。しんと静まった室内で聞こえるのは氷がグラスにぶつかって鳴る音、酒を注ぐときに流れる音などとても静かなものだ。

 

そして、床に並べられていた瓶も先ほどのウイスキー4本がさらに1本増え、日本酒の4合瓶が3本増えている。

 

「流石に飲み過ぎだな」と少々顔を渋くしている玲司は、部屋の片隅に設置してある時計に目をやる。デジタルではないアナログの文字盤で時を刻む針を見ると0時を少々過ぎていた。

 

「さて、お開きにしましょ・・・」

 

そう言いながら、玲司は床に置かれた瓶をひょいひょいと摘み上げながら、キッチンへと運んでいく。そんな様子を見ながらウルクは、酔って真っ赤な顔で半分蕩けた様な瞳開きながら「ふぇ?」っと鳴き声のような音を口から漏らした。

片づけしている玲司に簡単にグラスをウルクは取り上げらる。グラスにほんの少し残った酒が波打ち、グラスが暴れる氷に「カラン」と音を上げると、「むぅ・・・」と少し残念そうにウルクは顔を顰めた。そんな様子を見ながら苦笑している菊花。だがそんな光景を見ているうちに、グラスに酒が半分以上入っているのだが、容赦なく玲司が取りあげると、情けなく「あぁ~・・・」という声が漏れてしまう。

 

そんな酔っ払い2人相手に慣れた様子であっという間に片づけを済ませた玲司は、コップ1杯の水を2人の前に少々音が目立つように『コト』と置いた。

渋々と言った様子で、置かれたコップにウルクは手を付けて飲み始める。そんなやり取りを見ながら菊花は苦笑しながら、水を一気に飲み干した。

 

「時間もテッペン回ってるし、テオ辺りに迎えでも頼めよ。ダメなら泊まってけ」

 

「やれやれ」と言いたげに玲司はウルクに告げると、どさりと腰をソファーに下しながら、バリバリと頭を掻いた。

 

少々迷惑そうに「は~い」とウルクは返事すると、髪を掻き上げながら耳を出すと手を当て、空いている手の指が少しの間宙を彷徨い、落ち着くと通信を開始する。

 

「あれ?」

 

開始したと思った瞬間、ウルクは首を傾げた。

 

「繋がらない?」

 

さらに「はて?」とウルクは反対方向に首を再び傾げる。

 

その言葉が発せられたのとほぼ同時であろうか、玲司と菊花は顔を強張らせ、近くの窓を睨み付けた。その先には闇夜に抱かれた町が広がっている。

それ以外何もない筈のただ真っ暗な外から強い違和感、いや、殺気に近いものを感じ背中にじっとりと汗が滲む。

 

玲司と菊花の視線が一瞬交わると、二人は弾かれた様に動き出す。

玲司は外していた鬼面を装着しながら、戦闘着である事代衣装を纏いながら古びた一振りの刀『アギト』を玲司は腰に差す。

菊花は、人間に限りなく近いボディに纏った寝間着姿が、一瞬にして戦闘筐体に姿が変わる。そして、リビングを飛び出し寝室へと向かった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

10日目 AM 0:40

 

 

眠い目を擦りながら、何とか意識を繋ぎ留めつつ、ビルのメイン玄関前に広がる駐車場に戦闘準備を形だけ整えて立っている。

そんな2人とは対照的に、完全な臨戦態勢の玲司と菊花。そして、ウルクはなんとなく居るという空気を出しながら立っていた。

 

「ウルク、町の状況は?」

 

決して攻撃的な意思をウルクに向けている分けではないのだが、冷たい印象を受けるような口調で有ったが、攻撃目的ではない口調に、緊張感が増していく。一部を除いて。

 

「エリアの状態が変遷してる?え、ちょっと待って、タウンエリアがバトルエリアに切り替わってく・・・!」

 

驚くウルクを尻目に、玲司と菊花は舌打ちしながら毒づく。

流石に、街に流れる空気が変わったのに気付いたのか、如月とマツタケはやっと目が覚めた様に、オロオロと辺りを見回し始める。

 

「俺と先輩は街を見回って、分かる様なら原因を解決してくる」

 

そう短く言いながら、玲司は刀の腰紐を強く鞘に締め直す。

 

「こっちは気にしなくて良いけど、何かあったらゾーンに逃げてね?ただ、見知らぬ人(NPC)を警戒しないで居れないようにね」

 

と、菊花がやんわりと注意を促した。

そう注意して玲司と菊花は足早に街の中に消えて行ってしまった。状況を呑み込めない、いや、理解したくない二人を残して。

 

発った2人が消えた方を見ながら、如月は呆然と立ち尽くす。敵が安全だと思っていたエリアまで襲撃してきた事、有無を言わさず戦いに巻き込まれた事、何も出来ずに何もしないまま立つ事、ただただ色んな事が混じり合うまま、立っている事しかできなかった。

 

 

 

      ◇     ◇     ◇

 

 

 

同エリア 中央区付近

 

 

街に明かりは灯っている。車道を照らす街灯と歩道を照らす街灯。その両方が規則正しく並びながら合間々々に多少の闇がありながらも、十分に明るいと言える状況であった。その外側に並ぶビルの各層にも明かりが灯っており、明かりがないところを探す方が数を数えるうえでは早いくらいだ。

この状況で一番暗い処といえばビルの隙間くらいであろう。

 

「嫌な・・・空気だねぇ・・・」

 

言葉を発すること自体を警戒するように、菊花はポツリと呟いた。

とても静かな街中を武器に手をかけながら歩く二人。その表情は硬くねっとりと纏わり付くような重い空気を感じ、その姿には表れてはいないがリアルの体ならば脂汗が浮かんでいるに違いないと思うほどであった。

 

そんな空気を作り出している一つの要因が街の中に溢れていた。

 

それは、誰も居ない事であった。

 

疑似の町とはいえ、明かりがある中で人っ子一人居ないのはあまりにも不自然で、仕様でこの町を昼夜問わずNPCが出歩いている設定になっている。

それなのに誰も居ない、まるでそこに先まで居た人間たちがいきなり神隠しにでも遭ったような状況に2人の意識はどんどん鋭く研ぎ澄まされていく。

 

「あれは・・・」

 

玲司が駆け出した。

 

その様子に少し遅れて菊花が追いかける。

玲司が駆けつけた場所は、大きくこの町を流れるメイン車道のY字分岐点の中央であった。

 

その中央に、ポツンとNPCが転がされていた。うつ伏せの状態でピクリとも動かないNPC、そっと体に触れると簡易ライフゲージが現れ、0を指示していた。

その顔は無機質に目を開いたままになっており、苦痛の表情ではなく、ただただ人形の様に思えるほどだった。

「なんか、死んでるってよりは抜け殻が置いてあるって感じだな」

菊花は抜け殻を触りながら、他に情報はないかと、表示できる情報ウィンドウなどを開きながら探っている。

 

「おやおやおや?シオンからの要請受けてみれば、PLさん達じゃありませんか!」

 

元気や活発と言った表現が似合うであろう。玲司と菊花の緊迫していた空気を強引にねじ変えつつ登場した、緑を基とした衣装の女性アークスは、何やら面白い事を見つけた子供の様な笑みでこちらを見ていた。

 

「普通に挨拶せんか、この馬鹿姉!」

 

先のアークスと瓜二つというか生き写しと言っても過言ではないほど似ている女性アークスが盛大な突っ込みを入れながら登場する。

 

このゲーム内で騒がしく、上位にランクインしないが、なんだかんだで人気がある情報屋姉妹のパティとティア。通称パティエンティアの2人であった。

玲司はそんな2人をほぼ無視しながら、周囲を注意深く見渡す。辺りには何かがぶつかった様な傷跡が残されていた。トゲの様なものが刺さった跡や、浅くアスファルトを抉った跡が辺りに散らばっている。

 

(何か・・・と言っても、十中八九はダーカーが暴れ回った跡だろうな・・・)

 

一つ一つ痕跡を追っていく。それらは、先の通りあちこちに散乱しているが、その中でも、玲司は気になる痕跡が中にあった。それは細いそれこそ斬ったような跡が並列に並んでいるのが、ビルの壁に付いていた。

 

 

 

その痕跡は上へ上へと続いていた。

 

 

 

「跳べぇ!」

 

 

玲司は思い切り叫んだ。

 

その言葉に戸惑いながらも菊花は転がるように玲司から離れるように跳んだ。

 

その言葉に困惑というよりキョトンという感覚で情報を処理できなかったパティエンティア。その様子を瞬時に理解した玲司は2人を抱きかかえながら覆い被さる様に跳んだ。

 

 

―――ズダンッ

 

 

何かとても重いものが地表にぶつかる様な音がした。

その元凶を跳んだ勢いをゴロゴロと転がりながら消しつつ、動けるような大勢を整える様に見る。

 

一方の玲司はパティエンティアの2人に覆い被さったまま自分の肩越しに見る。

 

その場には、バラバラになった四肢がデータとなって消えながら、落ちてきたモノを照らしていた。

 

その姿は見た事のあるものだった。だが、違いがある。

キュクロナーダであり、サイクロネーダでもあった。

通常のそれらよりも大きかった。倍とは言わないが少なく見積もっても1.5倍。その両腕はキュクロナーダの棍であり、その先端ではサイクロネーダの槌が付いており、ソレだけでは済まず、その槌からは大鎌にも似た爪が指の様に5本付いてる。

 

「クルルルルルルゥゥゥ・・・」

 

それが唸り声を上げた。まるでバラエティーで見た虎だかライオンだかが獲物を狩る時に出す威嚇音の様に、低く響くように。

玲司と菊花はゆっくりと臨戦態勢をとる様に体を動かしながら、パティエンティアにも目配せで戦闘態勢をとれと指示を出す。

 

「いや~、なかなかのリアクションだったよプレイヤー(アクターズ)

 

どこかふざけた様な声が響いてくる。その声とほぼ同時に間延びした拍手も聞こえる。その拍手は1人の人間が出している音だと分かるように、どこか寂しくそれでいて情熱的にも聞こえる。

 

声の方向を視線だけ向ける。体勢はそのままに。

 

先まで自分たち以外は居なかった中に、人影が一ついつの間にか増えていた。

その容姿はとても大きなアフロヘアにサングラスを掛け、マザークラスタのジャケットを羽織りながら、その手にはメガホンが握られていた。

PSO2のエピソード4をプレイした人間ならば知っている人物。

 

「・・・ベトール・ゼラズニィ」

 

低く唸るように玲司は、彼の者の名前を呼んだ。

その言葉にまるで誇らしい様に顔を歪めると、エーテルエフェクトを発現させながら折りたたみ椅子を作り出しそこにドカッと腰を下ろした。

 

「ミーとしては君たちとファイトする意思はノーなんだ」

 

残念そうにそう呟くとベトールの座る椅子はふわりと宙に浮き始める。

 

「ダーカーズの代わりにとして来ただけだからね、観測者(ウォッチャー)アンダスターン?」

 

そのふざけた口調に怒りを覚えながらも、警戒を強めていく。

 

「なんなら、その仕事すぐ終わらせてやろうか?」

 

装備している刀をスラリと引き抜きながら、菊花が問う。

 

「焦らなくても良いよアクターズ、時間と戦力はたっぷりある」

 

玲司達の表情を面白そうに観察しながら、その手に握っていたメガホンを虚空に置きながらその手にカチンコを呼び出す。

 

 

 

『マスター、助けて!』

 

 

 

突如、玲司達の耳に如月の叫び声が響いた。その声は焦りと恐怖が混じったようなとても切羽詰まった状況を教えるような声色だった。

 

「如月、どうした?如月!」

 

なりふり構わないように、玲司は耳に手を当てながら微塵も隠さず不安そうな表情を露わにした。

 

『マツタケさんが、マツタケさんが!』

 

非常に危険な状態なのは伝わるが、パニックを起こしているらしい如月はただ何とか玲司達に危機を知らせる事は出来たが、まともに判断で来ていない事を告げている。

 

 

―――ギィン

 

 

前振りも無くベトールへ斬りかかろうとした菊花の攻撃を、ダーカーが防いだ。

 

「ミーはこっち担当、向こうもアクションし始めたようだねぇ」

 

くつくつと肩を揺らしながら笑うベトールではあるが、その声には如月達の方にも興味が有ったような、どこか残念そうな感情も受け取れた。

 

「てめぇ!」

 

玲司は怒鳴った。短い言葉が出きると奥歯を噛みこみながら、ベトールを睨み付ける。その表情は仮面で素顔を半分隠しても鬼の形相だと分かるほどに色濃く出ていた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「き・・・さらぎ・・・ちゃん、逃げ・・・て」

 

何とか薄っすらと繋がる意識でマツタケは如月に呼びかけていた。ぼやける如月の姿と、玲司への恩を返さねばと頭のどこかで告げる思考を手放しそうになりながら。

 




久々の物語はお楽しみいただけたでしょうか?

ベースを崩さずにオリジナル要素を盛り込んで展開していきたいという考えの元書いております。

何かご意見や感想が有れば気兼ねなくお書きください。


リアル/ゲーム
名前  真田妃  / 如月

性別  女    / 女

身長  162   / 159cm

体重  46    / 41kg

メインクラス   TeFo

カンストクラス  Hu、Fi、Gu、Fo、Te、Br、Bo


Ep2から始めたプレイヤーでレベリングと可愛いものが大好き。
エステに1時間以上籠るのが普通で新スクラッチが出ると半日以上ビジフォンの前から動かない事も・・・

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