叢雲の話の方に出てきた設定を流用していますので、説明とかをお話の中では省いています。なのでここで概要をば。
あとちょっとした説明も。
艤検:艦娘の艤装を管理・整備する人たち、まあつまり工廠の人。国家公務員。正式名称『艤装検査点検及ビ修理担当係員』である。
作者はソラでは言えない。
事務:叢雲の話の方に出てくる事務の正式名称は『一般事務哨戒班担当連絡係員』である。このあたりの名称を考えていた時は、とにかく長ったらしい名前をつけることに凝ってた。
摩耶さまの話に出てくる事務は『特別部隊担当連絡係員』です。
私たちがその気になれば、なんでもできる。
■ ■ ■
「今日からお前らの対空戦闘訓練を本格的に開始する。協力者はグラーフとアクィラだ、ばんばん撃ち落としていいぞ」
「……」
「……」
「おいグラーフにアクィラ、意気込みが聞こえないぞ」
「喋っていないからな」
本日はいい天気だ。実に訓練日和と言えよう。それなのにグラーフ達ときたらやる気が見られない、ガキどもを見習ってほしい。
「番長! 今日の天気予報ちゃんと見ましたか?!」
「当然だ。あたしの朝は、お天気お姉さんと共に始まる」
「今日台風来てますよ?!」
うるさいな、知ってるよ。でも仕方がないだろ今日のために結構準備してきちゃったんだよ。
「ピーヒャラピーヒャラやかましい。ちょっとはグラーフを見習え」
「隊長、それは少し都合が良すぎるんじゃないか?」
「隊長、手のひらを返しすぎると腱鞘炎になっちゃいますよ?」
「助けろアクィラ」
「ええ……?」
「どうなんですかアクィラさん?!」
「さあ、答えてもらおうか」
「ちょっとぉ」
最近気がついたのだが、アクィラはあたしのスケープゴートに向いている。
この調子でどんどんこいつらの相手をしてほしい。
「ところでグラーフ」
「……何だ」
「菓子食ったか?」
「食った」
「うまかっただろ?」
「……」
「なぜ途中で喋るのをやめる? 生理か?」
「あ! 番長がグラーフさんをナンパしています!」
「丁度いい、グラーフはバッテリー切れだ充電してやれ」
「それ以上近づいてみろ、殺すぞ」
「圧倒的に近寄りがたいな。僕はまだ死にたくない」
「うおー! 私は行きます! でも、死なば諸共ですよ番長!」
「助けろアクィラ」
「……私は照月ちゃんと遊んでいますね〜?」
「訓練しろ馬鹿」
さて、じゃあ早速訓練に移行しよう。
艤装はすでに艤検から取り寄せている。
そういえば艤装の使用申請を出しに行った時の艤検どもの顔は忘れられない。「え、正気?」って顔をされた。
「隊長、これは僕の予想なのだが、艤検だけでなく事務にも同僚にもヤバいやつだと思われていたのではないか?」
「何だと、上司に向かって暴言か?」
「そうだ」
「何を開き直っていやがる」
「罰を与えろ」
「出番だグラーフ」
「僕が悪かった」
ヤバいやつと思うのは勝手だが、こういう荒れた日こそ訓練をすべきだろう。ラノベで読んだ。
「番長! さすがに命を張るタイプの訓練でラノベをエビデンスにするのは、はっきり言ってクソ野郎です!」
「ちょっと待て、今のは傷ついた」
そういや秋月型は横文字好きだよな。時々なんて言ってるのかわからなくて困る時がある。
会話は一人でするもんじゃないんだから、皆がわかる言葉を使ってほしい。
「知らなかったのか隊長。人に言われて嫌なことは自分も言ってはいけないのだぞ」
「わかった、これから暴言は改めよう」
「……え!」
「どうした照姉? 隊長にイジめてもらえなくなりそうで焦っているのか?」
「ち、違うよ?!」
「照は欲しがりさんだから……」
「おい、訓練をするならさっさと準備をしろ」
「あ、はい」
「ごめんなさい」
「すまなかった」
グラーフがしびれを切らした。というかこいつらグラーフに苦手意識持ちすぎだろう。
普通に怯えてんじゃねえか。
「おい秋月、お前らグラーフ苦手すぎないか?」
「番長? そういうのは本人を前にして言ってはいけないんですよ?」
「馬鹿を言え。あたしだって断腸の思いで言ってんだよ」
「嘘下手くそか隊長」
「隊長は嘘をつく訓練をした方が良いと思いますよ?」
「このまま不和を抱えたままじゃいけねーだろ。おい、仲直りするか寮を同室にするかの二択だ。選べ」
「うおー! 実質一択!」
「貴様ら早く艤装を背負え」
「……はい」
よしよし、なんだかんだ言ってグラーフは訓練に前向きみたいだな。安心した。
早くしろ、だなんて誰よりもやる気じゃないか!
「いやー、ほらお前ら。せっかくグラーフがやる気なんださっさと支度しろ」
「……本当にやるのねぇ」
「どうしたアクィラ、具合でも悪いのか?」
「天気が悪いのよ?」
「よしよしいい天気、ぐらい言え」
「よしよし、いい天……。いえ、嘘はつけない」
「正直か、でもこれは決定事項だ。いいか? 日本では一度決まったことを覆すには、自身の進退をかける必要がある」
「そんな……」
「上司に刃向かうと、明日からデスクがなくなるぞ気をつけろ」
「陰険すぎるわ……」
「おもてなしってやつだ」
アクィラは和の心にいたく感銘を受け機能不全に陥ったが、まあ訓練が始まればしゃんとするだろ。
「隊長、そもそも僕らにデスクはないぞ」
「お前らは知らないと思うが、あたしらにはある」
「ええー! 本当ですか?! 明日乗っかってもいいですか?!」
「デスクに乗っかるって何?」
「誰よりも一段高い所でサタデーナイトフィーバーするんです!」
「営倉でやってろ」
さて、いい加減にしないとグラーフがブチギレる。全員の準備も整ったので、さあ行くか。
「抜錨だ」
■ ■ ■
抜錨だ。とキメてみたものの、この天候は馬鹿だろ。舐めてんの?
「おらぁ照月ぃ! 死にたくなきゃ舵を取れ舵を!」
「や、やってますよぉ?!」
「敵艦載機来たぞ! 対空戦闘よーい!」
「番長! 構えるだけで精一杯です!」
「秋月舵忘れてんぞ!」
「僕らは二つのことを同時にできないからな!」
「堂々と言うな! ……よし、各員対空機銃斉射ぁ!」
「うおー! 当たる訳がない!」
「気合が足んねーぞおらぁ!」
大時化(しけ)もいいところだが、こいつらの手前、あたしがぶーたれるわけにはいかない。
それにしてもグラーフもアクィラも容赦がない。訓練だし、まあ手加減する必要などないのだが、結構苛烈だ。
「番長! 訓練だから手加減しない、って少し変では?!」
「あ?! どう言う意味だ?!」
「訓練で手加減がなければ、どこで手加減を拝見できるのでしょうか!」
「深海棲艦にでも聞いてみろ!」
「今日の隊長は無茶しか言っていないな!」
対空機銃を使用した訓練はこれまでにも行ってきたが、今日ほど厳しい条件下は初めてだ。
まず足場が安定しない。
普段は脚部艤装のスタビライザーがそれなりに作動するので安定する。加えて–––習熟度によりけりだが–––艦娘、人型艦艇という性質上、二本足でバランスを取ることが可能なため、より安定性はより増す。
しかしここまでの時化では、艤装も艦娘故の利点も意味がない。
ただただ個人のセンスだけが頼りだ。
センスが頼りって、これ訓練する意味あるのか?
「きゃあ!」
「秋月姉さん!」
「隊長ぉ! あの、お聞きしたいことが!」
「は?! やかましい! こっちが聞きたい!」
そして次に、なぜか迫ってきている艦載機の半分が、実弾を放っている点だ。尊い犠牲のもと、今気がついた。
「あいつら馬鹿なんじゃねーか?!」
「ぐうぅ……、私の明晰な頭脳によると、恐らくこれはグラーフさんの仕業です!」
「元気そうだな秋月!」
「まだやれます!」
「本当に命を張ったりするなよ?!」
「そのさじ加減は、グラーフさんに聞いてみてくださいっ!」
「やい! 手加減しろぉ!」
「本当に聞いた……!」
まあ聞こえるわけもなく、何考えてんだ本当に。
ブチギレそう。
ただこのまま終わるわけにもいかないので、絶対にぶっ殺してやる。
「おい、被害報告しろ」
「秋月、左舷軽微損傷! 小破です!」
「照月、主砲損壊。小破、辛いです」
「初月、無傷だ。残念ながら」
「残念なのはお前の頭だ!」
各員、パーセンテージで見れば無傷に等しい。しかし秋月は駄目だ。足はどれだけ軽い損傷だとしても、敵からしたらいい的になる。
「よし、あたしにいい案がある!」
「ふむ、では僕が的になろう」
「黒い魚みたいなことをのたまうな」
「どうせ突貫だろ隊長」
「なぜわかった」
「隊長の前頭葉には僕の精神が宿っているからな。当然だ」
「気持ち悪っ! でてけよ!」
「あ、隊長。私が頭をかち割りましょうか?」
「さては根に持ってるな照月?」
「あの! お楽しみのところ申し訳ありませんが、私の艤装を慮っていただければ!」
「おう、すまん秋月」
つい雑談に興じてしまったが、代償は秋月の艤装が払ってくれたらしい。さらに機銃の掃射を受けており、どうみても中破だ。
すまねえ。
「ではこれより、敵に突撃をかける。あたしと初月が突っ込むから、残りはここでお留守番だ」
「任せろ」
「あぁ、動きが鈍いです!」
「秋月姉は私にお任せください」
「おう、じゃあ行くぞ!」
ということで駆け出す。あたしは右から、初月は左から攻める。
まあ単なる突撃なのでセンスとかはいらない。必要なのは殺すという気持ちだけだ。
「隊長、本当に殺すなよ?」
「お前、あたしに対する信頼と敬意が足りなくないか?」
「ふん、……おっと。いやなに、こうすればいじめてもらえると思ってな?」
「あぶねっ! ……自分の性癖に他人を巻き込むのはよせ」
「善処しよ、う!」
相手に近づくにつれ、攻撃が激化してくる。いや、おかしくないか? あいつらどんだけ艦載機積んでんだよ。これ訓練だぞ。
さては奴らあたしらをここで沈める気だな?
「それは本当にシャレにならないな、隊長!」
「国際問題になりそうだ!」
「将来のために、裁判を経験しておくのはありかもしれないな!」
「ねーよ!」
「ははっ! 返しが雑になってきたな!」
「くらえっ! ……くそ、やかましい手を動かせ!」
「心得た!」
本訓練は、あたしたち対空戦闘班とグラーフ・アクィラの空母班に分かれており、両者は遮蔽物を挟む距離20000を開始地点としている。
人間の身からしたらかなり距離はあるが、艦を宿している我々はそれなりに速度が出るので飛ばせばすぐだ。
とは言え、あたしが全力で航行してもだいたい20分はかかる。
「……なあ隊長、気合いで速くできないのか?」
「やかましい、あたしより速力ねえくせに煽るんじゃねえ!」
「ふっ、そんな紙に書いてあるスペックで語られてもな」
「なんだと?」
「見せてやろう。隊長よりもおっぱいが足りない分の速力を……!」
「……みっともない!」
何をふざけた事を言ってんだ、と思ったら本当に加速し始めた。速いという事はおっぱいがないという事なのか? 限界を超えた貧乳なのか?
「ふはは! コツはおっぱいを抉るように走る事だ!」
「無茶言うな!」
抉っちゃダメだろ、空気抵抗増すし。
「は? そしたらおっぱいはより鋭角にする方がいいんじゃないか?」
「なに」
「大気を味方につけるには尖らせた方がいいんじゃないか?」
「くそっ! 負けた気分だ。しかし隊長、もしそうならばもっと胸を張って航行してみてはどうだ?」
「ん? ああ、確かにそうだな」
「……どちらのおっぱいへの哲学が正しいのか、競争だ!」
哲学もここまでバカにされたのは初めてだろうが、まあおっぱいで速くなるのならそれでもいい。許せよ哲学。
そんなバカをやっているうちについにグラーフ・アクィラ両艦を目視できた。心なしかアクィラは顔が青ざめて見える。
「あちゃあ、困ったな。アクィラ風邪でも引いたか?」
「なるほどな、では僕が温めよう」
「あたしがボケたら突っ込んでくれる?」
「隊長に突っ込んでいいのか?」
「今日は鉄のパンツ履くわ」
アクィラは真面目だからあたし達に実弾をぶつけた事に焦っているんだろう。アクィラは模擬弾しか使用していないだろうからただの貰い事故だけども。
そう、だから本当にやばいのはグラーフだ。何がやばいって普通に営倉入り確定なのに、なおも顔色を変えずに実弾を放ってくるところだ。
「隊長? あの人は開き直っているのか?」
「知らねーよ……。とんでもない胆力ウーマンだな」
「罰としておっぱいを揉みしだいてもいいか?」
「屈辱だろうな」
「真面目に答えてくれ!」
「慎重に検討する」
「よし!」
何故喜んでいるんだこいつ。
「可能性がゼロでない限り、僕は諦めないからな」
「得意げにキモいな」
「得意げにキモい」
復唱するなよ。
「素敵な響きだ、朝の挨拶にしてくれ」
「グラーフ! ようやく会えたな!」
「シカトだと?」
ここまでであたしは小破、初月は中破といったところか。
あたしはいいとして、初月は多少心もとないな。
対する空母どもは当然無傷だ。
絶対に抉ってやるという決心とともに、奴らに呼びかける。
「……ち、ここまで来たか」
「あ、あのね? これはその……、違くて」
艦載機をなおも発艦させるグラーフは、その眼にギラつくものを見せていた。一方アクィラはおどおどしている、きっとグラーフを止めようとして失敗したのだろう。
「隊長! どちらの乳を揉んでいい?! 早く決めてくれ!」
「アクィラはかわいそうだからグラーフにしておけ」
「あ……、うん」
普通に怖気づいてんじゃねーか、まあこいつの変態度もこんなもんだろう。
よく頑張ったほうだ。
「おい、怖いならやめておけ」
「そんなのダメだ!」
やめろ頑張るな。
「おっぱいに貴賤はないし、どんな破綻者が持っていようともそのおっぱいに罪はない!」
「そうか」
「逃げるなと、僕の魂が叫んでいるんだ!」
「そうか」
なぜ限界を超えていく、踏みとどまれよ、常識で。
「よく聞くがいい空母の二人よ!」
「おい勝手に演説を始めるな」
「僕が成敗する!」
「聞こえは良いけどな」
実際はセクハラを公言しただけだ。
さて、しかしそれで困るのはやっぱりアクィラだ、あたしとしてはアクィラを罰してもしょうがない。
グラーフを抉らねば。
「隊長、抉りたがりな年頃か?」
「どうにもおっぱいを抉るって語感が気に入っちまった」
「猟奇的すぎないか?」
「Aカップにしてやる」
「抉った部分は僕が貰ってもいいか?」
「何に使うの?」
「ふふ」
ふふってなに、怖すぎんだろこいつ。
「おい、こいつにおっぱいを独り占めされたくなければ投降しろ」
「……訳のわからない事を言うな」
「訳のわからない状況に陥りたくなければごめんなさいしろ」
「断る」
うん、そうだろうな。簡単に応じるならばこんな強行には出ないだろう。
そもそもこういった説得にわかりましたって言っているやつを見たことがない。様式美なのだろうか? この問答は。
「おーいアクィラ、お前は戦線を離れろ。うっかりおっぱいを消失することになるぞ」
「……あのね? 本当はグラーフは」
「攻撃隊、出撃」
「グラーフ!」
「おいこらグラーフ! 会話くらいさせろっていつも言ってんだろーが!」
「問答無用! 行くぞ隊長!」
「お前も案外血の気多いよなくそ!」
グラーフから発艦された艦載機はさほど多くはない。ここまでたどり着くのにそこそこ潰したからだ。
しかしこちらは全艦模擬弾しか積んでいなかったので手間がかかった。そのため被害は深刻なものになってしまったのだが、結果的に思う存分砲撃を当てれると考えれば、まあいいだろう。
「おい変態! お前はあたしの背後につけ!」
「ふざけるな! 隊長を弾除けにできるか!」
「言うこと聞けないなら、あいつらのおっぱい揉ませねーぞ!」
「ピタっ!」
うわぁ、こいつピタって口で言った。
まじキモい。
とは言えちゃんと従ったのは良かった。こんな土壇場で味方にも問題を抱えるのはごめんすぎる。
「よし、対艦戦闘よーい!」
「対艦戦闘よーい!」
「攻撃隊、蹴散らせ……!」
あたしは、装備はレーダーやら機銃やらを多く積んでいるので、主砲は三号一基のみである。初月に至っては高角砲が頼りだ。
まあつまり、余裕だ。
「てー!!」
「Feuer!」
互いの攻撃が交錯する。
■ ■ ■
ここは『人型艦艇用船渠』である。まあ要するにドックとか呼ばれてる場所だ。
昔は乾ドックとかいって、文字通り船を水に浸けず修理してたらしい。詳しくは知らんけど。
まあそんなことより、重要なのは過去ではなく今だ、今は乾ドックではなく湿ドックだ。
なぜなら……。
「番長! 大変です!」
「そうだな」
「水鉄砲忘れてきちゃいました!」
「本当だな」
「隊長……、その……」
「便所なら一人で行け」
「ち、違います!」
「隊長、心配いらないぞ。照姉の廃液は僕が飲み干す」
「死ね」
ご覧の通り現在のドックと言えば艦娘用の入渠ドック、つまりは風呂場を指すからだ。
傷に染みる。
「……」
「……」
「おい貴様ら、何でそんなに離れた場所で湯に浸かっていやがる。もっと近くに寄れ」
「あ! 番長が外人組に公然セクハラを!」
「なに、僕も混ぜろ」
ドックは不可思議な効力が働いており、何だかわからないが傷が治る。かなりキモい速度で怪我が治るので見ていて気持ちのいいものではない。
以前に、あまりにも生理的に受け付けない修復を見てしまったことがあったので、「これは何だ」とドックに詳しい明石に聞いたのだが、なぜだか泣き出してしまった。そんなにやばいものなのだろうか?
「隊長? おそらく、明石さんは隊長が怖くて泣いちゃったんだと思いますよ?」
「馬鹿を言うな。怖れからもっとも遠い位置にいるあたしを怖がるだと?」
「あー! 番長がまた寝言を言っています!」
「僕らの隊長は睡眠障害を患っていたのか」
やかましい、あたしのしゃべりを遮るな。
「おいグラーフ、特にお前は罪が重い。あたしの命令にはワンと鳴いて服従しろ」
「ワン!」
「ワン!」
「……わ、ワン」
「わんきゃんうるせーぞクソども」
「きゃいーん」
「わおーん」
「助けろアクィラ」
「あ、その。……わん」
本当に言うなよ。虐めてるみたいだろ、風評被害が出回ったらどうしてくれる。
「安心しろ隊長。すでに手遅れだ」
「どういうことだ」
「隊長? 私たちを毎日虐めているのを忘れてしまったんですか?」
「虐めてねえ、教育だ」
「クソ教師感あるな」
さて、先ほどの対空戦闘訓練は無事終了した。誰も怪我せず禍根も残さずみんな仲良しで終了した。
「番長今日ってエイプリルフールでしたっけ?」
「何わけのわかんねえこと言ってんだ」
「隊長の記憶は失われた。先の訓練で高次脳機能障害を患った」
「唐突に難しい日本語をぶっこむな」
「……ぶっこむ」
「おいむっつり、公共の場で盛るな」
「ち、違います!」
詳細を語ると、双方が攻撃を繰り出しなんやかんやあって初月が落ちて、うっかりアクィラをやってしまって、最後にはグラーフをぶん殴って終わった。
高雄型は肉体言語が好きなのだ。
「仕方ねえ、グラーフが来ないのならこちらから行く」
「え! 正気ですか番長!」
「もちろんだ」
「隊長、今日はフルスロットルだな」
「よし行け初月」
「え!」
「何を驚いていやがる、抉ってこい」
「心の準備が……」
「いまさら初心かよ」
「おっぱいの準備が」
「年単位で準備が必要なことをかますな」
お前のおっぱいの成長なんぞ待ってられるか。
ざばざばと、仕方がないので自分がグラーフに近づく。
おら、わざと波立たせてやる。
「……近づくな」
「ワンと鳴けば認めるぞ」
「……」
「沈黙はなんとやらだなぁ、おい」
「やだ、番長ヤの字」
「多分チンピラだと思うぞ」
「隊長は不良です」
うるせえ、役満感だすな。
「おら、何であんなことしたか話してもらおうか」
「うるさい」
「パンチ!」
「ぐっ……?!」
「あー! 暴力に訴えた?!」
「あたしはガキだろうがガキっぽい大人だろうが、分け隔てなく教育をする平等原理主義者なんだよ」
だからでけー声で暴力って言うんじゃねえ。肩を組み穏やかに問いかけてるだけだろうが。
「隊長、誤解を招くようなことを言うな。それは穏やかではなく恫喝しているだけだ」
「ジャンプしろって言いそうですよ? 隊長」
「あああ、あの!」
なぜこいつらはあたしを不良に仕立て上げようとするのか? 酷い奴らだ、酷い奴らだが、アクィラがついに口を開いた。
「お前、ワン以外に口を開けたのか」
「んもー! 番長はすぐそうやって話の腰を折るんですからー」
「折りたがりですね」
「鯖とかすきそうだな」
「おめーらに言われたくはねえ」
あと鯖折りはさすがにしたことはない。馬鹿にするな。
「……あの」
「おう、喋っていいぞ」
気をつかうな、どしどし喋れ。
「あー!!!」
「てめーまじ、黙れよクソガキ」
「隊長が言えたことではないな」
「あの!」
本当にすまないとは思う。
話してくれ。
「グラーフは……」
「もしかしてグラーフさんは、番長のことが好きなんですか?!」
しばくぞ糞餓鬼、と口に出す前に手足が出ていた。
とは言え、この処置は真っ当なものだ。こいつはそれだけ、あたしの寛大なる堪忍袋をズタボロにしたのだから。
と、そんなあたしの尻目で、あたしの腕の中にいるグラーフが震えていた。
秋月型:かわいい(変態)。摩耶のことが大好きだけどレズという訳ではない。小児期特有の甘えが爆発している。本当は3話冒頭に『摩耶番長会議』を挟む予定であったが雑談で一万字いけちゃうなと思ったのでフルカットした。
陸軍としてはレズという可能性に賛成である。
摩耶:番長。本当は強い人だけど秋月型にいじられているせいで最近威厳とかがない。でも昔から愛宕に可愛がられているので元から威厳などない。
対空番長って呼称を考えついた人は天才だと思う。
グラーフ:菓子は食った。
アクィラ:秋月型にいじられているが最終的には懐柔している。その性格が天然なのか養殖なのかは神のみぞ知る。
摩耶番長会議:本日の議題は『摩耶の暴力耐性(秋月型が被暴力者の場合)』であった。