もしもあの時……   作:匿名作者Mr.ハチマソ

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最終回は前編と後編(エピローグ)に分かれますが、もしもこの前編までで八幡が原作よりも幸せになった……八幡に救いの手が差し伸べられた、と感じられた方は、後書き及びエピローグは読まない事をオススメします。





最終回前編

 

 ごーん、ごーん、と、もう幾つ突くとお正月? ってくらいには、すでにこれが何発目の鐘か分からないほど聞き続けている除夜の鐘をBGMに、可愛い愛妹が作ってくれている年越し蕎麦が出てくるのをぬくぬくと炬燵布団に包まって今か今かと待ちわびている大晦日の夜。

 やー、至高の時間だにゃー。

 

「はーい、お兄ちゃんお待たせ。お蕎麦出来たよー」

「おう、さんきゅー、いつもすまないねぇ」

「お兄ちゃん、それは言わない約束よ?」

 

 ほかほかと温かい湯気が立ちのぼる天ぷら蕎麦。

 まぁ忙しい年末に加えて小町が受験生ということもあり、残念ながらこの天ぷらはさっき俺がスーパーで買ってきて出来合いだけど。

 

 それでも、この年の瀬に妹お手製の年越し蕎麦を妹と二人で頂く幸せは何物にも代えがたい。いわゆるプライスレス。

 ちなみに父ちゃん母ちゃんは昨日まで師走の忙しさに殺されかけていたうえ、明日は朝から小町の為に亀戸天神に合格祈願のお詣りに行くとの事で、今夜は年越しを待たずご就寝という社畜と親の鑑っぷり。

 まぁ本当は徹夜でお詣りに行くつもりだったらしい親の鑑な親父は、母ちゃんにバカなの? と叱られ小町からは気持ち悪いと言われ、泣きながら寝室に向かいましたがね。

 

 それにしてもこんなに平和な年越しが過ごせるのも、そんな素晴らしい両親のおかげですねと心の中だけで感謝の意を表明しつつ、さてと、お蕎麦を頂きましょうかね。

 

「いただ──」

「じゃあお兄ちゃん適当に食べたらどんぶり流しに置いといて。んじゃ小町は友達と年跨ぎ初詣行ってくるからねー」

 

 ……なん、だと?

 

「え、小町行っちゃうのん? 蕎麦は?」

「うん、一人で食べてねっ」

 

 い、いや、そんなむごいことをそんな可愛い顔で言われましてもー……

 

「つーかお前、結構余裕あんな、受験。合格祈願なんか親父にまかせときゃよくないか?」

 

 確かに小町はここんとこ勉強を頑張っている。にしてもマジで余裕たっぷりなんだよなぁ。

 小町ってどっちかっていうとアホの子だったはずだよね? なんでこんなに余裕あんの? この子。

 

「ま、そりゃね。最近小町にしては勉強頑張ってるし、たまにはこうやって友達と会って気分転換するのも、受験生には必要なことだと小町は思うのです」

 

 へー、そういうもんかねぇ。友達居たことがないからよく分からん。俺にはむしろ拷問のような気さえしてしまうわ。この時期に知り合いと合格祈願だなんて。

 なにせ一緒にお詣りに行って、どちらかだけ受かってどちらかだけ受からなかったりしたら、それこそ人間関係が壊れてしまいそうで。

 

「それにさ」

 

 そう言って、小町はぴこっと人差し指を立てる。

 

「小町、受験ランク落としたじゃん? ま、もともと小町には総武は壁が高過ぎだっただけだけど、でも……やっぱ無理してまで総武を狙おうって自分を追い詰めなくなったぶん、かなーり気持ちが楽になっちゃったのさ」

 

 にへへっと笑う小町の笑顔は、ちょっと前までストレスに押し潰されそうになっていた小町のそれとは全くの別物だ。

 受験生のこの時期にそんな顔が出来る妹を見たら、安心しない千葉の兄貴なんてこの世にいるだろうか? いやいない(反語)

 

「そうか」

 

 

 

 小町は、もともとは総武高校を狙うつもりだったらしい。

 ぶっちゃけ小町の学力を考えると余りにも無謀な挑戦だし、それにより精神に過負荷が掛かってしまうくらいなら、辞めるという選択肢を選んでくれて良かったと思わなくもない。まぁ総武の話を聞いたの自体が、やっぱやーめたと決意した後のことなのだけれど。

 

 小町曰く──

 

『小町ね、総武狙おうかどうしようかずっと迷ってたんだ。でも判定はいつも最悪レベルだし、先生にも「かなり無理して無理して、それでも本気で厳しいぞ」って言われてたの。だから一生懸命勉強したんだけど、それでもなかなか成績上がんなくって、今度はそれが余計ストレスになっちゃって逆に成績落ちちゃって……。だから、やめる事にしたんだー』

 

 との事。しかし一念発起して断念してからというもの(一念発起して断念っておかしくね?)一気にストレスから解放されたからか、今まで一生懸命勉強してきた事がすんなり頭に入るようになってきたらしく、総武を諦めて次に目標にしていた海浜総合高校へはわりとすんなり行ける予定らしい。

 

 可愛い妹を持つ身としては、同じ高校に通えるというのはとても嬉しい事だし、それを諦めたゆえに、二度とその夢が叶わなくなってしまったというのは正直ちょっぴり寂しくなくもないけれど、それでも無理な学校を狙うあまりに毎日辛い顔を見なくちゃならないのかと考えたら、それはそれで良かったような気もする。

 どちらにせよ小町が望む形が一番なわけだが。

 

 ああ、あとこの子こんなアホな事も言ってたっけな。

 

『ま、それでもさ、もしもお兄ちゃんが総武で充実した高校生活を送っててさ? んでんで、素敵なお義姉ちゃん候補なんかが誕生してー、そんでもってそんなお義姉ちゃん候補と小町がお友達になれてたりしたら、もっともっと頑張って総武受けてたんだろーなぁ、小町。だってお兄ちゃんとお義姉ちゃん候補とワイワイ過ごす高校生活とか超楽しそうじゃん。でも残念ながら現実は こ・ん・な だし、そんなに無理したり今の友達関係を切り捨ててまで総武にこだわる魅力を感じなくなっちゃったんだよね♪』

 

 なんだよお義姉ちゃん候補って。アホかそんなもんが簡単に出来てたら苦労してねぇわ。あと兄のライフを削りにくるそんな酷い台詞の後に音符つけんな音符。

 

 ……それでも諦める決意を話してくれた小町は、どこか悔しそうで、どこか後悔していて。

 でもそんな心のモヤモヤを家族に見せまいと、無理に笑っていた顔をとてもよく覚えている。

 

 当たり前の事ではあるが、総武受験を頑張った未来が良かったのか、早々に見切りをつけて必要以上のストレスを抱えずに済んだ現在か、どちらが良かったのかなんて俺にも小町にも分からない。

 どんなに大変でも、それを乗り越えた先の希望校合格という歓びを選ぶか、はたまた身の丈に合った学校で今までの友達と一緒に歓び合うか、そんなのはどちらがいいだなんて一概に言える事ではない。

 受験前のセーブデータから何度も最適解を探せないからこその、一度きりの人生なのだ。もしもあの時なんてタラレバな世界は、どこにも存在はしないのだから。

 

 

 ──もしもあの時……か。

 なぜだろうか。なぜかそのワードは、俺の胸を酷くざわつかせる。

 

「小町さ」

 

 そんな意味の分からないざわつきになんとなくモヤモヤしていると、そんなモヤついた表情が顔にでも出ていたのだろう、小町は俺を心配させまいとそっと言葉を紡ぐ。

 

「……もしかしたら選択間違えたかな? って思う時期が無かったと言ったら嘘になるけど……、でも、小町総武を諦めた事、今はそんなに後悔してないよ? だってもし無理して総武なんて受けようとしてたら、こうして友達と一緒に合格祈願なんて行けなかっただろうしね。あぁ……小町だけ落ちちゃったらどうしよう、あぁ……だから総武なんて無理に決まってんじゃーん、とかって笑われてたらどうしよう、とかウジウジ悩んで、絶対友達とお詣りなんか行けなかったと思うもん」

「……そうか」

「うん。へへー、だからこそ小町はこうして楽しい年末年始が過ごせるのです」

「……ねぇ、その小町の楽しい年末年始にお兄ちゃんも入れてくんない?」

「んー……しょーがないなぁ、んじゃ次の年末年始は可愛い小町が一緒に過ごしてあげるよ」

「……さいですか」

「あ、高校入って彼氏とか出来なきゃね☆」

「なん……だと?」

 

 あ、そういや違う学校に入られたら、小町の花のJK生活が俺の目に届かなくなっちまうじゃねーか……!

 ちくしょうっ、やっぱ総武にしてェ!?

 

 

 小町の先行き不透明なJK生活に血の涙を流していると、なぜだかふうっと空気が変わる。

 小町が不意に意味ありげな表情を見せたのだ。

 

「……でも、ね……、やっぱ総武を選んだ自分の選択の先がどうなっちゃうのかなってのも、見てみたい気がしない事もないんだよ、正直な気持ちを言っちゃうとね。……だからさ、お兄ちゃんはもう、選択を間違えないでね」

「……え?」

 

 なんだろう。今の小町の台詞には、なにか引っ掛かりを感じてしまった。

 なぜ小町はそんな事を言ったんだ? 小町は俺がどこかで選択を間違えたと、どこかで後悔していると思っているのだろうか……?

 

「な、なぁ小町、それってどういう──」

「やっば! お兄ちゃんなんかと無駄話してたらもうこんな時間じゃん! もう小町行くからね」

 

「おいちょっと……」

 

 と、謎の台詞とモヤモヤを残し、小町はエプロンをそこら辺にぽいっと放り投げるとキッチンに用意していたのであろうバッグを小脇に抱え、パタパタと玄関へ走っていく。

 なんかゴメンね? 時間が迫ってんのにごみいちゃんなんかの為に蕎麦なんて用意してもらっちゃって。

 

「あ、そだ、お兄ちゃん」

 

 そんな様子を炬燵からぼーっと見守っていると、小町は急に振り返る。はて、なんか忘れもん?

 

「おう」

「んん! お世話になりました。へへー、よいお年をー」

 

 そう言って優しく微笑む俺の可愛い妹。

 なんだよ、何事かと思ったらそんな事かよ。さっきの意味ありげな台詞の解答かと思ったわ。どうせ数時間後には新年の挨拶しに帰ってくんだからどうでもいいだろ、なんて思いつつも、……なぜだか、なぜだかは分からないのだけれど、ここでちゃんと小町に返事を返しておかないとこの先ずっと後悔してしまいそうな、そんな気がした。

 

 ──アホか。生まれた時からずっと一緒に過ごしている妹に、今更お世話になりましたなんて畏まった言葉を返さなくたって後悔なんかするわけないだろ。

 ……そうは思いながらも、それでも何故だかざわつく胸を抑えきれないでいる俺は、この一年の思いを込めて小町へとこう言葉を告げるのだった。

 

「おう。ま、なんだ、こちらこそ……お世話になりました、だな」

「うんっ」

 

 そして小町は出ていった。最後にぽしょりとこんな言葉を玄関に残して。

 

「……頑張ってね」

 

 ※

 

 小町の背中を見送ると、そこに訪れたのは THE.静寂。

 たまに響く鐘の音以外はなにも聞こえてこない、まさにキングオブぼっちにお似合いの、一人っきりの寂しい年の暮れ。

 

 

 そんな静寂と鐘の音をBGMに一人ズルズルと蕎麦を啜りながら、俺は夏休みが開けてからの二学期の思い出に思いを馳せていた。 ま、思い出と呼べるような物は何一つ無い、優雅で平坦で平和そのものなぼっちライフだったのだけれど。

 

 

 何事もない平々凡々な夏休みが明けると、まず俺を待っていたのはぼっちにはなにかと辛いイベントの一つ、文化祭だった。

 もうね、文化祭とかマジで要らんから。文化祭準備期間から文化祭当日まで、ぼっちにはどこにも居場所なんてないんですよ!

 

 もちろん今年の文化祭も、中学時代から数えて例年に洩れず居場所の無い日々を過ごしたっけ。

 

 なかなか決まらなかった文化祭実行委員のクラス担当者も、最終的には我がクラスで最も真面目で地味な、名も知らぬ男女が選ばれた。いや、選ばれたというよりは選ばざるを得なかったのだろう。なにせ誰もやりたがらなかったのだから。

 なんかああいうのって、誰もやりたがらないクラスだとなぜか最終的に地味で真面目な生徒にお鉢が回ってくるもんですよね。その点俺は地味だけど真面目さは皆無だし、そもそも地味過ぎて認識すらされてないからこういう時って超便利。

 

 そしてクラスの出し物がなんかよく分からんミュージカル(笑)に決まった時点で、俺は当然のように即座に裏方へと回った。いいよね裏方。教室の隅で一人で釘でも打ってりゃ、真面目に仕事してるように見える上にいつの間にか下校時間になってるんだから。

 

 

 しかしあの準備期間中で唯一驚いた事があった。いつぞやの女テニの子が、なんと同じクラスだったらしいのだ。……なんてことだ、全然気が付かなかったぜ……

 ちくしょう! そうと知ってりゃお近づきになれるように超積極的に動いたってのに! はい、嘘でーす。

 そしてその子が『王子さま』役、葉山が『ぼく』役という配役にて進んでいった我がクラスの出し物、星の王子さまミュージカル、略して星ミュ。どこにもミュージカル要素は無かったけど。

 まぁあれだ。一言で言うなら砕け散れ葉山。

 

 その後も特にこれといった問題もないまま、特段盛り上がったわけでも特段ダメな部分があったわけでもなく、文化祭は例年通りに幕を閉じたのだった。

 え? 文化祭当日はなにしてたかって? そんなの材木座と二人で漫研とか遊戯部の出し物見て回ってたに決まってんだろうが! 言わせんな恥ずかしい。

 

 

 そして次は十月の体育祭。

 これに関しては運動部員でもなければ執行部でもない俺には何一つ関係がなく、ただただ工場で仕分けされる荷物の如く、言われるがままに与えられた業務(余った種目)を誰の目に留まる事もなく遂行しただけでした。

 特筆すべき点としては、なんか知らんが去年よりはずっと盛り上がっていたように感じた……ってくらいか。特に団体種目なんかは執行部がかなり気合いを入れて計画を立てたらしい。

 なにゆえたかだか棒倒しであそこまで盛り上がってたのかは分からないし、俺は材木座と一緒に適当にふらふらしてただけだけど。

 

 

 さらに十一月は、三年間に渡る学生生活最大のイベントと言っても過言ではない修学旅行である。てかウチの学校って二学期にイベント積み込みすぎじゃね?

 

 こちらも勿論の事ながらぼっちには辛い辛いイベント。

 まず班決めから始まる地獄は、当然の事ながらひっそりとしている内に班が決まり、どこにも入れて貰えなかった比企谷君は、クラス内でもっとも地味なオタクグループの中に交ざる事となった。その班には、職場見学以来ぼっちライフを堪能している例の大和も入る事となったが。

 

 そして始まった修学旅行ではあるが、なんというか……既視感を感じたというかなんというか……まぁ端的に言うと小学校と中学校の修学旅行……あと加えて言うなら去年の林間学校とほぼ一緒だった。

 全体行動の一日目と班行動の二日目は、一言も発する事なく背景と同化してたよね。なんなら集合写真でも背景の一部と化してたんじゃねーの? ってくらい超背景。

 

 唯一自由行動だった三日目だけは楽しかった。自由だけに誰とどこへ行くかもフリーダム。

 材木座とはクラスは違えど、自由を手にした俺達は京都のアニメイトに行ったり土産物屋で買った木刀持って歴史ある仏閣で剣豪ごっこしたりととても自由なフリーダムっぷり。

 おいマジ材木座ふざけんなてめぇ。旅先のノリってやつでついつい付き合ってしまったが、剣豪ごっことか後日ベッドで布団に包まって悶えまくったぞこの野郎。

 ちなみに木刀を持って帰ったら小町にどん引きされました。

 

 と、そんなこんなで特筆する事もなく、修学旅行も何事もなく終了したのだった。

 

 ああ、そういえば修学旅行自体には特に何事もなかったが、修学旅行の数日前に教室でおかしな事があったっけ。

 なんか知らんが、普段教室で恋バナとかしないリア充グループが、わざとらしいくらい大きな声で唐突に恋バナを始めてクラス内を騒つかせた事があった。

 

『あ、そーいや海老名ってさぁ、彼氏とか作ったりしないん?』

『ねっ、姫菜ってそーゆー噂とか全然聞かないよねー』

『あー、私今そういうの全然興味なくってさ、多分誰であろうと付き合う事はないと思うんだ』

 

 とかなんとか。

 知らねーよ。リア充の恋愛事情なんて帰りにクレープ屋にでも寄ってキャッキャウフフと喋ってろよ。

 ま、大方修学旅行が近いから気が弛んで、つい教室内で羽目を外しちゃった♪みたいなところだろうけども。

 だってアレでしょ? 青春を謳歌しちゃってる方達って「修旅で決めちゃうしかないでしょー! っべー!」とかって騒ぐことも青春の一ページなんでしょ? 一辺死ね。

 

 

 

 そうして惜しまれつつも学生三大イベントが過ぎ去っていった十一月末、普段であれば俺達一般生徒にはほとんど関係が無いし興味もないはずであろうプチイベントで我が校に激震が走った。そのイベントとは生徒会役員選挙。うん、字面だけ見ても、まったくこれっぽっちも興味が湧かないイベントですよね。

 しかしそんなイベントで文字通り激震が走ったのだ。

 

 生徒会長に一年生女子が立候補した事もそれなりに話題となったのだが、その生徒会長を補佐する役目でもある副会長に立候補したのが、なんとあの雪ノ下雪乃だったのだ。

 どちらかと言ったら彼女こそが生徒会長に立候補するものなんじゃないの? と、学内はしばらく話題に事欠かなかった。

 さらには会計に立候補したのが学内トップカーストグループの一人でもある由比ヶ浜だった事も、この常ならば誰も興味を示さない生徒会役員選挙というイベントに注目が集まった要因の一つと言えただろう。

 

 もちろん雪ノ下雪乃と由比ヶ浜は圧倒的大差での当選。立候補者が一人だった生徒会長も、信任投票で一年女子が当選。

 どういった経緯でそういう結果となったのかは知らないが、こうして十二月より、新生徒会の活動が華々しく始まった……らしい。

 なぜ「らしい」かと言えば、確かに雪ノ下雪乃と由比ヶ浜の一件には多少驚きはしたが、驚きはしただけで俺にはなんら関係のない事だしね。

 

 

 こうして、俺の二学期は静かに終幕した。

 え? クリスマス? なにそれ美味しいの?

 

「いやぁ、この九ヶ月も色々あったなぁ」

 

 一人ズルズルと蕎麦を啜りながら、そう心にもない事をぼそりと溢す。

 色々あったってなんだよ。去年となんら変わらない、無味乾燥な平和で退屈な毎日だったっつーの。

 どれくらい無味乾燥だったかといえば、楽しみにしてた夕飯がドッグフード(ドライ)だったってくらい無味乾燥。いや、少なくとも目から大量の塩味の潤いが投入されるから、無味でも乾燥でもないかも☆

 去年と唯一違う事と言えば、ヤバい厨二デブにやたらめったら懐かれたって事くらい。超どうでもよかった。

 

 本当に平和で優雅で退屈な、一年の時と同じくこの先の人生でなんら記憶にも残らなそうな、なんにもないぼっち生活だった。

 

「……あ」

 

 ああ、そうか。確かになんにもない九ヶ月だったかも知れないけれど、そういえば新年度の始まりは、いつもとちょっと違う始まりがあったっけ。

 

 あれはそう、まだ俺が平塚先生に愛想を尽かされていなかった時、あの熱血教師に職員室へと呼び出されたのが事の始まりだった。そういや変な部活の勧誘されて冷たく突っぱねたっけね。

 さらにはそれから数日後、普段の俺なら絶対に関われないリア充美少女から声を掛けられた事だってあった。

 

 なんだよ、意外と色々あったんじゃねーか、俺の二年生生活。

 

 そんな時、俺はふと思ってしまった。あまりにも退屈で無味乾燥だった毎日を一人年の瀬に振り返ってしまったからこそ、つい思ってしまったのだろう。本当は考えたくもない、考えてはいけないこの思いを。

 

 

 

 ──もしもあの時。

 

 もしもあの時、平塚先生の手を取っていたとしたら……もしもあの時、由比ヶ浜の優しさを素直に受け入れていたとしたら、俺のこの九ヶ月は違う毎日になっていたのだろうか?

 

 

 

「……くっだらね」

 

 ああ、本当に下らないな。なにをセンチメンタルになってんだ俺は。ひとりぼっちの大晦日にやられちゃったのか?

 アホらしい。せっかくの小町の蕎麦が不味くなる。もうやめよう、こんなしょうもない思考に頭を使うのは。

 

 でもそんな時、俺の脳裏をあの人のあの言葉が過ってしまう。

 

『いや、哀しいことだが後悔した事にも気付かんのだろうな』

 

 

 

 ──後悔? ふざけるな。そんなもん、するわけがないだろう。

 確かに退屈だったかもしれない。なんにもなかったかもしれない。でもなんだ? 平穏最高退屈最高。それのなにが悪いんだ。

 

 ぼっちで居れば決して人間関係で傷付く事もなければ苦しい思いをしなくたっていい。なによりもめんどくさくもない。

 だから俺のこの生き方は自分で選んだ生き方だし、自分で好きでやってんだよ。この生き方に誇りを持っているまである。

 これはそう、単純な興味なのだろう。さっき小町も言ってたろ、その選択を選んだ先の自分を少しだけ見てみたいってだけの、ただそれだけのお話だ。

 

 

 つまらない思考を振り払って、今度こそ目の前の蕎麦を夢中ですする。そこにはもう先ほどの迷いなど微塵もない。うむ、やはり美味い。

 せっかくの年越し蕎麦だ。この退屈だった一年をさっぱり洗い流せるよう、出汁まで全部飲み干してやろうか。

 

 

 遠くに響く除夜の鐘を聞きながら黙々と蕎麦を食べ続ける事いかほどか。気が付けばどんぶりはすっかり空っぽになっていた。

 こうなると、人間ってヤツはどうしたって恐るべき敵と対峙しなければならなくなる生き物だよね。満足した腹と容赦の無い炬燵の温もりに、どうやら俺の瞼は閉店寸前ガラガラポン。んー、幸せだにゃー。

 

 満腹と炬燵というダブルコンボで襲ってくる睡魔にあらがえる人間など、果たしてこの世界に居るのだろうか? いやいやそんな人間居るわけないじゃないですかー?

 というわけで、俺は人間らしく、ここで無駄な抵抗を試みるのはやめようと思う。自然に生かされている我々が、自然の摂理に逆らっちゃダメですよね!

 

 

 そのまま炬燵に突っ伏して睡魔様に降伏宣言しようとした俺の目に、ほぼ十二時を指している壁掛け時計の姿が映る。……おお、もう年明けか。

 よし、なんとか年越しまでは起きてることが出来たぞー! と満足気な表情をたたえつつ、俺はそのまま深い眠りにつくのだった。

 

 

「……あーあ、高校……あと一年以上も残ってん、のか……よー……、あーめんどくせぇ、なぁ……。早く……終わっ、て……くんね……か、な」

 

 

 

 ──微睡みという現実と夢の狭間に、そんな本音だけを置き去りにして……

 

 

 

 了 (そして後編『エピローグ』へ)

 




さて、五話に渡ってあらすじや一話の前書きに記載した「八幡がもしも奉仕部に入れられなかったら?」という、一部の人達の間では「それこそが救い」と囁かれているifを本当にやってみたら、果たして八幡は本当に幸せなのか?を検証してみましたが、まぁご覧の通りとてもじゃないですが幸せになれるとは思えませんでした。
もちろんこれが八幡にとっては幸せだろうという人も居るのかもしれませんし、考え方は人それぞれなのでそういった考え方もあるんだなぁ程度で、そこまで否定はしません。

でも自分的には、これが八幡の幸せだと思えるのならば、それはとても残酷な事だなって思いました。
傷つかない代わりに何も手に入らない青春って、それって幸せなんですかね?
奉仕部に入らず嫌な思いをせずに済んだ代わりに八幡が失うのは、これから先一生付き合っていけるかもしれない大切な人達との出会い。そして自宅以外で初めて大切だと思えた場所。そして何物にも替え難い大切な経験の数々。
正直天秤にかけるのも馬鹿らしいくらい、傷つかない事と傷ついてでも守りたいと思える物、どちらが大切かは一目瞭然な気がします。

さて、この世界の八幡のままでは救いが無さすぎなので、エピローグにてあらすじの予告通りに彼に救いの手を差し伸べたいと思います。
エピローグはごくごく短く、さらにすでにほぼ書き上がっているので、明日か明後日くらいには更新できると思います。もしよろしければ最後までお付き合いくださいませ。



今回の原作との相違点。


・小町が総武をやめた→小町が無理してまでも総武を狙っているのは、雪乃や結衣や平塚先生の存在がかなり大きいと思うんです。
なんで無理してまでも総武を選んだのかは、あのごみいちゃんをこんなにも変えてくれた彼女達に、そしてそんな学校にとても興味が湧いたから…だと思うんで、それが一切無い状態では絶望的な合格率と友人関係のドロッとしたプレッシャーを抱えてまで無理に受けないかな?と。


・文化祭→ここもよく勘違いされる方がいらっしゃいますが、実はそもそも八幡が居なければ相模が文実になる確率が超低いんですよ。
なぜなら、なぜ相模が文実に…という話が持ち上がったのかと言えば、それは八幡が文実に決まっちゃった(平塚プレゼンツ)から。それによりクラス長の馬鹿発言で女子が余計やりたくなくなったから。さらには花火大会で八幡と結衣を目撃したからです。

あの場面で結衣を陥れたいから騒いだ相模と、それによりおかしな空気となったクラスの空気を整える為に葉山が動い事によりあの事態が起きたのであって、アレがなければ葉山が相模を(戸部を使って)わざわざ推薦するとは思えませんし、葉山に推薦されなきゃ相模が文実になるはずがありませんので。
陽乃さん次第の側面もありますが、相模が委員長ではないため必然的に文化祭は何事もなく進んだ事でしょう。


修学旅行→これは一番分かりやすい落としどころに落としておきました。
海老名が三浦と結衣に相談すれば一番話が早いので。


生徒会選挙→これに関してはただの妄想ですが、奉仕部の関係がギクシャクしていなければ、こういう選択もあったのかなぁ、と。

雪乃が代わりに生徒会長になっちゃったら「魚をあげちゃって」ますし、結局いろはが落選したら立候補させた連中からは余計笑い者になるはずなんですよね。
なのでサポートとしていろはに成長を促し、やらせっぱなしにもせず、立候補させた連中を見返す(あの雪乃を部下に従えて仲良くしてたら、連中にとってはなによりも「ぐぬぬ」ですもんね)としたら、これがベストなのかなー?と。



千葉村に関しては八幡のあずかり知らない部分なので謎のままです。
でもよく言われるような状況(葉山のせいで虐めが悪化)にはならないと思います。
というよりは、なぜ八幡が居ないと留美の状況が悪化するという考えに至るのかが分かりません。だって雪乃が葉山にそれをさせるわけ無いですから。葉山も三浦も瞬殺して、雪乃の思う行動を取るのではと思います。

そしてあの強い留美ですし、せいぜい雪乃が自身の経験を語り聞かせて『一人でも強く美しく生きていける雪乃二号』が誕生するくらいではないでしょうか?


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