もしもあの時……   作:匿名作者Mr.ハチマソ

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今までちょっと重めの話ばかりだったので今回はコメディ要素多めでお贈りします。


第4話

 

 総武高等学校 2年 F組 比企谷八幡

 

 1.希望する職業

 専業主夫

 

 2.希望する職場

 自宅

 

 3.理由を以下に記せ

 古人曰く、働いたら負けである。

 労働とはリスクを払い、リターンを得る行為であ──

 

 

 どうやらここから先は破れていて読めないようだ。

 

 とはいえ別にこの先に『かゆうま』とか書いてあったわけではない。あくまでも自身の労働という行為に対しての熱き思いをつらつらと書き述べただけの、なんてことないただの職場見学希望調査票である。

 余談だが、アレはかゆうま日記で有名ではあるが、実際のところは『かゆい うま』である。壮絶にどうでもいい余談だった。

 

 ではなぜそんなただの調査票が破られているかというと、どうやらなぜかこの調査票が担任の逆鱗に触れたらしく、読んでいる最中怒りのままに破り捨てられたようだ。ぐしゃぐしゃに丸められたような跡がある事から、ぷちっとキレて一度はそこら辺に投げ捨てたんだろう。どうやら本気で激おこだったご様子。いや、そんな冗談めかして言うレベルじゃなかったんだろうね、てへ♪

 

 そして俺の手元に返ってきたのが、担任のやるせない怒りを顕にしたかのようなこの調査票の切れ端と、殴り書きで再提出と記された紙が一枚。

 もちろん担任が直接俺に言ってきたわけではなく、帰りのホームルームが終わって目が覚めたら、投げ捨てられたかのように机の上に乱雑に置かれていた。

 

 俺の問題行動は担任の手には負えない為、通常であれば生徒指導へと回される案件となるであろうところなのだが、生憎俺はすでに生徒指導からも見放された危険物として認識されたようで、こうやってふざけたレポートやら調査票を提出しても、各教科担当の教師はおろか、担任さえも何も言ってこないようになった。つまりはなにをしても不戦勝である。勝ったなガハハ! 負けを知りたい。

 いや、無言で再提出させられるわけだから俺の不戦敗ですよね分かります。

 

「つったって、書くことなんかねぇんだよなぁ……」

 

 職場見学。

 我が校では二年生のこの時期、中間試験の直後にこの誰特イベントが用意されている。

 

 確かにこんなイベントは要らないし行きたくもない。だが問題はそのイベント自体ではないのである。そのイベントへは「好きなヤツ三人で組んで行け」という、あまりにも無慈悲な制約が成されている事こそが問題なのだ。

 

 好きなヤツと組め──ぼっちには決して言ってはならない禁句中の禁句。ぼっちは誰のことも好きではないし、もちろん誰もぼっちのことを好きではない。

 そんな分かり切った状況のただ中に置かれている人間に対し、好きなヤツと組めとは何事か。完全にただの虐めだぞ。

 

 さらに三人組となるとこれがまた厄介なのだ。

 通常ぼっちは「好きなヤツと組め」イベントでは、組決めの順番は最後に回ってくる。主役は遅れてやってくるものだ! ってヤツだ。違うかな、違うね。

 つまり最後まで売れ残り必至だから、余った者同士で組まされるか、または三人組になれなかった仲良し二人組の中に押し込まれるか……という形になる。

 

 しかし前者にせよ後者にせよ、売れ残りの中の売れ残り、キングオブデッドストックの俺クラスともなると、どうしたって三人組ではなく二人組+おまけ一人という構図になってしまい、発言権など皆無なのである。

 つまり希望職場なんか書こうが書くまいが、どっちにしろ他のメンバーが行きたい所に決まる為、どんなに俺が真面目にこの調査票に何かを書いたところで、そこに何ら意味はない。

 

「はぁ〜……」

 

 深く溜め息を吐きながら、俺はこの調査票にマイドリームを記入した時の記憶に想いを馳せる。ああ、あの頃は良かったなぁ……。つい先日の事だけど。

 あれはそう、普段はそうそう足を運ぶことのない屋上での一幕である。俺は暑さから少しでも逃れようと、涼しさを求め屋上での調査票記載を選んだのだ。

 そして、そこで俺の前に突如として現れた素晴らしき奇跡。

 

 そう、あの美しき黒レースとの夢のような出会い。

 

 はっきり言って俺には一生あるかないかのラッキースケベである。どこかのよくTo Loveるに巻き込まれる男とは違うのだ。

 だから俺の記憶に残っている光景は、はっきり言って黒レースの一点のみ。どういった状況で、どういった流れで、どういった人物と(美人だったのは覚えてる)どういった会話を成したのかもなんら覚えちゃいない。

 ただはっきりとこの脳裏に焼き付いているのだ。スラッと美しく引き締まった太ももの先にある黒のレースが。

 

「うむ、あれはいいものだ」

 

 あの光景を思い出してそうぽしょりと独りごちると、先ほどまでの陰鬱とした気持ちが不思議とどこかへ消えていく。ふぅ……

 

 

 ──さて、黒レースのおかげでなんとか気持ちも晴れやかになった事だし、面倒くさくて意味も見いだせないこの職場見学希望調査票再提出という作業も、とっとと片付けてやりましょうかね。

 

「……ワコール、っと」

 

 ※

 

 さすがはあの業界で日本最大手企業。調査票二度目の提出に関しては、なんの文句もなく無事担任審査を通過したらしい。

 もう再提出を要求するのも面倒くさくなって投げ出された可能性は僅かだと思いたい。

 

 結局グループ決めは当然のように順調に進み、俺も順調に売れ残りの中にすっぽり収まった。

 ちなみにそのメンバーはというと、青みがかった黒髪ロングをシュシュでひとつに束ねたポニーテールが特徴の美人ヤンキーが一人と、なぜか我がクラスのリア充グループから選出された(落選した)、ガタイのいいラグビー部員が一人。

 

 ヤンキーの方は確か……川……川……川島……? だよね。

 こんな美人ヤンキーが同じクラスに居たこと自体知らなかったのだが……、なーんかどっかで見たことある気がしたんだよね。ま、向こうも俺には一切の興味も無さそうだったからどうでもいいが。

 

 なぜこんなに美人なのに売れ残ったのか。それはひとえに恐いから。あと恐い。

 基本群れずに孤独を愛するロンリーウルフのようで、ぼっちで居る事を一切気にしていないご様子の彼女とは、なかなかに気が合いそうである。しかし残念ながら気が合う=仲良くなれるというわけでは決してなく、お互い干渉しないで済みそうだ、という意味合いでの“気が合う”である。

 

 ラグビー部員の方は、確か……大和とか言ったっけか。なんかよく葉山達とうぇいうぇい騒いでるから、悔しいけど名前覚えちゃったよ。

 

 こいつが三人グループからあぶれた理由はまぁ分かる。なにせ決められたグループ人数は三人なのだから。

 だから誰か一人があぶれる理由は分かるのだが、よく理解出来ないのが、なぜかこいつが葉山達と同じ職場への見学を選ばなかった、というところだ。

 

 というのも、実はこのグループ分けには裏があった。なにが裏かというと、実際はグループ分けにはなんの意味もなかったのだ。

 だってさ、せっかくグループ分けしたというのに、黒板に葉山が名前と「行きたい職場」を書いた瞬間に──

 

「あ、あーし、隼人と同じとこにするわ」

「うそ、葉山くんそこいくの? あ、うちも変える変えるぅ〜!」

「あたしもそこにしようかなー」

「隼人ぱないわ。超隼人ぱないわ」

 

 と、クラスの連中が一斉に葉山と同じ「行きたい職場」に書き替えてしまったのだ。

 結局、職場見学希望調査票とはなんだったのか? というくらい、まったくもって無駄に終わったグループ分け&行きたい職場選び。ほらー、だから八幡言ったじゃーん、意味ないってさぁ。専業主夫のままでも良かったっしょー?

 

 というわけでクラスの大半が同一職場見学に決まったわけなのだが、なぜかラガーマン大和はそこを選ばなかった。

 あいつは一言も発さず、黙って黒板の隅っこに自分の名前を書き上げたのだ。

 

 もしかしたらこのグループ分けの際に、連中の間でなにか亀裂が入るような出来事があったのかもしれない。

 いつも四人で居るところに三人グループ編成でとのお達しは、なにかしら難しい事情が生まれてしまっても致し方ない事なのだろう。今までグループとやらに属した経験が無い俺にはどうでもいいけれど。

 

 結局、そうやって売れ残りグループは一言の意志疎通も無いままグループ分けが決まったのだが、三人が三人とも行きたい職場を希望しなかった為、俺らの調査票の中からババ抜きよろしく適当に一枚選び、その職場へ出向する事が決まったのだった。

 

 『大和・川崎・比企谷 行きたい職場 ワコール浅草橋』

 

 どうしてこうなった(白目)

 

 ※

 

 

 そんなこんなで時は過ぎ、気が付けば中間が目と鼻の先にまで迫っていた。

 優秀な学生たる俺は、いつまでも美人ヤンキーと一緒に女性用下着企業に職場見学へ行く事になってしまったことを嘆いてばかりもいられないのである。

 今夜も常と変わらず夜の勉強に励み続けていると、時計の短針がいつの間にか真上近くの位置に踏ん反り返っていた。

 

 ──おうふ、いつの間にこんな時間に……

 

 ぼっちは基本的にあまり時間を気にしないものなのである。なにせ他人に合わせる必要がないからね! それにしても我ながら恐ろしい程の集中力だぜ。もう少し集中力を鍛えたら、操気弾くらいなら撃てるようになるかもしれん。

 

「ふぁ〜……コーヒーでも飲むか」

 

 んんーっと伸びをしてからトントンと小気味よく階段を鳴らしていざリビングへ。

 

 

 リビングに入ると、そこには人類史上誰も見たことのないような超絶美少女が、いつの間にか自室のタンスから姿を消していた俺のTシャツと、世の二次元好きチェリーボーイ達の憧れ、縞パン一丁という無防備過ぎる姿でソファーに横たわっていた。なにを隠そう妹の小町である。誰も見たことないもなにも毎日見慣れてんじゃねーか。

 もちろんいくら見慣れたと言っても、決して見飽きる事などはない。なぜなら超絶可愛い愛する妹だから。

 

 あ、今の八幡的にポイントたっかーい! と心の中でばちこーんとウインクを決めつつキッチンにコーヒーを淹れにいくと、俺の気配に気付いたのか小町がもぞもぞと起き始める。

 

「おう、悪いな、起こしちゃったか」

「……んー、おにいちゃん、おはよー……いまなんじー……?」

 

 おはやくはねーよ。今深夜だから。あとこいつ寝呆け過ぎて、ぜったいセリフが全部平仮名になってんだろ……なんて益体もない事を考えつつも、優しく現在時刻を教えてあげる兄の鑑たる優しい俺。

 すると時間を聞いた小町は、どうやら一発で目が覚めたようだ。

 

「しまったぁ! 寝すぎたぁ! 一時間だけ寝るつもりが……、五時間寝てたぁ!」

 

 いやお前ホントに寝すぎだろ。つまり七時くらいから寝ちゃってたって事だよね、それ。ちょっとだけうたた寝しよっかな☆ってレベルじゃねーぞ。

 

「うぅ……小町、せっかく今日は試験勉強するつもりで気合い入れてたのに。もうこんなんじゃ台無しだよ! やってらんないよ!」

 

 知らねーよ……。つか気合い入れてたんなら、帰ってきて、まず寝ようと思うなよ……

 

「……およ? そういえばお兄ちゃんはこんな時間にどったの?」

 

 つい今しがたまで「よよよ」と泣いたフリをしていた妹の変わり身の早さに若干引きつつも、質問を受けたら返すのが言葉のキャッチボールというもの。ちなみに俺のキャッチボール相手は小町だけだから、いざという時の練習の為にもこいつとのやり取りは欠かすことは出来ない。

 材木座? ありゃダメだ。あいつは暴投が酷すぎてキャッチボールにはならない。いつも俺が球拾いに走ってばっかりですよ!

 

 

「試験勉強やってたらいつの間にかこんな時間になっててな。ちょっと休憩しようと思って下りてきた」

「へー、休憩って事はまだやるつもりなんだ。お兄ちゃんは相変わらず変なとこだけ真面目だねぇ」

「ばっかお前、変なとこ以外も超真面目だっつの。あれだぞ、こないだなんか職場見学調査票に日本が誇る大手企業を書き込んでな、今度そこに行くことに決まったんだぞ」

「おお! 専業主夫志望のお兄ちゃんもなかなかやりますなぁ。……で、どこ行くの?」

「……あ、や、……わ……コー……」

「へ?」

「……ワ、ワコール……っつってだな……?」

「うわぁ……」

 

 やめて! 我が身を守るように抱き締める最愛の妹にそんなゴミを見るような目で見られたら、お兄ちゃん自決を選んじゃいそうだよ!

 

「……まぁ小町は今更お兄ちゃんのそんな性癖くらいじゃ驚かないよ。でもね、妹のを被るのだけはやめたほうがいいと思うんだ、小町」

「被ってねぇわ。なんでもう被っちゃった経験者みたいな言われようなんだよ」

 

 高坂さんとこの兄貴だってなかなか被んねぇぞ! ……多分。

 

「……え? じゃ、じゃあもしかして……。お、お兄ちゃん……いくら主夫目指してるからと言ったってさすがにそれは……」

「付けないからな? いい加減にしろよこのガキ、そのアホ毛ひっこ抜くぞ」

 

 おいマジやめろ、そんな目で兄を見るんじゃありません。どうしよう、このままじゃ家族に変態兄貴の烙印を押されちゃうよぅ……と愕然としていると──

 

「まぁそんな事よりもさー、」

「そんな事で片付けられるような軽い問題ではないでしょ小町ちゃん!?」

 

 いやホントマジで。

 なに? 小町ちゃんの中では兄が妹のパンツ被ってるかどうか、もしくは兄が女性用下着着用者かどうかという事案はそんな事レベルの軽い問題なのん? 兄としての沽券に関わる大問題だろうが。

 ……はい、今更ですよねー。

 

 まぁ兄の痴態を軽く流してくれるというのなら、そのお気持ちは有り難くお受けしましょうじゃありませんか。もちろん後で誤解はちゃんと解いておくんだからね!

 誤解もなにも黒レースを思い出しながら調査票書いてたら、気が付いたら記入が終わってただけだけど。うん、どうやら誤解は永遠に溶けそうもないね。

 

 おっと、今はそんな先の不幸な未来よりも、目の前の妹の言葉を大切にしようではないか。

 そして俺は、小町の言葉に大人しく耳を傾ける。

 

「んで?」

「んー、小町結構寝ちゃったし、お兄ちゃんがまだ勉強するって言うなら小町も一緒に試験勉強しよっかな」

「おう、やるか」

 

 こうして八幡と小町、妹と夜のお勉強会が始まるのだった。

 

 ※

 

「……なんだよ」

 

 勉強スタート当初は二人して黙々とやっていたのだが、粗方の作業を一段落させてからふっと気を抜いた時、小町がぼーっと俺を見ていることに気が付いた。

 なーに小町ちゃん、もう飽きちゃったのかな?

 

「んー? いやー、お兄ちゃん真面目だなーと思って」

「んなことねぇだろ。普通だ普通」

「いやいや、仮にも専業主夫を目指すとか言ってるダメ男は、普通こんなに真面目に勉強に取り組まないよ」

 

 余計なお世話だった。うるせーな、その夢を叶える為にはまず土台を固めなくちゃなんねーんだよ。

 

「うっせ、別に真面目ってわけじゃねぇよ。これは夢への投資だ。まずそこそこの大学入って、優秀な奥さんに拾ってもらわなきゃならんだろ」

「言ってること最低だよお兄ちゃん……」

 

 げんなりと俺を蔑む妹の表情を見て思う。

 ですよねー。

 

「んなことより勉強しろ勉強」

 

 まぁ最低なのは今に始まった事ではない。なんなら始まり(生まれたとき)から最低だったまである。

 とりあえずはそんなことよりも勉強勉強っと、と、飽きてしまったらしい小町に勉強の再開を焚き付けると、呆れ果てたムカつく顔から一転、妹はふっと表情を緩め、くすりと優しく笑う。

 

「そういうところが真面目だよ」

「……さいですか」

 

 なんだよ照れんじゃねぇか。もしかしてそれが言いたくて話題を振ってきたのかな? なんなの? お兄ちゃんのこと好きなの? なんなら小町がお兄ちゃんの面倒を一生みてくれてもいいのよ? むしろ推奨。

 

「やー、世の中にはいろんなタイプの兄や姉がいるよねー。小町が行ってる塾の友達はね、お姉さんが不良化したんだって。夜とか全然帰ってこないらしいよ」

 

 なんて、愛妹の兄妹愛にちょっと感動していたら、小町はとっとと次の話題へと切り替えやがった。どうやら俺を養ってくれる為に振った話題ではなく、次の話題へ移るための単なる布石だったらしい。お兄ちゃんがっかりだよ。

 それにしても危うく妹に惚れてしまうところだった。あぶねぇよ千葉。

 

「ほー」

「でもねでもね、お姉さんは総武高通ってて超真面目さんだったんだって。何があったんだろうねー」

「へー、なんだろうね」

 

 こいつにとっては重要な話題なのかもしれないが、俺にとってはどうでもいい雑談タイムに突入してしまった為、小町の言葉を右から左へ聞き流す。

 妹の友達の家族の話とか、昨夜見た夢の話を聞かされちゃうくらいどうでもいいよね。

 

「まぁ、その子のお家の事だからなんとも言えないけど。最近仲良くなって相談されたんだけどさー」

「ほーん」

「あ、その子、川崎大志君っていってね、四月から塾に通い始めたんだけど──」

「小町、その大志クンとやらとはどういう関係だ。仲良しとはどういう仲良しだ」

 

 全然どうでもいい話じゃなかった。

 おいおい妹よ、なにシレッと男友達なんて作っちゃった上に相談とか乗っちゃってんのよ。それ、八割がた相談は口実だからね?

 

「なんか、お兄ちゃん目が怖いんだけど……」

 

 おっと、どうやら目がマジだったらしい。

 いかんいかん、こういうのってあんまり詮索するとウザがられちゃうんでしょ? 可愛い妹にウザがられる人生なんて真っ平な俺は、あくまでも平常心で対応するのさ。

 

「よし小町、今度その大志クンとかいう毒虫を家に連れてきなさい。お兄ちゃん、その虫と色々とお話がありそうだ」

「……うわぁウッザい。絶対連れてこないよ……」

 

 速攻でウザがられました。

 解せん。かなり平常心でマイルドな言い方だったのに。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん、小町と大志君は、どこまで行っても永久的にお友達だから☆」

 

 そう言ってぱちりとウインクをかます妹の素敵スマイルを見て思うのです。

 やっぱり女ってすげー残酷だよね。つい今しがたまで殺意を覚えていた大志クンに、ちょっぴり同情してしまいました。まる。

 

「でさ、どうやらお兄ちゃんと同じ二年生らしいんだけど、お兄ちゃんなんか知んない? 川崎沙希さんっていうんだってー」

「川……崎?」

 

 あれ? どっかで聞いた事があるような無いような。……あー、アレ、か?

 

「悪いな、川口さんなら聞いた事あるんだが、そいつは知らん」

 

 ん? 川越さんだったっけ?

 

「だよねー。ま、そもそもお兄ちゃんに学校の人の事で期待なんてしてないから大丈夫大丈夫」

「おいひでぇな」

「小町がお兄ちゃんに望んでるのは学校の事なんかじゃなくって、いつも小町に元気な笑顔を向けていてくれる事だけだよ! あ、今の小町的にポイント高い!」

 

 う、うぜぇ……

 しかも笑顔さえあれば他にはなにも期待されてないとか、俺ってどんだけ期待値が低いんだよ。笑うなんて誰だってできるもん!

 

「ま、あれだ」

「んー?」

「友達の相談に乗ってやるってのは悪い事じゃない。だがあまり人様の家庭の事情に踏み込むのだけはやめておけよ。変に干渉しすぎると、嫌な思いするのは小町の方かもしれんからな」

 

 そう言ってぽんぽんと頭を撫でてやる。

 

 相談してきたのが性欲まみれの男子中学生だという事はこの際置いておくとしても、やはり他人が家庭の事情に入り込みすぎるのは良いことではない。

 不良化した……夜帰ってこなくなった……。でもそれは残念ながら当人の問題でしかないし、もしかしたら何かしら事情があるのかもしれないし。

 

「夜帰ってこないのだって、もしかしたらバイトとかしてるのかもしんねーし、そしたらそれこそ家庭の事情だ。そしたらそれは当人達の問題でしかないんだから、小町にはどうする事も出来ないし、どうする権利もない。他人の家の台所事情の話とかになっても、ただただ嫌な思いをするだけだろ」

「……うん」

「だからまぁ、あれだ。相談はあくまでも聞くだけにしとけよ。その大志クンとやらだって本気で姉ちゃんを心配してんなら、ちゃんと自分で自分の思いをぶつけんだろ」

 

 俺だってもしも小町に対してそういった心配事が出来たら、ウザがられようが嫌われようが、ちゃんと思いをぶつけて話し合うだろうしね。

 もっともいつも心配ばっかりかけてんのは俺の方ですけども!

 

 すると、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられながら、小町はニヤリと笑いこう言うのだ。

 

「だーいじょーぶ。小町を誰の妹だと思ってんの? あのお兄ちゃんの妹が、人に踏み込み過ぎて自分が嫌な思いをしようとするわけないじゃん!」

 

 どうも、あのお兄ちゃんです。

 

 ったく、ホント可愛くない可愛すぎる妹だな、こいつは。

 でも確かに小町はこのお兄ちゃんの妹なのである。見た目は可愛くて性格も明るく、誰とでもすぐに仲良くなれる社交的な妹。……あれ? ホントに俺の妹かな?

 そんな一見兄とは似ても似つかぬ完璧な妹なのだが、そこはやはり比企谷家の一員。群れていても燦然と輝けるのに、群れていなくても一人で立派に生きていけるハイブリッドぼっちなのだ。

 そんな小町だ。だから他人に踏み込み過ぎて失敗するようなヘマはしないだろう。

 

 そして俺はもう一度乱暴に頭をぐりぐりしてやると、最後にこう言って会話を終わらせる。全然心配なんかしてないんだからね! という、兄のありったけの思いを伝える言葉を。

 

「よし、相談に乗ってやるのだけは許してやろう。だがそれは人が居る塾内だけだ。帰りに二人きりでどっか寄ってくるとかは絶対に許さん! そう、絶対にだ!」

「……ウザ」

 

 やはり解せん。

 

 ※

 

 あれから特に何事もないまま季節は流れていった。

 無事中間を終えて、無事職場見学も済ませた。当然誰一人会話する事もなく気まずいままに終了した職場見学ではあるが、早く終えられることのみに重点を置いていた俺としては、まぁ上出来な内容だっただろう。

 

 小町の友達の姉問題はどうなったのかは知らない。

 でもあれ以来、小町が大志クンの話題を出してくることが一度も無かった事を考えると、川崎家には川崎家なりの決着が付いたのだろう。その結果に俺が介在する余地などどこにもないのである。

 

 その後は特にこれといったイベントも無く、優雅なぼっちライフらしく静かに季節は巡りゆき、気付けば本日はもう一学期の終業式。本当になんのイベントも無かった。

 ああ、そういや後輩に馬鹿にされたとかいって泣き付いてきた材木座に、遊戯部とかいうわけのわからん部活に連れていかれたような記憶があるようなないような。まぁただただ材木座が泣かされただけのイベントだったから割愛でいいだろう。

 いや、どうでもいいイベントだったから割愛だと誤用だな。割愛ではなく、単なるカットという事でオナシャス。

 

「ふぁ〜……」

 

 校長の無駄で下らない長話を子守唄にしつつ生欠伸を噛み殺した俺は、明日からの悠々自適な毎日を夢見て思うのだ。二年生になってからのこの約四ヶ月は、なんと有意義な毎日だったのだろう、と。

 

 材木座と体育でペアを組み、材木座のラノベを批評する日々。

 そして材木座とラーメンを食いに行ったり、果ては材木座に泣き付かれて遊戯部に赴いたりと、本当に毎日が有意義だった。

 

 

 ……ん? あっれー? よくよく考えたら材木座だらけの毎日じゃねぇか。

 

 

 

 ──やはり俺の青春ラブコメは、材木座さえ居ればいい。

 

 

 

 え、これで終わっちゃうのん!?

 

 大丈夫、もうちっとだけ続くんじゃ。

 




材木座ルート一直線になってしまったかに見えるこの作品も、多分次回で最終回になると思いますので、もしよろしければ最後までお付き合いいただけたらと思います。


今回の原作との相違点。

まずチェーンメールですが、もちろん八幡は知らないままです。そして犯人はラガーマン大和という設定にしておきました。
理由としましては『男子高校生にとって三股という噂はただのモテ自慢だろ』という理由ですね。
某いろはすSSの有名作品の中でも語られていたのですが(もっともそちらでは大和の件ではなくて八幡に三股の噂が出回ったのですが)、三股出来るほどモテるという噂が流れるのは、男子高校生にとってはむしろ勲章ですから。あくまでも根も葉もない噂ですし。


そしてこちらが最大の相違点。やはり八幡と川崎は(人間関係において)関わりませんでした。
こちらはよく「小町から話が来るんだから関わるでしょ」と誤解されがちですが、実際は多分こんなところでしょう。

原作にはこうあります。「まぁあれだ。困ったことになったら言えよ。前に話したろ、奉仕部とかいうわけわからん部活やってるから、なんとかしてやれることもあるかもしれないし」と。

つまり八幡が小町に相談を持ち掛けさせたのは奉仕部ありきの話であり、また、小町が八幡に相談したのもそんな兄の姿(部活に入った事で少しずつ変わってきた姿)を見てきたからこそだと思います。
奉仕部にも入らず、一年の頃と同様毎日誰とも関わらずすぐ帰宅する兄の姿を見ていたら、兄の学校生活を心配している小町が、学校の人の相談を持ちかけてなんとかしてもらおうと思うとは到底思えません。なぜなら小中時代、学校でたくさん傷付いてきた兄を一番近くで見てきた妹なんですから。

ちなみにカフェで小町&大志に遭遇→そのまま相談会というイベントももちろん発生しません。
あれは学校帰りにマリンピアの書店に寄った八幡が、偶然カフェで雪乃、由比ヶ浜と一緒に居た戸塚を発見した事により発生したイベントなので、平塚先生にも呼び出されず戸塚も知らない八幡では、あのイベントは起こり得ないからです。


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