転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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顔亡し

 

 

 

 

 

 車内へ伝わる振動はほぼゼロに近い。どれだけ飛ばしていても、そのスムースな走りが乱れることはなく、タイヤと地面が擦れる音はたたない。だから、後部座席で寛ぐ二人に余計な雑音が邪魔をすることはない。

 ロールスロイスの内は車というには豪奢すぎるきらいがあった。普段、()()()()()()()クーペやオープンカータイプの車に乗り慣れている石井は若干落ち着かないような心持ちで窓の外を見ていた。

 

 「今日はほんとうにありがとうございました。急なおねがいにも関わらず、いっしょに出席していただいて……」

 「構わないよ。別段、用事がある訳でもなかったんだ。久し振りに有澤先生に顔を見せるいい機会でもあったから、ちょうど良かった」

 

 セシリアはニコリと笑みを浮かべて、石井の横顔を見つめていた。

 

 突然の電話だった、と石井は記憶している。朝方にセシリアから着信が来ていることに気付いた石井がかけ直そうとすると向こうから再びかけてきた。

 起きたばかりの早朝、何事かと思えばパーティーへの誘いだった。時間を考えろ、と言いたいところだが何分セシリアの方でもごたついていて、急な事だった。GAジャパン主催のパーティーでエスコートしてくれる男を探している、なんでも本来のエスコート役が急遽キャンセルになってしまい探そうにも夕方までに探しても間に合うかどうか。そこで、本来はラインアークを離れることが滅多にない石井に白羽の矢が立ったという訳だった。GAジャパンの、パーティーの運営からも是非にと声をかけられて猟犬のパーティー出席が決まった。

 それなりの格好、ネイビーのタキシードを引っ張り出して石井はオルコット財閥が手配したロールスロイスに乗った。セシリアはアズライト色のドレスを着ていた。似たような色が被ってしまったが、それはもう仕方のない事として諦めた。戻る時間もなかった。

 会場に行ってみれば、石井は化け物を見るかのような視線に晒された。彼の異名を考えればおかしくはない反応だった。築き上げた屍の山は万をも越えている。公の場に、姿を出すことの少ない彼の姿にGA傘下の企業の重役たちはパイプを作ろうとするも、脇はセシリアと有澤重工の面子によって固められていた。そんな中で一人だけ、遠巻きに星が瞬くような眩しい視線を送ってくる女性がいた。石井としては見覚えがなくもない、という曖昧な相手だったゆえに、受けのいいであろう笑みと共に会釈をすると彼女は脱兎の如く会場を飛び出し何処かへと消えてしまった。後から聴いたところによれば、彼女はメイ・グリンフィールドというGAジャパン所属のISパイロットらしい。随分と無茶苦茶をやるというが、もしかしたら何処かの戦場でニアミスしたかもしれない。

 やがて、パーティーは終わり、こうして寂しさがさざ波のように寄せる帰路についている。尤も、石井にはそんな感傷はなくて、ジョナス・ターラントから後々嫌味と小言を言われるかもしれないという憂鬱さが悶々と巡っている。

 

 「ほんとうはこのまま、何処か遊びにいきたいのですけれどね」

 「残念だが、私は明日から仕事だ。君も授業があるだろう」

 「サボればいいのですわ」

 「一応、教師の前で言うことではないと思うが?」

 「騙し騙しやっているのではなくて?」

 

 悪戯っぽく言うセシリアに、石井は視線を窓の外に戻す。

 

 「また、何処かに連れていってくれるの。待ってますわ」

 「時間が出来ればの話だな。それと、休みが長く取れたら」

 「篠ノ之博士や織斑先生は良いのですか?」

 「オルコット財閥との、ひいてはGAグループとの繋がりを作るためだ。伝が有澤重工一つでは、些か浅すぎると思ってね」

 「そういう建前」

 「本当さ。君は傭兵相手に色々と話せばいい。私は依頼の合間の世間話に付き合う。それだけだ」

 「悪い人ですわ」

 「何を今更……」

 

 戦争は終わった。とは言えない。

 国家というシステムの崩壊。企業という経済主体によるパックスエコノミカ、経済による平和。

 世界は様変わりした。なにも大地が荒廃しただとか、汚染物質による環境の激変だとかそういうことが起きた訳ではない。しかし、確かに世界は変わった。日々の暮らしにもその影響が表れ始めた。

 国民はいない。経済主体に属する企業構成員として、人類はみな企業の歯車の一部と化した。と言っても貧富の差が如実になった訳でもなく、彼らは普段通りの生活を送っている。

 その生活の細部。例えば社会保険や福祉制度が企業が管理運営するようになり、流通する食糧の生産が、大規模プラントによる一元的かつ効率的な安定供給を目的としたプランにシフトされた。GAジャパンと有澤重工はこれにより、土地の少ない旧ジャパニーズエリアで輸入や外部からの供給に頼らず自力での安定供給を目指して世界最大の洋上食糧プラントを建設した。太陽光と波力による電力の確保、ほぼ全てのラインのオートメーション化、淡水化機構による潤沢な水資源と広さによるグレートプレーンズ並みの規模で行われる稲作。

 そして、勿論、そのプラントを狙う者たちは数え切れないほどいる。国家主義の残党や、古くから活動するテロリスト、対立企業。全地球規模で大きく、短く、勃発した国家解体戦争の後。現在、発生する戦闘は紛争規模の物がほとんどだ。

 スクリーンの向こう側の戦争は終わらず、今も続いている。

 

 「オルコット財閥が本社機能をまた陸にあげるという計画があると聴いたが、本当か?」

 「そういう話が役員会議であがった、とターラントから聴きましたわ。どうしてそれを?」

 「知り合いから聴いた。しかし、この時期にまた引っ越しをするとはな。忙しいものだよ……」

 

 石井の言葉にセシリアは首を傾げた。何処か引っ掛かるものを覚えた。

 

 「おかしいとは思わないか……?」

 

 石井が言う。窓に写るその顔は穏やかなものではなかった。見えない何かを睨んでいた。

 

 「本社機能をクイーンズランスに移転させる以前に、ジョナス・ターラントは社内に蔓延る反抗勢力を一掃して実権を確かな物にした。今やオルコット財閥であの老人に逆らえるやつはいない。君という例外を除いてだがね。それは役員も同じ筈だ。ジョナス・ターラントの方針はクイーンズランスの機能増強、つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

 

 じゃあ、どうして役員会議でそんな話があがるんだ?

 隣に座るセシリアの顔に緊迫が滲む。

 

 「役員が反旗を翻そうとしている、と仰りたいのですか?」

 「いや、分からない。ただ、あの老人がし損じるというのは、少々思い浮かべるのに苦労するな。それにおかしな話はまだある。今日のパーティー、エスコート役の欠員は誰が連絡してきた?」

 「えぇっと、それは……、ターラントの代理人が……」

 「今まであの爺さんが代理人を使ったことは」

 「一度もありませんわ……」

 「そもそもおかしいだろう。オルコット財閥ほどの企業が人一人手配出来ない?出来ないではなく、手配しない、の方がしっくり来るな」

 

 パーティーの最中、石井は気を張っているように見えた。気のせいではなかった。

 誰かが食べて安全が保証されなければ料理をセシリアに勧めることはなかった。ドリンクも然り。毒が混入されている可能性は大いにあった。

 誰かがセシリア・オルコットを殺そうとしている。そして、自分も。

 

 「ターラントに確認しますわ……」

 

 セシリアがバッグからスマホを取り出そうとした手を石井は掴んだ。指を口の前に立てて、かぶりを振る。

 懐から出したペンで掌に言葉を綴る。

 

 『それは使わない方がいい。電源を切ったまま、SIMを抜いておきなさい』 

 

 石井の指示に従うセシリアを横に、石井はドライバーに学園までのルートを確認する。

 今走っている長い橋の上を渡って直進すれば学園と本土を結ぶさらに長い橋の入り口、最初の検問所がある。そこまでの道を迂回するように伝える。頻りに首を縦に振りながら、ドライバーはアクセルを踏み──。

 

 ドラム式洗濯機の中に放り込まれたような気分だった。きつい耳鳴りの中で、不謹慎かもしれないが可愛らしい悲鳴が混じっていた。声の主は胸の中にしっかり納めている。意識する前に石井はセシリアを抱きしめて、車内を転げ回っていた。

 朦朧とする意識で震えるセシリアを見る。逆さまになったロールスロイスの天井で抱き合っている。窓はひび割れているが、完全に破られたわけではなかった。

 

 「大丈夫か……?怪我は、あるか?」

 「はい……、大丈夫です……。一体なにが……」

 「IEDだ。やられたよ。不覚だ……」

 

 割れた窓ガラスを蹴破って外への道を作る。今は天井になっている座席の下からMP7とマガジンを取る。ドライバーは頭から血を流して、ぴくりとも動かない。もしかしたら、死んでいるのかもしれない。

 VIP仕様の、装甲車並みの堅さのロールスロイスが吹っ飛ばされた。下からかち上げられて、ひっくり返しになっている。こうして無様な姿を晒している。これは完全に想定外だった。

 石井は割れたミラーの欠片を出して、外を伺う。誰もいない。静かだった。

 手持ちの拳銃にもマガジンを叩き込んで、運転席のスモーク噴出ボタンと救援要請ボタンを押す。

 

 「なにしてる……?」

 

 セシリアがイヤリングに触れていた。

 

 「ISを……」

 「やめた方がいい。掠め取られるぞ……」

 「掠め取られる?」

 「静かだ。たぶんISもEOSもいない。マンパワーだけで潰しに来ているのなら、相手が剥離剤(リムーバー)を持っていることはまず間違いない。()()()()()()が、君のは多分、簡単に取られてしまうよ……」

 

 足音と言うには小さい、地を踏む音。スモークの向こう側で小さく揺れるぼんやりとした影。

 スモークが揺れた場所と、音が聴こえる方向に銃口を向ける。人数は四、近い。手先だけを出して、引き金を絞り、でたらめに弾幕を張る。敵が暗視装置を装備しているのなら、セシリアが危ない。早期の解決が望まれた。

 呻き声と肉が潰れるような音がした。スモークの揺れが大きくなった。一息に飛び出して、蹲る襲撃者とその身体を引きずって後退する仲間の前に出る。MP7を放って、カランビットで健在である方の喉を掻き切る。大きな叫び声をあげようとして、ひゅーひゅーと空気が抜けるような音を立てて崩れ落ちた。

 視界の端で風向きと逆にスモークが動いた。それを頼りに駆ける。音もなく近寄り、背後を取って動脈を切りつける。最後の一人には9ミリ弾を頭に二発撃ち込む。

 こうして、死体が四つ出来た。どれも暗視装置は装備していなかった。黒一色の装備とバラクラバ。アルテス傘下の企業がAKをベースに開発したカービン。それなりに上等なモノを身に付けていた。それらが全部、血で黒を上塗りされている。

 そんな死体たちの顔を見るためにバラクラバを剥がした石井は目を細めた。顔を見ると、車内にいるセシリアの元へと戻った。

 

 「先生……!血が……」

 「返り血だよ。あまり触らない方がいい」

 「そうですか。あぁ、良かった……」

 「まだ、外には出ないように。スナイパーがいるかもしれない」

 

 セシリアは頷いて、石井にもたれかかった。

 初めての実戦ではない。しかし、ISを使わない実戦は初めてだった。それに感じる物があったのだろう。セシリアはずっと震えていた。石井は血の付いていない手で彼女の髪を優しく梳っていた。

 

 「もうすぐ迎えが来る」

 

 石井は言いながら、外を見ていた。

 襲撃者の顔を見た時、彼はその首謀者にすぐ見当が付いた。相手は殺す気など元よりなかったのだ。所謂、宣戦布告や殺害予告に近いメッセージだった。

 その襲撃者たちの顔は焼け爛れ、のっぺりとした、突起のないものだった。顔はなかった。

 

 「亡霊が……」

 

 忌々しそうに、聴こえないほど小さな声で吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アポコラボぉ……?アキレウス実装……?

金と時間をくれ、俺にイベントを走るだけの時間を……ッ!!

てか、ISが次巻完結らしいですね。色々ありましたが感慨深いですね……。
これはハイスクールD╳Dやとあるみたいにセカンドシーズンへの区切りか、放課後バトルフィールド2巻のフラグか……?

誰かワンサマがホラ胃ズーンしたり、総士病になる小説書いてください、お願いします。なんでm……

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