転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 キャッチャー イン ザ lie




君は、ほんとうにそっくりだなぁ。


外典:IF/パパの話を聞かせてほしいな

 

 

 

 

 以前、何処の誰とも分からない女を孕ませたことがあった。とうに希薄な物となった前世か、今生の話かは定かでは無いが、私はそういうことがあったと微かに記憶している。

 

 無論、仕事であった筈だ。遊びで引っ掻けたとか、狙って当てに行ったとか、断じて意図したことでは無いことは捕捉しなければならない。ハニートラップ、もしくは長期の内偵や潜入に於いて、情報やコネクションの為に抱いたのだろう。前世でも今生でも、そういう仕事はよくある物であった。

 抱いたのは一回ではなかったような気がする。浮かぶ情景は何時も違う部屋だったことから、私はその女と複数回、行為に及んでいたらしい。正確な回数は分からないが、相当な回数、まぐわったのかもしれない。

 勿論、避妊はきちんとしていた。余計なしこりや、後腐れは無しにしたかったからだ。ただの目標へと近付く為の一踏み台。私はそのようにその女を認識して、接触した。用が済めば、おさらばだ。

 

 詳細はやはり覚えて無いが、女はまんまと私の手に堕ちた。気丈な性格の持ち主だった。だからこそ、空隙も大きかった。彼女は私に溺れて、依存するようになった。何かにすがり、しがみついていないと窒息してしまうような女だった。脆くて、弱い。突けば崩れる砂の城。いつも真綿で気道を締め付けられていた。

 矮小で、愚昧な懇願を、汚濁しきった芥以下の愛の言葉で返して、私は女の相手をした。絹のような黒髪を優しく手でとかしながら、シャツを強く掴んで離さない女に前述のような耳障りの良い言葉を鼓膜へ当てる。そうすれば女は私の胸に顔を埋めて弱々しく泣き出すのだ。離れないでとか、傍にいてだとか、そういう風に私を求めて、ベッドの上で情報をポロポロ吐く。

 

 冬だった。珍しく雪が降った十二月上旬の某日、私はスノードームのような街を横切って女の待つ矢鱈と家賃と高度が高いマンションに入った。突然の呼び出しに応じた訳だったが、これ以上女から取れる情報も無いので、今回の接触を最後にしようと考えていた。

 首に巻いたストールを外して、女の部屋に入ると、柄にも無く女が手料理を作っていた。立場上、いつもは外食ばかりの女が指に絆創膏を巻いて、鍋をテーブルに運んでいたのだ。恥ずかしそうに私をソファーに座るように促して、付け合わせのバゲットを切っていた。

 テーブルで白ワインを飲みながら、女の作ったシチューを食べていると、女が言った。

 

 「あのね……子供が出来たの……」

 

 丁寧に数拍置いて、私は笑った。そうか、そうか、それは良かったよ。嬉しいな、僕が父親かあ、なんて言っていたのだろう。穏やかな顔で、笑んで、女の手を握って抱き締めて。女も毒づきながらも、私の背中をぎゅうっと握って。子供が出来て喜ぶ恋人、或いは父親になれることに歓喜する男を演じていた。

 内心は穏やかではなかった。避妊は完璧にしていた筈なのに、どうして孕んだのか。虚偽なのではないか。妊娠が事実にしろ、虚偽にしろ、私は女と迂闊に離れることが出来なくなってしまった。ライ麦畑で私は彼女に捕まってしまった。

 

 だから、私は彼女を殺した。面倒になってしまったから。

 薬を水に混ぜて、それを飲んだ女は眠るように目を閉じて、二度と目覚めることはなかった。

 短絡的且つ、安直で、馬鹿らしい幕の引き方だと自分でも思った。もっとスマートなやり方があった筈で、これが悪手であることは明白だったのだが、私は敢えてこの終わらせ方を選んだ。面倒を被るのならば、一も十も然程変わりは無い、と。

 屍を見て、私は女が死んだのではなくて、夢を見ているのではないかと思った。幸せな夢を見て、羊水の中をたゆたっている。そう思うほど女の顔は穏やかで、幸せそうな表情をしていた。

 彼女を抱えて、私は寝室へと向かった。ベッドに寝かせて、お気に入りのブランケットを掛けて、私は部屋からスノードームへと出ていった。

 

 幻影の赤子、私の子の声が遠くから聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは幻聴ではなくて、確かに現実の物で、私の鼓膜に当たって反響した音だった。分娩室で響いた泣き声は紛れもなく、私の子の声で、束の胎から出た生き物の発した産声だった。

 

 真っ赤な肌で、目は当たり前だがぴったりと閉じていた。人というよりは、猿に近い印象。人間も元は猿だったのだ。私も束も、人間は皆、このような姿で生を受けてきて、今に至る。赤子の姿は全人類の中で最も無垢で、汚れを知らず、天使に近いのだろう、とふと感じる。この世で最も美しい一つ。

 

 看護師が言うには女の子らしい。クロエとラウラは自分たちの妹を見て、束に抱きついて、涙を流しながら喜んでいた。私は壁に寄り掛かって、それを見ていた。彼女らの幸せの一ページを、俯瞰していた。

 

 後日、母子の容態が安定して個室に二人が移動した時、部屋を訪れた。着替えを持っていくついでに、顔を見に行った。

 束のベッドの隣にベビーベッドが付けられて、そこに子供が静かに寝息を立てていた。丸っぽい顔と、何処か束に似た面立ちを見て、彼女は微笑んでいた。

 

 「やぁ、いしくん。着替えを持ってきてくれたの?」

 

 「あぁ。ここに置いておくよ」

 

 椅子の上にバッグを置いて、ベビーベッドの中を覗きこんだ。

 

 「仕事は大丈夫なの?」

 

 「休みを取った。いや、取らされたと言った方がいいかな。取り敢えず心配は無い」

 

 そうなんだ、と束は笑った。窓の外ではちらちらと雪が降り始めてきた。粉雪だった。

 

 「君に似たな。目元はもう、君にそっくりだ」

 

 「そうかなぁ?私はいしくんっぽいと思うんだけどなぁ。鼻筋とか」

 

 無いな、と笑った。

 風の音が大きく、轟、と聴こえて、雪が強くなったことを知る。束が肩に掛けたカーディガンを前へ寄せた。

 風の音のせいか、子供が起きた。私を見て、言葉にならない声で何かを訴え、手を伸ばす。まるで何かにすがろうとしているみたい、と私は思った。同時に穿った物の見方だと思った。

 笑った。

 

 「手、出してあげなよ。()()

 

 伸ばされた手に、夢遊病のように指を差し出す。口から溢れる息は泡になる。海の底にいるようだった。光が歪められるように、時間も歪められる。一秒が平たく、引き伸ばされて、限りなく長く感じた。

 やがて、指を弱々しく包む微力。熱くて、熱くて、熱くて、骨をどろどろに溶かしてしまうような命の熱量と、風の向こうで聴こえる泣き声。

 

 ああ、これは──

 

 「脆いな(怖いな)……」

 

 その子供を私は恐ろしく感じた。おぞましい怪物のようにも、死告の天使のようにも思えた。この子が私を殺すのだと直感してしまった。巡り巡ったのだ。遂に、風の向こうから私の喉元に牙を突き立てに来た。

 

 「名前、この子の名前なんだけどね……」

 

 束の声が、あの女の声に変わっていく。視界に僅かに入った手には、絆創膏が巻かれていた。

 

 「雪の華……、雪華とか良いと思うんだ。どうかな?」

 

 その華の毒が私を殺すのだろう。ツケを払わせるつもりなのだろう。あの女が、私に放った刺客がこの子だ。

 柄にも無く、喉を焼くような灼熱感と足が震えるのを誤魔化し、張り付いたような声帯を震わせて、どうにか声を出す。

 

 「いいんじゃないかな?綺麗な名前だ……篠ノ之雪華。この子は、篠ノ之雪華だ」

 

 私は恐る恐る、指を離した。手は伸ばされたままだった。

 すがるのでは無く、喉元に手を伸ばしていたのか、と認識を改める。どの道、私は近い内にゲーム盤から降りる予定だったから、殺されることについては然程恐怖を感じない。それが自分の遺伝情報を分けた、子でも。

 ゆえに怖かった。理外の恐怖に私は恐怖した。

 

 外に出ると、吹雪いていた。ひっくり返したスノードームのような夜の胎内。

 

 幻聴は重なって、ハーモニーを奏でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうか、彼女らに幸多からんことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 女は男が自分を真に愛してないことに気付いていた。全てが嘘偽りで、巧妙な偽装で包まれた虚言であったことに薄く勘づいていた。

 

 それでも、女は男を責めなかったし、男の求める情報を与え続けた。男の求める物を何でも、幾らでも供与した。男を罠に嵌め返す訳でも無く、虚偽の情報を伝えるなんて真似もしなかった。

 

 馬鹿馬鹿しい話だが、女はそれでも良いと思っていた。騙されていても、嘘だらけでも良かった。

 笑顔は仮面。

 愛の言葉は薄汚く、冷めた無機的な音の羅列。

 女を肯定する言葉はパターン化されたマニュアルのように返ってくるプログラム。

 行為の全ては粘膜接触の応酬。快楽を女に感じさせる為の、空虚な作業。

 

 それらは、全てが狙いを持って行われた物で、真実など何処にも無かったが、ほんの少しだけ、女にとって真実があった。

 髪を梳く手付きと、女を抱き締める時の力の強さ。コーヒーを飲むときの安心した顔と、疲れきった寝顔。

 

 それだけで、女は十分だった。男を理解した。僅かな間でも自分に幸せをくれた男を、嘘だらけの男を愛してしまった。

 

 そして、女は男に言った。

 

 「あのね……子供が出来たの……」

 

 仮面が歓び、彼女を抱き締める。その力は弱かった。

 男の思惑は女に筒抜けだった。それさえも、女の思惑の内とは気付かずに、悪手たる幕引きを選んだ。

 

 幻影の子供を胎に宿して、女は男の差し出した水を飲む。

 遠くなる意識と、押し寄せる眠気の中で、彼女が最期に見たのは、顔を歪める男だった。

 瞼を閉じる瞬間、彼女は願った。いるかも分からないが、すぐに会うかもしれない神とやらに。

 

 

 

 

 

 おお神よ、どうかこの寂しい男を救ってくださいませ、この男に幸あれ、と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 艶やかな黒髪と、とろんとした垂れ目の少女は母の部屋の前に立っていた。厚い扉と冷たい合金の質感は入室を躊躇わせる。

 

 ひんやりとした感覚を掌に感じながら、扉を押すとそこにはがらくたの山だった。スクラップや、よく分からない電子機器が乱雑に積み重なり、崩れかけている。基板が剥き出しになったラップトップや、弾丸。足の踏み場が無いほどに散らかった薄暗い部屋を慎重に歩む。

 部屋の光源は奥で光る青いディスプレイの物だけ。カチカチとタイピングの音が、ファンの音と一緒に部屋に染みる。すぅ、と山に浸透するように響いて、消えていく。

 

 よろめきながら、無機の荒野を抜けると、茜色の髪を短く、ショートボブに切り揃えた女がディスプレイに向かって作業をしていた。少女に気付く様子は無く、意識は全てディスプレイの向こうへと注がれている。

 デスクの上には湯気の立つ安物のコーヒーと、見知った、されど会ったことの無い男と二人で写る女の写真。写真の中の女は髪を長く伸ばして、少女と同じ黒髪の男に腕を絡ませている。白い砂浜で、満面の笑みを浮かべていた。男は困った顔で、女を受け止めている。

 

 「ママ……」

 

 女──束は緩慢と振り向く。数瞬置いて、束は少女を見て笑顔を浮かべる。

 

 「どうしたの、せっちゃん?」

 

 「えぇっと、ちょっとお話ししたいかなぁって……。忙しかったよね、ごめんなさい」

 

 「大丈夫よ。待っててね、今コーヒー入れるわ」

 

 雪華の頭を撫でて、束はインスタントコーヒーをマグカップに入れた。ポットのお湯を注いで、資料がぶち撒けられたテーブルに置く。少し酸味のある薫りが顔にぶつかる。姉の淹れるコーヒーとは大違いの市販品の薫りだが、雪華は悪くは無いと感じた。

 

 「それで、どうしたの?くーちゃんがご飯食べに降りてこいって言ってたとか?らーちゃんが外に出てお出かけしようとか言ってた?ご飯はちゃんと食べてるし、外はお母さん苦手だから……」

 

 ソファーで向かい合った束は温くなったコーヒーを飲みながら、雪華に訊ねる。雪華と似た垂れ目が、娘をなぞる。視線の先は夜の闇のような黒髪と、鼻筋。

 

 「お姉ちゃんたちの伝言とかじゃなくて、今日はママに訊きたいことがあって来たの」

 

 「何かな?大抵のことは答えられるけど、何が訊きたい?勉強かな?恋の相談かな?それとも……」

 

 「パパのこと、教えて」

 

 瞬間、束の顔から表情が抜け落ちた。すっぽりと力の抜けた表情筋は一瞬、哀しさを浮かばせ、再び笑みを取り戻した。青い光に照らされる束の笑顔は生気が感じられなかった。

 

 「どうして、パパのことなんか知りたいの……?」

 

 俯いて、束が言葉を紡ぐ。心なしか声が震えていた。

 

 「みんな、昔からパパのことを教えてくれない。パパのこと訊いてもはぐらかすようなことばっかり言って、何も教えてくれない。お姉ちゃんたちも、千冬さんも、一夏お兄ちゃんも、大内のおじさんも。何なの?みんな私に何を隠してるの?」

 

 

 消えた父親。

 嘗て、猟犬と恐れられた男は姿を消した。雪華が生まれて以来、飼い主の元へと帰還する回数は減り、とうとう消息を絶った。あらゆる手を尽くして彼の行方を、多くの者が探した。天災が、戦乙女が、彼の教え子たちが血眼になって探した。しかし、彼の影すら掴むことは出来なかった。

 何故、姿を消したのか。それは謎のまま。天災と猟犬の実子の誕生が彼の失踪に関係があるのか、と噂されたこともあったが、真相は未だに分からない。

 

 雪華は父親と会ったことが無い。幼い頃、産まれて間もない時分に会ったことがあると言うが、勿論覚えている訳も無い。残された写真と、彼の伝説的な活躍のみが雪華の知る父親の断片で、それ以上は何も知らない。

 

 だからこそ、雪華は母に訊くことにした。見知らぬ父の面影を求めて。写真の中の父に近付きたくて。何故、母と姉を置いて消えてしまったか知りたくて。

 十五歳の誕生日、雪がしんしんと降る夜。雪華はこうして束の前に座っている。

 

 「やっぱり、この子は君に似てるよいしくん。垂れ目だけど、目付きは君そっくりだ」

 

 「え……?」

 

 「いや、何でも無いよ。そっか、もう、十五歳かぁ……」

 

 束が天井を見る。懐かしむように、ここでは無い何処かを見て、思いを馳せる。

 

 「そうだねぇ。もうそろそろ話しても良いのかもね。ねぇ、くーちゃん、らーちゃん」

 

 雪華の背後に立つクロエとラウラ。姉たちは哀しげに微笑んだ。クロエは雪華を優しく抱き締めて、肩に額を当てた。

 

 「そうだねぇ、じゃあ話そうか。君のお父さん、石井と名乗っていた男のことを。世界最強の、私たちを置いて消えてしまった大馬鹿のことを……」

 

 テーブルの上のスノードームは、キラキラ輝いていた。

 まるで、彼が雪華に指を握られた日のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「猟犬殿、あれから十五年ですな」

 

 「あぁ。それで、それがどうした?」

 

 「いや、別にどうという訳でも無いのですが、今日は貴方の三番目の御息女の誕生日だと思い出しましてな」

 

 「確かにそうだが、私にそれを言って何になるというんだ。私はもう現に関わることは無いと言った筈だ。今日がどんな日であれ、私が何かする訳では無い」

 

 「ははは、然り。そう、そうでしたな。貴方は既に世と繋がりを絶った身。御息女の成長を見守ることなど、容易いですな。()()()()()()()()()()()()()()()貴方ならば」

 

 「本屋、些か冗談が過ぎるな?今日は随分と喰って掛かるようだが」

 

 「おや、御不快でしたかな?これは失敬。何分、最近は退屈を持て余していましてな。少々口が過ぎたようだ」

 

 「退屈ならば、お前が好きな歌劇でも見に行けば良いだろう」

 

 「それは良いですな。是非、そうさせて頂こう。では……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「猟犬殿、我が友よ。兎が危機に陥った時、貴方は再び現へと舞い戻るのだろうか?嗚呼、ならば、そろそろ動くとしよう。第二幕の主役はやはり、華がある方が良い。役者は相変わらず良い。しかし、私の脚本は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 致命的な欠陥を抱えたまま、ヤっちゃって、子供が出来たらこのルートに入ります。

 でも、外典なので絶対にこのルートには入りません。




 あ、お久しぶりです。




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