転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 色んな物が削ぎ落とされていく。


 自分の純度が高まっているのを感じる。


 その度に、心は冷えていく。その度に、心よりも深い場所が熱くなる。


 火照りが止まらない。女を抱いても、冷水を被っても引かない火照り。


 寄越せ、闘いを。戦場を。死線を、寄越せ。


 俺に愚直さを、人間らしい熱狂をくれよ。








男は大体拗らせている

 

 

 

 

 

 

 トレーニングルームで戦闘亜人(バトルロイド)の対人格闘戦プログラムを起動する。

 

 無機質な部屋の内装と戦闘亜人(バトルロイド)の内装。それと対称的な生々しく、恐ろしく人間的な機動。外観は拡張現実(AR)が貼り付けられ、白人の筋肉質な男が拳を構えている。その虚像さえも、気持ち悪さを感じるようなリアリティを押し付けてくる。

 

 対する人間はこれもまた対称的だ。いや、矛盾していると言うべきか。人間らしさを感じさせない無機質さを漂わせる。ある種、悟りを開いたかのように穏やかで、凪いでいる。しかし、そこに生命の持つ活力は僅か足りとも感じられない。言われれば、此方が人形としても疑わないだろう。相対する対極の存在は酷く矛盾していた。

 

 僅かな弾力性を床に感じながら、人形はプログラムを実行する。無手の人形は人間に拳を放つ。鋭く、重い一撃。これも人間味のある、精緻な一撃だ。機械特有の空虚さを感じさせない、確かな殺意を乗せた拳が人間に飛ぶ。

 

 少しだけ半身になり、人間は拳を避ける。次々と繰り出される蹴りを、拳を、掴みを、後退しつつ往なす。冷たい視線は人形を、拳を眺めて、酷薄な迄に反撃せずに無力化させる。息を上げることなど無い。力に逆らわずに力を受け流す。真っ向から力をぶつけ合わせることは無い。それが最も効率的で、疲労が少ないと知っているから。

 

 感触も人間その物だ、と人間は感じる。人形の腕も、足も、内部には人工筋肉が埋め込まれている。そんなにリアリティを押し付けてくるな、俺は何も感じないよ。お前はプログラムなんだろう?人格も無いのに、人間の真似事か。笑えるな、滑稽だ。

 

 だが、それは人間にも当て嵌まる事だ。浮かべた嘲笑は自分への物でもあった。無知蒙昧、生来の欠落がある自分が、人形を嗤えるか?自分より格段と、眼前の人間擬きの方が人間らしいじゃないか。こんなにも一生懸命に自分を害そうとしている。確かに自分も懸命に誰かを害そうとすることもある。仕事の為、求道の為。しかし、これほどに何かに対して愚直になれたことはあるだろうか?

 

 息を吐く。人形の腕を掴んで、足を掛ける。この場で限り無く人間らしい人形を、人形らしい人間が投げて、寝技に持ち込む。抵抗する人形を組み伏せて、床へと頭を押し付ける。ある程度の制圧を確認し、腿に留めておいたシースから模擬戦用のナイフを抜き、人形の首筋と内腿を撫で斬る。

 

 中空に死亡判定が表示された。拡張現実が剥がれ、灰色ののっぺらぼうが姿を現す。もう、何処にも人間らしさは無かった。ただの木偶が転がっている。

 

 人間──織斑一夏はぴったりと貼り付いたインナーの胸元を扇ぎ、自分が殺したであろう仮想敵を眺めた。仕事終わりで落ち着かない身体をトレーニングで鎮める。まるで、ワーカホリック(戦争中毒)になりかけているようだ、と一夏はニヒルな笑みを浮かべた。

 

 反企業勢力のEOS部隊を殲滅するだけの単純な仕事だった。単純な仕事とは言うが、一夏にとってはどの仕事も同様に単純な仕事である。結果は同じなのだ。皆殺しなら、難しく考えることは無い。故に、単純明快。剣を振るい、極大の熱で焼き払い、屍を注文分作るだけ。それで金が貰えて、自分の求める物に近付く。実益しか無い、実に割の良い仕事だ。

 

 トレーニングルームを出て、シャワーで汗を流す。こびりつく血と硝煙の臭い。別段、それが気に入らない訳では無いが、何度念入りに洗おうともそれは取れることは無かった。石井に薦められたボディーソープの泡が身体を包む。ほんの少しの甘さとラグジュアリーで色っぽさを感じさせる香りがシャワールームに立ち込める。本来ならば背伸びし過ぎているチョイスも、今の一夏にはちょうど良い。春に比べて伸びた髪が彼の顔を隠す。

 

 「まだ、遠いな……」

 

 水の流れる音に紛れた独り言。目指す先は遠く、面影さえ見えない。それでも目指す先にある答えの存在を確かに感じる。

 

 「まだまだ、付き合って貰うぞ白式──ニクス」

 

 どれほどの屍を築けば辿り着けるのだろう。どれだけの物を切り捨てれば掴めるのだろう。どうすれば、他者への愛を理解出来るのだろう。自問は続く。友も、味方もいなくなるかもしれない。だが、織斑一夏は進むのだ。憧れと、問いを胸に、名の無い猟犬が辿った道を歩いている。

 

 ジャケットを着て更衣室を出ると、見知った顔が立っていた。

 

 「何だ、鈴?」

 

 「ちょっと付き合って」

 

 「何処へ?」

 

 いいから、と強引に手を掴んで凰鈴音は歩き出す。溜め息を吐きながら、一夏は成すがままに引き摺られる。本音を言えば、自室で本を読みたい。しかし、その望みは絶たれた。こうなってしまった以上、長くなると経験則が語る。加えて、鈴は何かに腹を立てているらしい。下手を打った覚えは一夏には無い。全くもって、こうして連行されている心当たりが無い。厄介極まる、と空いている方の手で眉間を摘まんだ。

 

 景色は流れ、ひんやりと身体を冷やす外気に触れる。曇天が多くなった今日この頃にしては珍しい夕焼けだった。ぼんやりとした橙と、空と火が交わったライラックが混じり合って、マーブルのように混沌を描く。夕暮れの屋上はやはり冷え込む。陽が沈む。無性に、偽りの感傷に浸りたくなる。

 

 「それで?態々、こんな寒い所に連れてきたんだ。余程大事なことなんだろう?それとも、天体観測か?星を見るには少し早い気がするけれど、まぁ、暖かい物があれば耐えられるか」

 

 無言。

 

 「晩秋だったか?暦ではそうらしい。鍋が食いたいなぁ。炬燵も出した方が良いな」

 

 「あんた、何で傭兵なんてやってるの……?」

 

 振り向いた鈴の眼は剣呑な物だった。日本刀のような鋭さとひしひしと伝わる怒りの念。はてさて、一夏はとうとう皆目見当も付かない故、お手上げだ。何故、鈴がそういった質問をするのかも。何故、そうも怒っているのか。その質問の意図。何もかも、分からない。それで態々屋上に来たとしたら、その質問は凰鈴音の中では重要なのだろう。

 

 「何でかぁ……。そうだな、仕事でもあるし、自分の利益と目的の為に最も適した職だからか?学業と兼ねているけれど」

 

 至って当然の事を答えとする。徹頭徹尾、織斑一夏が闘争へとその身を投じる理由はそれしか無い。

 

 「ところで、何でそんなこと訊くんだ?態々、外に出る必要があったか?」

 

 「目的って何よ……?」

 

 「あぁ、目的か……。それは、秘密だ。悪いことでは無いと思うぜ。別に安いアクション映画の悪役みたいに世界を滅ぼすとか、そういう類いの奴じゃない。俺自身に関わることだ」

 

 「だから、闘うの?」

 

 一夏は首を振る。宵闇が二人を包んだ。

 

 「その為に殺すの……?」

 

 鈴の眉間に力が籠る。一夏にも、漸く事情が見えてきた。

 

 「まぁ、理由は一つでは無いから、それらの為に致し方無くという訳だ。鈴、お前も元は代表候補生で、軍属だった。今はどうだかは知らないが、勿論、人を殺す為の訓練をした筈だ」

 

 「それは違う。私が軍でした訓練は誰かを守る為の訓練よ」

 

 「確かに、そう言えるな。だが、同義だろう?国にしろ、個人にしろ、企業にしろ、某かを守る為に兵器を用いれば確実に誰かを害する。殺すとまでは行かずともな。結局、俺もお前も同じだ。望む、望まざるに関わらずISという兵器を駆り、この時代にこうして生きている。闘いで溺れそうなこの時代に産まれた」

 

 淡々と、しかしその言葉には隠しきれない熱のような物が籠っていた。

 

 「座して平穏に浸るのも良いだろう。でも、俺は選択肢を与えられ、闘うことを選んだ。一生付き纏う命題と向き合うことを選んだんだ。それと同等に憧れと恩返しの念もある。お前が金で多くの人間を殺すことに忌避感を覚えるのも当然だ。一般的な倫理観に照らし合わせれば、お前は正常だよ。嗚呼、そうだ。俺は異常だ」

 

 「何で、そうなっちゃったのよ……」

 

 「何でも、何も、俺は昔からこうだったよ。お前らが勝手に貼り付けた織斑一夏のラベルをそのまま被っていただけだ。箒も、お前も、弾も、そう見ていただけだろう?何一つ、俺が自分で主張したモノなんて無い。剣道に、スポーツに、勉強に、心の底から打ち込んだことは無いさ。石井先生にも、千冬姉にも言ったが俺は誰のせいでも無く、産まれたその時から破綻していたんだよ。誤解はしないで欲しい」

 

 「それでも……殺戮は悪よ。私はそう思う」

 

 「あぁ、そう思うのならば、そうなんだろうな。お前の中ではな。だが、俺は俺自身が成す殺戮を良しとするよ。それが道だから。座して流されることは無い」

 

 「なら、私はあんたの前に立ち塞がるわ。あんたを止めてみせる。狂ってるなら、ぶん殴って正気を取り戻させる」

 

 そうか、と一夏。誰から聞いたかは知らないが、鈴は一夏と対立することを選んだらしい。それもまた是だろう。彼女は以前より正義感の強い性格をしていた。あり得なくは無い展開であった。そのあり方は一夏にとっても好ましく、善性と言える。相対した場合、敬意を払い、全力で相手をしよう。だから──

 

 「それは、俺に戦場で立ち塞がるということか?」

 

 旧友が一人いなくなる覚悟はしておこう。一夏は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 クロエ・クロニクル、オーバーヒートする。

 

 自分のやらかした事実と、その後の対応を思い出して苦悶する。ベッドの上を転げ回り、理解不能の呻き声を上げて枕を押し当てて絶叫する。

 

 「うぎゃあああ、ほへぇぇぇえええ、むへひゅるうぇええええ、とぅわっ……ぐふぅ……」

 

 数日間、正確にはクロエが石井の部屋に突貫してからずっとこの調子であった。食器は五枚割った。グラスも一個割ってしまった。何もない場所で転んで、顔面を打ち付けたり、ラウラとオセロをして負けたり。散々な有り様だった。

 

 「ひゃふはへうぇああああああぁ、ぷくぅ……」

 

 もうダメかも分からんね、とは束の談。完全にポンコツと化してしまったクロエを見て、そう言った。有り金を全部溶かしたような顔をしたと思えば、世紀末救世主のような顔になる。完全に色々な物が定まってなかった。例えばキャラとか、情緒とか。

 

 「何やってるんだろう、私……」

 

 勝手に一人で暴走して、勝手に自爆して。当の石井には呆れられる始末。本末転倒どころの話では無い。アホすぎる。何がしたかったのか自分でも分からなくなる。

 

 当然、石井と話すことは敵わず、悶々と過ごすばかり。何をするにも身が入らない。いつから、こんなにも自分は自分を思い通りに動かすことが出来なくなったのだろう。少し前まではこんな風ではなかった。もう少し冷静さを持ち、弁えて行動していた筈。

 

 やはり石井が原因だろう。これまでよりも酷く近い場所に義父がいることで意識してしまうのかもしれない。話したい、一緒に食事をしたい、話さなくてもいいから傍にいたい。先日の失敗もその欲から出た物だ。

 

 ドアをノックする音が三回。枕から顔を上げてネグリジェのままドアに向かう。ラウラだろう。ちょうど部屋に本を借りに来ると言っていた。クロエはゆっくりとドアを開けた。

 

 「ラウラ、何の本がいい……、の……?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「差し出がましいかもしれないが、服を着た方が良いと思う。肌寒いこの時期にそれでは風邪を引きかねないと思うのだが……?」

 

 「ソウデスネ……チョットマッテテクダサイ……」

 

 そっと静かにドアが閉じられる。黒のネグリジェを脱ぎ捨て、大急ぎでシャツとジーンズをクローゼットから引ったくって着た。

 

 「くぁwせdrftgyふじこlp(何でお父様が来るのぉぉぉぉ)──!?」

 

 「どうした?具合でも悪いのか?」

 

 部屋に石井を入れてからもクロエ・クロニクルの脳内は沸騰していた。石井のラノベ主人公のようなテンプレ台詞を一切耳に入れずに、石井の眼前で転げ回るほどには熱暴走を起こしていた。束がこの場にいれば、──信じられるか?これで親子なんだぜ?妬けるぜ、と茶化しただろう。

 

 ドエロいネグリジェと、とんでも無い醜態を見られたクロエは平静を取り戻して石井に訊く。

 

 「あの、それでお父様はどうして……?」

 

 「これを渡しに来た。忘れ物だ」

 

 石井の手には白い三角巾。クロエが石井の部屋に落としていった物だった。

 

 「あ、ありがとうございます……ごめんなさい……」

 

 「どうして謝る?」

 

 クロエの隣に腰掛ける石井。

 

 「お父様の部屋に勝手に入ってしまって、ご迷惑を……」

 

 「別に構わない。何か弄られた訳でもあるまいし、その程度で一々腹を立てていたら束と何年も一緒にやってられない」

 

 だから気にしなくて良い。そう言うと石井はベッドからドアへと歩を進める。用が済んだ故、帰るのだろう。名残惜しさはあるが、それ以上にクロエは喜びを感じていた。義父が態々部屋を訪ねてくれたこと、少しの間ではあったが会話出来たこと。それらが嬉しくて、それ以上を望む欲を抑えることに必死で、言葉が出なかった。

 

 「あぁ、そうだ……。言い忘れていた」

 

 石井が立ち止まった。

 

 「これからも束を頼む。今後、状況によっては私がここにいる事も少なくなるだろう。君とボーデヴィッヒと束の三人でどうか仲良くしてくれ。あれは繊細な性格をしているから」

 

 その言葉は寒気を感じさせた。決定的な分岐を幻視させた。

 

 「嫌です」

 

 クロエ・クロニクルは再び石井に逆らった。臨海学校の続きが、サシのタイマンという形で始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ──それじゃあまるでお別れみたいじゃない


 ──置いていないで

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