転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 前回の感想で不穏だみたいな奴が多かったんで、今回はラブコメ全開だぞ!!


 さぁ、砂糖を吐け!!


 お前らの待ち望んだ日常回だぞ!!


Fly me to the paradise

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの夢を見ていた。

 

 暗い。暗い何処かをひた走る誰かの夢を見ていた。じめじめした陰湿な熱帯雨林のような、夜風が身体を震わせる砂漠のような、誰もが物言わぬ骸に成り果てた街のようにも見える真っ暗な場所だった。

 

 闇に紛れる色のシャツの上にチェストリグを着けただけの軽装備でカービンを握り締め、サングラス越しに見える光の無い眼を目深に被ったキャップで隠す男が地を蹴る。何かを追い掛けて、何かから逃げている。後ろを振り返らず、遠い、影すら見えない何処かへ向かっている。そうやって自分の存在を変容させてしまおうとしている。

 

 顔つきはまるで違う。目付きもこんなに虚無感に満ちた物では無い。こんな機械のような、生きているだけのリビングデッドのような人では無い。しかし、確信出来る。この人はいしくんなのだ。私を守ってくれる傭兵、私に料理を作ってくれて、私を私として見て、叱ってくれて、認めてくれる人。優しい海みたいな人だ。

 

 いしくんは血だらけだった。肩から流れる血は止まらずに滴り落ち、返り血はシャツを汚していた。それでも表情一つ変えずに、声を漏らさずに走り続けている。ゼンマイを回した玩具のように、壊れたラジコンのように。時折蠢く影へと引き金を引き、淡々と影の息の根を止めていく。まるで人形。優しさの欠片すら見えない。

 

 手を伸ばす。私も走る。

 

 「ねぇ、いしくん、待ってよ」

 

 声は届かない。虚ろな眼に揺らぎは無く、グリップを強く握って前を見続けている。

 

 やがて、声が聞こえてきた。聞き慣れた筈の、聞き覚えの無い掠れた声が私の鼓膜を叩く。

 

 『殺せ』 『殺せ』 『殺せば考えなくて済む』 『仕事はきっちり』 『殺せ』 『芦になってしまいたい』

 

 走り続けるいしくんは声を発さない。等間隔のリズムで足を動かして旅をしている。では、誰の声だ?聞き間違える筈も無い。認めろ。これはいしくんの声だ、と。現状、発生している事象から眼を背けるな。そう自分自身に言い聞かせる。根拠は無い。直感や感覚等という非科学的な理合を基にして言っているだけだが、これも不思議と確信を持てる。夢だからだろうか?

 

 どうしようもない諦念と希死念慮が漂う。しかし、何処かズレを感じる。おかしな声は鼓膜を越え、ずるりと脳内へと這い入ってくる。蝸牛をじゅくじゅくと蹂躙し、形容し難い不快感が頭を駆けずり回る。吐き気すら掻き消されるおぞましさ。走り去るいしくんが霞む。声が頭蓋にぶち当たって、反響する。

 

 「待って……待っ……て、よぉ……」

 

 頭の中で別の声が涌き出る。蛆のように際限無く沸いて、私を貶し、貶め、汚し、蝕んでいく。

 

 『いい加減しろ』 『人様に迷惑をかけるな』 『お前のやることが害になっているとどうして理解出来ない?』 『姉さんは疫病神です。いつも父さんと母さんに迷惑ばかり』 『人並みでいなさい』

 

 止めてくれ、頼むから、お願いします、許してください。許さない、ふざけるな、何が理解出来る、底辺の凡俗の癖に、遺伝情報が似通ってるだけの他人の癖に偉そうに高説を垂れるな。口が勝手に動く。昔、口から出た言葉が唇を伝って溢れ落ちる。涙腺は壊れてしまったようだ。視界が揺らいで、何も見えない。

 

 いしくんが立っている。ぼんやりと、昨日のキッチンのように姿を捉えた。私は手を伸ばした。縋るように、足に手を絡ませた。助けを求めた。きっと、いや必ずいしくんは私を助けてくれると信じていたから。

 

 だが、感じたのは腹部に走る鈍痛だった。胃液が逆流してくる。嫌な感覚、苦しい、理解が追い付かない。何故、私の腹部に痛みが?蹴られた?誰に?思考を遮るように頭を踏みつけられる。コンバットブーツの底は髪を躙り、体重を目一杯に載せて頬を生暖かい地に押し付ける。

 

 「いしくん……やめて……いた、いよ……」

 

 ズレを感じる。決定的な。いしくんは私の言葉を反芻する。自分の名前を入念に繰り返し、壊れたオーディオのように『いしくん』という音を再生する。初めて聞いた言葉のように、自らに刻むように。そして──

 

 「いしくんとは誰だ?お前は誰だ?何でここにいる?敵か?何だ?」

 

 「待って……いしくん、私だよ!!束だよ!!束さんだよ!!君の雇い主で……」

 

 「知らんな。雇い主?俺は傭兵じゃない。陸上自衛隊───────所属の■■■■だ。人違いもいい加減にしろ」

 

 「何を言ってるの?だって、だって……」

 

 銃口が突きつけられた。いしくんはカービンを片手で持ち、側頭部にひんやりとした感触を感じる。まるで炉端の草を見るような目付きで私を見下ろし、引き金に指を掛けている。本気で私を殺そうとしている。

 

 「ここはおかしな物が多い。俺の癪に障る物ばかり出てくる。お前だって、あの人に似た顔をして……。あぁ、もういい。死ね。死んでくれ。そうすれば何も考えずに済むんだ。何もかも。一度逃げたんだ。もう、何度逃げても同じだ」

 

 何となく、理解した。感じたズレの正体。このいしくんは私を知らないんだ。私に似た誰かを求めていて、でも届かなくて、諦めてしまったんだ。色々なことを放棄して、抜け出せなくなってしまった。だから何もかも壊そうとしている。

 

 「ねぇ、悲しい?」

 

 「さぁな。昔は悲しかったのかもな」

 

 平坦な言葉。だが、そこには全てが込められていた。消えかけの炎に薪を継ぎ足して無理に走っている。

 

 銃声が鳴る。相変わらず、頭の中では最低な物が蠢いている。だけど、今は不快感を感じない。この構図を、結末を受け入れているのかもしれない。悪くないと思ってしまう自分がいる。彼の手で発射された銃弾が私の脳味噌をぶちまける。それは恐らく醜悪で、悲しくて、最高に幸せなのかもしれない。私を許容してくれる人の手で終われるなんて。

 

 でも、未だに私は終われない。脳裏を駆けずり回る某かは健在で、地は生暖かくて気持ちが悪い。

 

 ドサリ、と私に何かが覆い被さった。人型だろうか。ごてごてした感触と冷たさ。鉄臭い匂い。死体の匂い。誰かが私の上で死んでいる。

 

 「おかしなことばかりのこの場所にも、もう慣れたと思っていたが。まさか、君が迷いこむなんてことが起きるとはな。驚いたよ、束」

 

 私に被さった死体──私を知らないいしくんを足を退かしたのは、真っ白に髪の色が抜け落ちた、私の知る顔付きのいしくんだった。手には逆手持ちのナイフ。刀身はてらてらと赤く濡れていた。何時も着ている黒いスーツと黒いシャツ。ネクタイは外していて、胸元は大きく開いている。

 

 「いしくん……?なに、どういうこと……?」

 

 「あぁ、まぁ、混乱もするだろう。私も少しばかり混乱しているんだから。私が二人いて、私が自分を殺したとなれば、驚くのも無理はない」

 

 白髪のいしくんは優しげな笑みを浮かべながら、ナイフに付いた血をハンカチで拭き取る。汚れたハンカチをぞんざいに投げ棄て、ナイフを腰のシースに仕舞う。動かなくなったもう一人のいしくんをもう一度足で退かす。今度は強めに蹴った。

 

 立てるか、と手を差し伸ばされた。手を掴んで立ち上がろうとすると足に力が入らない。小刻みに震えて、私の身体では無いみたいに言うことを聞いてくれない。いしくんを見ると一言、大丈夫と言われた。そのまま私を抱き抱えて暗い何処かを歩き始める。ズレは感じられなかった。このいしくんが、私の知る、私を守ってくれるいしくんなのだ。

 

 「まだ、頭の中で声が聞こえるか?」

 

 そう聞かれて気が付いた。脳内を侵食していた呪詛の言葉はきれいさっぱり消えていた。首を横に振ると良かった、と笑った。

 

 「ねぇ、ここは何処なの?」

 

 「ここは廃棄孔だ。余分な物、醜悪な物、棄てた物が流れ着く掃き溜めだ。有り体に言えば、私の悪夢だよ」

 

 「いしくんの夢……ってこと?」

 

 「そう、これは()の夢。壊れた夢だよ。私も、君も夢を見ている。正確には私の夢に君が転がり込んできたという形だが。しかし、何故だろうな。何故、私のフィードバックに君が巻き込まれた……?君の意識がこちらに来るようなことは……アーカーシャが……?いや、偶然か……?それとも……?傍にクロエがいれば、或いは……」

 

 「いしくん……?それはどういう……」

 

 「いや、こちらの話だ。気にしなくていい」

 

 抱えられたまま、暗い闇を進む。確かな暖かさを感じながら、彼の首に手を回して胸に顔を埋めた。気持ち悪さも不気味さも、恐怖も何処にも無い。未だに不思議な悪夢の中だけれど、温いお風呂に入っているようだ。だんだんと眠くなってくる。

 

 「君は俺を見たんだな。あの俺を……」

 

 いしくんが何かを言っている。でも、上手く聞き取れない。壁を一枚隔てているように、声が隠れる。

 

 「あれも私だよ。大昔のね。ここにいる時は記憶も、記録も、一時的に戻るようだ。恐らくコアがバックアップを──」

 

 音が消える。コアとは何だろう?ISの?それに記憶が戻るというのは──。

 

 「あぁ、眠いんだね。消耗したんだ。当然か」

 

 「いしくん……」

 

 強く、強く抱き着く。出せる力を全て振り絞って、いしくんを掴む。

 

 「大丈夫だよ、束。別に私は消えたりしない。私の夢なんだから。覚めるまで、君の傍にいるよ」

 

 「覚めてからも、傍にいてよ」

 

 「そうだね、近くにはいるだろう。多分、自分の部屋にいる」

 

 地から這い出て、私たちを舐めるように憎悪の視線を向ける人型の影。これが彼の悪夢で廃棄孔なら、これまで感じた諦念や希死念慮、憎悪は何時感じた物なのだろう。このしつこく付き纏う影たちは彼の何なのだろう。その笑顔の下に何を隠しているのか。

 

 私はいしくんの──石井と名乗る彼のことを何も知らない。

 

 どれだけ経ったのだろう。夢の中で微睡むというこれまた不思議な体験を暫く味わうと、いしくんが歩みを止めた。

 

 閉じかけていた目蓋を開くと、断頭台と少女が立っていた。少女は恐ろしく美しかった。背筋が凍るような美貌が、血のような紅眼が私を射抜いた。深い夜のような黒髪が無風の悪夢で靡く。

 

 「世話を掛ける」

 

 いしくんの言葉に哀しそうに笑って、少女は首を横に振る。少女が指差した方向にはぼんやりとした光が見えた。手を振る少女に何処か見覚えを感じながら、いしくんに抱かれて光へと進む。

 

 「夜が明ける。夢の終わりだ」

 

 眩い光が近づいてくる。嫌な現実感を伴って、乱暴に夢を喰い破る朝の光だ。恐ろしくて堪らない。この短くも、気味の悪い夢よりも、私を解放する光の方が何十倍も恐怖を感じさせる。いしくんの胸の中で、ただ震えるしか出来ない。彼が光に掻き消されてしまわないように、身体を寄り添わせる。そういう気休め程度の抵抗を試みる。

 

 「きっと、目が覚めれば全て忘れている。その恐怖も、この悪夢も、何もかも。それで良い。君にも、知らなくて良いことはある」

 

 ──俺のことなんかは、特に──

 

 白に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お腹にしがみつくくーちゃんの暖かさと、喉元を圧迫するらーちゃんの腕の感触を味わいながら、目を覚ます。背中に貼り付くティーシャツの嫌な感覚に幾ばくかの面倒さを感じつつベッドを降りた。ベッドで眠る二人を起こさないように着替えて、ラボの隣に併設されたリビングへと向かう。

 

 急設された割りに過ごしやすい私のラボ。ひんやり冷たい床を裸足で踏み締めながら、薄暗い廊下を歩く。誰も起きてない早朝だから、足が床を捉える音が大きく聞こえる。床の冷たさと廊下の冷たさ。私の冷たさ。昨日のキッチンを思い出す。

 

 シャワーを浴びる前に何かを飲みたかった。喉が乾いている訳では無かったのだけれど、無性に喉を潤したいと感じる。いや、嘘だ。喉は焼けるようだ。嫌な夢を見たように、頭も鈍く痛む。汗は不気味で気持ち悪い類いの、恐怖から来る物だ。身体が寒い。

 

 リビングのドアを開けようとすると、芳ばしい薫りが鼻腔を擽った。明かりが漏れている。消し忘れ、ということは無いだろう。確かに消した筈だった。警戒心は無い。誰がいるか分かる。匂いがする。溺れそうになる海の匂いだ。

 

 テーブルの上には二つのマグカップ。ゆらゆらと湯気が立っている。コーヒーの薫りと煙草の煙たい匂いが混ざり合って、むせそうになる。

 

 チノパンに黒いシャツとカーディガンの男がソファーに背を預けている。肩まで伸びた黒髪を昨日とは違い縛らずに垂らしていて、毛先が緩やかにウェーブを描いている。疲れているのか、後ろ姿が小さく感じる。

 

 「おはよう」

 

 彼は振り返らずに言う。灰皿に吸いかけの、まだ長い煙草を押し付けて、マグカップを手にした。日の出前のリビングは廊下よりは明るくて、彼の擦れた横顔を垣間見た。何処かで見たようなどうしようもない諦念が滲み出る容貌だった。

 

 彼の隣に腰を下ろして、マグカップを両手で包むように握る。現実にある暖かさを余さず感じ取る。どうにも、私はまだ夢の中にいるような感覚だ。薄暗いリビングも、このコーヒーも、彼と過ごした時間も、何かの埋め合わせのような、何かの繰り返しをしているような錯覚を覚える時がある。でも、このコーヒーの暖かさは現実の物だ。

 

 「夢を見たの。たぶん、すごく怖い夢」

 

 「そうか」

 

 「内容は覚えてないんだけど、いしくんも出てきたと思う」

 

 「おかしな夢だな」

 

 「すごく怖かったんだ。今も、まだ。足が少し震えてる。寒さのせいかなって思ったんだけどなぁ……」

 

 「きっと、疲れてるんだ。もう一回眠りなさい。ここには君を傷付ける物は何も無いから。深く、眠ればいい。クロエとラウラと三人で」

 

 私の頭に彼の手が触れた。作り物みたいな柔らかな手だった。そのまま、彼に撓垂れ掛かる。胸に顔を埋めると、ついさっき同じことをしたような気がした。デジャヴという物なのかもしれない。そういう事にしておこう。

 

 「私……あなたのこと、何も知らない。あなたの本当の名前も、あなたが本当に考えていることも、あなたが私をどう思っているかも」

 

 「私の……あぁ、()のことなんてどうでも良いよ。君はそんなことは知らなくて良い。知ってても、何の足しにもならない、下らない事だ」

 

 「そんなこと無い。だって、あなたは私を……」

 

 彼の手が私の首筋を撫でる。耳元で彼の息遣いが漏れて、私の頭を甘く、優しく、野蛮に、溶かしていく。甘くて、深い底無し沼みたい。気道が緩く締まった。

 

 「信用なんて、初めから求めてない。信用してくれなくて一向に構わない。それでも俺は君の味方であり続ける。君が俺を不要と感じる迄、俺は君の傍にいるよ」

 

 「そんなこと言わないで。私には、篠ノ之束にはあなたが必要なの。信じてるよ。あなたが誰でも、何者でも。私、あなたになら……」

 

 彼は今どんな顔をしているんだろう。優しい顔、泣きそうな顔、困った顔。何れも違う。分かる。何の表情も無いんだ。心音は一定のリズムを刻んで、感情に揺れは皆無で。本当の事を話しながら、何も感じていない。不覚にも、思ってしまう。怖い、と。

 

 「ねぇ、今度何処か遠くに行こうよ」

 

 「何処へ?」

 

 「分からない。だけど、あなたが行きたい所に行こうよ。くーちゃんとらーちゃんも連れて」

 

 「行きたい所……」

 

 「ゆっくりで良いよ。時間は沢山あるんだから」

 

 「あぁ、一つ。ぼんやりとだが」

 

 何処、と訊く。心音は変わらずフラットなまま。

 

 「夢が見れるほど深く眠れる場所……昔の事をゆっくり思い返せる場所に行きたいな……。海の底のように静かな場所へ……」

 

 目蓋が重くなる。何故だろう、逆らえない。

 

 「だから、俺の代わりに眠ってくれ。溺れるのも、沈むのも、俺だけで充分だろうから……」

 

 おやすみ。その言葉と共に私は再び眠りに落ちた。これまで落ちたことの無い、心地よい、深い眠りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 君になら俺は──

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