転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 明けましておめでとうございます。

 本年度もこのふざけた名前の作者と拙作をよろしくお願いします。


Ghost in the Ash

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入り、少し遅れて眩しさを感じた。

 

 ベッドを降りて手頃なティーシャツを着て、姿見の前に立った。代わり映えのしない、眠気が抜けない惚けた顔が写る。寝癖が付いて、襟足が跳ねている。それを手で撫で付けて直そうとするが、随分と頑固な癖のようで中々落ち着いてくれない。

 

 寝室を出るとリビングから水道の流れる音と良い匂いがした。芳ばしい薫りが鼻腔を擽り、腹の虫を鳴かせた。

 

 「おはよう」

 

 廊下を進み、リビングのドアを開けるとあの人がフライパンを振っていた。髪を一つに束ねて、ベージュのエプロンを掛けている。彼女は俺を見るとふわりと笑って挨拶をした。俺も漸く慣れ始めた不自然でない笑顔を浮かべて挨拶を返す。顔を洗い、歯を磨いてテーブルに座るとコーヒーの入ったマグカップを彼女は出す。テーブルの上にはベーコンとホウレン草のソテーにポーチドエッグ。それとトースト。

 

 「起きるの早かったね」

 

 「そうかな?今、何時?」

 

 「十時」

 

 トーストを口に運びながら俺は訊いた。水曜日の午前十時。まぁ、そんな事もあるだろうと咀嚼を続ける。昨夜はずっと彼女と交わっていた。シャワーは後回しで良い。それよりも腹が減っていることが勝った。家には誰もいないし、親はもういない。妹は修学旅行で京都にいる。俺が何処にいようが文句を言う奴は近くにはいなかった。

 

 「学校はサボりだな。今日はここで何か手伝うよ。それより、そっちこそ大丈夫なの?今日って定休日じゃないんじゃないの?」

 

 「あぁ、大丈夫だよ。今日は定休日なんだ。午後に業者に来てもらう予定になっているんだよ。昨日言っただろう?ちょっと、ガス周りの調子が悪いって」

 

 「じゃあ、今日は二人でサボりだね。俺の学校も、この店も」

 

 「少しは真面目に学校に行けば良いのに」

 

 「寝坊したんだから、仕方ない」

 

 ポーチドエッグにフォークを立てると白身が割れて中からどろりと黄身が出た。ホウレン草に黄身を絡める。そこにベーコンも添える。何となしにやった組合せだったが、口内に塩気と濃厚な黄身の旨味が広がって、言い知れない充足感に満たされる。

 

 ふと、顔を上げると彼女が笑みを浮かべながら俺を見ていた。食事の手を止め、満足気に、気持ち悪いほど嬉しそうに俺の食事を眺めている。食事の様子を熱心に観察されて喜ぶ趣味は俺には無い。しかし、ここまで気分良さげにされると気になる。

 

 「どうかしたの?そんなにニタニタしてさ。何か顔に付いてる?」

 

 彼女は頭を振る。束ねていた髪を下ろしながら、俺から目を逸らさない。そう馬鹿みたいに凝視されると、こちらが恥ずかしくなってくる。だがきっと、彼女はそんなことは考えていないだろうし、もし考えていたとしても御構い無しに俺を見続けるのだろう。彼女はそういう人間だ。

 

 「いや、随分と美味しそうに食べているから。そんなに笑って食べられると、作った方からすれば嬉しくなってしまうよ」

 

 「確かに美味しいけど、俺、笑っていた?」

 

 「うん。綺麗にね。らしくなってきたんじゃないかな?」

 

 「そうなのかな……?」

 

 コーヒーを一口飲む。白いレースのカーテンの向こうは光で真白く塗り潰されている。音は無く、照明も付けずに、無垢な日光だけが俺たちを照らしていた。ほんのりと暖かい、午前の日溜まりに埋もれながら自分の変化を思う。

 

 「笑っていたんだね、俺は」

 

 「うん」

 

 彼女は変わらず微笑んでいる。俺も微笑み返す。ぎこちなさは抜けていただろうか?不自然では無かっただろうか?若干の不安を持ったまま浮かべた笑みはどうやら問題は無かったようだ。彼女は俺の手を握ってくれた。祝福してくれているのだろう。何も言わずとも、伝わる暖かさがそれを教えてくれる。

 

 きっと、俺は何かを取り戻せたのだと思う。何処かに置いてきてしまった何かが一つ、俺の中に帰ってきた。或いは欠陥を補填したか。外付けしたのか、復元したのかは分からないが、兎も角胸の奥がとても暖かった。外から伝わってくる物ではなくて、自分の内から熱が灯ったような暖かさだった。

 

 ありがとう、と口を動かした。喉を震わせた。心の底からの言葉であったと言える。彼女は自分は何もしていないと謙遜していたが、彼女のお陰で俺は自分の歪みを認識して、直そうと思うようになったのだから。でも、彼女は何でも俺の成果にする。慎ましいと言うか、自己評価が低いと言うか、短所と言うには些か日本人らしさが現れる物だった。

 

 「ねぇ、今度何処か遠くに行こうよ」

 

 「遠くって?」

 

 「分からない。だけど、君が行きたい所に行こうよ」

 

 「行きたい所ねぇ……思い付かないな」

 

 「ゆっくりで良いよ。時間は沢山あるんだから」

 

 唐突に出された提案に少し驚いたが、考えても行きたい場所なんて思い付かなかった。何処か遠くという曖昧な表現のせいもあるのだろうが、今いる場所を離れて何処か違う場所に行くというイメージがどうしても浮かばなかった。

 

 あぁ、でも、結末は知っているような気がする。

 

 俺は逃げたんだ。全部放り捨てて、独りで遠くへ行った。手の届かない場所へ、自分を跡形もなく変えて、見つけられないように。

 

 あの小さな日溜まりは無くなったんじゃなくて、俺が粉々に砕いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、学園の大分近くまで来ていた。VOBの使用限界も近い。

 

 レーダーに写る友軍反応。白式、一夏君だ。

 

 一瞬、目を瞑っていただけだが、夢を見ていたような気がする。何処か懐かしくて、帰りたくて、酷い罪悪感に苛まれるような物だったと思う。内容は覚えていないが、白昼夢にしては夢見が悪い。思えば、随分と夢なんて見ていない。

 

 だが、()には関係の無いことだろう。そう決めつけて、自分に言い聞かせる。

 

 でも、何故だろうか。胸の奥がほんのりと暖かい。

 

 「会いたいな……■■■」

 

 自分の発した言葉が不思議と遠くから聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 ラインアークに雨が降った。

 

 空は鈍色に染まり、波は高く、防波堤にぶつかって砕ける。急に降り出した雨の勢いは強く、窓に雨水がぶつかる音がやけに響く。何も音の無い部屋には尚更だ。

 

 そんな天気の中、石井は久し振りに戻った自室でキッチンに立っていた。にんにくを微塵切りにして、ブラックオリーブもスライスする。濡羽のような伸びた()()をピンで束ねてフライパンにオリーブオイルを引いていく。

 

 あの後、結果は陳腐極まる、肩透かしを喰らったような物だった。マルチプルパルスの閃光が晴れるとダイブトゥブルーもサイレントゼフィルスも消えていた。撃墜したという訳では無い。それは石井が何よりも理解している。手応えが無かった。何らかの方法で離脱したのだろう。石井が到着する前にも似たような不可解な現象が起きたらしい。それ絡みなのだろう、と石井は思考を完結させた。

 

 被害は然程大きな物では無かった。居住区までの侵入を許し、大規模な戦闘が発生したとはいえ、死者はゼロ、施設への被害も軽微な物だった。不幸中の幸いなのか、敵の計画の内かは定かでは無いが、直ぐに復旧し平常通りの生活が出来るというのは喜ばしいことである。

 

 人員の被害も想定より大幅に微細な物に留まった。ラウラは機体をオーバーホールに出し、医務科で精密検査の最中だ。クロエが付き添って、二時間程で終わると石井は聞いた。一夏は輸送機の護衛に戻り、応援に簪が出た。元より輸送機内の要人の安全の確保の為に一足先にラインアークまで一夏は飛んできた。仕事は終わっていない。簪は獲物を取られたとぼやき、一夏に噛みついていたが、本気では無い。依頼された仕事の重要性や優先性は簪も弁えている。

 

 鯛をフライパンに入れる。焼き色が付くまで軽く焼いていく。じっくりとキッチンに立つことが懐かしく感じる。現状として、国家はほぼほぼ解体されたと言っても過言では無い。石井が参戦したことで戦況は急激に進み、半月足らずで世界の統治システムは変革された。本人はそんなことは頭の中で一欠片も考えておらず、ただただフライパンの中の鯛を見つめている。

 

 白いレースのカーテンの向こうは灰色の淀んだ世界が広がっていて、照明を付けていない石井の部屋は薄暗い曇天のような重さを漂わせていた。雨がガラスを叩く音だけ。冷たい部屋。

 

 鯛を裏返しにした所で鍵の開く音がした。誰にも合鍵は渡していないが、宛はあった。スリッパが床を引き摺る音が近付いてくる。そのリズム、歩調を石井は知っていた。

 

 やがて彼の首に誰かの腕が絡み付く。甘い香りが鼻腔に侵入し、彼女の存在を嫌が応でも知らせる。肩に力が掛かる。強く抱き締められた。

 

 「久し振りだね、いしくん」

 

 「あぁ、久し振りだな。元気そうで何よりだよ」

 

 「そう見えるのかな?なら、まぁ、私は元気なのかな」

 

 白衣を着た女──篠ノ之束はふわりと笑みを浮かべた。不自然でない笑顔、しかし自然とも言えない。何処かぎこちなさが垣間見える笑み。それが束が石井といる際に浮かべる篠ノ之束本来の笑顔。

 

 「相変わらず不器用な笑い方だ。気を抜くと、本当に君は間抜けというか、何と言うか」

 

 「え、そうかな……?大分、ちゃんと笑えるようになってきたと思ったのに」

 

 「でも、悪くはないさ。綺麗な笑顔ではある。以前の笑い方を知ってる身からすれば、という話だ」

 

 少しむくれたような表情を浮かべ、束は石井の腕をつねった。顔色一つ変えずに調理を続行する石井を見れば、大して効果を得られなかったことは明白だった。額を小突かれ、引き剥がされる。石井は戸棚から出したワイングラスに白ワインを注ぎ束に渡す。これでも飲んで待ってろ、と。

 

 石井の傍らでグラスを傾けていた束は何かに気が付いたように、フライパンに水を注ぐ石井の髪に触れた。柔らかな黒髪。悪くない手触り。だが、何かが違う。そんなぼんやりとした違和感が束の胸に沸き上がる。

 

 「髪、染めたの?」

 

 石井は腕を止めずに、肯定する。

 

 「白髪が生えてたんだ。だから、少しね。驚いたよ。若白髪なんてさ」

 

 「そうなんだ」

 

 「何で分かったんだ?」

 

 「何となくかな?確かな理由は無いよ」

 

 ふぅん、と石井。すごいな、まるで探偵だ。そう笑いながら束へ視線を向ける。自然な笑みだった。彼のそれは万人が好意的な感触を得るであろう。落ちてきたシャツの袖を捲り、向かい合った。

 

 石井という男の笑顔。束にとっては久しく見ていなかった彼女を彼女と認める外付けの自己承認装置。眉を下げて首を少し傾げる石井を見る。灰色の部屋に写る一つの色彩。黒いシャツと黒い髪。白衣と茜色の髪。救われてきた笑顔。どうしようもなく溺れてしまう。息が出来ないほどに。

 

 「何を作ってるの?」

 

 「アクアパッツァだよ」

 

 「みんなで食べるの?」

 

 「私は食べないよ」

 

 「どうして?」

 

 「仕事が残っているんだ」

 

 「じゃあ、どうして作ってるの?」

 

 「君と、あの子たちの夕飯さ」

 

 蓋を開けると湯気と共に食欲を誘う香りが立つ。スプーンを口に運ぶ。石井の口元が緩む。味に問題は無かったらしい。ほんの僅かに塩と胡椒を振る。それを束はただ見ている。仄暗いキッチンで石井をじっと見ている。晴れない心と、欠片ほどの不信が胸を刺す。石井の姿が影に溶けていく錯覚を見る。背中が冷たい。

 

 鯛と貝。オリーブにプチトマトとブロッコリー。にんにくとオリーブオイルの香り。そしてタイムやイタリアンパセリらの香草。部屋とのコントラストが激しい夕飯が出来上がる。石井は出しておいたバゲットを切り、皿に乗せた。皿とフライパンをテーブルに運ぶとエプロンを解き、ソファーに掛けていたジャケットを羽織った。

 

 「ラウラの検査が終わったら食べてくれ。そろそろ、終わる筈だ」

 

 ネクタイを締めながら石井は言う。日は落ちて、部屋には光源は何も無く、目が慣れなければ何も見えなかった。ぼんやりと浮かぶ人影に束は訊く。胸を刺す棘を、石井に投げつける。

 

 「ねぇ、いしくんはさ。あなたは、私を見ているの……?」

 

 ──私の後ろに誰を見ているの?──

 

 声は震えていた。石井は束を見た。認識した。

 

 「おかしなことを言うな」

 

 そして笑った。

 

 「()は君を見ているよ。侘葉音(たばね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 早足でしたが、こんな感じです。

 だらだらと戦闘シーンを書く気は無かったので、スパッと終わらせました。(何よりも描写が下手だからとは言えない)
 
 あっ、そうだ。(唐突)

 最近、ハイスクールD╳Dの二次創作書き始めました。光の奴隷が好きな方は是非。(ダイレクトマーケティング)



 以下予告














 



 ──対価を支払いたまえ、その先に貴方の新生を言祝ごう──



 国家解体戦争。企業による新たな秩序の創成。古き機構は跡形も無く淘汰され、世界は新生を果たそうとしている。


 言うなれば、正常なる闘争。人類が有史以来連綿と続けてきた支配体制の変換。此もその一つに過ぎない。字面や情報で伝え聞くスケールが幾ら大きくとも、あらゆる面でこの戦争も小さな血溜まりでしか無い。


 しかし、時計の針は確かに進んだ。終局への道程はまた一つ縮まった。


 では、次は?正常なる闘争と終局の狭間にある空白を埋めるモノ。其は残滓なり。


 次なる闘争は逆行する物である。流れに取り残された遺物。嘗て忘却の彼方へと追いやられた亡霊の逆襲。雄弁なる扇動家は革命を御旗に幼き世界を惑わせる。マイナスへの回帰。平和の名の元に、未だ、立つ事も出来ぬ新たな秩序を破砕する試み。


 さぁ、終わらぬ闘争を。欠片すら残らぬ大絶滅の前夜祭を。この世界の新生を祝う狂宴を。


 『忘却焼失闘争編』


 心したまえ、彼の者に護られる者らよ。彼の心に安らぎなど、この地に生を受けてから一度たりとも訪れたことは無い。


 その新生に万雷の祝福を贈ろう、我が愛しの英雄よ。


 鋼に成り果てよ、猟犬。その末路こそ、貴方の祈りなればこそ。

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