転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。 作:逆立ちバナナテキーラ添え
騙して悪いが閑話なんでな、本編とは関係ないかもしれないクッソどうでもいい話だ。
やりたいことやっただけの話です。
そんな新章前の閑話、ドゾー。
とある、男の話をしよう。私の数少ない友人、『猟犬』と呼ばれる男の話だ。
以前、私が彼から頼み事──シャルロット・デュノアの抹消を引き受けた際、彼は自らをこう語った。
『自分は薄汚い傭兵だ。最底辺の汚泥だ。お前が言う正義の味方とは程遠い存在だし、なりたいとも思わない。資格、資質も皆無だろう。私は悪だよ。大を捨てて、小を取った。あれの願いの為に、私は安寧を壊す。そもそも、この世界に正義の味方なんて物は存在しない。誰もが自分の規範に沿って動く。その規範と大衆の為の道徳が合わさった結果が正義だ。ならば、私は悪でいい。今回の件も、シャルロット・デュノアを有澤に売る事が結果的にあれの為になるから、行動しているんだ』
成る程、確かに、彼の言うことにも理はある。凡そ、正義と呼ばれる物は個人の幸せで無く、全体幸福を基準とすることが多い。もし一人を救うためにそれ以外の人類を全て犠牲に出来るか、と訊かれたらどうだろうか?少なくとも、すぐに答えは出せまい。しかし、多くは出来ないと答えるだろう。その答がどれ程の思案の末の物かは分からないが、たった一人の為にそれ以外の約七十五億人の命と営みを犠牲に出来る筈がないと考える。
いやはや、我が友人のことながら、彼は自己評価が低い。それはそれで彼の美徳なのだろうが、行き過ぎた謙遜は時として嫌味になるということを知らないのだろうか?彼は既に資格も資質も得ているというのに。最も、先の会話が彼の記憶から擦り減らされたように、今後の磨耗の進行具合では彼は自身の
あぁ、すまない。話が逸れてしまったようだ。それに、これは私が語るべきことでは無いゆえな。
では、話を戻そう。彼の自己評価や理念は正しいだろう。間違ってはいない。彼は大衆を第一に考えず、個人を第一にした。しかし、彼は正義の味方になれないのだろうか?それは自身が付ける称号では無いだろう。他者が、その行動を見て付ける客観的な物だ。ゆえに、彼は既に資格も資質も得ているのだよ。
彼がまだ涙を流すことが出来た頃。義娘、クロエ・クロニクルを拾う以前の話だ。黎明期とでも言おうか。
其は望まぬ
嗚呼、喜びたまえ。これより語るのは決して彼の口から語られることの無い、彼の過去の欠片であり、ある少女にとっての運命の夜であり、これから訪れる闘いの断章だ。
語り手は私、パリの片隅で小さな本屋の店主をしている男が勤めさせて頂く。矮小な身なれど、我が友人の英雄譚。全霊で語らせて頂こう。
◆◇◆◇
それは末世か、地獄か。屍山血河、鬼哭啾啾、死屍累累。筆舌には尽くし難い惨状がそこにあった。
臓物が溢れ、頭蓋を壁にめり込ませる人であった物。首から下がちぎれ、顔面の穴という穴が抉られ穿たれた人であった有機物。皮膚が溶けて、美しかったであろう髪も顔も焼けて骨を晒す生物の死骸。
そこには終末があった。覆ることの無い終焉がその地に訪れた。家は焼け、池は赭く染まり、山は燃え盛っていた。そこに住まう者は皆死に絶えた。無惨に、惨たらしく、獣性の赴くままに犯され、嬲られ、殺された。等しく、尊厳など何処にも無い死が、辱しめが与えられ、獣の享楽へと変換された。アメリカの何処にでもあるような、のどかな町は炎と血に染められた。
別にそこに何かがあったわけでは無い。重要な施設があったわけでも、奪い取るだけの価値を持つ物があったわけでも無い。豊かな自然と、平和な暮らしと営み、享受されるべき幸せがあっただけだ。しかし、町は襲われた。気まぐれに、運命的に、無軌道に死を撒き散らされた。
変わり果てた町を一人の少女──メイ・グリンフィールドは走る。
灰が熱い。吸い込んだ空気は焦げ臭くて、熱い。気道をじわじわと焼く。額から伝う血が目に入って、視界が揺らぐ。それよりも前から不明瞭だった視界は万華鏡のようにぐるぐる回っている。足の感覚は無い。身体中から血が流れているが、不思議と痛みを感じない。それでも走る。周りの景色が早く過ぎていく。だから、恐らく走っているんだろう。宛もなく、何処へ向かっているかも知れずに、メイは走った。
彼女にとって、その夜は日常の延長線でしかなかった。いつも通り学校から帰ってきて、いつも通りに暖かな夕食を食べて、いつも通りに両親と語り合い、いつも通りにシャワーを浴びて床に入った。しかし、騒がしさに起きてみると彼女の知る町は、平穏は崩れ去っていた。既に両親は冷たくなっていた。父は顔の半分が吹き飛ばされていた。母は腕と脚が一つずつちぎられていた。家は燃え盛り、ほんの少し起きるのは遅かったなら自分も焼き死んでいただろう。彼女は家から飛び出した。惨状に目を瞑り、何度も転び、耳に入る悲鳴に聞こえないフリをして走る。生存者を探して、助けを求めて裸足のまま地獄を駆け抜けた。
「誰か……誰かぁ……」
返ってくるのは何かが燃える音のみ。屍は言葉を発しない。家が倒壊して発生した熱風が彼女の煤だらけの頬を打つ。
「誰か……助けてよぉ……誰かぁ……」
母が話してくれた大昔の英雄譚。近所に住む男の子がよく見ていたコミック。あれらに出てくるヒーロー、英雄は誰かが困り、虐げられている時、助けてくれる。弱きを助け強きを挫く、悪を打倒する正義の味方。男の子は言っていた。ヒーローはいる、と。必ず自分たちを助けてくれる、と。
嘘だ。そんな者はいない。いるならば、私たちを助けてくれる筈だ。こんなにも虐げられている。夥しい数の人が死んだ。父も母も友人も親戚も死んだ。一人、ただ一人だけ生き残ってしまった。誰も助けてくれなかった。誰も現れなかった。この現状を作り上げた元凶──悪を討つ者はいなかった。
メイは膝を着く。見上げると、そこは自宅があった場所だった。家は跡形もなく潰れ、両親はその下敷きだろう。涙が溢れる。鼻水も、涎もみっともなく出して泣き叫ぶ。あぁ、どうして。どうして──
「どうして誰も助けてくれないんだよっ……どうして誰も助けてくれないのっ!!」
一度出た叫びは止まらない。嘆きは止めどなく、炎の轍の中で理不尽を恨み、腹の底から怨嗟を紡ぎ出す。
「なんでなの!?なんで私たちなの!!私たちが何かしたの!?ただ、普通に暮らしていただけなのに……どうして皆死ななきゃならなかったのよ!!」
享受されるべき幸せと平和を、当然に感じていただけ。何も自分たちを殺す理由は無い筈なのに、彼女の家族や親戚は殺された。虐殺された。何故、何故、何故?自分たちに罪は無かったのに。
「あァ!?まだ生き残りがいやがんのか……うざってえなァ。早く死んでくれよ」
赭いIS。町を焼き、家族を殺し、全てを壊した元凶が、絶対悪がそこにいた。禍々しいほど、深い色の機体を駆る女は引き裂かれたような笑みを浮かべ、メイを見下ろしている。手は鋭く尖った爪が付けられ、誰かの血が滴っていた。その爪の形状は清々しいほどに人を殺すことに特化していた。一歩、また一歩と死が近づいて来る。
メイは祈る。いるか分からない神とやらに乞う。どうかこの悪魔を滅ぼしてください、と。このままではあんまりだ。余りにも可哀想じゃないか。ただ塵のように殺され、打ち捨てられて、無念すぎる。だから神様、正義の味方を、英雄を。私たちの無念を晴らす英雄を遣わせてください。
「そんじゃあ、さようなら。クソガキ」
ぞんざいな言葉と共に、その手が降り下ろされる。鋭い爪は彼女の首を容易く絶ち、物言わぬ骸へと変えるだろう。その後、尊厳を弄ぶような真似をされるかもしれない。沢山の穴を穿たれるかもしれないし、骨まで焼かれるかもしれない。でも、家族の元へと行けるならそれは救いなのかもしれない。爪が迫る。そして爪は──
「────そこまでだ」
彼女の首に届くことはなかった。
響く声は燃え盛る炎の音を、この場に蔓延る悪を掻き消すかのような威風を纏っていた。
純黒。優しい夜の闇が立っていた。ライフルの銃身で魔手を阻み、自分を庇う背中。
息を飲んだ。眩しいと感じた。白でも、黄金でも無い。何処までも深くて、底がない、優しい黒。人を見守る夜の帳。だが、どうしようもなく眩しいのだ。純黒がこの場に降り立っただけで、全ての不浄が払われた。ここで散った人々の無念も晴らされた。
そこにいるだけで勝利が確約されてしまうかのような、そこにいるだけで全てが終息する。太陽だ、黒い太陽だ。全てを焼き尽くす黒い太陽が、お伽噺の英雄が少女の願いに応えた。
「あぁ……あぁ、あぁぁ……」
メイはその光景を生涯忘れないだろう。涙が溢れる。それは悲嘆の涙では無い、歓喜の涙。願いは届いた。英雄はいた。見知らぬ弱者の、こんな私の願いの為に来てくれた。その現実が彼女の胸を打つ。
「九番目ェ……九番目かァ!!」
「貴様か……貴様がコレをやったのか。所詮、自らの性を無秩序に振り撒くしか出来ないか」
「ナニ偉そうに語ってんだァ?てめぇも同類だろうがよォ、
「私は英雄なんかじゃない。貴様の言う通り、ただの殺戮者だ。だが、貴様は生かしておけない。貴様が殺し尽くしたこの町の人間の分も、貴様を殺す。獣、貴様は肉片一つたりとも残しはしない」
そして英雄は悪魔を滅ぼす為に闘う。両手に持つライフルが火を噴き、悪魔の身を穿つ。それは極大の戦争。強大な存在同士が互いを喰らおうと、淘汰しようと、滅ぼし合う。たった二機でこれまで以上の破壊が生み出される。
「あぁぁぁあぁああぁぁぁあ……」
メイは薄れる意識を必死に繋ぎ止めながら、闘いを見る。純黒の英雄が、悪を滅する断頭台の闘いに魅せられていた。
悲劇に幕は引かれた。眼前で繰り広げられるは、黒き太陽の英雄譚。
「私は──」
喉から紡がれるのは、
「貴方のように──」
「なりたいっ──!!」
斯くして、少女──メイ・グリンフィールドは闇に魅入られた。
喝采せよ、賛美せよ。少女の未来はここに確定した。
黒き太陽へ羽ばたけ、
その身を、魂を焦がしながら、
嗚呼、英雄譚はここにある。
◆◇◆◇
という訳だ。筋書きはありきたりだが、中々に面白いとは思わないかね?我が友人は自覚などせずに、誰かの人生を狂わせ、憧憬を植え付けていたのだ。全く、罪な男だよ。
あぁ、それでは少しだけ後日談を語るとしようか。
我が友人と獣の闘争は、獣の撤退という形で終着した。追撃もしたらしいが、どうやら獣は逃げおおせたようだ。彼も相当に悔しがっていたよ。我が友人にとっても、あれは存在を許せない程の邪悪だったのだろうね。もしくは、何かしら彼の怒りを呼び起こす物であったか。彼は獣のことを余り話したがらないのだよ。あれは唯一、我が友人が感情を顕にして殺意を示した相手ゆえな。
メイ・グリンフィールドは今はGAグループの実働部隊でISに乗っている。あの夜に彼女を蝕んだ毒は順調に広がったようだ。幾度となく有澤への出向願いを出しては却下されているらしい。
さて、今宵はここまでとしよう。私もこれから我が友人の依頼を片付けなければならないのだよ。何でも、我が友人の職場で催されるイベントの冒頭のナレーションをやれ、だとか。タイトルは織斑一夏争奪戦。いやはや、戦乙女の弟君は苦労しているようだ。
それでは、また何時か、何処かで会おう。それは枠組みが淘汰された先か、星が燃えた先かは分からぬが、再会を期待しているよ。
石 井 さ ん ト ン チ キ 確 定
閑話だから短めです。
次回から本編再開です。
御意見、御感想、評価お待ちしてます。