転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。 作:逆立ちバナナテキーラ添え
最初からクライマックス。
ミストルテイン。または、ミストティン。原典である神話や伝承では後者で呼ばれる事もある。
北欧神話に於いて、ミストルテインとはヤドリギの事である。光の神、バルドルを死に追いやった謂わば神殺しのアイテム。ある日、自らの死を予言する夢を見たバルドルは母であるフリッグにそれを話した。フリッグはバルドルの話を聞き、ありとあらゆる物に、決してバルドルを傷付けさせない、危害を加えないという誓いを立てさせた。しかし、ただ一つだけ。ヴァルハラの西に生えていたヤドリギの新芽にだけは、誓いを立てさせなかった。若すぎるが故に誓約を立てられず、あまりに非力、傷付ける力を持たない、その必要がないと思ったのだ。さらにフリッグはそのことをロキに話した。
傷付かなくなったバルドルを祝い、神々はバルドルに様々な物を当てるという遊びに興じていた。そんな中、バルドルの兄弟であるヘズはその輪から外れていた。彼は盲目だった。そして、それを見たロキはヘズをたぶらかした。唯一バルドルを傷つけ得るヤドリギ──ミストルテインをヘズに投げさせたのだ。投げられたミストルテインは矢となり、バルドルを射抜いた。バルドルは絶命し、これを切っ掛けに北欧神話は世界の終焉と定義されるラグナロクを迎えることになる。
その神殺しの矢の名を冠する兵装──ミストルテインの槍を更識楯無は展開する。防御用に装甲を覆う
「ふは……」
笑みが溢れる。抑えきれない声が漏れ、破顔する。
「ふふふふふ……あぁ、あははは……あははははははははははははッ──!!ハハハハハハハ、アハハハハハハハハッ!!」
壊れたような笑い声がアリーナに響く。心の底からの歓喜。ひたすら笑う。嗚呼、素晴らしい。祝おう、祝福しよう。この世界に真に神という者がいるのならば、感謝しよう。そして同時に憎もう。真実は掻き消され、愛はその光を奪われる。自らの憧憬は間違ってなかった。正義の味方は──更識刀奈は虚構でも何でもない。現実だ。その愛は自分を絶えず包んでいたのだ。それなのに自分は筋違いにも姉を憎み、遠ざけて。許せない。自分が憎くて堪らなくなる。だが、しかし──
「あぁ、見てくれている。お姉ちゃんは私を愛してくれている……」
姉は愛を示してくれた。ならば、どうする。今まで知らずとは言え、姉を憎んでいた自分はどうすればいい?謝るか?広げてくれる腕の中で泣き腫らすか?そして仲直り?
否だ。断じて、否だ。そんな物は何時でも出来るだろう。悪くは無いが、今すべきことでは無い。姉が示したのならば、自分も示さねばならない。沸き上がるこの気持ちと、溜めに溜めた感情の奔流を、愛を姉にぶつけよう。そして打ち破る。姉の愛を呑み込んで、
少女──更識簪は裂けるような笑みを浮かべて上空で槍を構える姉を見上げる。歓喜に震え、笑い声を絶やさない彼女を姉は苦虫を潰したような表情で見下ろす。
「あなたのその妄執、ここで絶ち切るわ。私は正義の味方でもヒーローでも無い。そんな物は存在しない。それはあなたが私に勝手に当て嵌めただけの虚構。そんな物を抱く限り、あなたは私に届かない。それを今ここで思い知らせてあげる……」
槍はその形を成していく。ミストルテインが碧く煌めく。それを見て簪は心底嬉しそうに声をあげる。姉への讃歌を唄う。
「いや、妄執なんかじゃない。私にとってはあなたこそヒーローだった。あなたには虚構でも、私には現実なの。あなたが私を遠ざけても、私はあなたを追い続ける。憧れは間違いなんかじゃなかった。私を騙して、欺いて、傷付けて、守ってくれた。愛してくれていた……だからこそ、私もお姉ちゃんに愛を示したい!!その槍があなたの愛ならば、私の愛であなたの愛を上回ればいいだけのこと!!ベクトルが変わろうと、あなたをずっと見て、目指して来た。まだまだ十分じゃない。まだ足りない。それでも、私はあなたに挑む。見てよ、
ある男は言った。更識簪は機体の組み上げという点では姉を上回る、と。更識楯無に勝り、それ以上の才を持つと。しかし、これは間違いである。彼女にはもう一つ、姉を上回る物を持っていた。それは愛。それは憧れ。それは尊敬。細分すれば多々あるが、纏めれば姉を慕う気持ちである。それは姉が妹を思う物よりも大きく、深く、盲目的な物であった。それが姉自身に否定され、彼女は姉に捨てられたと思い込み、適当な理由で誤魔化して姉を憎んだ。そして、その反転した愛がさらに反転し、現在に至る。幼少の憧憬、姉が不可逆の墓場に置いてきた物を持ち続けた妹は叫ぶ。愛と憎悪で紡がれた慟哭、変わることの無い憧れ。だから見てくれ正義の味方、私はあなたを見てここまで来たぞ。
「収束開始──」
薙刀──夢現に光の粒子が集まる。それは刃先に吸収され、輝きを増していく。そして刃は形を変え、光の奔流へと姿を変えた。眩い輝きは簪の憧れを現しているかのようであった。
「形成完了──」
ミストルテインを握る姉を見上げる。やはり、遠い。自分はあの領域に辿り着く為にどれ程の修羅場を潜り抜けば良いのだろう。織斑千冬、石井と並び学園を守る刀であり楯。その高みに至るための必要な資質は何だ?才能か努力か。いや、今はそんなことはどうでもいい。
神話の矢の名を冠する槍。神殺しを謳う一撃。それを打ち破るのもやはり、神話の一撃。
「システム、オーバーフロー。レッドラインへ到達──」
それは国造りの矢。太古の昔、オオクニヌシがその弓矢と刀とを以て葦原中国を平定し、国津神の王となった。ミストルテインが闘いを呼び寄せる物ならば、それは闘いを終わらせる物。終焉と創造。対極の性質として語られる。
「解放──」
そして、光の奔流が破裂し、それは形を成さなくなる。そこにあるのは力。圧倒的な力がその手に握られる。ミストルテインに匹敵する程の破壊力を秘めた矢をゆっくりと構える。機体は限界、出せる力を全て出した渾身の一撃。姉を破る為の力を、全力を、ここに掲げる。
「生弓矢──これが私の全力……あなたを目指した妹の最大威力の兵装」
言うなれば投槍。互いに弓は無い。アリーナのシールドは悲鳴を上げる。それを見る管制室の石井の目はいつもと変わらず平坦な物で、対して一夏の目は光り輝いていた。
「私の憧れは間違ってない……それを証明する──ッ!!」
「ならばそれを否定するまで。来なさい、現実を教えてあげるわ──」
轟音。矢が、槍が放たれた。碧く煌めく槍と、白く輝く矢。互いの中間地点で衝突し、爆発する。光が溢れて、衝撃波がシールドに皹を入れる。戦術兵器クラスの威力がアリーナを蹂躙する。愛と愛がぶつかり合う。
姉妹喧嘩はクライマックスを迎える。
◆◇◆◇
時は少しばかり遡る。
一年一組の文化祭の出し物が仮装喫茶に決まり、着々と文化祭への準備が進んできたある日。すっかり高くなった空を眺めながら、一夏はアリーナへと歩みを進めていた。涼しい風が頬を撫で、季節の移ろいを感じさせた。
アリーナの更衣室に入ると、制服からパイロットスーツに着替える。着替え終わった一夏はベンチに座り、ぼんやりと考え事をしていた。自分の欠陥についてだ。石井と食事に行った際の車中での会話が想起される。
『君が欠陥だろうとそうじゃなかろうと、私からすれば些末な事なんだよ。それに君が欠陥だとしても、案外同類は多い物だ。取り分け、この世界業界はそうだ。破綻してたり欠けてる人間は吐いて捨てるほどいる。私も漏れなくその一人だ』
かのフリードリヒ・ニーチェは言う。愛せなければ通過せよ、と。愛を知らない、理解出来ない自分は他人を愛せないだろう。故に通過するのだろうか?関わらず、目を向けず、顔を背けて、通り過ぎるべきなのだろうか?それすらも分からない。図書室でちらりと見掛けたニーチェの本を手に取ってみたものの、彼の苦悩を解消する一助にはなり得なかった。
かと言って、石井の言う通りに誰かに相談するかと言われれば、そうとも言えない。篠ノ之箒は夏休みから政府管轄の研究所へ出向していて不在。シャルやラウラ達に訊きに行こうと思っても踏ん切りが付かない。態々、自分の欠陥を晒して、自ら仮面を外そうとは思わない。そんな事をして姉に迷惑を掛けたらと考えると迂闊に話すということは出来ない。あれ以来たまに食事に行くようになった石井に訊くことが最善と思うのだが、当の石井が文化祭前で忙しく、最近は話せていない。姉などは論外だ。泰山の店主もあり得ない。
ピットへと続く通路をふらふらと歩く。一夏の主観としては、もしこの事を話すのなら石井か楯無と考えている。石井は数少ない本音を、いや本心を吐露できる唯一の存在だ。姉とは違う年上の人間。不快感の無い赤の他人。憧れという感情を当て嵌めるのなら、石井がそこに収まるのだろう。謂うなれば兄や叔父。一夏にとっては家族面をしないで、憐れみを持たないで自身を見てくれた唯一の男だった。それ故に奥底で燻る自分の醜い部分を晒け出せる。同性だから、という気軽さもあるのだろうが。
それに加えて楯無を上げる理由は一夏としても具体的に説明は出来ない。強いて言うならば、何処と無く石井に似ているから、という事だろうか。それを本人に話した所、心底嫌そうな顔をして石井に対する愚痴を語り始めて酷い目に合った。小一時間も気に食わないだの、色々と合わないだの、それなのに生徒会の仕事で一緒になることが多いから嫌になるだのと小一時間心底どうでもいい話を聞かされた。その割には本気で嫌っているという訳でもなさそうだったので、腐れ縁というか、何だかんだ互いの事を理解している友人未満的な関係だろうと納得した。
「あら、早いのね?」
ピットに入ると件の生徒会長が機体を弄っていた。そう言う自分も二十分も早く来てる、と指摘すると適当な返事を返して機体を収納した。
「こんなに早く来て、どうしたの?私に早く会いたかったとか?」
「まさか。たまたまですよ。ぼうっとしてたら、早く着いていた。だからちょっと早めにピットで機体を調整しようと思ったんですよ。隣、失礼します」
一夏は楯無の隣の作業スペースで機体を展開し、調整を始めた。楯無にレッスンを付けて貰うようになってから、自分でも機体の調整をするようになった。石井と楯無の両方から最低限自分でもメンテナンスが出来るぐらいになれと言われたのだ。ガントレットが輝き、白式へと変化していく。
ねぇ、と楯無。一夏が顔を向けると、拗ねたような、不機嫌そうな顔をしていた。
「なんか一夏君、アイツに似てきたよ」
「アイツって?」
「石井先生」
「やめてくださいよ、俺じゃあの人の足元にも及ばない。過大評価も良いところですよ」
「いや、技術とかそういうことじゃなくて。性格というか喋り方というかさ。淡々としている感じが」
「そうですか?俺は元々こんな感じですよ。大分、この生活にも慣れたので肩肘張らずに良くなったんですよ。別に先生を意識している訳じゃ無いですよ?俺如きが真似するとか恐れ多いし」
なにそれ、と楯無は驚く。いつの間にこんなに石井に懐いたのだと。このまま行けば、無垢な若者が皮肉ばかり言う性根の曲がった大人になってしまう。それは由々しき事態だ。石井一人でも心労が凄まじいのに、一夏が石井のようになってしまったら──
『ほら、あなたは先輩でしょう?生徒会長でしょう?学園最強なのでしょう?ならば食える筈だ。この程度の辛さなど取るに足らない筈だ。石井先生なら食えたぞ?石井先生なら食えたぞ?石井先生なら食えたぞ?石井先生なら──』
満面の笑みを浮かべながら赭く煮えたぎる麻婆を口に捩じ込もうとしてくる一夏を楯無は幻視した。後ろには目の死んだ神父が愉しそうにそれを見ている。
「一夏君、あなたは純粋なままでいてちょうだい。お姉さんとの約束よ?」
「俺の姉は千冬姉だけですよ。いきなり、どうしたんですか?先輩から見て、そんなに俺は汚れてるように見えますか?おかしいですか?」
「──何かあった?」
楯無は僅かだが、一夏の変調に気付いた。防諜、灰暗い場所を歩いてきたせいかそれを見逃さなかった。語気の強弱、瞳の動き、息の吐き方。ほんの小さな部分、気にも留めないような些細な箇所からその異常は見て取れた。
「別に、何も無いですよ」
「そう、君がそう言うなら、そういうことにしとくわ。でも、一人で抱えて限界だと思ったら誰でも良いから頼りなさい。私じゃなくても良いから」
「あまり詮索しないんですね。意外です」
「してほしいの?」
いいえ、と一夏は答える。指はキーボードの上で止まっていた。
「私には君が何を思って、何を悩んでいるかは分からない。でもね、そうやって自分の苦悩や葛藤に向き合うのって大事だと思うの。君が考えて、悩むことが重要なんじゃないかなってね。だから今は何も訊かない。そういうこと」
そうですか、と言うと一夏は再びキーボードを操作し始める。その表情はほんの少し、柔らかくなっていた。一夏は楯無を呼ぶ。そして彼女に全幅の信頼を込めて、言葉を贈る。
「やっぱり、先輩は石井先生にそっくりですよ」
「なにそれ、喧嘩売ってる?」
「俺は先輩のこと嫌いじゃないですよ。喧嘩なんて御免です」
「好きじゃなくって?」
「俺には分からないですから。そういうの」
一夏が機体の調整を終え、機体を収納しようとするとピットに誰かが入ってきた。ドアへ目を向けると楯無とよく似た少女が立っていた。ネクタイの色からして一夏と同じ一年生。少女は楯無を睨んで淡々と、そして諸々を押し潰して言う。
「お姉ちゃん、私と闘って」
姉妹喧嘩のゴングが鳴らされた。
ど う し て こ う な っ た ?
な ん だ こ れ は ?
いつからISは熱血異能バトル物になったんだ……?
たまに厨二臭い奴を書きたくなるシンドローム。
でもミストルテインの元ネタ調べて矢とかヤドリギとか知った時結構驚きました。槍じゃねぇのかよ、てか植物かよ、的な。
簪クレイジーサイコシスコン説は明確に否定……したいです。
そんなこんなの姉妹喧嘩編スタートです。
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