転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 だからね、別に楯無アンチじゃないのよ。

 互いに気に食わないってだけだから!!

 そんな説得力の無い作者の迫真の弁解。

 ブラウザバックやめちくり^~。


 ほんへ。

 どうぞ。


煙影

 

 

 紫煙が空へと昇っていく。吐き出された煙はどんどん希薄になり、やがて跡形も無くなる。そうやって刹那的だと感傷に浸るには、些か残暑が厳しい。西陽が屋上を赤く照らし、石井は横顔にじりじりとした熱さを感じる。そしてまた、煙を吐き出す。

 

 「それで、簪ちゃんとどんな話をしたのかしら?」

 

 目付きの鋭い少女──更識楯無が石井に問う。扇子には、回答要求、といかにも造語である四字熟語。摩訶不思議な仕掛けの扇子を横目に、空に向けて煙を吐く。予想通りの展開に苦笑いしながら、石井は口を開く。

 

 「大したことは話してない。機体開発のアドバイザーの依頼と、面談だ」

 

 「本当かしら?」

 

 「盗み聞きなんて趣味の悪いやり方をする奴がよく言う。聞いてたら、それはそれで君が泡を吹いて卒倒していたと思うがね」

 

 どういうこと、と楯無。パチン、と扇子を閉じた。

 

 「いやなに、妹が自分のことを憎悪してるなんて知ったら発狂物だろう?」

 

 楯無は遠くを見る。ここでは無い、何処か遠くの場所を見ている。柵に手を掛けて、頬杖をついて、学園を囲む海の先よりも遠くて辿り着けない過ぎ去った、不可逆的な概念に押し流された場所を見ている。消え入りそうな瞳をしていた。隣で呆ける楯無を見て、石井はその顔に煙を吹き掛けた。楯無は咳き込んで、煙が目に入ったのか涙目になって石井を睨む。

 

 「黄昏るな。センチメンタルな気分になりたいなら他所でやれ」

 

 「だからって、煙吹き掛けるとか信じられないわよ!容赦が無さすぎて引くわ!」

 

 「まぁ、気に食わないからな。アマチュアめ」

 

 「本当、教師とは思えない口の悪さね……」

 

 楯無は溜め息を吐いて、海を見る。現実の、すぐそこにある実体を持つ、唯物的な視線で先程と同じ地点に焦点を合わせていた。

 

 「自覚はあったんだな」

 

 何気無く、自然にそう呟いた。石井は変わらず、煙草をふかしている。ちらりと石井を見るが、楯無はまた海へと視線を戻す。

 

 「それは、勿論。自覚してない訳、無いじゃない。私が突き放したんだから」

 

 「そうか」

 

 「あなたの言う通りよ。聞いてたら、発狂は兎も角、動揺はしたでしょうね……」

 

 「何でもかんでも、狡い手で探ろうとするからだ。少しは自重しろ。実妹だろう」

 

 そうね、と小さく笑う楯無。本当に分かってるのか怪しい、と石井は内心訝しむ。何だかんだ、付き合いはある。気に食わない相手だが、やること、領分は被っている二人だ。学園の防衛、警備という役目上二人は何度も顔を合わせて、互いに皮肉を言い合い、嫌々仕事をしてきた。彼女の実家との因縁、確執もあるが、石井個人としては更識簪に悪感情は抱いてないし、更識楯無にも気に食わないだのアマチュアだのと色々言っているが、全面的に嫌っている訳では無いのだ。反りが合わない、やり方が合わないと言うが、結局畑が違うので意見の食い違いが出るだけ。それと、個人的な感情。

 

 「全く、ままならないわ。自業自得なんだけれどね」

 

 少し、石井の眉間に皺が入る。煙草がその長さを徐々に短くしていく。西陽はまだ落ちない。空は少しだけ赤みを増していた。

 

 「話せ」

 

 とぼけた顔をする。石井は楯無を見ずに、ただ空を見ている。とぼけた表情を張り付かせた楯無は、そのまま固まった。そして、少し笑う。くすり、と口に手を当てる。

 

 「何だ?」

 

 「いや、本当にスケコマシね。あなたって」

 

 「馬鹿にしてるのか?」

 

 「いいえ。私は惚れないけど、そうやって天災も落としたのかしらってね。一夏君よりも質が悪いわ」

 

 鼻を鳴らして、石井は煙草を灰皿に押し付けた。してやったり、と悪戯っぽく笑う楯無。心外だと石井は思う。あんな女難爆弾と一緒にするな、と。自分はあそこまで酷く無い、勝手な憶測であの教え子の上位互換にしないでくれ。それに、飼い主とはそういう仲では無い。あれとは、そういうことは一度も無い。色気もへったくれも無い。そんな石井を見て満足したのか、楯無はまた遠くを見る。押し流された場所へと遡る。少しだけ震える口をゆっくりと開いて、言葉を紡ぎ、語り出す。それは馬鹿な女の、愚かな姉の話。丈に合わない力を持ち、それを十全に扱えなくとも誰かを守ろうとして道を違えた愚者の喜劇。瞳は語る。嗤えよ、と。

 

 姉は暗い家に産まれた。底抜けに暗くて、深い沼の中にあるような家だった。血と肉を墨にして書き上げたリストで築き上げた立派な家と幸せ。ずっと昔から積み上げられた骸の山は土台となり、彼女の現在を支えている。姉は思う。仕方ない、と。そういう家だから、悪い人から皆を守る為だから。これは正義の為だから、と。自分達は正義の味方なんだと納得する。男の子が憧れる戦隊モノや仮面ライダーと同じだ。あれだって、裏では同じような事をしている筈だ。世の中はそんなに綺麗じゃない。

 

 姉に妹が出来た。姉は妹を愛した。父や母以上に、姉はその愛を向けた。その髪を撫でるのにも全身の愛を込めた。妹が望むことは出来るだけ叶えた。厳しく接した。甘やかすだけでは、怠けて腐ってしまう。自分が出来ることを、最大限詰め込んだ愛を捧げた。それほどに、彼女は妹を愛していた。愛しくて堪らなかった。

 

 姉には大きな力が与えられることが決まっていた。暗くて、鉄臭い、赤黒く穢れた力。代々、受け継がれてきた正義の力。父と母は言う。お前こそ楯無に相応しい、お前以上の後継者はいない、流石は私たちの娘だ、と。口々に褒める。ベタベタに褒める。知りもしない大勢の、一億人の為に手を汚す正義の執行という殺人を良しとする。国という漠然とした、いまいちイメージの付きにくい集団の為に、正義を成す。官僚と政治家、米軍とホワイトハウス。国という生物の集団の損益をヴィヴィッドに想定する連中の道具になる。人々の安寧を守る、正義の味方。

 

 別段、姉はそれを否定する訳では無かった。世の中、そういう役回りが必要だ。自浄作用はあるべきである。そのお鉢が自分に回ってきただけだ。そういう家柄だから仕方ない。自分が汚れるだけの話。誰も知らない正義の味方になる。それで良い。日々、自分を鍛えた。銃の撃ち方、ナイフの刺し方、効率的な人の殺し方、ハニートラップ、薬学、爆発物の扱い方、尋問と拷問。汚して、穢して、自分を貶めて立派な正義の味方になっていった。それが役目だから。

 

 ある日、妹と話していると戦隊モノの話になった。女の子らしくない趣味だと思った。それでも、妹の話を聞いた。一緒に好きな戦隊モノやロボットアニメを見た。それなりに楽しめたし、妹も喜んでいた。そんな中で、妹が一言呟いた。無垢な憧憬と邪念無き本心と子供として当然の無知で、それを口にした。

 

 『私もこんな風な、お姉ちゃんみたいな正義の味方になりたいな』

 

 目の前にいる自分と同じ血を引く生き物は、何と言ったか?何になりたいって?誰のようにって?誰が教えた?私が正義の味方になったことを、誰が教えた?

 

 姉は笑った。正義の味方として身に付けた技で、笑う。応援してるわ、と頭を撫でる。少しだけ手が震える。それに気付かないで、妹は幸せそうに目を細める。愛しい。愛しくて堪らない。その笑顔、その表情。全てが彼女にとっての光である。

 

 ふざけるな。何だこれは?何の冗談だ?姉は自室で頭を抱える。姉は既に四人殺していた。ナイフで首を通る頸動脈を切って、九ミリ口径の弾丸で眉間を撃ち抜いて、路地裏に誘って油断した所を絞め殺して、毒を盛って殺した。全てが正義の為であって、自分が手を下さずに間接的に殺した人数を数えれば二十は越えていた。それは全て、誰かの為に成されたことで、ディスプレイの向こうのヒーローと何ら変わらない正義の為に悪を倒すという実に明快な理由の元に行われた殺人だった。そんなことは分かっている。それは折り込み済の事実で、更識楯無となった時には染み付いていた揺るがない真理。穢れた物。

 

 しかし、それを妹が目指すと言った瞬間、心臓が冷えた。温度を無くしていく錯覚に陥る。あの無垢な妹が、透明で輝かしい色彩が、どす黒く塗り潰される。駄目だ。想像しただけで、ぞっとする。愛してる。家族の誰よりも愛している、彼女の綺麗な夢を踏みにじって、貶めて、あまつさえ正義の味方にする?認められる訳が無い。こんな醜い家の、更に深い部分に触れさせたく無い。姉は頭を掻き毟る。

 

 それは同時に姉の限界でもあった。姉は妹を愛しすぎていた。彼女の正義のベクトルは国や民衆という抽象的な総体としての物、個体を捉えられない物よりも、妹というそこに確かに実在する一個人の現実に向いていた。それを無理矢理、彼女の中で不安定な蜃気楼のような物に向けただけだった。道具としての正義の味方は初めから存在していなかった。無意識に誤魔化していただけ。両親が褒めちぎる正義の味方のフリをした、幻影。

 

 仕方ない訳が無いだろう!!叫びは喉より先には行かない。これが正義?あの子が私に見ている正義?醜悪すぎる。自浄作用を、歯車を無理矢理正義に変換して考えていただけだ。騙していたんだ。何もかもを、欺いていたんだ。諦めていたんだ、この生を、産まれを。仕方ない、と。それでも、私が穢れるのは良い。正義等では無い。でも、あの子まで大義名分を得た道具に成り果てて良いことは無い。この暗い家から、飛び立ってほしい。夢を見てほしい。それはいけない事だろうか?

 

 この力も、技術も、全てをあの子の為に。恨まれても良い、それが正道だ。あの子を出来るだけ、遠ざける。近付かないように、突き放す。穢す訳にはいかない。貶そう、踏みにじろう、あの子がいつか出会う正義の味方に期待しよう。私は悪役だ。あの子にとっての、壁で良い。

 

 そして、姉は妹を突き放した。崖から突き落とすように。十全に扱えない権力に物を言わせて、妹に降り掛かる悪意を振り払って、家から遠ざけた。

 

 結果として、道を違えた。何処で間違っていたかと言われれば、初めからなのだろう。妹は姉に憎悪を抱いた。計画通りに、しかし予想以上に。目は鋭くなった。姉を見る時だけ、剃刀のようになる。殺気だなんて物まで出すようになった。姉はそれに動揺してしまう。アマチュアだから、それが仕組んだ物でも悲しみを覚えそうになる。全ては不可逆の墓場、時間というマトリクスの向こうへと消えた。更識楯無という愚者の、失敗だらけの成功と共に。

 

 守れた。姉は妹を守れたのだ。そして、遂に妹は姉へと手を伸ばす。逆襲が始まる。その高みから引き摺り下ろす為に、研いだ爪を現して、塵を引き裂くだろう。そうして、更識簪は更識から解放される。報復として更識楯無が追放することによって。

 

 それが愚者の喜劇。嗤うべき者の、守りたいという利己的な理由で肉親を傷付けた話。楯無は語り終えると、笑う。空は青のグラデーションとほんの少しの朱に塗り替えられていた。薄暗闇の中で煙草の火が揺らめく。

 

 「気に食わない」

 

 表情は見えない。石井は平坦な声色で言う。何処か嫌悪があって、憐憫があって、親愛があって、同情と懐古が混ざりあってフラットになった声。ごちゃ混ぜの言葉、濃縮された感情。全てが紫煙で隠される。うん、と楯無は笑いながら頷く。

 

 「愚かだ」

 

 「うん」

 

 「馬鹿だ」

 

 「うん」

 

 「本当に虫酸が走る」

 

 「えぇ」

 

 星が輝き始める。生暖かい風が二人に絡み付く。

 

 「正義の味方なんて、存在しない。あんな物はフィクションの産物だ。正義だなんて不明瞭で絶えず形を変える流動的な概念に固定された味方なんて物はいない。個人単位で変動する物を巨大な個の集合体に当て嵌めれば、それはただのシステムの一部に、総体を維持する為の都合の良い免疫になるだけだ。そもそも、正義なんて物は無いんだろう。善性と悪性の狭間で、善性に寄った個人の行動指針。道徳的な、社会通念上定められた不文律、正しさとそれが掛け合わされた悪逆の対極に位置する物。それは幸せと直結することは無い。万物の体制維持が優先される」

 

 煙草を指に挟み、燃える先端を見つめる。その石井は楯無がいつも見る皮肉ばかり吐く、頭に来る態度を取る不遜な傭兵では無かった。

 

 「そもそも、君は最初から正義の味方では無かったし、更識簪は憧れに届くことは無い。仮にそんな恐ろしい存在が現れて、ヒロインにでもなってみろ。地獄だ。大衆の為に自分を殺して、百を取る。百一は取れない」

 

 真理なのだろう。二兎を追う者、ということわざがあるように欲張りになれないのが現実だ。

 

 「君も、()も。破綻していて、穢れている。そんな奴が誰かを抱き締めて、愛を叫ぶことは思うより大変だ。なまじ、自分がどういう生き物か自覚しているからな。どうしても、頭を過る。この手が、世にも汚い色をつけてしまうと。だから俺達は歩みを進められない。いつか、何処かで抱いた某かに囚われて、捨て続ける。そんな奴は一人で良い。馬鹿は一人で良いんだ。」

 

 帳が降りていく。街灯が付き始めた。

 

 「君のやることに口を出すつもりは無い。私には関係無いのでね。だが、このままでは君の妹は確実に波に呑まれる。この情勢だ。君たち(更識)も限界だろう。まだ、間に合う。考えろ。最善を。君が守りたい物が何か、それを守りきれるか考えろ。人一人守るのは大変だぞ?君が後悔しない選択をしろ。正義はいらない。好きにやれば良い。君は捨てなくて良いんだ」

 

 見えない横顔を見つめる楯無に背を向け、石井は屋上を後にしようとする。ドアに手を掛けて、立ち止まる。互いに振り向かない。煙草の煙が微かに鼻に突く。二人の背中は、互いに小さく見えた。

 

 「君を見ていると、本当に気分が悪い。気に食わないよ……」

 

 ドアが閉まる音がした。屋上には楯無一人が残された。

 

 「私もあなたが気に食わないわ。えぇ、気に食わないわよ……」

 

 朱が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 番外編で別時空の麻婆回やろうかなとか考えてしまうこの頃。

 FGOイベント全然周回してない……やべぇよ、やべぇよ……。

 嘘予告?ねぇよ、んなモン。ネタ切れだぜ。


 以上!!終わり!!閉廷!!皆解散!!


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!

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