転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。 作:逆立ちバナナテキーラ添え
ワイルド 「獄中記」より
青い空が見えた。何処までも青くて、何処までも突き抜ける蒼穹。曇りも濁りもなかった。
距離感が上手く掴めない。空が降ってきたり、遠のいたり。視界が回って、焦点がズレる。酔ってしまいそうだけど、不思議と気分がいい。乗り物酔いというよりは、酒を飲んでしまったような。揺りかご、母さんの……いや、千冬姉の腕の中にいるような感覚だ。
酷く重い身体を起こしてみる。全身に鉛を入れられたみたいだ。指一本動かすのでさえ、億劫だ。それでも、何とか力を入れて立ち上がる
まるで鏡のようだった。今まで寝転んでいた地面は俺の姿と空を写していて、それが空と同じように何処までも続いている。時折、それに波紋のような物が浮かび上がる。地面に触れてみると、それは冷たい水のような物だった。歩いたり、立っていると分からないが、鏡のような地面は液体だった。湖面が光を反射して、俺や空を写しているらしい。絵本だか、小説の世界に迷い混んだような錯覚を覚える。
辺りを見回しても何も無いし、誰もいない。ただ、ひたすら湖面が広がってるだけ。幻想的だけど殺風景、そんな風に思った。足元がふらつく。距離感が掴めないせいで、真っ直ぐ歩けない。それでもこんなだだっ広い場所だから、さして問題は無いだろう。
歩いてると次第に身体の重さが取れてくる。それと比例するように頭が重くなり、記憶と言うべき物が蘇ってくる。
死んだのか、と独り言ちる。朧気にだが、最期の瞬間が頭の中でリプレイされる。真下から光に呑まれて意識を失う自分。どうも実感が沸かない。現実感、リアリティの欠如が激しい。本当に自分が体験したことなのかと疑ってしまう。確かに覚えているし、感じた。様子がおかしい箒に、それを訝しむ自分。確かに俺が経験したことだ。しかし何処か、他人事のような気もする。仮にも自分の最期なのに、余りに冷静、俯瞰的。
等と、考えていても埒が明かない。見方がどうであれ、自分が体験したことに変わりはない。俺は、織斑一夏は死んだ。それは覆らない事実だ。遺体も残ってないだろう。あれほどの光、太いレーザーに焼かれたんだ。白式は分からないけど、俺の身体はあの場で火葬されたも同然だ。
するとここは何処なんだ、という疑問が浮かぶ。死後の世界か、天国か。地獄ではないと思うが、天国にしては寂しい所だと思う。天使も神様も仏様もいない。目を覚ましてどれ程かは分からないけど、変化に乏しい風景というのは正直辛い。こんな所に長くいたら気が狂ってしまうだろう。そういう意味ではここは地獄なのかもしれない。地獄に落とされる所以に心当たりは皆目無いが、どうすることも出来ない。身体の重さが取れても、視界が覚束無いこの体たらくじゃ、神様に一発入れる事も出来ない。アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター。バカにしたって、煽ったって神様は出てこない。
「困ってる?」
女の子がいた。目の前に立っていた。白いワンピースと麦わら帽子を身に付けた女の子。俺より二つぐらい年下か、それぐらいの歳だと思う。顔はよく見えない。帽子を目深に被ってるとかではなく、靄が掛かったように上手く認識できない。それでも、きっと整った顔立ちと思うのは何故だろう。何処かで会ったことがあるような気もする。何処で?
「顔のことは気にしないで。あなたがここにまだ慣れてないだけだから……それで、困ってる?」
「あ、あぁ。困ってるよ、色々と」
彼女は俺の考えを見透かしたように顔の事を言った。すると、慣れれば見えるのだろうか?彼女はここが何なのか知っているようにも聞こえた。このまま行くと、彼女が神様や天使のような役割を持つ者なのだろうか?さすがに、女の子を殴る気にはなれない。気付くと、頭の重さも取れていた。
「着いてきて……」
彼女の後を追う。ゆっくりとだが、距離感が掴めるようになってきた。視界もブレない。真っ直ぐ歩けるようになった。
「あのさ、君はここが何なのか知っているのか?天国とか、地獄とか。死後の世界ってやつなのか?」
前を向く彼女は小さく笑って、いいえと言った。俺の方は振り向かない。
「まぁ、ここに来る人なんて滅多にいないからそういう風に解釈するのも仕方がないね。ここまで深く潜ったのはあなたが初めてだし、あの人ですら睡眠時に意識が同調するレベルなのに、意識ごとここに落ちてくるなんてびっくりだわ。いや、そうさせるように仕向けたのはあの人とお母様だし、私もその意図を読んであなたの意思を誘導したけど、一つ上の位相じゃなくて
「どういうことだ?君が俺をここに?」
「あぁ、ごめんなさい。話が逸れちゃったね。結論から言うと、ここはあなたの言う死後の世界というモノではないよ。天国とか地獄とか、そういうベクトルの場所ではないよ。形而上的な、抽象的な物ではあるけど、魂なんて高次の情報体を解析して留まらせるにはここは心許ないよ」
「魂?」
「うん。あの人の記憶をあの子が読み取ったことで存在が確認された。私たちの推測では、魂という物は我々には認知出来ない程に密度が高い情報体なんだと思うよ。それが何処に含有されていて、生命が誕生する過程の何処で生成されるかは分からないけど、確かに存在する。無人機に載せるAIに人間の意識をトレースすると稀に不合理な行動、システムに反抗する個体が出ることがある。元の人格の持ち主の思考や意識を電子化してインプットする。パッと見れば非常に合理的だよ。優れたパイロットの動きをそのまま再現できるんだ。VTシステムの完成形とも言える。まぁ、それをやったら元の人格主は死んじゃうんだけどね。まぁ、でも当然だよね」
「何がだよ」
「ヒトの魂をプログラムの制御に従わせるなんて出来ないってこと。ある意味では人間はプログラムに沿って動く生物とも言えるけど、人が作った物に人を従わせるなんて出来ると思う?必ず何処かで綻びが出る。不備が出た魂を外部から修正を施して、人格を書き換えてプログラムに適合させたとして、それはインプットしようとした人格と同じと言えるのかな?」
色々と聞きたいことはあった。この場所の事、あの人、あの子、お母様、魂の事、酷い試み。しかし、彼女の問いに答えなければならないと思った。答えるべきだと思った。
「それは、別人じゃないか?」
「うん」
「でも、限り無く近いっていうか。兄弟姉妹とまではいかないと思うけど、限り無く同一人物に近い別人っていうか……」
上手く纏まらない。言葉にするとどうしても頭にある考えが霧散してしまう。別人に成り果てても、その人の欠片のような物は残っていると思う。そう言いたいのに、消えてしまう。
「うん、分かったよ。あなたの言いたいこと。まだ、慣れてないから齟齬が出てしまうんだね。ごめんなさい、いきなり変なことを聞いてしまって。脈絡とか無かったと思うけど、単に私の興味本位の質問だから気にしないで。あの人たちが見出だした可能性だって聞いたから少しだけはしゃいでしまった」
相変わらず彼女は俺の知らないことを前提に話を進める。一度もこちらを振り向かないで前を向いたまま、歩いたまま。
「あなたの現状について説明するよ。単刀直入に言うと、あなたは死んでいない。生きているよ」
「は……嘘だろ?だって、俺レーザーで焼かれたんだぜ?」
「あぁ、うん。そうだね、確かにあなたは焼かれたよ。だから、修復している。再構成している最中さ」
「修復……再構成……?」
「だから、あなたの意識はここにいる。ハードウェアを直している最中に何かあったら大変だからね。ソフトウェアは避難させたんだよ。諸々が終わるまではあなたも機体も隠されているから心配しなくていいよ」
「でも、焼かれたんだぞ!?どうやって治すんだよ……それよりここは……」
「そうやって大きな声を出せるというのは、ここに慣れ始めた証拠だね。治す方法は、過程は然程重要じゃない。気が付けば、あなたは治ってるんだから。それが私に与えられた物だし。それとここについては、夢のような物だと思ってくれればいいよ。あなたの意識が見ている一時の夢。長いようで、短い白昼夢」
俺はどうやら死んでないらしい。よく分からないが、ここは夢だという。どちらかと言えば臨死体験の方が合っている気もするが、大して違わないだろう。
景色に変化が起きてきた。雪が降ってきた。空は晴れている。変わらない蒼穹から降り注ぐ雪は彼女が言った通り、白昼夢に相応しい光景だ。そして、ちらほら木が見える。何の木かは分からないけど、太く、大きな木だった。緑色の葉が雄々しく茂っている。
彼女が歩みを止めた。彼女の視線の先には白いテーブルと椅子。テーブルの上にはティーポットとカップ。茶葉の香り。
「お茶にしましょう?まだ時間が掛かるから。歩き続けるのは疲れちゃうでしょう?」
何処か、懐かしさを覚えながら俺は椅子に座った。
◆◇◆◇
結果を見れば分かる事だが、数人が感じていた感覚は正しかったと言える。シャル・有澤の予感は当たり、織斑千冬の予測は正しかった。良くないことが起こり、織斑一夏と白式は墜ちた。
それは驚愕や衝撃的とか、言葉にするには与えられたインパクトが大きすぎた。筆舌に尽くしたがい感情が多くの者に押し寄せた。怒りと言うには余りに激しく、憎悪と言うには黒すぎた。哀しみと言うには深すぎて、涙腺は死んでしまったように機能しない。現実逃避しようにも、彼と愛機の反応は途絶え、代わりに撃墜された筈の福音が悠々と佇んでいる。現実を直視させる。
鈍い音と、何を言っているか聞き取れない程がなった声。畳を勢いよく蹴る音と、擦れる音。ヒステリーを起こした甲高い声。
篠ノ之箒の頬には赤い痣が出来ていた。畳に倒れる箒を見下ろしながら、羽交い締めにされる凰鈴音。抑えるシャルとセシリアを振り払って腹に蹴りを入れる。サッカーボールキック。爪先が鳩尾に入り、息が途切れる。肺から空気が押し出された。箒は呻き声を出しながら腹を抑える。鈴はその様を見る。それを見て、苦しんでいることを理解した上で、顔面へ同じように蹴りを入れる。倒れ伏す箒の髪を掴んで膝立ちにさせる。そして手を振り上げるが、手首を誰かに掴まれた。
「さすがにこれ以上は看過できない。もういいだろう」
静観していた筈のラウラだった。掴む力は強く、鈴は振り払えないと悟った。
「何?こいつに情けでも掛けるの?お優しいこと。あんた、前はあんなに尖ってたのに。丸くなっちゃったワケ?」
「別に情けを掛ける気はない。こいつからは聞かなければならないことが山ほどある。ここで貴様に壊されては敵わないからな。まさか頭に血が上りすぎてそんな簡単な事も考えられなくなったのか?直情的な性格も大概にしてくれよ」
舌打ちをする鈴。正直、まだ足りない。この戦犯をこの程度で済ませるなんて冗談じゃない。この場にZH05があればストックで頭が割れるまで殴ってやる。何なら、警備科からM4を盗ってきてそれでもいい。だが、やる前にラウラに伸されてしまうだろう。箒を蹴り倒して、忌々しそうに壁に背を預けた。
「さて、鈴に随分と綺麗にしてもらったじゃないか?どうだ、見てみるか?」
箒は俯いたまま口を開かない。ラウラは興味なさげに一瞥して話を続ける。
「私が聞きたいのはあの時何があったかだ。あの時、何故動かなかった?何をしていた?それを教えてくれるだけでいい」
「それは……」
「何も難しいことを言っている訳じゃない。嫁からの通信のログも残っている。様子がおかしいと、貴様が動かないと言っていた。何をしていたんだ?」
共通の疑問だった。救助を終え、帰投するのみとなったあの時、箒は動かなかった。一夏は箒に声を描け続け、異常を察した。そして福音の再起動と白式の撃墜。端から見れば、箒の異常はこのイレギュラーな事態と何か関係があるように見える。間接的に箒が一夏を殺したようにも。疑うべき点、聞くべき事、知るべき事、それらは無数にあった。
鈴が、箒が間接的に一夏を殺した──箒の行動が起因となって白式が撃墜された──と憤る中、シャルとセシリアは 鈴程の激情は持ち合わせてなかった。シャルは予感が当たったことに対しての悲しさと後悔。セシリアは未だに感じ得ない現実感と、諦念にも似た感覚。最も、単に激しい感情が遅れているだけなので、時間が経てば鈴と同じように暴れだす可能性は大いにある。
ラウラは極めて冷静に箒に問いかける。強い言葉は使わない。穏やかな、角の立たない言葉を選びながら訊く。そう、装う。
「気が抜けていたんだ……余りにあっさりと……戦闘が起きなかったから……」
ふぅん、と返す。淡泊な返事には、何も感じられない。ラウラが何を考えているか箒には分からない。
「それだけか?」
「あぁ……」
「嘘だな」
「何を……!!嘘などついてない!!」
「行動に関してはな。ただ、呆けていたんだろう。だが、戦闘にならずに気が抜けていた?嘘だろう?残念だったんじゃないか?戦闘にならなくて」
「そんなことは……」
「貴様は無いと言う。頭ではそう考えているからな。でも、人間は存外正直な動物だよ。出撃前の顔を見せてやりたいな。随分と楽しそうだったじゃないか、戦場に、初めての実戦に行く割りには。新しいオモチャで遊べるとでも勘違いしていたのか?」
「ふざけるなッ!!私は真剣だった……でも、」
「でも、何だ?嫁が墜ちたのは仕方なかった、私のせいじゃない、とでも言うつもりか?案外薄情なんだな。嫁のことを好いているとは思えない」
「誰もそんなことは言ってないだろう!!」
「そうだな。言ってないな。まぁ、そう推測出来るぐらいには貴様のやらかしたことは大きい。あのほんの数瞬、貴様が某かの感傷に浸ってる時間が嫁の命を奪ったとも言える。理解しているから、鈴に殴られていたんだろう?」
顔が青くなる。自身の行動が人の死に繋がったという実感。事実は変わらず、相手も悪かった。今更ながら、手が震える。唇と歯は上下が噛み合わない。恐怖と罪悪感が沸き上がる。薄れていた現実感があるべき場所へと還った。フラッシュバックが起こる。閃光と熱と、光に掻き消される視界と幼馴染みの顔。傷一つ無い自分。
絶叫。冷ややかな視線が刺さる。自分の欲が想い人を殺した。姉に謝りたいが、その姉の作った力を以て想い人に追い付きたい、守りたい。醜悪な二律背反。全てを正しく認識した。
パチン、と乾いた音。
「うるさいよ」
シャルが半狂乱の箒に平手打ちした音だった。ラウラは内線を繋いだ。発令所へだ。
「医務科のカウンセラーを一人お願いします。えぇ、一人です」
声色は終始冷ややかな物だった。
◆◇◆◇
「連絡がつかない?」
鋭い声色で千冬は言った。吐き捨てたと言ってもいいぐらいには刺々しい言い方だった。
「はい、位置情報も捕捉出来ず、通信も途絶していて」
コアネットワークを介して通信を繋げようとする。しかし、それすら繋がらない。心が重くなる。平静を保つ事でさえ苦しいのに、一番手を借りたい相手がいない。何もかも放り出して、戦場に出たい。何でもいいから、八つ当たりかもしれないが出撃させろ。予備の打鉄を寄越せ。諸々を圧し殺して、千冬は立っている。もう意識を手放してしまいたい。
村上が肩に手を置いてくる。何も言わずに側に立っている。それでも小さく、耳打ちした。
「まだ、駄目だよ。諦めちゃ駄目」
何を諦めないというのだ?一夏は死んだ。福音を墜とすことか?仕事だものな。美徳だよ、ワーカホリック。弟の死より、家族の死より仕事を優先しなきゃならないなんて、いい職場だ。
「委員会から、作戦続行との命令です……残存戦力を投入し、福音を撃墜しろと……」
「ふざけるな!!」
投影ディスプレイの照射機を蹴り壊した。腹の底から怒声だった。
「これ以上どうしろと言うんだ!?全滅するぞ!?奴は
「しかし……」
「あぁ、分かってるとも。やらなきゃいけないなんて、重々分かってるさ……。クソが。余程、殺したいらしい。人柱が足りないとでも……?」
千冬は拳をきつく握った。血が滴る。
「一夏が……一夏だけでは満足しないのか……あいつらは、何がしたいんだ!?連中は何を考えている!?束は、石井は何を……」
私にはお前たちが分からないよ、そう漏れた言葉。千冬はいっぱいいっぱいだった。込み上げる物を挽き潰して、せり上げる物を押し留める。
「専用機持ちを集めろ。ブリーフィングを行う」
止まれない。止まったら、もう動けないから。
クロエに与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ。
じゃなくて
倫理?あまりにも狭小な。いや、このタイトルを見ればもはや言う事は無い!
数年の空隙を埋めて余りある衝撃。膨大な、あまりにも膨大な良心と常識の意味なき損耗。
そう、これが家族だ!これが石井さん家だ!!遺伝確率0分の0
血縁なきは家族するのか?義理の娘クロエ・クロニクルの恐怖の誘惑
背徳の舞台は存在するか?「崩壊倫理イシイズモラルハザードファイルズ」
いやいやいや、石井さん家そのものが倫理欠如体なのだ!
っていう嘘予告その2です。やりません。
御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!
何度も言うけど、箒アンチじゃ無いからね!?