転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。 作:逆立ちバナナテキーラ添え
fabula
夢を見る。
私は断頭台に立っていて、首を斬られるのを待っている。私と断頭台以外は何も無いし、誰もいない。
ガタン、という音と共に刃が落ちてくる。私の首目掛けて、垂直に落ちる。
だが、それは私の首を落とさない。首の皮で止まって、血すら流れない。
頬に手が当てられる。両手で包み込むように当てられた手は冷たくて、しかし何故か安心できた。
黒髪の少女。血のように紅い瞳が私を見据える。
「ごめんなさい」
何で謝る?
君は誰なんだ?
◆◇◆◇
「状況を説明する」
大広間に千冬の声が響く。一切合切の物がどかされ、臨時の発令所となっていた。座布団に座り、せわしなくモニターと投影ディスプレイを見る同僚を横目に石井は千冬の声に耳を傾ける。
「一時間前、ハワイ沖にて米軍が実施していた第三世代型ISの夜間戦闘訓練及び稼働データ収集にトラブルが発生した。空母、ジェラルド・R・フォードに搭載されていた無人状態のISが暴走。外部からの如何なる信号も受け付けず、米軍の制御を離れた」
「当該機の詳細は?」
石井は聞いた。
「
戦術兵器クラスの威力はあると見ていいだろう、と石井は呟いた。千冬もそれに無言で頷く。仮にも
「現在、銀の福音は太平洋上を飛行中。予測では最短で百九十分後に、日本の領海を侵犯する。在日米軍と自衛隊が迎撃する手筈になっているが、私たちにも作戦への参加が通達された。これは日米両政府と委員会及びアラスカ条約機構からの要請を学園が受理した物だ。これを受け学園規定により、第一種戦闘態勢への移行を発令する。学園長より指揮権は私に委譲された」
大広間にいた警備科の教員たちは千冬の言葉に唾を飲んだ。第一種戦闘態勢、学園への明確な攻撃行為及び学園に対する敵対勢力を排除する際にこれは発令される。命の価値が極端に低くなる状況。つまり、戦場ということだ。対するは第三世代機、彼らが搭乗する機体のリミッターを全て解除したとしても勝利することは出来ない。しかも、戦場になるのは恐らく海上。撃墜された場合、もう一度陸に上がれるかどうか。
「迎撃には空自の打鉄、ラファールの混成三個小隊と三沢基地から米軍の第三世代が一機出る。今後、これをユニットAと呼称する。警備科はユニットAと合流。EEZ内の第一防衛ラインで迎撃してもらう」
「米軍から来る機体は何なんですか?」
警備科の一人が聞いた。
「ラプターだ。聞いたことぐらいあるだろう?」
銀の福音と対を成す、アメリカの第三世代機。ラプター。
「生徒の避難は?」
「ガス漏れということにして、順次避難をさせている。専用機持ちはここに残る」
「作戦に?」
「あぁ」
石井はやっぱり、と独り言ちた。他の教員たちは無茶だとか死んでしまうとか口にしているが、彼はこの状況で専用機持ちを出す意味を理解し、憂鬱そうに溜め息を吐いた。千冬はそれをちらりと見ると、教員たちに仔細を説明した。
「これは委員会と
千冬は部屋をぐるりと見回す。石井は壁に寄りかかって、パイロットスーツの耐弾パッドに着いた埃を取っていた。理解している彼にとっては聞く意味の無い物だった。
「この作戦では我々ユニットAが可能な限り福音にダメージを与え、専用機持ちが待機する第二防衛ラインで止めを刺す。我々には
揃った、はい、という返事が響いた。士気は上々。作戦も悪くない。上手くコトが運べば、何の問題も無いだろう。久方ぶりに着たパイロットスーツの着心地に、石井は首を回して慣らす。腰に付けられたハンドガンのホルスターが揺れた。
「猟犬、あなたは発令所で待機してもらう。切り札だ。それに、勝手に使えばアイツにどやされる」
「まぁ、いつも通りですよ。やばくなれば出る。殺しきれなかったら、私の出番だ」
千冬の猟犬という呼び方に周囲は戸惑った。ここにいるのはIS学園一年一組の副担任では無い。天災に付き従う猟犬だ。それを彼の同僚は今、理解した。耐弾パッドが付けられた漆黒いISスーツ。ISを用いない白兵戦も視野に入れた装備群。腰にぶら下がるハンドガンと、太股のナイフシースが彼の同僚との立ち位置の違いを示していた。誰よりも異質で、誰よりもこの場に沿ぐっていた。
「これでブリーフィングを終了する。各自、持ち場に付け。兵装のチェックが済み次第出撃だ」
「ちょっと待った」
凜とした声が異を唱えた。いつの間にか、部屋には見慣れない女性がいた。とろんとした垂れ目と、エプロンドレス。機械的な兎の耳を模したカチューシャを付け、佇んでいた。石井はその姿を見て、一瞬眉間に皺を寄せた。そして大きく溜め息を吐いた。
「……何故いる。束」
ざわめく。ISの生みの親がさも自然にそこにいた。この場にいる筈の無い人物。世界中が血眼で探し、捕まえられない理不尽の塊が自分達の後ろに立っていた。
「ん?質問の意味が分からないな、ちーちゃん。私がここにいてはならない理由は無いよ?私は誰にも縛られない。それに、」
束は石井へと近付き、腕を絡ませる。
「私のモノに会いに来るのに、誰かに許可を取る必要があるの?」
無言。誰一人として口を開かない。束の柔和な視線と千冬の鋭い視線がぶつかり、絡み合う。
「……本当に何をしに来たんだ。お前が何の意味も無く現れるとは思わない。何かあるのだろう?」
「うん、そうだね。いしくんに会いに来たというのもあるけど、ちょっとばかりアドバイスをってね」
腕から首元を抱くように腕を動かして、石井の背後に回った束は口を開く。
「このままじゃ、いっくんも皆死ぬよ」
部屋が凍り付く。突然の宣告だった。一様に説明を要求する。沸騰していた。篠ノ之束が口にした死亡予告は限界以上に高まっていた士気をどん底まで落とすには十分だった。それに束は微笑んだまま、何も喋らない。有象無象の言葉等耳に入れない、お前らは雑草の、路端の石の言葉が聞こえるか、という風に。嗤っていた。
「説明しろ」
千冬は一言のみ、声を発した。その一言は誰よりも低く、怒り、感情を圧し殺していた。
「いやいや、単純にね。アマチュアが出てる時点でどうかしてるけど、ラプターを前に置くことに違和感は覚えなかったの?勿論、覚えたよね?何で、福音を単機で撃墜出来るスペックの機体を態々あんな意味の無い所に置くのかってさ」
それは半ば考えないようにしていた事だった。対ISを想定した福音と単機でやりあえる機体と、零落白夜で確実に止めを刺せる白式。これらを分断する必要性は何だ?挙げようと思えば幾つか挙がる。だが、決定的な理由は存在しなかった。
「全部言っても、理解出来ない奴もいるだろうから端的に言うね。この騒ぎはぜーんぶ、イカサマ、出来レース、お芝居だよ」
誰の、という言葉も出なかった。自分たちが何かに利用されているという実感が沸かなかった。まるで、映画のようだ。何の為に、こんなことを?いや、私たちが聞いても篠ノ之束は教えてはくれないだろう。そういう感情が部屋にいる教員のたちの中に漂っていた。
「それは
「いやいや、逆だよ。認められたんだよ。及第点以上の結果を出した。それでたぶん、こうなった。いっくんは頑張り屋さんだからねぇ、やり過ぎちゃったのかなぁ?束さん的にはやり過ぎ感は無かったんだけどね。どうしてかな?もしかして、飽きられたとか?」
周りは二人の会話を理解出来ずに立ちすくしていた。しかし、一部の教員は石井の言葉を思い出していた。
《資質を見出だされれば彼はこの先も楽しく学園生活を送るでしょう。しかし、及第点に届かなければ……まぁモルモットが良いところだ。何せ男だからね。頑丈だ。女性だったらすぐに壊れてしまうような実験も出来る。生かさず、殺さず、体の良い実験動物にされる》
資質を見せたのではないか?及第点に届いたのではないか?今度は脅威と認識したのか?それとも、飽きた?ふざけるな、人を、子供を何だと思っている!!憤りは顔に現れ、表情を歪ませる。それを見て、束は口元を緩ませる。何かに満足したように、納得したように、束は頷く。
「それで……それだけか?それを打開出来る策があるんだろう?」
千冬が束に言った。
「この戦場を引っ掻き回せば良いんだよ。ちゃぶ台返し。理不尽をどうしようも無いイレギュラーでぶち壊す。少なくとも全滅のシナリオは避けられるね。つまらない脚本を書いてる奴を物語の中からぶん殴る。あ、いしくんはダメだよ?私の許可が無ければ使っちゃダメだからね」
「じゃあ、どうするんだ?更識は学園から動けないぞ」
「あんなのに任せなくて良いよ。あれはイレギュラーになり得ない。言ったよね?どうしようも無いイレギュラーでぶち壊すって」
束が指で宙に何かを書くと、投影ディスプレイが表示された。技術畑の人間はそれを見て、口を開けたまま動かなくなり、他の者、パイロットもオペレーターも、あの千冬でさえも驚きを隠せなかった。それは世界を揺るがす物だった。
「第四世代型IS、紅椿。現行のISではチープな言い方だけど最強かな。まぁ、いしくんのシュープリスとかは例外だけど、福音クラスならスペック上は六十秒以内で撃墜出来るよ」
「これを福音にぶつけるという事か……しかし、誰が乗る?これほどのスペック、最新鋭の機体、乗りこなせる人間がいるのか?」
千冬の問いに子供のように無邪気な笑顔を見せ、兎はそれを言う。
「うん、これ紅椿を貸す条件でもあるんだ。私が紅椿のパイロットを指名することがね」
「言ってみろ」
今宵、戦場は混迷を極める。老醜と外道。戦乙女と兎。猟犬と福音。数多の思惑が絡み、溶け合う。そこに理想は無い。そこに正義は無い。生の価値は急騰する。
「篠ノ之箒を紅椿に乗せろ」
石井はいつの間にか淹れたコーヒーを啜っていた。
仕事前のコーヒーは苦い。
◆◇◆◇
「何で言わなかったの?」
「何が?」
「これが仕組まれたってこと」
「言っても言わなくても、結末は変わらない。誰も死なない。福音は墜ちる。それだけだよ」
崖の上。月明かりに照らされて、二人の男女は夜に浮かび上がる。束はふぅん、と言って隣の石井を見る。いつも通りの顔、戦場に行く前の猟犬がいた。
「クロエは?」
「
「そうか」
束は聞かない。つい数時間前のことも、それ以外のことも。ただ、石井の側にいるだけ。言葉にしなくても分かる。彼の心配が、恐れが、憂いが。
「くーちゃんは大丈夫だよ。あの潜水艦なら、滅多なことじゃ穴を開けられないから。君は君の役割を果たして」
石井はあぁ、と返事をして、月を見た。満月だった。
「死ぬぞ?」
「かもね」
「憎い?」
「かもね」
束は海を見ていた。凪いだ海。風は無く、どこまでも静謐で、揺れが無い。
「いっくんはいい先生たちに恵まれたね」
「あぁ、私の同僚たちはいい人ばかりだよ」
「安心した。私がいた頃より、全然いいや。らーちゃんも毎日楽しいだろうね」
「そうか。まぁ、ボーデヴィッヒは毎日一夏君にべったりだよ。楽しいんじゃないかな?いや、楽しんでないとダメだ。本当ならあの年で軍人なんておかしい。あぁやって毎日馬鹿をやってなきゃダメだ。安っぽいけど、ほら。青春ってやつをしなきゃね」
凪いだ海と同じ瞳を束は見ていた。穏やかで、諦念等何処にも無い、優しい眼差しだった。私の宝物、私たちの宝物、私を見てくれる唯一の眼。私を見てくれた愛しい人。
「だからね、らーちゃんの為にもいっくんは生き残らなきゃいけない。生かさなきゃいけない。何があってもね」
娘の為に。束の意義はその一点に集約されていた。
「だから紅椿を?」
「うん。それとね、教えてあげるんだ。あの子が求める力の本質を。嫌って、遠ざけた私が作った子たちの力に縋ったんだ。虫が良いよね。好きな男の為に私に頼るんだ。頼まれた訳じゃない。それでも分かるんだ。一応は血が繋がってるから、分かっちゃうんだ。あの子がいっくんに並べるだけの力を求めてるってさ……。守るためだか、何のためだか知らないけど」
強い風が吹いた。生温い風が、二人を乱暴に撫でる。
「痛みを知れよ。私が味わった物よりはマシだからさ。お前は何も失ってないだろう?これが姉としてする最後のこと。私の夢の残骸で学べるだけ学んでね。箒ちゃん」
別に箒アンチじゃないから!!
大和撫子って良いよね!!
本編に出てきたラプターはマヴラヴとかトータルイクリプスのあれです。
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