転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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いやぁ、語録がいっぱいだなぁ。





























anti―no―my♯砂流

 

 暁光が私を照らす。

 

 朝と夜が溶け合って、太陽と月が短い逢瀬を重ねる。

 

 吹き荒ぶ冷たい風で首もとに巻いたスカーフが棚引く。心臓がきゅう、と掴まれた気がした。

 

 荒れ果てた大地。生を許容しない砂の海に、私は最後の十字架を突き立てた。花は無い。

 

 夜が溶かされる。朝が夜を貫いた。夜は果てた。

 

 その光、私を暴く光から隠す為にあの子の十字架にスカーフを掛けた。

 

 私が殺したあの子の冥福を祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 部屋には重苦しい空気が漂っていた。

 

 テーブルを囲む者たちは皆口を開かない。ある男が口を開くのを待っている。

 

 男──石井は苦虫を潰したような顔をして、自分で淹れた緑茶を飲んでいる。テーブルを囲む誰とも目を合わせようとはせず、テーブルを指で叩いている。その様子をある者は笑みを浮かべながら見つめ、ある者は苛立たしげに見る。また、ある者は酷く不安そうな表情で男の表情を伺っている。

 

 「何の用だ?何でここに来た?」

 

 普段の彼の声色と比べ、幾分か低い声で石井は聞いた。眉間にはほんの軽くだが皺が寄っていた。視線は正面に座る自らの飼い主を捉え、彼の機嫌の悪さを如実に表していた。その視線に対し、張り付いたような笑顔で石井の飼い主である女性──束は何でもないように答えた。

 

 「んー、用は無いよ?ただくーちゃんが君の顔を見たいって言うから来ただけだよ。それに言ったでしょ?私たちも楽しむからって。いしくんとらーちゃんだけバカンスなんてズルいじゃん!!だから私たちも来ちゃった。おじいちゃんに言ったらこの家族客用の部屋を取ってくれたんだ」

 

 その言葉で石井は自分の部屋割りが仕組まれた物であったこと、飼い主一行の来訪が事前に計画されていた物であった事を知った。その目的が如何なる物か正確には測れないが、自分にとってろくなものでは無いということははっきりと分かっていた。自分が遠ざけようとしている少女二人を引き連れ眼前で微笑む女とは、ことある一点に於いてはこれまでも幾度となくぶつかり、互いに相入れず、それでも石井の意識を、認識を改めようとしてきた。正確には測れないという思考は、同時に石井の逃避にも似た思考であった。石井は束が何故ここに来たか、何故職場の上司が自分の部屋を急遽変更したか検討を付けてしまった。石井はこの時ばかりは教え子の鈍感さが羨ましく思えた。

 

 「態々、私と同じ部屋にすることは無いだろう。別の部屋を取ればいいものを……はっきり言って迷惑なんだが?明日から一応は仕事なんだ。君たちに構っていると支障が出る」

 

 心の中で手を貸した老齢の上司へ恨み言を吐きつつ、押し掛けてきた三人へ辛辣な言葉をぶつける。不安と恐怖に染まっていたクロエは石井の言葉に俯き、顔を歪ませた。石井は自分の狙い通りの反応をしたクロエを横目で流し、タバコのソフトパックに手を伸ばそうとするが、ラウラがそれをぐしゃりと掴んでゴミ箱へと投げ捨てた。ラウラは石井を睨み付け、しかし悲しそうな表情で自分が座っていた場所へと戻っていく。

 

 「随分な言い草だな~、束さん悲しくて泣いちゃうよ~」

 

 「君がそれぐらいで泣くなんてつまらない冗談だ。用が無いなら帰ってくれ。もし本当に用があるならさっさと本題に入ってくれないか?」

 

 束は細められた目を少しばかり開き、石井を見た。タバコを捨てられたのがそんなにも嫌だったのか、義娘が目の前にいることに苦痛を感じるのか、表情は先程よりも険しく、不愉快であることが見てとれた。

 

 何度も何度も突き放し、苦しめ、自分から遠ざけ、束に押し付けようとする。余りにも非情で、それでいて完全に非情にはなりきれない男。石井はそういう男であると束は認識していた。いつも何処か悲しそうにクロエを突き放す姿をいつも見てきた。

 

 しかし、今日は違った。クロエと相対した時の悲しい瞳は無かった。目が座っていた。束はそれに違和感を、気持ち悪さを感じた。何か決定的な、切り棄てる決断をしたかのような眼だった。

 

 そしてその言葉は紡がれる。淡々と、無慈悲に、崩れそうな砂の城を踏み潰すように。

 

 「クロエもボーデヴィッヒも、私に関わらないでくれ。不快なんだよ。君たちを見ていると虫酸が走る。唾棄すべき存在なんだよ」

 

 何かが倒れる音がした。陶器が倒れ、中の液体がぶちまけられる。

 

 骨と骨がぶつかり合う鈍い音。溢れそうな思いを込めて振り上げられた拳は頬へと打ち込まれた。

 

 「何なんだっ!!何で!!」

 

 ラウラは叫ぶ。怒りも悲しみも、幾多の感情がごちゃ混ぜになり、上手く言葉を紡ぎ出せない。それでも、じんじんと熱を持つ拳を握りしめ、石井の胸ぐらを掴み、叫ぶ。

 

 「あなたは何がしたいんだ!?何で姉様を遠ざけようとする!?何で助けた!?答えろ!!貴様は……何でそんな風に……」

 

 空っぽの眼で石井はラウラを見る。深い、深い、黒の瞳(オニキス)。何かを写していても、何かを写そうとはしない。誤魔化しきれない諦念が滲む瞳だった。

 

 《私は先生が何を見てきたかは分かりません。今、先生が何に苦しんでいるのかも分からない》

 

 とある少女がやさぐれた男に言った。男は紫煙を燻らせていた。

 

 分からなくて結構。理解できなくて結構。どのような道程を辿り、どんな物を見ればここまで何かを諦められる?

 

 根底の部分で無垢な、まだ希望を持っている少女は畏れる。開けば厄災が飛び出す。希望は無い。そう見てしまった(分かった)。言葉は小さく、途切れていく。

 

 「何で?気まぐれ。気の迷い。疲労。挙げるだけではキリが無い。だが、強いて言うならば、憐れみと乱心かな。まさか善意で助けたとでも?馬鹿を言うな。寝言は寝て言えとは、これだよ……あほらしい」

 

 嘲る。諦念は失せ、侮蔑が浮かぶ。世にも愚かしい物を見るように見下し、その義憤を嗤う。

 

 「手を離してくれないか?君たちに触れられると、ダメなんだ。気持ち悪くてね」

 

 あぁ決まっちゃったな、と束は思った。彼は本気で突き放しにかかっている。以前自分が憤った事を口にし、ヘイトを集める。クロエの心を砕き、ラウラに憎悪を植え付ける。何も変わってない。良い方に少しでも傾いたと思った自分が滑稽だ。

 

 あなたには人の心を理解することなど出来ない、と妹と呼ばれる間柄の人間に言われたことがあった。確かに篠ノ之束という人物はそういった感情の機微には疎い。それでも()()のことなら理解できていると思っていた。だが、見積もりが甘かった。素を、底無しの底を垣間見た。

 

 結局の所、彼女は何一つ石井という人間を理解等出来てなかった。

 

 掴まれた襟元を直し、すっかり温くなった緑茶を石井は流し込む。震えるクロエを見て、嫌な物を見たという風に舌打ちをする。それは残酷に、非情に、慈愛を以て行われる暴力。

 

 ラウラは折れた。クロエも折れただろう。ここに彼の思惑は果たされた。後は自ずと、束の方へ意識が向く筈。

 

 「逃げてばっか……」

 

 誰かが呟いた。

 

 「君、ほんとに逃げてばっかで、私みたい……」

 

 「逃げる?何から?」

 

 「その子たちを助けた責任から」

 

 「責任ねぇ……逃げてるんじゃなくて、放棄したんだよ」

 

 「よく言うよ。責任の取り方を履き違えて、拗らせてるだけの癖に」

 

 「言っている意味がよく分からないんだが?」

 

 束がひっくり返そうとする。ロジックも、何も無く、事実だけを述べて石井の思惑を覆す。

 

 「君さ、そう言う割りにはいいパパしすぎなんだよね。くーちゃんやらーちゃんに汚い世界をこれ以上見せたくないからこうして突き放して、害になりそうな物を片っ端から潰していくとかさ。君のせいでくーちゃんとらーちゃんが穢れたらどうしようとか、はっきり言って考えすぎなんだよね。それにくーちゃんたちが求めてるのはそういうことじゃ無いんだよ。そういう意味で君が拗らせてるって言ったんだ」

 

 石井の誤算、ミスを挙げるならば甘さと、束を信用し過ぎたことだろう。彼は語った。彼がクロエに望むことを、願うことを。

 

 《涙を流すほど綺麗な夕焼けや、息を飲むほどに雄大な山々。汚い物にまみれたこの世界で宝石のように輝く善き人々。あの子は──クロエはそんな物を見るべきなんだよ。人の欲と悪意で生み出され、それに晒され続けてきたあの子にはそれが必要だし、相応しい》

 

 束には彼が何故あのような妄執に取り憑かれているかは分からない。しかし、彼の義娘への願いは偽りの無い本物であると知っている。だからこそ、彼にも変わって欲しい。彼がクロエを救ったように、彼を苦しめるモノから救われて欲しい。そう思う。擦り切れていく彼を見たくないから。

 

 「わ……私は……」

 

 震える声で、溢れる涙と、折れそうな心を必死で抑え込み、クロエは漸く口を開いた。

 

 「そんなこと……して欲しくないです……」

 

 唇は震え、スカートの裾を握り締めて、言葉を紡ぐ。

 

 「誰も、そんなの頼んでません……!!私がいつ、離れてくれなんて言ったんですか……!?勝手なことして……あなたは私たちから逃げてるだけ!!」

 

 頬杖をついていた石井はほんの少しだが、目を見開いていた。初めてクロエが感情を昂らせた。それは石井にとって内心、十分驚愕に値する物だった。

 

 「逃げるくらいなら、何で助けたの!?あなたのせいでどれだけ苦しかったか、悲しかったか、寂しかったか分かる?あなたに希望を与えられたから!ここまで生きてきたの!!憎い、恨めしかった。あなたが嫌いでしょうがなかった!!助けるだけ助けて、後は離れていくあなたが大嫌い!!もっと話したいのに、一緒にいたいのに、あの場所から助けてくれたあなたに報いたいのに!!何処の誰とも分からない人には優しくして私にはこの仕打ちだもの。エゴイスト、自分勝手、最低!!勘違いも、逃避もいい加減にしてよ!!」

 

 「何を今さら……」

 

 「そうやって、憎まれ口を叩くのも嫌い!!そうやって私を遠ざけて、何の意味があるの?あの金髪の人を、フランスの人を、織斑一夏を見る前に私を見てよ!!本音で喋ってよ!!」

 

 言葉はいつしか叫びへと変わっていた。少女は初めて叫び、感情を叩き付けた。父へ真っ向からぶつかったのだ。その様にラウラは驚き、束は優しく微笑んでいた。

 

 ここに男の思惑に最大の摩擦が発生した。束という彼を想い慕う者でも無く、ラウラという姉の為に恩人()の認識を改めさせようとする者でも無く、石井が完全に砕いたと思った相手、想定外の相手から殴りつけられた。その一撃は何よりも重く、石井の甘さ(良心)に響く。

 

 鍍金の城はひっくり返され、城壁には大きなヒビが入った。

 

 「ねぇ、もうそろそろいいんじゃないかな……?私が言えた立場じゃないことは重々分かってるけど、少しだけ肩の荷を下ろしてもいいんじゃない?くーちゃんだって、もう子供じゃないんだからさ。少しは()()を頼ろうよ。君には二人も娘がいるんだからさ。酸いも甘いも、皆で乗り越えていけばいいさ。それも君が言う、善き物なんじゃないかな?」

 

 詭弁だ。妄想だ。甘言だ。と石井は嗤う。お前に私の──俺の何が分かるというのだ?何一つ分からないだろう。それが俺を語るな。頼る?荷を下ろす?それこそ逃避だ。背負うべき物から逃れるだけだ。クロエやラウラに背負わせていい訳じゃない。唾棄すべき存在は俺の方だ。振り返れ、顧みろ。自分の歩んできた道を。再認識しろ。自分に資格が無い事を。自分と関わった者の、自分を『おじさん』と呼び慕ったあの子の末路を!!嗤い、否定し、跳ね除けろ。自分を慕う女の声を。それは叶うことの無い幻想だ。目を覚ませよ。

 

 手をゆっくりとだが伸ばし、石井は思う。あぁ、それはどんなにいいことだろうか、と。彼は歪んでいる。いつか何処かで取り憑かれた妄執に捕らわれ、自分を卑下し続ける。それでも尚、彼が気の迷いと誤魔化しても、彼は愛を知っている。彼が■■■■であった頃に背負った罪と妄執、それと同等の愛。摩耗して、思い出せなくても何処かで覚えている。それは酷く不明瞭な物。心というべきか魂というべきか。そのとても不明瞭で希薄で、決して消えない物が訴える。今すぐ謝って力一杯抱き締めたい。真実、石井という男は娘を愛している。ろくでもない、許されない父でも、お前たちが何よりも大事だと。もう、あの子のような事は起こさせない。守りきる。だからもう一度手を伸ばそう。一歩踏み出そう。逃げかもしれない。それでも、行こう。自分の為でなく、あの子たちの為に。

 

 二律背反。彼の中で二つの意思がせめぎあい、内を焼く。ずっと蓋をしていた物が溢れる。黒が白に蝕まれる。嫌な音を立てて、ゆっくりと、じゅくじゅくと音を立てて、築いた堤防が削られる。

 

 心臓がきゅう、と掴まれた気がした。

 

 石井を責め苦から開放したのはスマホのバイブレーションだった。は、と意識を引き上げた彼は少し出ると言って、立ち上がった。

 

 石井が出ていくと、クロエは束の胸に飛び込んだ。泣きじゃくり、ひたすらにごめんなさい、と繰り返していた。

 

 「どうして謝るの?」

 

 束はクロエを抱き締めて、優しく撫でながら問う。ラウラも姉を後ろから抱き締める。

 

 「あんな顔をさせるつもりじゃ……あんな……苦しそうな……」

 

 石井が味わった二律背反の拷問。本人の意図とは関係無く、それは表情に現れていた。それを三人は見た。怯え、痛みに耐え、幼子が道に迷ったような。猟犬とは程遠い、ただただ弱い人間。

 

 「私の言葉で……我が儘で、あんな風になるなんて思わなかった……」

 

 束もラウラもそれは自分もだ、と考える。彼女たちは初めて、彼の本質を核心を見た。数年間、行動を共にした束ですら予想し得なかった事態だ。

 

 しかし、これで彼女たちは漸くスタートラインへと立った。深淵を覗き、共に責め苦を味わうか、哀れな男を救うか。具体的な選択肢を得る資格を得た。

 

 束はクロエとラウラを強く抱き締めた。これから父を追う少女たちを、おぞましい物を、恐ろしい物を見る娘たちを。その先にハッピーエンドがあると信じて、狂い続ける。

 

 そういう意味では彼ら、彼女らは皆哀れと言えるだろう。

 

 襖が開く。石井が戻ってきた。

 

 「束、今すぐクロエを連れてここから離れろ」

 

 だがそこに石井という弱い人間はいなかった。

 

 「ここが戦場になる」

 

 猟犬がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





騙して悪いが(以下略)

シリアス書きたい病になってもうた……

最初はコミカルな感じで行こうと思ったんや!!でも、途中からぶっ壊さないとって……

つまり、あれです。語録期待読者ニキへの奇襲。

麻婆なドシリアスを書こう!!(提案)

でもまだ読者諸兄の愉悦は作者の腕では満たせない……私は悲しいポロロン


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